プロローグ7:共闘
「俺たちの戦いはここまでだ。」
ここはレーゼンバグ平原。その地に勇者の力強い声が響く。
ここは最終決戦の地。以前はエメラルドグリーンの草原が美しかったレーゼンバグだが、今は見る影もない。戦いの余波で荒野と化してしまった。
「そう、よね。まさか、魔王にこんな目的があったなんて。」
「ゼロ様の読みは当たっていたということか。」
勇者が告げたのは終戦の宣言。長らく魔王を殺すために旅をしてきた一行だが、この最終決戦の果てに知ってしまったのだ。魔王の目的を。
「儂の睨んだ通り、魔王、お主は魔法の儀式の準備を進めていたのじゃな。」
「そうだ。全てはこの魔法の為、そして『神』を殺す為。」
「とても信じられる話ではないのう。勇者よ、それでも戦いを止めるのかの?」
老魔法使いの懸念に対し、勇者は力強く頷くことでそれを払拭した。
「ああ。魔王と何度も殺し合いを演じた、この勇者だからこそ分かるんだ。こいつの言ってることは本当だって。だから、俺はそれを信じる。」
神殺しの内容については、そのことを知ったばかりの魔王本人ですら疑っていたのだ。聞いて間もない勇者が信じられるのは、長らく戦ってきたことで皮肉にも互いを分かりあってしまったためである。
「俺たちは魔王を止められなかった。もう、準備は整ってるんだろ。」
「ああ。ここでやめれば、犠牲にした者全員の命が無駄になってしまう。」
「だそうだ。個人的にも勇者としても、魔王のやってきたことは許せることじゃない。最後にはきっちり裁いてみせる。だが、今この時だけは目を瞑ろうと思う。これで世界の不幸がなくなるってんなら、俺は魔王の味方をする。」
三人の仲間に向けられた言葉。勇者の意思に迷いはなく、仲間たちもそれに共感を示していた。
「協力、してくれるのか。」
「ああ。勇者と魔王の共闘なんて面白いじゃねえか。」
「私は、お前の親友を殺した。」
「ああ。そのことは絶対に許さねえ。これが終わればお前を殺す。」
「・・・約束しよう。全てが終わった暁にはこの首、おとなしく差し出すと。」
「だが、それまでの間、俺たちの目的は同じだ。・・・一緒に、世界を救おう。」
勇者が手を差し出し、魔王がそれに応じる。矛先を向けあったその手は今しっかりと結ばれたのだ。
「私達は手を組んだ。」
「最早、敵は『神』ひとり。」
「これより魔法を発動させる。術者は『屍の山を築く者』の称号を持つこの私。2000億マージアの魔力も確保済み。あとは私が集めた6つのオーブとそちらが持つ『紅のオーブ』、この7つを並べる。さすれば。」
「『邪神』が天よりこの地に降ろされるんだな。・・・ネイア、オーブを持ってきてくれ。」
魔王による魔法の解説、それから勇者に呼ばれたのはひとりの少女。
「はい。・・・・・・『紅のオーブ』は確かにここに。魔王様、どうぞ。」
ネイアと呼ばれたこの少女は勇者一行の仲間ではない。魔王が狙う『オーブ』の所有者ということで勇者達の面識を持つようになり、最後のオーブをめぐっての最終決戦のこの場所に一緒にいるのだ。
勇者と魔王が共通の目的の元手を組んだことで、いよいよ彼女が守ってきた宝玉が手渡される。
ビー玉ほどの大きさのそれは魔王の掌の上に乗せられ、魔王の魔法によってどこからともなく他の6つの宝玉も現れた。
浮遊の魔術により宙に浮かぶ7つのオーブは綺麗な円を描いている。
「感謝する、ネイアよ。それから、済まなかった。私はオーブのためならお前を殺すことを躊躇わなかった。許してくれとは言わない。ただ、済まなかった。」
「いいえ、魔王様。魔王様の行いにはきっと訳があると思っていました。だから、『邪神』の話を聞いて納得しました。」
ネイアは何度も魔王に命を狙われた。
しかし、そんな彼女は知ってしまったのだ。自分の命を狙う恐怖の魔王が、どんなに心優しい男で、とてつもなく大きな闇を抱えていることに。
だから、魔王の口から真意を聞いて、その矛盾の真相は解決されたのだ。
「魔王様、聞いてください。私の家族は戦争で亡くなりました。魔王様が現れるずっと前の話です。それこそが、『邪神』が引き起こしている不幸なのでしょう。」
「・・・・・・」
「だから、お願いします。絶対に勝ってください。・・・・・・そうしたら、私、貴方のことを許せます。だから・・・・・・」
「・・・ああ、必ず勝ってみせる。約束しよう。」
最終決戦を前にして誓いをたてる男女の図。なんだか甘い雰囲気が漂い始めた。
「へいへい。いつまでもイチャコラしてないで、さっさと始めましょうぜ、魔王様。」
配下に茶化し急かされて、魔王は顔を赤くした。
「う、うるさい。私は皆の心の準備を待ってだなあ・・・」
照れ隠しのそんな一言。しかし本音でもある。これから訪れる最後にして最大の戦い。全員の気持ちが一つになっていなければならない。
「そんなのとうの昔にできておるわい。」
「そうです。あとは、魔王様が儀式を始めるだけ。」
「まさか失敗なんてしないよな。」
「兄様が失敗するはずないでしょ!」
「こんな風に話せるなんて、考えてもいなかったな。」
「はは、同感。まあ、楽しくていいじゃん。」
一見すればただの軽口だが、今の魔王にとってはなんと心強い声援だろうか。震えそうになる声を我慢して、オーブの魔法陣と向き合った。
「始めるぞ。」
「ああ。神様のブッサイクな面拝んでやろう。勇者と魔王の初めての共闘だ。楽しい戦にしようぜ。」
かつての宿敵であり、今ではもっとも頼りになる相棒の声を了解の合図として、魔王は呪文を唱えた。
「・・・『忌まわしき世界の神よ、我はあまたの屍の築きし者、修羅に身を置く者。我に刻まれし烙印の元、醜い姿をこの世に顕現せしめ給え。』」
これから、世界の運命を決める最終決戦が始まるのだ。