その1:焼こうかな
今日の任務は、
ブーちゃんのお家を燃やすだけの簡単なお仕事です。
煙を吐き出し続けている洞窟の前で、
ぼくはどこかの魔物学者さんが言った言葉を思い出していた。
”オークは集団でこそ真価を発揮する”と。
でもそれは1匹だったら弱いという意味じゃない。
2メートルの筋肉の塊に分厚い脂肪の鎧を着せ、
集団行動で培った冷静な判断力を搭載し、
金属製の槍や棍棒、剣などを装備させ、
障害物が多い森や洞窟の中で有用な鋭い嗅覚をおまけした魔物。
それがオーク……もといブーちゃんである。
1匹といえども決して舐めてかかっていい相手ではない。
ところで何故ぼくはいきなりそんなことを考えたのだろうか。
答えは簡単、目の前に1匹のブーちゃんが現れたからだ。
いつもなら体がでかい上に、強烈な臭いを漂わせているから、
もっと離れていても簡単に気づいて対処できるけれど、
ただでさえ薄暗くて見えにくいのに、
煙が充満しているせいでさらに視界悪くなった洞窟の中から、
いきなり飛び出してきたのでつい反応が遅れてしまったんだ。
現れたブーちゃんはちょっぴり焦げているけれど、
煙の中から出てきたのに少しも弱った様子は見せず、
むしろ闘志をふんだんに込めた視線をぼくにまっすぐ向けている。
煙と炎を体に纏いながら、
口から鼻から荒く息を吐きながら、
赤く染まった眼でじっと見つめながら、
使い込まれた鉄の槍を油断なく構えながら、
ぼくとの距離を一歩、また一歩と縮めていく。
ちなみに狙われているぼく自身は木に背をあずけて座り込んでいる。
しかも体をほとんど動かせない状態だ。
手はかろうじて動くけれど、足はピクリともしない。
あれ……(ちょっと)ピンチかも。
あくまでちょっとだけどね。
ぼくはブーちゃんに対し、座ったまま必死に言葉を紡ぐ。
「やめてよ、こないでよ」
だけどブーちゃんはその言葉に耳を傾けようとしていない。
餌が命乞いをしたから助けるようなお人よしの馬鹿ではないし、
そもそも言葉が通じるとは思えない。
そもそもブーちゃんは目の前にいるのがただの餌だと思っていない。
洞窟ごと燃やされた仲間の恨みをこめて、
錆びた鉄の槍をぼくの胸に振り下ろした。
そして勝負はそこで終わった。
胸に槍をつきたてられたぼくと、
眼を見開いたブーちゃんという形で。
微笑みながら槍を胸から外すぼくと、
背中から串刺しにされたブーちゃんという形で。
”オーク”
豚の頭部を持つ鬼の一種。
嗅覚が発達しており、仲間の識別や探知などは臭いで判断している。
ただし彼らの香りのセンスはあまりにも酷いとの評判。