その8:面接しようか
今回の任務は、
ガチムチ戦士だと思ってた人が、
実はガチムチ術士だったという驚きを隠しながら、
危なげな攻撃を回避しつつ見学するという、
★★☆☆☆(頑張ってね[人事])なお仕事です。
最高の一撃。
たぶんそれは槍での一撃ではなく、なんらかの水術だろう。
いくら素晴らしい肉体を持っているといっても、
いくら鍛え上げられた肉体を持っているといっても、
彼の持っている補正はあくまで”水術”だ。
補正の二つ目の効果、霊力を使用することで補正の内容を底上げできるのは、
己が持っている補正にしか働かない。
だけど彼なら斜め上の選択肢をとってもおかしくないんだよなぁ。
さて地面にもぐってやり過ごす以外の方法も考えておくとしようか。
まず術というものは認識をしないと始まらない。
地面や石ころ、見えるものや聞こえるもの。
そこにあると”確信”する、それが術を使う上での大原則だ。
もちろん術に限った話ではなく、”力”や”製作”とかも、
認識による確信が必要なわけだけれど、
自分の腕や握っている道具とかは基本認識できる……よね、流石に。
そして認識の出来ない場所では術の効果は及ばない。
例えば死角、例えば暗い洞窟の奥、例えば遠い場所。
だから物陰に入れば隠れたものごとぶち抜かれない限り安全なわけだ。
だから最高の一撃だろうが、エターナルフォースブリザードだろうが、
死角とかに移動すれば避けられるはずなのだ。
だけどマギナさんは空中からいきなり水球を撃ち出して来た。
ここで重要なことをもう一度繰り返そう。
”術は認識しなければ始まらない”と。
……つまり”何もない空中”を起点に術を使うのは無理だということだ。
やれるものならやってみるといい。
ただ実現には空間そのものを認識し、空間そのものがあることを確信しなければいけないことを念頭にいれてやることだ。
もし空中を起点に術を使いたいのならば、
足元に落ちている石ころを投げてそれを起点にするといい。
そのほうが百倍現実的だ。
……または何かしらのトリックを使ったか。
例えばぼくの知ってる人の中にはこんな人がいる。
意識しなければ見えないほど小さな虫をあらかじめ放しておいて、
それを起点に術を使う人がいるし、
「一キロ圏内なら愛する人がどこにいるか把握できるわ」と言って、
その謎の認識力で彼氏の場所を確信し、
そこを起点に術を使えるという変態……もといストーカーもいる。
……うん、後者の例は我ながらどうかと思う。
けれどぼく自身も実は人の事が言えなかったりする。
自分が覚えている罠に誰がが引っかかると、
「あっ、誰かが罠に引っかかったな」という謎の確信が生まれるからね~。
まるでそれが鳴子の罠だったかのように、
引っかかったなと感じられるのだ。
目の前の男もそのどちらかを使っているのだろう。
となれば地面に潜って避難するならともかく、
死角や物陰に移動しただけじゃあっさり潰される可能性が高くなってくる。
であれば水で何が出来るかだ。
それを予想しておけば道具を駆使して軽減できるかもしれない。
まず考えられるのは大量の王水(強い酸だよ)をかけてくること。
広範囲だから豪雨の形で降らせてくるかもしれない。
そこで耐熱耐水耐衝撃耐弾耐斬耐爆耐酸性能を備えた着ぐるみを着込んでおく。
おっと、これは元からだった。
たしかこれ一着で金貨十枚は吹っ飛んだから、
生活費三年分と同じになるのかな?
流石にそれだけの金を払ったんだからちゃんと仕事をしてくれると信じたい。
あとは地面の土砂を巻き添えにしながら超高圧で撃ち込んでくる事や、
成分を毒に変えて空気中に散布するのとかが考えられるけど、
特注でつくったミスリル製の看板(注:金貨八十枚)と着ぐるみがあれば、
どうにか対処できそうなものばかりだ。
看板にいたっては竜のブレスをも防いだ実績ありだからねぇ。
さあ、どんな攻撃でもかかってこい。
一級品の素晴らしさというものをその身に刻んであげよう。
そんな風にかっこつけようとしたぼくの視界は、
徐々に、徐々に白く染まっていく。
煙幕? 違うね、これは霧だ。
しっとりとして体にまとわりつくような湿気を感じるもの。
霧はどんどん濃くなっていく。
広場を囲む家が見えなくなるほどに、
足元にあるはずの地面が見えなくなるほどに、
目と鼻の先にあるはずの手が見えなくなるほどに、
もちろんその光景を作り出した術士が見えなくなるほどに。
そして霧の奥底から声が響いてきた。
「もはや一寸先もあやふやで、
何一つ確かではなくなった。
だが霧だけは確かにここにある」
声のしたほうを向いても何も見えない。
聞こえ方も妙に曖昧だ。
だからぼくからはもう何も干渉できない。
「ところで貴様は俺の得物は何だと思う?
槍だと思うか?
だいたいそんなところだろうな。
だが実はこれは魔法の杖なのだよ。
まあ、それを信じるか信じないかは貴様次第だ。
好きに判断して、
……眠るがいい!」
声は何の抑揚もなく淡々とぼくに問いかけた。
って、ぼくのケチャップのくだりをパクったな!
だけどあの二本の槍が魔法の杖だとしたら、
……まあねじくれた感じは魔法の杖っぽいけれど。
一体何が出来る?
濃い霧、二本の長い槍その2つを組み合わせたら……!!
気づいた瞬間「牙」の一言と共に、
広場に強力な電流が迸った。
霧が晴れると広場は散々な目にあっていた。
一部は陥没し、地面の石畳は掘り返され、
ほぼ全域において黒くなっている。
もちろんその中にいた人間も例外ではない。
例外なのはただひとり。
雷を発生させた張本人である水術氏のマギナだけである。
彼の視線の先には、
黒焦げになった着ぐるみがあった。
ご丁寧にも「そういえば耐電仕様もつけとくの忘れてた。
ピギャアァァァァァァ!!!!」と書かれた看板を添えて。
まあ、こうやって話せている以上、
ぼく自身はなんとか回避出来たんだけどね。
ああ、新作”ワニくん”(金貨二十枚相当)がぁぁぁぁ。
そう、(財布的な意味も含めて)無傷なのは、
張本人であるマギナしかいなかったのである。
銅貨:だいたい一円相当
「あぁん、パン屑ならくれてやるよ」
鉄貨:だいたい百円相当=銅貨百枚
「どれでも好きなパンを選んでってくだせぇ」
銀貨:だいたい一万円相当=鉄貨百枚相当
「どれがオススメかな? 全部買い取ろう」
金貨:だいたい百万円相当=銀貨百枚相当
「この棚に並んでいるもの、全てだ」