プロローグ3:『魔王』ドレイク・ボードマン
知ってしまった。
腐った世の中で、私は幸運にも裕福な家庭に生まれることができた。優しい父母に可愛い妹。家族の愛と温もりを受けながら、幼い私は真っ直ぐに育っていった。
しかし、世界は未曾有の大混乱。綺麗な装飾の施されたガラス窓から外を見れば、腹を空かせた人々のぎらつく瞳が私を見つめていた。幼い私はそれが怖くて外に出るのが嫌いだった。
そして案の定。強盗が入り、父母が殺されてしまったのだ。
その後、私と妹は親戚の家に引き取られた。そこでの生活はあまり話したくはない。ただ、世界で生きることが大変だと分かった。
その頃の私は勉強に没頭していた。そうすることで、居候の身分で居場所を作り幼い妹を守ることができた。父母の思い出を片隅に追いやることもできた。
兎に角書物を読み漁った。魔法書から生物学、工学、歴史書、あらゆる知識を吸収していった。辛くはなかった。むしろ楽しい時間だった。
その過程で私は理解した。この世界が如何にボロボロになっているかを。天災に病、戦争に魔物。間接的に、父母の死因もこれに繋がっていると理解した。世界が歪んでいるから、人々の心も歪んでしまうのだ。
しかし。
私はたどり着いたのだ。
その先の、真実に。
全て、『神』のせいであると。
不幸を神様のせいにするとは何様のつもりか。
そもそも、神など本当にいると思っているのか。
私は信じられなかった。
しかし、その、誰が何時執筆したかも分からない古書には、とある見たこともない魔法が記されていたのだ。
私は戦慄した。
なぜなら、その魔法が発動可能であることが分かったからだ。
あらゆる知識を集めた私の得意はとりわけ魔法学であった。だから、そこに記されている魔法が、魔法陣、魔法式、魔法理論からして発動に欠陥のない一つのちゃんとした魔法であることを見抜くのは難しくなかった。
その魔法の名前は。
『神を降ろす魔法』。
魔法陣や式の特徴から、その魔法が異空間から何かを呼び出す召喚系の魔法の類であることが分かった。見たこともない召喚魔法、その名のとおり『神』を神座から引きずり下ろす魔法であろうか。
身の毛がよだった。
これが真実であれば世紀の大発見である。何せ、数世紀にも渡って続いてきた世界の不幸の原因と解決方法が同時に分かったのだから。
世界の不幸の原因は『神』。
正常に戻すには、『神』を殺せばいい。『神を下ろす魔法』を使って。
これが、真実であれば、の話だが。
見たこともない召喚魔法が、名前のとおり『神』を召喚する魔法である保証などどこにもない。誰かがいたずらで、新種の召喚魔法を記しただけかもしれない。そもそも、神がいるという話も私は信じきることが出来ない。
それに、代償はあまりにも大きかった。
私がこれを実行すれば、罪のない何千という人々の命が失われるだろう。更に内容の真偽も分からないまま。大量殺人を犯した挙句、世界も救われないという最悪の結末だって考えられる。
あまりにも愚かだ。こんなの戯言だ。頭のおかしい狂人が記したに違いない。
そう結論付け、私は静かに本を閉じた。
そして。
私は信じることにした。
何度も言うがその内容には何の根拠も証拠もない。
しかし、この世界は腐り落ちる寸前。誰かが何かをしなければ滅びるのは自明である。だから。
だから、やってみようではないか。この、嘘か本当か分からない本を信じて。世界の不幸の元凶である『神』とやらを、滅ぼしてみようじゃないか。
例え、そのために屍の山を築くことになろうとも。
やってやろうではないか。