お金持ち
マナミは一流企業でOLをやっていた。職場内は比較的男性社員が多く、マナミはそんな中で仕事上に於いてもプライベートに於いても、男とお金に不自由することは無かった。マナミに言い寄ってくる男性社員はいくらでもいた。マナミは自分好みの男性だけを選び取ればそれで良かった。
そんな中で、マナミに熱をあげて結婚まで考える男性社員もたくさんいた。クリスマスになれば高価なアクセサリーをプレゼントをしたり、マナミの誕生日が近くなれば一緒に食事をしよう、と誘ってくる男性もごまんと存在した。
マナミとしてはまるで女王様にでもなったような気分になって内心ご満悦だった。マナミは人前では口にしなかったが、昔からお金が大好きで、お金があればある程良かった。当然男に関しても、お金持ちしか興味を示さなかった。貧乏な男には貢ぐだけ貢がせて、相手がその気になっていざ結婚の話を持ち出すと、冷たくあしらってサヨナラした。
マナミの同僚にもそんな哀れな男性社員がいたが、マナミとしては相手の気持ちなんかはどうでも良かった。人間の欲望というのは切りも限りもなく、そのうちお金持ちの男と結婚して、玉の輿を狙って寿退社するのがマナミの夢でもあった。
そんなマナミにも理想に一番近い彼氏ができた。お相手はIT会社の社長で年齢も27歳とまだ若く、見た目は真面目そうな好青年だった。2人はたちまち恋に落ちた。
マナミは毎日のように彼氏が運転する高級乗用車で、マナミの自宅から勤務先の会社まで送り迎えをしてもらった。毎週末になると海まで連れて行ってもらい、ヨットでクル―ジングを楽しんだり、高級なレストランで2人きりの食事を楽しむこともあった。
交際してから1年後には2人とも真剣に結婚を考えるようになった。
それは突然やって来た。マナミの彼氏はダイヤモンドの婚約指輪をマナミに手渡した。マナミは有頂天になり、二つ返事で指輪を受け取った。
それからお互いの両親にそれぞれ紹介しあい、トントン拍子で結婚までの道のりへとコトが運んだ。
結婚式の当日、マナミは純白のウェディングドレスを身にまとい、会社の同僚たちから祝福され、羨望の眼差しとため息混じりの中で式は進んだ。それはもう、盛大なモノだった。マナミにとって人生の中で一番幸せなひとときであった。
結婚式も終わり、マナミと社長の旦那は都内の一等地にある高級マンションでの新婚生活も始まった。当然のことながら、結婚式が終わると同時に会社に辞表を提出して、さっさと会社を辞めてしまった。
もうこれで一生安泰だ、マナミはそう思い込んでいた。
結婚生活が一年が過ぎようかとしていたある日から、マナミの旦那の様子が少しずつおかしくなっていくことに、マナミは気づいた。最初は気のせいだとも思い、特に旦那に問い正したりもしなかったが、以前よりもお金の使い方がケチケチしていくように感じたのだ。
以前はもっと羽振りがよく、買い物の支払いも現金ではなく、必ずカード支払いだった。それが最近では買い物をするにしても現金で支払うようになり、財布の中にある一円単位のお金までジャラジャラと気にしているように見えた。
マナミは不審に思って何気なく旦那に聞いてみた。
「ねえ、あなた。最近ちょっと変わったように思うんだけど・・・」
「何が?」
「以前よりもお金の使い方が変わったんじゃないかなあ、って思って・・・」
マナミの旦那はその言葉を聞くと、ギクリとした。
「ああ、それは・・・。ほら、せっかくこうして結婚したことだし、いつか子供も出来るかも知れないだろ?だからその為に貯蓄をしよう思って倹約を始めたんだよ」
マナミはその言葉を信じ切った。
「あらそう。ちょっと気が早いのね」
そう言うとマナミは内心嬉しかった。アタシ達のことをそこまで考えてくれているんだ、と。
それから1ヶ月もしないうちに、その日はやってきた。いつになく旦那は緊迫した表情でマナミを自宅の一室に呼び出して、大事な話がある、と言ってきた。
「今までなかなか言い出せなかったんだけど、黙っててゴメン。実は会社の経営が行き詰って3ヶ月前に倒産して、その残務処理に追われていたんだ。もうこの家も自家用車も、家具もみんな売り払わなくてはならないところまできてしまったんだ」
マナミはそれを聞いて愕然とした。
「それで、アタシたちはどうなるの?」
「とりあえず、ここを出て再起を計るしかないんだよ。おれを信じてくれ。必ず立て直してみるから」
マナミは旦那を信じる以外に道はなかった。自らが勤めていた会社に戻ろうにも、辞めないでくれと、慰留をしてくれた会社の上司の言葉をせせら笑うかのように辞めてしまった。今さらどうしようもなかった。
それからマナミと旦那の2人は夜逃げ同然でマンションから引っ越して、地方にあるボロアパートに身を隠すように生活をするようになった。不幸中の幸いとでも言おうか、マナミの旦那はパチンコなどのギャンブルにも狂わなかったし、お酒を飲んでマナミに暴力を振るうことも無かった。むしろマナミのこと大事にしてやろうと、精一杯優しく接してくれた。生活は苦しかったが、マナミもそんな旦那に情が湧いてきた。
ここのアパートに移り住むようになってから初めてのクリスマスを迎えようとしていた。マナミはクリスマス用のケーキぐらいは準備出来るだろうと思い、旦那に話しかけた。
「ねえ、あなた。そろそろクリスマスだしケーキぐらい・・・」と、旦那におねだりをした。
すると、旦那は穏やか口調でこう言った。
「ないんだよ」
「え?」
「もう何にも無いんだ」
マナミは一瞬冗談かと思ったが、その言葉が覆されないことを知って愕然とした。マナミみは泣くじゃりそうになりながら旦那に訴えた。
「もうイヤ、こんな生活。離婚する」
「キミ無しでは僕は生きられない」
そう旦那から言われると、マナミは情と生活苦の板ばさみになって、もうどうしようもなかった。
マナミのどん底の人生はこれから始まりを迎えることとなった。