その6:VS水術師①
今回の任務は、
指名手配されてる狐顔の男を生け捕りにする
★☆☆☆☆(朝飯前)くらいのお仕事です。
夕方の赤い光に照らされて、まるで燃えているような風景の町並み。
そして実際に燃えている数々のお店。
そんな光景をぼくは町でもっとも高い場所である城壁から眺めていた。
EX指定ダンジョンを囲む迷宮都市エボル。
その迷宮都市を囲むかなり高く築かれた城壁。
ぼくはその上に立って町を眺めていた。
何でかって?
町の中で一人の人間を延々と探し回るのは馬鹿らしいから、
高いところから見ればいいんじゃないかな、って考えただけだよ。
ただ、屋台のおばちゃんにやってたことを他の場所でもやってるみたいだね。
たぶんそのせいで指名手配されているんだろうに。
まったく、反省しない人たちだねぇ。
まあ、そのおかげでぼくみたいな人が金を稼げるわけですが。
世の中上手く回っているものですねえ。
さて肝心の狐顔の男はどこにいるのかな?
ということで
「この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ」っと。
その言葉を鍵として術式が起動する。
…………
……あ、これかな?
たぶんこれだ。
やたらギャーギャーゴミゴミ言ってるから、たぶん合っているでしょ。
そこでぼくはすぐに向かおうとしたけれど、
いつのまにかチンピラっぽい人たちに囲まれていた。
えーと、何の用かな?
ひとまず声をかけておこう。
「えっと、ここはデートスポットじゃないよ」
「わかっとらい、ボケぇ!!
何が悲しゅうてむさい男と一緒にでーとすぽっといかなきゃいけねえんだよ。
ちゅうよりおめえ、今までさんざん無視しときながらなぁ、
開口一番詫びもいれずに何いっとんじゃコリャぁ」
どうやら男だけのワクワクデートに来たというわけではないということが分かった。
知ってもかなりどうでもいい情報だけがつみあがっていく。
それよりさっきからこのチンピラたちにからまれてたのか。
探知術式に集中してたからまったく気づかなかったよ。
それにしても見ない顔だなあ。
いったい何の用があってここに来たんだろうか?
「ちなみにここは観光名所でもないよ」
「それも当たり前じゃろうが、ボケナスぅ!!
どんなバカだったらEX指定のダンジョンに観光しに来るっていうんだよぉ!
舐めとんのか、おらぁ」
どうやらきれいな夕日を眺めにきたわけでもないらしい。
それじゃあ……ただの散歩かな?
「俺たちはなぁ、この世界の偉い方に人探しを頼まれたのよ。
着ぐるみを来た土術士を名なあ。
それってどうみてもお前だろお?
だからお前をぶん殴って、あのお方の元に連れて行くんだよお」
ああ、狐顔の仲間かな?
この人の都合とかそこらへんを一切合財無視したしゃべり方は。
まあ、いちいち相手にしてるのもめんどくさいし、
ここは逃げるとしようかな。
「ちなみにお前に拒否権はねえからな。
さんざん殴られた後につれていかれるか、
抵抗しないでおとなしくついてくるか、
さあ、どっちだ?
……って、おい、どこいきやがったぁ!!」
「兄貴ぃ、あいつこの城壁を、こんなところをぉ」
「ああん、見てたのか?だったら何で止めねえ」
「飛び降りていきました」
「ああ?恐怖で頭がいかれて自殺したか?
それならあのお方にはお探しの着ぐるみ野朗は自殺しました、って伝えておくか」
ぼくはそんな会話を下で聞いていた。
ああ~、残念だねえ~。
城壁から少し身を乗り出して下を見たら、
垂直な城壁を歩いて降りているぼくを発見できたのに。
さて狐顔の男は、広場の真ん中に陣取ってるねえ。
その周りを仲間らしき人たちが、
一人、二人、三人、って、なんで馬車であったあの二人もいるの?
……たしかマリーさんとマギナさんだっけ?
実はあの二人も仲間だったとか?
う~ん、まあ判断は他の人のことを処理してから考えよう。
そうするとちょっと手遅れになるかもしれないけど
まあ、二人を除いて二十四人かあ、
実に好都合だ。
早速お金を稼がせてもらうとするかな。
っと、その前に下準備をしておかないとね。
ぼくはあくまで罠師なんだから。
「ったく、あの着ぐるみを着たゴミはまだ見つかんねえのか?」
「はい、もうしわけありません」
「すいませんしたぁ」
「すいません、もうすぐ吉報が届くかと」
「申し訳ありません、ただちょっと地理が不慣れなだけで」
「大丈夫? 何か困ってるなら手伝おっか?」
「ああ、誰だか知らないけどありがたい。
……えーと、確か、
探してるのは……」
「着ぐるみを着た土術士だよ、何回言わせるんだ?
