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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

華~幹彦と蘭~①

作者: えるさいず


 夜もまだ浅く、大通りが騒がしい花の金曜日。街は一週間真面目に働いたOLやサラリーマンたちであふれかえる。

 その中でもこの通りは、遊女たちの誘う声でいっぱいになる。多くのサラリーマンたちが今夜ハメを外す相手を探し、ふらふらと歩いては女性たちに捕まる。

 そんな遊女たちの声を払い、彼は通りの一番奥、中でも外観の地味な部類の店へと入っていく。入るとすぐ、高級ホテルの様な大きなロビーが待ち構えているが、外と違いここは静かで、何より人が少ない。

 「幹彦様、お待ちしておりました。」

 執事のような燕尾服を纏った彼――雀は、この店『華』では有名な案内係であった。有名と言うのは、その整った容姿やマナー違反をした客に対する対処の手際の良さ、ということではなく、その美貌と雰囲気にも関わらず、誰も彼と一夜を共にした事がないのだ。確実にナンバーワンを飾ってもおかしくないのだが…。

 幹彦も最初に訪れたときは彼を見てクラっときたものだが、今はもう彼にとってはそれ以上の存在がいた。

 「どうぞ、蘭の間でございます。」

 案内する側も案内される側も、この部屋の案内はもうすでに慣れた。

 「あ、雀さん、」

 「はい?」

 「この間の件なのですが…」

 「はい。オーナーは蘭さんさえよければ、とのことです。蘭さんの仕事については、私の方で。」

 「ありがとうございます。」

 二人とも依然として表情を変えないが、幹彦の顔に無表情が張り付いて中々外れないことを雀は知っていたし、雀の表情が常に上手な愛想笑いであることを幹彦も知っていた。

 幹彦が部屋に入ると、部屋では一人の男性が鏡に向かって髪の毛をやたらといじっていた。瞬時に幹彦の存在に気づくと、彼は笑顔で近づいてきた。

 「幹彦さん、お久しぶりです。」

 京都弁独特のイントネーションで挨拶をしながら幹彦の荷物とコートを預かる。そのために近づいてきた彼を離すまいと、幹彦は彼の腰を引き寄せる。そして優しく唇を合わせる。本当はここで一度彼を離す予定だったが、一度彼の温もりに触れてしまえば、もう手放すのは惜しかった。

 「幹彦さん、一旦離してください。」

 そんな彼を見かねて離すように促すも、幹彦は無言で駄々をこねる子どものような顔をする。

 そんな幹彦の頭を優しく撫で幹彦の手を払い、彼――蘭は幹彦の荷物を置きコートをかけた。その間に幹彦はネクタイを少し緩め、座布団の上に座る。蘭は幹彦の傍らにあるお猪口に酒を注ぎ、彼の隣に座る。

 「今週はずいぶん忙しかったんですね、」

 蘭は少し意地悪する気持ちで言う。普段であれば幹彦は、平日週に4日は店に訪れ、もはや店に着替えを置いておいているレベルだ。そのため蘭の間は他の客が入ることは絶対にない。となると男娼にとっては暇で、何より欄にとってはさみしい一週間であった。しかし今週は本日で2日目。蘭は、少なくとも素面の時は、口で寂しいなどと絶対に言わない。もちろん、

 「あぁ…いろいろあってな…。悪かった…。」

 普段と違うしおらしい態度の幹彦に、蘭は更に意地悪したい気持ちになる。

 しかし謝ると同時に頭を優しく撫でられると、そんな気持ちもなくなってしまう。自分がいかに単純か。まさか、この人限定だ。

 「明日はお休みですか?」

 「あぁ。土曜出勤はなしだ。」

 その言葉を聞くと、2日も一緒にいられると考えると、それまで少しでも怒っていたことが嘘のように、嬉しくなっていく。

 そんな嬉しさをかみしめていたせいか、幹彦が近づいていることに気づかなかった、そのため突然された溶けるような長い口づけに、驚いて息継ぎを忘れてしまう。それでもしつこく、ふたりは舌を絡め合う。

 少し離れると、珍しく息を荒くしている蘭に驚き、笑ってしまう。

 「なんですか…」

 「いや、」

 蘭は頬を膨らませながらも、半面嬉しく思ってしまう。

 初めて会ったときは、表情一つ変えなかった幹彦が、今はこんなにも笑顔を見せてくれる。しかも自分にだけ。幹彦の表情を、気持ちを独占しているようで嬉しい。

 そしてまたしても唐突に、幹彦は蘭の首と膝を両腕で支え持ち上げる。つまりはお姫様抱っこのような形になっている。あわてる蘭を他所に、幹彦はお姫様を布団まで運ぶ。

 「んもう…。自分で歩けます…。」

 蘭はそう言うものの、幹彦は相変わらずの無口で蘭の上に覆い被さる。

 「無口なところは変わりまへんなぁ…」

 お前は昔からお喋りだ、という台詞が出かけたが、余計なことを言うと機嫌を損ねかねないので飲み込む。

 「…俺がここに来てから、2年だな。」

 突然、しかもこの体制で話す幹彦。蘭には何を考えているのか分からなかった。

 「そうですね…。」

 「…」

 幹彦が何かを言いたいことがあるということはわかったが、その内容は蘭には分からなかった。

 もしかしたら別れ話でもされるのかもしれない。そんなネガティヴな考えばかりが募る。いや、そもそも自分は男娼で彼は客。付き合うとかそう言う仲ではない。しかし蘭にとって、幹彦はもうただの客ではない。休日には遊びに連れていってくれるし、虚構かもしれなくとも、愛の言葉を囁いてくれる。自分を優しく抱いてくれる。そんな幹彦のことを、蘭は心から好きになっていた。

