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秘密編・1

 ここは、とある町にある古びたアパート。

 その一室で、1人の男が不気味な笑い声を立てていた。


「随分盛り上がってるみたいだねぇ……ふふふっ♪」


 彼の目の前には、机に無造作に置かれた1冊の雑誌があった。今日発売されたばかりの、いわゆる『ゴシップ週刊誌』と呼ばれるものである。その表紙には、大きく目立つ文字でこのような文章が書かれていた。


 『スクープ大激写!

 大物女優△□○、美形俳優との不倫発覚!?』


 テレビや映画などで大活躍を続け、清楚な性格と評されていたとある大物女優から突如として出た大スクープである。

 雑誌の中には彼女や不倫相手の俳優の写真が次々に並び、噂レベルに留まっていた不倫の真相が次々に暴かれていた。数年近くに渡って旦那さんを欺いていた、相手とは今やこっそり家にお邪魔するまでの仲――プライベートが次々に明らかにされてしまった2人の芸能人は、今やテレビや雑誌、新聞などの取材に追われる羽目になってしまった。

 

 そんな大騒動の発端を作ったのが、このアパートで一人笑うこの男――とある会社と専属契約を結ぶ、ゴシップ記事専門の雑誌記者であった。



「いやぁ、それにしてもこのボク、よくこんな写真を撮れたよなぁ♪」



 雑誌に掲載された写真の数々を見ながら、彼は自分の腕に酔いしれていた。単にカメラ片手に写真を闇雲に撮るばかりでは、このようなスクープを得る事はできない。不倫の噂があった2人の情報を密かに調べ上げたり、物陰から何度も観察したり、抜き足差し足忍び足で彼らのことを狙い続けた結果、この記事が仕上がる事になったのである。

 これまでも、彼はこのようなスクープを激写し続け、芸能界に渦巻く様々な噂や疑惑の真相を、公の場に晒し続けていた。彼の餌食になった芸能人の中には、スキャンダルの結果一時的に活動を自粛するまでに至る者までいるほどであった。当然芸能界側も様々な警戒を行おうとするが、彼の実力と執念、そしてファインダーの前にはどれも無意味だった。


 ただ、このような行いに対して、彼は一欠けらも罪の意識も恥ずべき心も持っていなかった。


「こういうのを知りたい人が、世の中にはいっぱいいるからねぇ。ま、許してちょ♪」


 ゴシップ記事を狙い続ける彼にとっては、自分の写真一枚で狂わされた芸能人やその関係者の人生など知った事ではなかった。それどころか、その写真で他人の人生が左右されるという事実を思うたびに、彼は自分が神様になったような気分にすらなっていたのである。そして、このような事をし続けてもなお彼を必要とする者たち――雑誌の偉い人、編集者、関係会社の人、そして芸能人の噂を欲しがる一般大衆――が大勢いると言う事実も、彼に歪んだ自信を持たせていたのかもしれない。



 

 そんな彼に、また新しい仕事が入っていた。ターゲットは、最近テレビによく顔を出す、今話題の女性アイドルである。



――こんにちはー、今日もよろしくお願いします♪



 その明るくしっかりとした声は、最近あちこちのテレビやラジオで流れるようになっていた。バラエティ番組やワイドショー、情報番組、果てはアニメのゲスト声優など、気づけばすっかりあちこちのテレビに引っ張りだこになっている――彼女こそは、数人の少女たちによって構成されている人気アイドルユニット『Dolly`s』のリーダー、『網乃(あみの)メアリ』である。



 積極的なファンサービスも勿論だが、様々な分野に挑戦し続ける努力家の一面が、彼女たちの大きな特徴であった。ドラマに出演したり、アニメの声優を担当したりする時も、本職の俳優や声優に追いつかんと練習を重ねている事は、これまで何度もテレビ雑誌やワイドショーで取り上げられている。今のご時勢にはちょっと珍しい、努力や根性を武器に芸能界と言う戦場を生き抜き続けるその姿勢が、彼女の大きな武器になっているのだ。


