プロローグ1:恥ずかしいノート
恥ずかしいノート。
一見すれば普通のノートで、学生の持ち物となると授業の黒板の写しと予想できる。しかしその中身は、辞書で調べたカタカナ英語や難解な漢字が連ねられ、目が滑るような技の名前や想像の人物達の名前が記されている。顔から火が出るような挿絵も添えられて。
厨二をこじらせた、そんな負の産物を、作ってしまった経験はないだろうか。
何を隠そうこの物語の主人公である高校生、神無月健人もその経験者のひとりである。
「わあ。これは酷い。」
健人は高校三年生。しかしその肩書きも残り僅かで、一ヶ月後には華々しい大学生活が始まる。
一人暮らしをするに当たって、着手しているのが、長年お世話になった部屋の整頓である。中学生になり、年の離れた兄が、ちょうど今の健人と同じように自立したことで回ってきた部屋。自分のアジトを得られた時は嬉しかった。
しかし、思い出深い馴染み深い部屋ともそろそろお別れ。アパートに運ぶ荷物を選定するという目的もあるが、餞別として最後に部屋の大掃除をしている意味合いの方が強い。
そんな健人だが、片付けの最中に見つけてしまったのだ。例の恥ずかしいノートを。
「なになに・・・・・・異世界名『エルドラド』・・・・・・エルドラドでは災いが蔓延し人々の希望は失われていた。そんな最悪の世界から生まれたのが『魔王ドレイク』。魔王は多くの命を奪い非道の限りを尽くした。・・・・・・」
ちょっとした自作のファンタジー物語である。当時好きだった漫画だのアニメだのに触発されて作ってしまったのだ。ちなみに『エルドラド』とは黄金鄕という意味。
「・・・・・・魔王に立ち向かったのが『勇者セイン』。彼は勇気を持って人々を導いていった。・・・・・・『騎士ガードラン』、『神官ミリア』、『魔法使いゼロ』が勇者の元に集い、魔王を倒すための旅に出た。・・・・・・勇者の必殺技は『メテオブレード』で、上空に投擲した剣が巨大化して・・・・・・・・・うん、恥ずかしい。」
パタンとページを閉じ、処分決定のブースにその恥ずかしいノートを乱暴に放り投げた。己の過去と向き合うのに、そのノートの恥辱レベルは些か強大過ぎたのだ。
「はあ。まだ結構あるなあ。」
恥ずかしいノートの選別は終わったが、審査すべき本やらノートやらプリントはまだまだ沢山ある。
だが、時間はあるのだ。
新しい門出に備えて、これまでの自分の軌跡をゆっくり振り返るのも悪くはないと、そう内心で微笑みながら次のノートに手を伸ばすのであった。