って、そいつのことだよ!!」
さて、戦闘開始だ。
「やっほー、呼ばれてるぽかったから遊びに来たよ~」
まずは適当に話しかけてみる。
言葉は何でもいい、ただ少しでも時間が稼げればそれでいい。
「ほう、ゴミがのこのこと姿をあらわすとは。
いい心がけだ、褒めてやろう」
「わーい、もっともっと褒めて~☆
あっ、でも褒めても何も出ないからね」
周りの人たちの殺気が今の一言でグンと膨れ上がった。
あれ?言葉の選択を間違えたかな?
まあいいや。
「ったく、ゴミが俺様を舐めやがって!!
おい、お前らあ!!
さっさとこのゴミを処分しろ!!」
「「「うっす!!」」」
どうみてもチンピラにしか見えない男たちが、
刀や剣、槍やナイフ、棍棒などいろんな武器を持って襲い掛かってきた。
う~ん、まあ直前で全身沈ませて同士討ち狙ってもいいけど、
看板があるからまとめて薙ぎ払っちゃいますか。
ぼくは看板で地面を強く叩いた後、
残像が生まれるほどの速度でチンピラたちの後ろに回りこんだ。
「!!
このワニ、早えぞ!」
チンピラたちは慌ててこちらを向いたが、
……もう終わっている。
急いでこちらを体を向けたチンピラたちの無防備な背中を、
地面から大量に生えた無数の長い針が刺し貫いた。
「……串刺し刑っと」
これで半数は……、
残念なことに減らせてないね。
そもそも突っ込んできてないのだから罠にかかるはずがない。
ぼくを土術士だと思って何かしらのカウンターを警戒していたから、
突撃した仲間を捨石にした、というわけかな?
「おい、今の何だよ。
何で地面から鉄のとげが生えてくるんだ?」
「何って、あいつは土術士だぞ。
術士なんだから土とか鉄とかを自在に操ってるにきまってるだろ」
「そっ、そうか術士か。
……あれ、それだったら認識できないように囲んで、
じりじりと追い詰めれば勝てるんじゃね?」
そう、補正の力には限界がある。
認識できないものに対して効果を発揮できないということだ。
”力”とかみたいに自分に効果を及ぼす補正ならば別に支障は出ないが、
術士とよばれる”炎術”とか”水術”に補正がある人ならばその意味はかなり大きい。
目を閉じていても聞こえてくる音で誰がどこにいるかを分からなければ、
暗い場所ではロウソクほどの火すらともせない。
どんなに頑張ったところで百八十度より少し狭い範囲でしか術を使えない。
それにはっきり”それ”と認識した上で集中しなければいけないため、
素早く動くものに対して術を撃つことも難しい。
それに生命体は他の霊力に対する抵抗があるから、
気配で後ろにいるのが分かってもどうしようもない。
「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」
だから間合いを乱し、
周囲を大勢で走り回り、
時には石を投げてみたり、
死角から急襲しようとしてみたり、
気配を強めたかと思ったら消してみたり、
タイミングを合わせて左右同時から狙ったり、
だけどカウンターが怖いのでそこはしっかりと警戒する。
うん、対術士の行動としては及第点を挙げられるね。
人間って訓練をつんでないと急に動くものとかに意識を向けがちだから、
意識を散乱させられたらどんな術士でも実力の十分の一も発揮できないだろう。
一箇所に固まらないことで一気にやられるリスクをなくし、
囲むことで死角を攻撃できない術士の弱点を上手くついている。
うん、よく出来ていると思うよ。
でもね、
それはあくまで対術士の行動としてだ。
ぼくは罠師だから逆効果でしかないよ♪
「はい、3・2・1・終了」
ぼくの立っている地面だけを残して、
半径十メートルが残らず陥没する。
つまりは巨大落とし穴だね、罠としては定番過ぎるやつだ。
ただ能力を使って掘ったこの穴は、いたずらじゃすまないくらいの深さがある。
まあ底に槍とかを仕込んでいないだけ、優しいと思うんだけどね。
多分良くて足が複雑骨折するくらいですむんじゃないかな?