 だが、そんな彼女、そして『Dolly`s』には、ある大きな謎があった。


「プロフィールはこんなに詳しいのに、なんでプライベートは謎なんだかねぇ……」


 様々な芸能人との交流や握手会などのファンサービスなどでメディアへの露出度が高いのとは裏腹に、彼女の家族関係や自宅の場所はおろか、オーディションに出演するまでの生い立ちそのものが、事務所から一切明らかにされていないのだ。当然、ゴシップ記者である彼も含め、これまで多くの記者がその謎を確かめようと努力したが、不思議な事に今まで誰も真相を確かめる事が出来ていないのである。特にリーダーの網乃メアリについては、公式の年齢や出身地すら一切明らかにされておらず、一般人から業界人まで巻き込み、様々な憶測を呼び続けていたのだ。



 ここ最近の芸能界で一番の謎、アイドルユニット『Dolly`s』、そして『網乃メアリ』の秘密――それを暴くことが出来れば、まさに自分は最高クラスの特ダネを手に入れる事になる。しかし一体どうすれば良いのか、とゴシップ記者の彼が悩んでいた矢先、降って湧いたように1つの噂が飛び込んできた。

 彼女を陰で支えていると言う男性マネージャーと、やけに仲睦まじくなっていると言うのだ。



「ほほぅ……お似合いの2人だねぇ♪」



 ゴシップ記者の彼が見つめるパソコンの画面には、網乃メアリと件の男性マネージャーの写真が並んで映っていた。メアリの方は勿論だが、男性マネージャーもかなりの美形で、そのまま芸能界にデビューしてもおかしくないほどのイケメンである。これは確かに恋愛の疑惑が出てもおかしくないだろう。

 そして、今回彼が動き出す事を決意したのにはもう一つ理由があった。今回流れてきた噂と言うのが、かなり信憑性が高い『情報筋』からリークされたものだからであった。これまでも何度かそこから流れてきた情報が、大スクープに繋がった事から、今回もまた間違いなく事実だろう、と彼は考えたのである。


 善は急げと言わんばかりに、彼は自分の最大の武器であるカメラや、様々な装置の準備を整えていた。シャッターチャンスを逃さないための面倒な時間だが、相手にばれないようにする事も同時に考えなくてはならない。長年この仕事をやってきた彼にとってはそこが辛く、しかし楽しい所のようであった。



 そして、大方準備を終えたところで、彼は改めてアイドルユニット『Dolly`s』の集合写真を眺め、そして独り言を呟いた。



「……なるほどね、確かにどれもこれも、顔がまるっきり一緒だねぇ」




 顔が同じ、姿が同じ、声も髪も全く同じ。全く見分けがつかない『量産型アイドル』――昔から新しいアイドルユニットが人気を博すと、お約束のように各地から浴びせられる批判である。一見するとそっくりでも、よく見れば顔の形も身長も全然違うのだが、興味が無かったり敵意がある人間が見ると、没個性に見えてしまうものなのかもしれない。


 そのお約束は、『Dolly`s』にも当てはまっていた。髪型や胸の大きさ、得意分野など様々な分野で個性を存分に発揮しているはずの彼女たちだが、いざ全員集まって笑顔を見せているのを見ると、長年芸能界を食い物にしてきたゴシップ記者でも同じ顔、同じ姿、そして同じ声に感じてしまうのだ。量産型で没個性なアイドルたちがずらりと並び、同じ声で歌を歌ったり感謝の言葉を並べたりする――考えてみると、かなり気持ち悪い光景かもしれない。

 

 だが、そんなネガティブな考えに至ってしまうのは、きっと自分が年を取ってしまったからだ、と彼は考え直し、自分に喝を入れた。芸能人をターゲットに仕事をする身で、そのような情けない考えをするのは駄目だろう、と。


「それに、ボクはまだまだ若いんだよぉ!」




 若い記者やアマチュア連中には負けていられない、自分こそが、特大のスクープを手に入れる存在だ。

 自分を鼓舞したゴシップ記者は、アイドルの秘密を暴くため、行動を開始した……。

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