第96話訓練の日々②
なんかおかしくなった・・・
「今日は、これだけで終わりそうだなぁ。」
艦長が苦笑い気味にいった。
もっとも午前中は、ドックからの引き出しだけで終わっていたのだから、そうなるのも当然だろう。
と言うより、あそこまで全力を出したら、他の作業に身が入らないだろう、と言うのが彼の考えだった。
「まあ、さほど体力や艦内の勘が無くなってないみたいですから、良いのではないですか?」
「まあ、そうだな。それにしても張り切ってるなあ。」
「確かに、いつもよりも遥かに盛り上がってますね。やはりサイダーの力は、大きいんでしょうね。」
確かに、そうとしか考えられない、熱気だった。
飛行隊の3人組も、それがあるから参加してるのだ。
やはり、何かもらえる物があると、集中力が変わるのだろう。
「見えた!」
弥生一等水兵が叫んだ。
彼は今、発令所を飛び出して、甲板に降り立っていた。
ちなみに甲板には白線が引かれており、コースが示されている。
そのコースは、まず艦首に行きそこで反転し艦尾の、ゴールに向かうというものであった。
「待て!」
少し遅れてから、大輪整備上等兵が飛び出てきた。
発令所のラッタル登りで、差をつけられたようだ。
「待てと言われて、待つような人は居ませんよ!」
弥生一等水兵が、言い返す。
そう言いつつも、彼は少し焦っていた。
大輪整備上等兵に距離を詰められていたからだ。
あと、50メートルでゴールである。
抜かれる訳にはいかない。
「来たな。」
「来ましたね。」
艦長と副長が言った。
今や、両名とも全力で走っているのがここからでも見て取れる。
「1位は、弥生一等水兵だったか?」
艦長が、合ってるな?という口調で言った。
「そうですね。」
答えたのは、艦長の副官である。
「ここまでデットヒートする事になるとは、思いませんでしたよ。」
「どのみち、こういう事はやらねばいかんからな。訓練のモチベーションが上がるなら、良いではないか。」
「ですね。今のところ怪我人は出てないみたいですから、幸いですよ。」
副長が言った。
「衛生兵の手を煩わす事は、まだ無いか。それならいいな。」
こうしている間に2人は、着々とゴールに近ずいてくる。
「僕の勝ちです!」
そう、弥生一等水兵が叫びながらゴールテープを切る。
「1位は、弥生一等水兵、2位は大輪整備上等兵!」
順位をとっていた者が言った。
ここに、艦内旅行の勝者は決まった。
だがまだ、20位付近のサイダーを巡る攻防は続いていた。
その渦中に、飛行隊の3人組もいた。
「急げ!ギリギリだぞ!」
そう叫びながら、吉川飛行兵曹は、発令所のラッタルを駆け上っていく。
それに続いて、江草、中瀬飛行兵曹も駆け上がっていく。
そしてしばらくしてから、彼らはファイルストレートに差し掛かった。
「飛行隊の奴らもきたな。」
艦長が顔をニヤつかせて言った。
「今、17位までゴールしてますから、彼らで丁度終わりですね。」
終わりとは、ボーナスのサイダーの事である。
「ついたー!」
はあはあと、息を切らせながら江草飛行兵曹が言った。
「お前らで丁度終わりだ。ほら受け取れ!」
艦長はそう言うと、副官からサイダーの瓶を受け取り、投げた。
受け取れないと大惨事になる事間違い無いだろう。
なんせ、競技が始まる直前に炭酸を封入したのだから。
「危なっ!」
3人とも、その瞬間焦っていたが無事にキャッチする事に成功した。
「美味しいです!」
中瀬飛行兵曹が、ぱあっと、顔を輝かせながら言った。
「そうか。これからもがんばれよ。」
艦長が、言った。
「はいっ!」
「みんな、飲めたか、よかったな!」
「生野中尉、いつからおられたのですか?」
中瀬飛行兵曹が聞いた。
「ああ、丁度今来たところだ。安心しろ、今日は飛行訓練はしないから、休んでいいぞ。」
これを聞いた3人は、嬉しいような、久しぶりに飛べると思ったのに、という残念感が包んでいた。
だが、肉体的な疲労を考えれば、今日はもう休んで英気を養うべきだろう。
そうしてる間にも、続々とゴールしていく。
今日の訓練は、成功だった?と言えるだろう。
こうした訓練も、まだ敵の襲撃がないシンガポールだからこそ、出来たのであろう。
この事を忘れてはいけない。
今本土では、本土防空戦が終わりに近づいていた。
日本側の、防空機が枯渇してきたのである。
「今日は、宴会にでもするか?」
艦長が、副長に囁くように言った。
「如何しましょうか。まだ、訓練は続くんですよ?」
少し支離滅裂になりながら、反論した。
「そうだな・・如何するか・・」
「宴会は、最終日にすると言って、訓練に集中させれば、良いのではないでしょうか?」
副長が、代案を出した。
「そうするか。艦内放送準備!」
艦長が意を決して言った。
「総員に次ぐ、訓練の最終日に宴会を行う。それまで、気合を入れて訓練を行え!いいな!」
艦長が、言い終わる前に乗員の叫び声が、響き始めた。
「予想以上の反響ですね・・」
副長が、些か呆れたように言った。
「だが、これでサボるような者は出ないだろうな。」
艦長がそう言って、その場を締めた。
第96話完
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