その7:VS水術士②
今回の任務は、
★★☆☆☆(真面目にやること)くらいのお仕事です。
って、あれ?
このお仕事まだ終わってなかったの?
……右肩が外れたか。
脱臼した右肩を出来るだけ痛くないようにはめながら、
ぼくはその場を全力で移動した。
だけど追撃は来ない。
……あれ?
そして動いたからとてもよく分かる。
狐顔の男は完全に意識を失っていると。
ぼくはてっきり、あの狐顔の男が”ガス室刑”をギリギリ耐えていて、
隙を見はからって水球を撃ち出したんだと思ってたのだけど。
よく考えてみればそれは少しおかしい。
強酸で攻撃力を保持しているのならさっき撃たれた時に感じた鋭い回転はいらないし、
そもそもぼくは、全滅させたからって飛んでくる水球に気づけないほど油断はしない。
そこでぼくは気づいた。
何もしていないのに一番存在感があった熊男、マギナさんが見えないということを。
赤い鎧のマリーさんは狐顔のそばに転がっている。
ということは逃げたわけではないのかな?
そう思ったぼくの視界がふと暗くなる。
慌てて上を見ると巨体が空を舞っていた。
ぼくが前に転がって緊急回避すると、
今までいた場所に二本の槍が突き刺さった。
おお、こわいこわい。
……っと、あっぶな~い♪
横からまた勢いよく水球が飛んでくる。
う~ん、またどこから飛んできたか見えなかった。
一体何が起こってるんだ?
まあ予想としては水術士がぼくからは見えにくい位置に待機して、
そこから隙を窺って攻撃してるというのが一番ありえる話だけど、
ぼくの勘が何か違うと訴えている。
まあそれより先にやるべきことを済ませておこうか。
って、危なっ!
ちょっと首筋を掠ったよ!
「どうどう、マギナさ~ん、落ち着いて~。
ほらっ、君は雇われてたからぼくを攻撃してるんでしょ。
でも既にその雇い主は気絶してるわけだから、
ぼくを攻撃するメリットはないと思うんだけど……違うかい?」
とうっ!今度は耳の横を掠った。
本当に危ない、主にぼくが。
どうしよう、話が通じない。
馬車であったときから喋らないって思ってたけど
「おう、そうだな」
ここまで話が通じない……え?攻撃が止んだ?
止まなかった。
ぼくとマギナさんの二人が動きを止めた瞬間、
横合いからぼくを狙って水球が出現する。
ああ、そうか。
空中からいきなり撃ってきてるから、
ギリギリまで気づけなかったのね、納得。
って、納得してる場合じゃな~い。
「ちょっとマギナさん、
お仲間に術で攻撃するの止めてって言ってよ」
「ん?
俺の仲間のマリーは術なんか使えんが?」
いや、マリーさんが術を使えるとは微塵たりとも思ってないし。
というか、術で攻撃している奴とは仲間意識が薄いのかな?
それじゃあ、何をいっても駄目だろう。
「ん~、説得が無理なら、
さっきから術で攻撃してる奴を潰しますか」
「そうか、俺は潰されてしまうのか。
なら反撃して身を守らなんとな」
へっ?
なぜかマギナさんが予想外の言葉を返すと、
また二本の槍を突き出してきた。
慌てて避けながら大きく距離をとる。
「待った、ちょっ、スト~~ップ!!
何でいきなり攻撃を再開するのさ!」
「何で?
では俺から逆に問おう。
貴様は俺の事を攻撃しようとしている。
だが貴様は俺に攻撃するなという。
とんだ矛盾した行動だが、
それをちゃんと自覚した上での発言か?」
ここでぼくの脳内に恐ろしい仮定が浮かび上がる。
ぼくの胴体と同じくらいの太さのごつい腕、
金属の鎧を着けていてもよく分かる鍛え抜かれた筋肉、
回避しなければ確実に殺られていた鋭く抉りとるような攻撃、
二メートル以上ある巨大な魔物の牙をそのまま削ったような、ねじれた槍。
普通なら”力”や”道具”に補正を持っているに決まっている。
よほど変わった人じゃない限り、
自分の補正に合った鍛え方をするのが当然だからだ。
まだ敵が弱いときならネタでやってもいいだろう。
だが強力な敵に対してそんなおふざけは許されない。
ダンジョンはそこまで生ぬるい存在ではない。
そして目の前の人物はダンジョンの中でも、
より困難な場所を潜り抜けた雰囲気を醸し出している。
「ねえ、もし良ければ補正を教えてもらってもいいかな?」
でも……補正ではない持って生まれた肉体だとしたら?
