その4:あしらおうかな
今日の任務は、
霊力が他の人よりも遥かに高いせいで、
「俺様って偉いんじゃね」と勘違いした男を、
適当にあしらうだけの簡単なお仕事です
「ひゃぁぁぁぁぁ!!」
高く響いた悲鳴、
動けない屋台のばあちゃん、
赤くぬれた屋台のばあちゃんのエプロン、
そして銀色に鈍く光るものを持って逃げていく一人の男。
何が起こったのかは明白だ。
「食い逃げよ~~」
ですよね~。
さてさて追いかける前に、
屋台の持ち手の部分に引っかかって動けなくなったあげく、
ご自慢のたれをエプロンにこぼしたおばちゃんを助けておこう。
「あ~もう。
たれがこんなにべっとり付いちゃったから、
洗濯の手間が増えちゃったじゃないの」
おばちゃんはそう言いながら逃げ遅れた男をむんずと捕まえ、
暴れる男の抵抗をものともせずに軽々と持ち上げ、
汚れたエプロンを男の服にこすりつけていた。
でもそうすると汚れが服の繊維の奥に染み込んじゃって、
後で洗うのが大変になりかねないんだよね、確かそうだった気がする。
そしておばちゃんは拭き終わっていらなくなった男を道の端っこに投げ捨てた後、
また何事もなかったかのように仕事を再開した。
……ぼくの助けは要りませんか、そうですか。
まあ、そうだよね。
普通に考えたらバジリスクも仕留めるおばちゃんが、
たかがちんけな食い逃げごときにどうこうされるはずが無いか。
たとえ持ち手の部分にエプロンを引っ掛けるなんていう、
ちょっとドジな事をするようなおばちゃんであってもだ。
ちなみにおばちゃん、一つ言っていいかな?
「そこ、クラン”白紙”の玄関の前なんだけど」
確かに道の真ん中に置くよりかは遥かにましだろうけど、
そこで働いている人に物を売った直後にそんな事をされると、
ちょっと悲しい気分になる、はぁ。
仕方ないのでいろんな意味で汚れている男の人を、
ゴミ捨て場まで引きずっていると、
狐みたいな細っこい顔の男に声をかけられた。
「おい、そこのゴミ。
その手に持っているもんをよく見せな」
うわぁ、いくらゴミ捨て場の近くにいるからって、
人を出会いがしらにゴミ呼わばりするなんて。
……ちょっと、イラッとくるよね。
狐顔の男はそんなぼくの内心には気付いた様子もなく、
わざわざぼくの後ろから覆うようにじっくりと覗き込んできた。
それで威圧できているつもりなんだろうか。
「あらあらぁ、こいつは俺様のクランのメンバーじゃありませんかぁ。
これはどうしたのかなぁ?」
なぶるような視線と一言ごとに強調してくる喋り方が煩わしいけど、
もしかしたら適当にあしらえるかもしれないという微かな期待を込めて、
自分が見たままの事を話してみる。
「この男のひと?
屋台のばあちゃんの所で食い逃げしてたの。
そしたらばあちゃんにとっちめられたあと、
道の端に投げ捨てられてたから、
邪魔にならないところに捨てに来たんだよ」
ここでほめてほめて、とあざといかわいさをアピールしたら楽しいかもしれないけど、
こういう男は舐められてると判断するかもしれないからやめておこう。
ここで返答を間違って状況が悪化したら嫌だからね。
「そうかそうか、
つまりそのおばちゃんとお前は俺様に対して罪を犯したわけだな」
よし、これで話がおわ……らない!?
というかなんでそんな結論になるの?
訳が分からないよ。
何、捨てようとした事そのものが気に入らなかったの?
「分からねえ、って顔してんな。
これだからゴミは使えねえ。
俺様の言うことを理解しようとしないんだからよぉ」
ぼく、この人の、言葉が、理解、できないよ。
どうしちゃったのかな?
「この世界のものは全部俺様の物なんだから、
その部下である男が食い逃げなんてするわけがねえ。
おおかた部下が当然の権利を行使したのを、
ゴミが何も分からずに抵抗したんだろ。
ったくよぉ。
この俺様の部下がゴミの飯を食ってやってるんだから、
涙を流して感謝するのが当然だろうが」
ああ、よく見たら思ったのよりも”上”だったか。
そして狐顔の男はぼくの軽蔑した視線に気付かずに独り言を続ける。
「それなのに抵抗したんだ。
これはもう、俺様の顔に泥を塗ったといっていい。
……だが、俺様は少し寛容だ。
地べたに顔を付け、靴を舐め、許しを乞い、
持っている金をおとなしく差し出せばその罪を許してやろうじゃねえか。
なあに、ゴミが持っている金を俺様が有効に使ってやるんだ。
……て、聞いてんのかぁ、ゴミクズがぁ!!」
あっ、独り言はようやく終わったかな。
「まあ、こんな場所に住んでいたら気がおかしくなるのも分かるよ。
大丈夫、田舎に帰って何年か療養すれば、
きっと元気になるとおもうよ」
「だれがキチガイじゃ、こらぁ。
ゴミクズがぁ、本気で俺を怒らせたいらしいな。
いいだろう、みせしめとして惨たらしく甚振って殺して」
……どうしたんだろう、あの人。
あんな遠くで独り言を喚き散らしちゃって。
近所迷惑とか考えたことないのかな?
って追いかけてきた。
きゃっふぅぅ、逃っげろ~♪
ぼくは叫び続けている男とは逆方向に、
ほぼ全速力で走り始めた。
「待ちやがれ、ゴミクズがぁ!!
この俺様が命令してるんだ、さっさとその足を止めやがれぇ!!」
う~ん、このままじゃご近所さんがうるさーい、って言いながら槍とかを投げかねないな。
仕方が無いから、要求を呑んであげるとしましょう。
「止まれ?
別にいいけど」
そしてぼくは足をそろえて急ブレーキをかける。
もちろん速度は0になる。
「はっ、止まれっていわれて止まる馬鹿はいないってかぁ!!
……ってほんとに止まりやがったぞ、こいつ」
おっ、ゴミからこいつにランクアップしたぞ。
特に嬉しいという感情は湧いてこないけど。
「ぎゃははは、ようやくあきらめたか。
さあ、地面に手を付いて許しを乞え、さあ!」
狐顔の男は勝ちを確信した顔で何か呟きながら、一歩一歩ぼくに近づいて来る。
ぼくの方は最近同じような光景をみたなぁ、
あ、そうだ、ブーちゃんと同じだ。
なんて思いながら、
地面に”全身を沈み込ませた”。
時間設定は1時間後くらいでいいかな?