その9:事務所かな?
今回の任務は、
新人さんを事務所につれていって歓迎会をするだけの、
簡単なお仕事です
「なあ、ここはクラン白紙の事務所であっているのか?」
ドアを開けると眩しい光と何か変なものでも見たかのような声が降りそそいだ。
昼に看板や依頼書を取りに戻った時は無人だったここも、
日がすっかり沈んだ今は全員が帰っていて活気がある場所になっている。
部屋の奥には鳥の形を模した彫刻を手にくるくる嬉しそうに回っている青年。
いつも通り金属製の変な仮面を被っているけど、
見事なまでに赤い髪は所長のコーザだと主張している。
どうやら仕事先でいい物にであえた様だ。
事務所の中だというのにスーツを脱がないでいつまでも回ってる。
まあ、本人が嬉しいならほっといてあげよう。
そして部屋の中央にあるテーブルの横では、
ぼくよりも背の低い二人がプリンを食べようとしている。
その内の一人、黄色いレインコートを着た桃色の髪の女の子、
クラン白紙の特攻隊長にしてクラン内で最年少のフーリィーは、
自分の分を逆さにして瞬時に食べ終わると、
隣でのんびりとふたを開けているミニ司祭服姿を着た黒髪の少年、
書類上モンスターにして稼ぎ頭でもあるヨニアのプリンを奪い取り、
ソファの上でプリン争奪戦を開始した。
まあいつもの日常風景だね。
「ただいまー、
……うん、そうだけど?」
みんなに声をかけた後、
マギナさんがやけにおかしいといわんばかりの視線を向けていたから、
もう一度部屋の中全体を見渡してみる。
……もう一度見ても不振な箇所は見当たらない。
何もおかしいことはない。
「ふひゃひゃひゃひゃ、
ヨニアのプリンはこのフーリィがいただいたのだ!」
「駄目ですよ、
それは僕のプリンです」
「はい、バーリア!
このプリンが欲しければ爆発するリスクを背負って取るのだー」
「くっ、卑劣な行いを何の躊躇いも無く」
「へっへっへー、フーリィは頭が回るのです!」
うん、いつも通りの風景だ。
「普段から女の子と男の子がソファの上でカバー付きプリンの争奪戦をしてると?」
「いや、普段はもう少し安いお菓子だけど今日はぼくのおごりだから」
あと、プリンを囲んでるのはカバーじゃなくて透明な爆弾だからね。
下手するとこの部屋が真っ黒コゲになるよ。
「ちなみにソファの上で背伸びをしている女の子がフーリィ、この事務所の最高戦力」
「あ、レントだ、おかえりー!」
僕が指さすとフーリィもこちらに気づいたようで、
ようやく返事を返した。
「そしてプリンを取られた男の子がヨニア、この事務所の稼ぎ頭」
「あ、レントさん。
ちょっとプリン取り返すの手伝っていただけませんか?」
ぼくはちょっとヨニアの要請を無視して、
奥でくるくる回ってる青年を指差す。
「そしてあそこで回ってるのがコーザさん、この事務所のリーダー」
「うぇへへへへえへへwhwhwhwhwhwhw♪」
全員を紹介し終わるとマギナさんは、
絶望的な表情を顔に浮かべながら微妙に泣きながら呟きはじめた。
「俺はEXダンジョンを突破するために、強者のもとで己を研鑽しようとしたはずだ。
なのに、なのに……何の冗談だ、これは。
四人中三人が子供でトップも頭がおかしい人間だとは!
まさかこれも我が道に与えられた試練とでもいうのだろうか!」
そこからさらに身振り手振りも加えて呟き始めた。
入口で変な動きをされると迷惑なんだけどな。
入りづらいから。
そして泣くな、男は簡単に涙を見せるもんじゃないよ。
そこでようやくフーリィが隙を窺っているヨニアから、
変な動きを始めたマギナさんに意識を移した。
「レント、その人だあれ?
お客さんなの? いま、営業時間外だよ」
フーリィがそう言うとヨニアもマギナさんに気づいたようだ。
いったんプリンを取り返すのを諦めこちらを注視する。
そして人外の叫びを発していたコーザさんも、
ぴたっと動きを止めて歪な姿勢のままこちらを見つめる。
さすがに何人もの視線を受けながら変な動きを続行する勇気は無いようだ。
少し赤くなった頬をかきながら口を開いた。
「……俺はマギナ。
今日、このクランに採用された水術士だ。
よろしく頼む」
「えー、フーリィ水きらーい!」
「ふむ、体格が非常に恵まれてますね。
どうです、神にその身を捧げてみませんか?」
「ええ、よろしくお願い致します」
どうやらみんなもすんなり受け入れてるようだ。
よかった、よかった。
でもこれじゃあ、表面的な受け入れかもしれない。
これから一緒に仕事をしていく可能性が高いなら、
信頼関係はしっかりと築いておかないといけないと思うんだ。
そのためにまずは歓迎会でも開こうか。
やっぱり友好を深めるには同じ釜でご飯を食べるのがいいよね。
「ところで新人歓迎会として外食しようと思ってるけど、
どうする、みんな来る?」
「「「奢りなら」」」
OK,じゃあ行こうか。
肉が焼ける良い匂いが漂ってくる。
仕事帰りで一杯やっている荒くれ者達の笑い声がこだまする。
猫鳥屋と書かれた看板の下をくぐると、
結構賑わっている料理店がそこにあった。
「ラッシャイ」
「あ、人数五人で」
「アイヨ」
可愛らしくテコテコとやって来た人形に人数を伝えると、
奥の大きめのテーブルに案内された。
「ユックリシテイッテネ」
来るたびにいつも疑問に思うんだけど、
あの人形はどうやって動いてるんだろうか?
テーブルより背が低いから認識しづらいだろうし、
働いている数も決して少なくは無い。
……まあ気にしなくていいか。
初めてこれを見るはずのマギナさんだって気にしてないんだし。
そんなことを考えてると店長兼コックの少年がやって来た。
うーん、あいかわらずキュートなペンギンのエプロンだねぇ。
同じかわいいものが好きなもの同士なのに、
どっちも仕事が忙しくて趣味について語り合えないから残念だ。
なにせ向こうは屋台とか小規模なものを除けば、
この町唯一の料理店。
とにかくたくさん食べる野朗共の胃袋を支えている多忙人。
そしてこっちも依頼は多いのに構成人が四人しかいない少数精鋭クラン。
まあ、普段会えないからこそ話は弾むってのもあるけどね。
……それはともかく注文しとこっか。
あんまり待たせるのは悪いし、生命の危機という意味で危ないし。
ぼくは適当にピザを何枚か注文してから、
みんなの方に体を向けた。
「さて、それでは歓迎会を始めようか」
「その前に自分の好きなものだけを頼むのは、
いかがなものかと思いますよ」
「前から注文するのは神に捧げやすいものをって言ってませんか?」
「ふーりぃ、ハンバーグの方がいい」
「酒」
あっ、みんなの分を忘れてた、てへ☆
”プリンの行方”
あの後、水が苦手なフーリィを手をぬらして脅すことで、
ヨニアは見事プリンを取り戻しました。
やったね!