あくまで多分だけど。
まあ、これで半数以上を戦闘不能にしたし、
さっさと残党を狩りに行きますか。
そう思ってぽつんと取り残された地面から飛び出すと、
向こう側からまるで迎撃するかのように赤い鎧が飛び出してきた。
えっと、確かマリーさんだっけ?
慌てて避けようとするも、それは決して叶わない。
避ける移動に必要不可欠な地面がここにはないのだから。
まあなくしたのぼくだけど。
そしてぼくは空中であえなくレイピアで一突きにされる。
胸の辺りを、心臓を貫くように。
そのまま一緒になったぼくとマリーさんは、
今までマリーさんがいたのとは逆の縁に到着した。
そのころになってようやく、
ぼくの胸が赤く染まり出した。
マリーさんはそれを見て、ぼくの死を確信したのだろう。
レイピアをぼくの胸から外し、血を軽くぬぐった後鞘に納め、
そしてぼくを見下ろすと少し悲しそうな表情でそっと呟いた。
「すまないね、ボウヤ。
あの人には逆らえないんだ。
だけどあたしを恨むなとは言わない。
ただ……あんたの魂が無事に救われるようにだけは祈っといてやるよ」
う~ん、こう見えても結構裏の仕事を請け負った経験もあるから、
救われるかどうかはかなり微妙なとこがあるけどね。
まあ、そんなことはどうでもいいので、
立ち去ろうとするマリーさんの背後でむくっと起き上がる。
気配を感じてマリーさんが振り向く。
その顔はまさに「何で生きてるんだ?」とでも言いたげだ。
さて、口には出していないけれどその質問に答えてあげましょう。
「ふふふふふ、どうして生きているのか?
そう疑問に思っているね?
答えは簡単だ。
実はこの赤い染みの正体、鉄分入りのケチャップなの☆」
「「「ふざけるな」」」
え~、ふざけてないよ。
ほんとにこれはケチャップだってば。
だけどそれを信じてくれそうな人はたぶんこの場にはいないだろう、残念。
「はぁ~~、ここまで俺様をコケにしてくれた奴はお前が初めてだよ。
だが愛すべき我が部下達と金で雇った傭兵じゃどうにもならないらしい。
だから光栄に思え」
「俺様が直々に潰し殺してやろう」
頭に血管が浮かびまくって、そろそろ針でつついたらとても面白そうな顔をしながら、
狐顔の男は一歩一歩ぼくに近づいて来る。
そして四メートルくらい離れたところでいきなり立ち止まると、
ぼくの頭上に巨大な水球が出現した。
慌てて避けると煙と共に何か嫌な音がする。
後ろを振り向くと石でできた地面が溶けていた。
まさか、酸?
「ひゃはははは、どうだ?
このありあまる霊力で水を強力無比な酸に変え、
それで相手を丸ごと消し去る。
そうすれば汚い汚れだけが残るって寸法さぁ。
そして部下どもは恐れおののくだろう。
この俺様に逆らったらこのゴミのようになるのだろう、と
つまり見せしめってわけだ。
だからおとなしく死にやがれ!!」
その言葉を言い終わるのと同時に、
数十にも及ぶ水球が飛んできた。
だけどぼくはそれを鼻歌交じりに回避した。
まるでぼくに当たらないように運命が決まっているかのように。
そしてぼくは彼に近づいていく。
こんどはこちらから一歩一歩確かめるように。
そしてぼくと狐顔の男は触れられるくらい接近した。
体の一部が触れるくらい接近した。
そして僕は彼の耳元で囁いた。
「……希望は潰えた。
未来は砕け散った。
ほら、見てごらん。
地獄の門が開いたよ♪」
それを聞いても狐顔の男は動かない。
否、動くことが出来ない。
残りの部下達も助けに動くことは出来ない。
何故なら手足がピクリとも動かすことが出来ないからだ。
「ガス室刑」
ぼくは罠師。
姿を見せた時点でもう戦いはほとんど終わっている。
さて、これで生け捕り完了、っと。
そんなぼくの肩を、
静かでありながら獰猛に、
一発の水球が撃ち抜いた。
”狐顔の男”
本名ジャール・アレンズ
王国出身の貴族にして水術士。
水を強酸に変えることを得意としており、
無駄に高いプライドを支えられるくらいの強さはある。
具体的にいえば、バジリスクをタイマンで倒せるおばちゃんを遠距離攻撃に徹すれば何とか倒せるくらい。
うん、ほんとは強いんだよ。
この町の住人が強すぎるだけで。