 しかし、もし自分が幹彦の幸せの邪魔をしているのなら、外に本当の好きな人がいたり、そんなことがあったら、自分は引き下がるつもりだ。自分のような男娼に、こんなにしっかりとした男性はもったいない。所詮、自分はこうして誰かを慰める生き方が合っている。蘭はそう思っていた。

 「幹彦さん、」

 「ん?」

 「せぇへんのですか?」

 精いっぱい自分を輝かせる術を蘭は知っている。精いっぱいの色気を出して、幹彦を誘う。いつもならとうに襲われていてもおかしくない。しかし今日の幹彦は随分おとなしかった。そこがまた蘭を不安にさせていた。

 「…その前に、」

 「はい?」

 「言わなきゃいけないことがある…。」

 あぁ、とうとうこの時が来た。そう感じた。所詮自分は遊び人なのだから、こんなこと今まで沢山あったのだから、覚悟なんてとうにできていたのだから。

 「なんです?」

 「…っ、」

 口下手な彼が自分から切り出すのは大変だろうか。しかしこういうことはスパッと言ってほしい…。これは自分から離れた方がいいか、なんて考えていると、彼の予想したものとは違う言葉が帰ってくる。

 「…うち、来ないか?」

 「……へ?」

 言われたことの意味を理解できない蘭は、目を丸くして彼の方を向く。

 「お前を買い取りたいんだ。もうオーナーには話を通してある。お前が良いと言えば、買い取っても言いそうだ。」

 「それは……プロポーズ…と取ってもええんですか…?」

 「あ…あぁ…、」

 プロポーズをしているときでさえ表情をあまり変えなかった幹彦が、それをプロポーズだと言われた途端柄にもなく顔を赤くした。それが微笑ましくて、嬉しくて、自分を必要とされたことが嬉しくて、蘭の目からは涙が流れた。

 「えぇんですか…?僕、幹彦さんが初めてと違いますよ?」

 「あぁ、」

 「幹彦さんにわがままいっぱい言いますよ?」

 「あぁ、それでもお前がいいよ。」

 そう言われ抱きしめられれば、増して涙があふれ出す。

 「で、答えは?」

 そんなの決まっているじゃないか、そう思ったが、わかっている。彼は自分の言葉が聞きたいのだろう。

 「よろしくお願いします」



――×――×――



 以下、ピロートークを会話文のみでお送りいたします。

 「幹彦さん、」

 「ん?」

 「新人の薊言う子が、緊張しすぎてお客さんに暴言吐くんです、」

 「…あぁ、」

 「僕はそういうのかわえぇと思うんですけど、相性えぇお客さんが中々いぃひんのです。誰かえぇ人おりません…?」

 「…誰か紹介するってことか?」

 「会社とか知り合いで、おったらでえぇんですけど…」

 「…わかった、今度連れてくる。」

 「ほんまですか…?よかった…」

 「…蘭が新人を気に掛けるなんて珍しいな、」

 「遊女の子らしくて、オーナーが拾ってきたんです。中々ひどい目に合った子みたいなんで、目ぇ離せへんのです…」

 「あぁ…」

 「…今、僕と似てるって思いました?」

 「……いや、」

 「…まぁ、同じ境遇でも僕は身体売りまくりましたからね(笑」

 「んとにひねくれてる…」

 「なんか言いはりました?」

 「いや、何も」



――×――×――



 翌朝、といっても時間的には昼だが、店のロビーでは麗しい男子会が開かれていた。もう恒例になっているが、見た目の華々しい男性陣が飲み物を片手に談笑していた。

 「そういえば蘭さん、貰われるんだって?」

 「おぉ、耳が早いなあ。」

 「えっ、そうなんですか?」

 「せやねん、」

 いつもの営業スマイルではなくニコニコという言葉がぴったり合う笑顔で、見るからに幸せそうなオーラを漂わせる蘭に、周りの男性陣は眩しがる。

 「こいつが一人に落ち着くなんてな、」

 そう呟くのは、燕尾服を脱いで部屋着を着ている雀だった。

 「それはこっちの台詞や、雀」

 「何のこと?」

 「若い子たちは知らんと思うけど、雀も昔はそうとう…」

 「蘭ほどじゃない。」

 「……せやのに、まさかオーナーt」

 「余計なこと言うな。」

 雀に口を塞がれ、最後まで話すことができなかった。

 「幹彦さんもこんなのを買い取るなんて物好きだな」

 「せやから、お互い様やて。」

 自分よりそんなに歳上ではないはずなのだが、この二人はどうしてもベテランである。烏はそんなことを考えながら、時々飛び交う聞き捨てならない台詞に耳を塞ぐ。


読んでいただきありがとうございました!

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