その2:戻ろうかな
今日の任務は、
地元に帰るだけの簡単なお仕事です
青い空、白い雲、爽やかという言葉がとてつもなく似合う場所で、
僕は青春という名の1ページを走っていた。
……たまに眼が濁った魔物が見えるけれど見なかったことにしよう。
このあたりに出る魔物の討伐依頼は受けてないから見逃しても問題はないはずだ。
それより走るのに飽き……今後の活力を失わないために、
前で全力疾走している馬車に追いついて、
相乗りさせてもらうことの方がよっぽど重要なことだ。
「だんなぁ、まだついてきてますぜ」
「あはははは、ぼくも乗せてよ~♪」
向かうは迷宮都市エボル、ぼくが普段住んでいる町。
そこに向かう一本道を1台の馬車と一緒に走っていた。
えっと、まだ半日分くらいの道のりが残っているから、
そろそろ減速してくれると嬉しいな。
聞こえてくる声から察するとそんなに乗っていないんだから、
少年一人くらいプラスしても大丈夫だと思うんだけど。
「だんなぁ、このままじゃ追いつかれやす」
「仕方無い、降りて戦うか」
「ていうか何あれ? 魔物? 魔物なの?
言葉を話す新種の魔物なの?」
ぼくとしては一緒に走るんじゃなくて乗せてもらいたいけど、
近くに寄ったらいきなり加速してしまったので、
こうやって(少し)頑張って追いかけているのだ。
こら~、まてまて~。
あっ、ようやく減速した。
「ではだんな方、御武運を祈りやす」
「ああ」
「OK,ワニの魔物をぶっ飛ばしてやるわ」
えっ、魔物?
慌てて振り返ってみると、ぼくの眼に草原とまっすぐ伸びている一本道だけが映った。
って、何もいないじゃない。
「ねえ、今のは気のせいかな。
今、ワニの魔物の背中にファスナーらしきものが見えたんだけど」
「……そうだな、集団幻覚を見ている可能性は無きにしも非ずだな」
減速したことによってようやく馬車に追いついた僕は、
馬車の上に飛び乗って相乗りの許可を求めた。
「こんにちは、ちょっと相乗りさせてもらってもいいですか?」
すると元々乗っていた人たちは顔を見合わせた後、
その中の一人が進み出て尋ねてきた。
「それよりお前は何者だ?」
「あはははは、ワニの魔物に見えてたのね。
道理でこの馬車が逃げ出すわけだ」
ぼくがつぶやくと御者を含む全員がうんうんと頷いた。
どうやらぼくの普段着である着ぐるみシリーズの一つ”ワニさん”が、
馬車側から見ると馬車と同じスピードで走ってくるワニの魔物に見えていたらしい。
「ちなみにぼくはレント・マクスウェル。
エボルの町に住んでいるかわいさと看板と殲滅力で戦うただの罠師だよ。
短い間だけどよろしくね」
「ねえ、おかしいと思うのは気のせいかな?」
「安心しろ、俺もそうだ」
えー、何者だって聞かれたから素直に答えたのに、
ちょっと反応が酷くないかな。
「まあ気にしても仕方ないしね。
あたしはマリー・バブル、見ての通り軽戦士よ。
こちらこそよろしくね、ボウヤ」
赤い鎧のお姉さんはマリーさんって名前なのか。
でも金髪は短く荒く着られているし、
動きやすさを重視した鎧の間から覗いている体のいかつさは、
マリーなんてかわいらしい雰囲気を粉みじんにしている。
まあ、名前なんて変えようがないものだから、その部分はどうでもいいけれど。
「俺はマギナ、よろしく」
う~ん、クマみたいな男の人はそっけないな。
つまらないな。
でもまあ、見た目がマリーさん以上に物語っている。
今朝狩ったばかりのブーちゃんと同じくらいの体躯。
そしてその堂々たる体以上の存在感を発揮する2本の捻じ曲がった大槍。
なにより発している霊力の高さ。
竜殺しといっても納得できそうな強さの槍使いだ。
”地元”以外では滅多に見ない霊力の高さに驚いていると、
マリーさんが親しげに尋ねてきた。
「なあ、ボウヤってエボルの町にすんでるんだろ。
坊やの目から見てエボルの町って治安いいかい?」
治安ねえ。
「ところでマリーさんはエボルの町が、
EX指定のダンジョンと一体型の迷宮都市だってことは知ってる?」
「ああ、知ってるよ。
人類の生存と発展に必要不可欠なモノであると同時に、
魔物を生み出す元でもある”霊力”を集めて、
魔物の危険度の収束と財宝を生み出す役目を負うダンジョン。
その中でも霊力の高さが桁外れに多く、まともな強さじゃ手も足も出ない化物がEX指定にされる。
その内の一つがエボルの町にある”進化の螺旋”って聞いたな」