「そのくらいはかまわん、
では改めて自己紹介でもしてみようか。
俺はマギナ、”水術”の補正持ちだ」
だけど嘘だと思いたい。
冗談であってほしいけれど彼の目はそれが嘘でないと雄弁に語っている。
それは極僅かな可能性、
補正はあくまで才能を保証するものであって、
それ以外の才能が無いわけではない。
ただそれは十年に一度の天才レベルの才能と同じだ。
それを補正抜きで見つけ、鍛え、活用するなんて、
頭がいかれてるとしか思えない。
だけど現に目の前の男はやってのけた。
「さて、俺に補正を聞いたのだ。
そちらも明かすのが礼儀というものだろう?
……だが、ある程度は予想がついている」
彼はそこで一度言葉を止めて、
鎧の腰の部分から一枚の紙を引っ張り出すとおもむろにそれを広げ出した。
よく見ると、ぼくがあげたポスターだった。
彼はそれを見ながらまた話し出した。
「まず貴様はこのポスターを所持していた。
たぶん配布用のポスターだろうが常備している時点で関係者の可能性が高い」
まあ、そりゃそうだね。
ただの知り合いが広告用のポスターを持っていたらビックリするよ。
「そしてたった今使ったガス攻撃から鑑みるに、
”土術”の補正持ちとは考えがたい。
つまり……
貴様、”召喚術”の補正持ちだな!!」
ビシィィと効果音つきで指さされた。
でも~、
「残念、無念、また来年♪」
「なん……だと」
外れてるんだな、これが。
とても自信満々で答えたからノリであってることにしても良かったけど、
さすがにそれは可哀そうかなって思った。
ちなみに、がくっとひざをつくモーションが面白かったです。
さ~て、答え合わせの時間だ。
ぼくはひざをついているマギナを見下ろすように、
……しようとしたら無理だったので、
体を頑張って反らし、なんとか見下ろしている風な雰囲気を作り上げてから、
欠片も存在しない威厳を込めたつもりになって告げた。
「ではぼくも改めて自己紹介するとしよう。
ぼくはレント。
クラン”白紙”のレント・マクスウェル。
元”製作”の補正持ちにして、
EXダンジョンの”機能”の補正持ちであるただの罠師さ。
まあ、処刑人でも殲滅系人型迷宮でも好きに呼んでくれ」
決まった……ら嬉しいな。
「そうか。
そうか、そうか、そうか、そうかっ!!
”機能”の補正を持っているのか!
EXダンジョンを一人で突破した者だけが得られるという破格の”補正”!!
まさかその年齢でEXダンジョンを突破しているとはな。
そしてやはり”白紙”のメンバーであったか。
ならば好都合っ!
己が最高の一撃、是非とも御覧になって頂きたい!」
いきなり上がった向こうのテンション。
決まらなかったのでダダ下がりしたぼくのテンション。
バッと投げ捨てられた一枚のポスター。
あとでゴミ掃除する人の気持ちを考えていないその行動。
そのポスターの右下にポツンと存在している求人欄。
そこに書かれた一文。
”応募条件:広範囲オーバーキルをメンバーの前で実演すること”
誰だい?こんな条件つけたの。
あっ、ぼくでした。
うん、いざとなったら全身沈んで逃げよっと。
あとのことは知~らない。
”EXダンジョン”
世界に7つだけ存在する迷宮。
信仰心や正気度など、強さだけでは突破できない難易度となっている。
だが、奇跡的に突破することが出来れば、
そのダンジョンの”機能”の一部を補正として与えられるだろう。
まあ、EX指定のダンジョンを突破できる時点で、
機能なんてなくても化物と呼ばれるくらいの人物であることはまず間違いないだろう。