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秘密編・3

「あの……そこで何してるんですか?」

「……え?」


 暗い道の中、ゴシップ記者に声をかけた少女の姿を見て、彼は唖然としていた。


 網乃メアリなのか、と尋ねると、少女はきょとんとした顔のまま肯定の頷きを返した。当然だろう、ミニスカートに淡い色のシャツ、金色の髪に黄色のリボン――ゴシップ記者の傍で街路灯に照らされていたのは、どこからどう見ても人気アイドルユニット『Dolly`s』のリーダーであり、最近人気が急上昇し続けている事務所の稼ぎ頭でもある美少女、網乃メアリなのだ。


 テレビで見るものと同じ可愛らしい口調で尋ねる彼女に、声をかけられたゴシップ記者は、驚きのあまりその場から一歩も動く事が出来なかった。彼女が円柱状の奇妙な家にマネージャーと一緒に入って行ったはずなのに、一切の予兆も無しに突然彼の傍に現れたのである。見間違いであるはずはない、彼女が家に入っていくのを、ゴシップ記者は自慢のカメラ越しにじっくりと見続けていたからだ。



 一体どうなっているのか、訳が分からなくなりかけた彼だが、ここで怯えていては2人の真実、そしてこの家の秘密は分からない、と何とか冷静さを取り戻そうとした。そして、ようやく先程までの唖然とした顔を隠すことが出来たゴシップ記者はおもむろに自分のスマートフォンの画面を見せた。いつも彼はビジネスの基本として、名刺代わりに自分の名前や職業、経歴などが書かれているこれを見せているのだ。

 


「雑誌記者の人ですか……」

「そ、そういう事なんですよぉ……」


 夜分遅くまでお仕事お疲れ様です、と丁寧に挨拶をしたのち、網乃メアリはゴシップ記者にここで何をやっているのか、と質問をした。これに対し、彼は誤魔化すことなく、率直に自分の目的を告げた。私生活を一切明かさないまま過ごしているアイドルの中身を、ぜひ取材させて欲しい、と。相手側から不法な取材で訴えられるよりは、敢えて先に自らの手の内を明かした方が、正直な自分の方へと有利に物事を進められる、と考えていたのである。


「ほら、『Dolly`s』の皆って誰も普段何してるか明かしてないですよねぇ?」

「そうですね……誰にも秘密なんです……」



「でしょー?ずーっとそのままだと、そのうち苦労する事になりますよぉ?」


 ファンの心配は勿論だが、それ以上に『Dolly`s』やメアリが大嫌いなアンチの人たちが勝手な憶測を立てるかもしれない。悪いイメージが付けられれば、それを消し去るのは非常に困難であり、彼女自身や他のメンバー、マネージャーにも被害が及ぶだろう。だったらここで自分と契約を交わし、ほんの一部でもプライベートを、そしてマネージャーとの関係の真相を教えてくれれば、そういった危険は無くなる――ゴシップ記者の説得は、次第に脅しのような雰囲気を帯び始めた。


「勿論ここで許可を貰わないならば、『変なところ』まで取材はしませんからねぇ。でも、ここでボクの言葉を聞いたほうが……」


「え、でも……私1人で決める訳には……」


 マネージャーや他の仲間の許可を貰わないと、そのような事は出来ない。メアリは少し困り顔でそう言ったのだが、ゴシップ記者には全く効果は無かった。許可を貰おうが貰えなかろうが、彼はそのまま強引な取材を続行する気でいたからである。

  

 素直に話を聞いたほうが身のためだ。そう言いながら、彼は自分の暑苦しそうな顔を網乃メアリの綺麗な顔に近づけた。言葉遣いは一応丁寧だが、その態度は明らかに下心や欲望を丸出しにしたものに変貌していた。絶対にこのスクープを物にして、彼女のプライベートを全て暴いてみせると言う歪んだ使命感に支配されるまま、彼はアイドルを『脅迫』し続けた。自分の撮った写真たった1つで、他人の人生など簡単に操る事ができる。もしそうされたくなければ、自分の取材を許可しろ、と。



 ゴシップ記者がここまで強気の姿勢に出たのは、この場所が静まり返った住宅街であった事も大きかった。辺りの家からは一切の明かりも漏れず、街路灯が輝くだけの空間では誰も助けが来る事は無いし、自分を止める者も現れるはずは無い。だから思う存分やりたい放題できる、と言う妙な考えを抱いていたのだ。

 だからこそ、突然背後から別の声が聞こえたとき、彼は心臓が体から飛び出しそうになるほどに驚いた。




「あのー……そこで何をやってるんですか?」


 

 まさか、そんなはずは無い。自分の目の前に、人気アイドルの『網乃メアリ』は間違いなくいるし、自分の真摯な願いを今にも聞き入れようとしている。ならばこの声は空耳なのか、いやきっとそうに違いない――必死になって、背後の現実を受け入れないように努力をし続けたゴシップ記者だが、その努力はあっけなく無駄になってしまった。突然満面の笑みを見せたメアリが、再び固まってしまった彼を放置したまま背後の『声』の方向に駆け寄っていったのだ。そして直後、彼の耳に網乃メアリの声が響いてきた――それも、左右から2つも。


「へー、あの人雑誌記者さんなんだ」

「うん、名刺に書いてあったから間違いないよ」

「夜遅くまで大変だね♪」

「うんうん、全くだよ♪」


 先程まで困惑した声を出し続けていた人とは思えないほど、メアリの声は明るかった。その声色の変わりようは、ゴシップ記者には不気味で恐ろしいものであった。一体何が背後で繰り広げられているのか、とうとう恐怖を好奇心が越え、彼は恐る恐る後ろを振り向いた。


「「こんばんはー♪」」


 街路灯に照らされたその姿を見た途端、ゴシップ記者は心臓に加えて自分の目が飛び出そうになるほどに驚いた。


 彼の目の前には、満面の笑みを見せる網乃メアリがいた。ミニスカートに淡い色のシャツ、金色の髪に黄色のリボンと言う、テレビで見るものと全く同じ姿であった。

 ただし、1つだけ、普段の彼女とは全く違うところがあった。ゴシップ記者の目の前に、網乃メアリが『2人』もいたのだ……。


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