うん、そこまで知っているのなら話は早い。
「まあ、エボルはダンジョンと一体型の町だから、
ダンジョンでの決まり事”ダンジョン内での起こったことは全て自己責任”が適用されるから、
書類上は無法状態なんだけど」
「うへぇ」
まあ、それを言葉通りに受け取るなら泥棒しようが、スリを働こうが、
それこそ人を殺そうが裁かれはしない、裁かれは。
「だけどねえ。
エボルの町って町中にも魔物が出てこれるからね。
酒場の看板娘だってクマを殴り殺せるくらい強かったりするから、
実質的な治安はいい方だと思うよ。
夜中道を歩いていたおばあちゃんを襲ったら、
次の瞬間クレーターの底に沈んでいてもおかしくない所だからね」
襲うならまだ魔物の方がましだからね。
強さ的な意味でも、陰湿さ的な意味でも。
装備的な意味でも、手に入る物的な意味でも。
「だがEX指定のダンジョンの魔物が町中をうろついてんでしょ。
その言っちゃ悪いけど、ボウヤみたいな雑魚が何で生き残れてるの」
ぼくを見るマリーの目は少し見下している雰囲気を帯びている。
いや、正確にはぼくを見てはいないのだろう。
ぼくの体を覆っている”霊力”を見ている。
ぼく達人類が魔物と戦えるのは”補正”の力が与えられているからだ。
その補正には2つの効果がある。
1つは才能を保証する効果。
”力”に補正を持つ人は、筋肉が並みの人よりも遥かに育ちやすくなり、
”道具”に補正を持つ人は、一晩練習すればプロと呼べるレベルになる。
”剣”に補正を持つ人は、一週間で鉄を切れるようになり、
”炎術”に補正を持つ人は、簡単に炎を自在に操れるようになる。
簡単に言えば経験値効率の向上だ。
そしてもう一つは霊力を使って補正の効果を底上げする効果。
霊力さえあれば”力”に補正を持つものは鉄を引き千切れるようになる。
元々持っているものを数倍、数十倍に引き上げる。
それこそ人間では不可能な域にまで引き上げる。
その効果はあまりにも絶大だ。
だからこそ霊力の多さで人の強さは大体見て取れる。
その点で言えば、僕はあまりにも弱々しい。
ぼくからは”ほとんど霊力が感じられない”のだから。
「まあ、ぼくは最初に言ったと思うけど罠師だからね。
霊力を使ったら罠の精度とか効果とかを向上させられるけど、
それはお金と時間をかければ解決する問題でしかないからね」
だから大丈夫だよ、と続けようとしたしたら、
今まであまりしゃべらなかったマギナさんがいきなり尋ねてきた。
「そういえば……罠師といえば処刑屋と呼ばれた有名な奴がいたな。
一国の軍隊を相手に出来るという馬鹿げた噂まで流れている罠師。
たしかそいつの出身はエボルだと聞いたが知らないか?」
……ああ、知っているよ。
「うん、知ってるけど会いたいの?」
「ああ、流石に噂は尾ひれがついているだろうが、
それでも火のないところに煙はたたんだろう。
それほどの傑物なら一度あっておいて損はない」
うーん、これは別に強い奴に戦いを挑みたがる狂戦士じゃないから、
紹介しても大丈夫かな?
それに槍使いなら……どうにでも処理できるだろう。
「そう、それなら彼の事務所のポスターあげよっか?
事務所の住所とか書いてあるよ」
「ああ、感謝する」
そんなわけで懐にしまってあるポスターを一部放り投げた。
マギナはそれを片手で受け取ると、一言感謝を述べて自分の懐にしまった。
と、思ったら馬車がひときわ大きく揺れてポスターをお手玉している。
それをクマみたいな体でやってるものだから、一瞬笑みがこぼれそうになった。
本当は普通に笑った、ぷーくすくす。
……鋭い目で睨まれたので止めました、はい。
ところでこの揺れは町についた合図かな。
そう思ったら御者台から声がとんできた。
「だんなぁ、つきやしたぜ」
「ご苦労だった」
「おっ、ついたかい」
「ありがとっ」
どうやら話している間に馬車はエボルの町についたようだ。
「じゃあね~、生きてたらまた会えるといいね」
「「ああ、生きてたらな」」
もう特に用はないので、適当に別れを告げて馬車を飛び降りる。
そして町の門に向かって歩き出した。
この時ぼくはまだ、この二人と大きく関わることになるとは思っていなかった。
「最後に聞いておきたい、……着ぐるみを着ていた理由は何だ?」
「ん? これはぼくの趣味だよ」
「……そうか」
ちなみにこれは大きく関わった内には入れないからね。