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Three days  作者: GYサン
2/2

チュートリアルは不必要

 開いた口が物理的に塞がらなくなる日が本当に来ようとは思わなかった。

 いやいやいやいやいやいやいやいや。

 いや、マジで一体全体どうなってる? は? 意味が分からない。

 え? 何? この人自殺したの? え? じゃあ画面いっぱいに写ってるこれってもしかして脳漿?

 コメントは絶えず「www」の弾幕でこんな状況だというのにまるで他人事のよう。実際その通りだから反論は出来ない。かくいう僕だってそんな発言しか頭に浮かばないのだから結局はブーメランでしかない。

 しかし根底は、少なくとも僕自身は、それしかそれだけしか言えなくて、もっと他の、掛けるべき言葉だとか警察に通報だとかそういった一切の常識が出来ないだけだった。


「はっは」


 無理に笑う。

 僕は愛想笑いが苦手だけど、こういうどうしていいかわからない時だけ自然な笑みを浮かべる事が出来るらしい。前にバイトしていた時に、ミスして先輩から怒られている最中に言われた。「怒ってんのにへらへらすんな、真面目に聞いてんのか」と。自分では謝罪の気持ちで一杯だしミスを早く挽回したいし素直に怒られるのも嫌だしで、てんやわんやになってどうしていいかわからなくなる。

 そんな状況に似ていた。

 キーボードに指を寄せる。

 普段はタイプミスなんて滅多にしないのに、この時だけwのタイプが出来なかった。

 震えていた。

 だって、そうだろ。

 ヤラセにしては出来すぎてる。

 つまりはそういうことで。

 頭の中がフルメタルパニックで。

 これは笑うしかないだろ。

 

 突然、右ポケットが振動した。

 ひゃわ、という変な声が出る。

 混乱状態からの効果抜群の急所あたりバリに怒涛の攻撃くらった僕のダメージは半端ない。それと、体験したことがなかったから知らなかったが人間本当に驚くと身体がびくってなるらしい。お陰さまで超絶びくってなり、小指を机の足に思いっきりぶつけてしまった。痛い。

 しばし痛みに悶絶して、それから急ぎポケットを漁って中からスマホを取り出し、いまだ僕を呼び続けている奴に応じる。こちらが文句の一つでも言おうとした矢先に、着信相手は僕が出た瞬間から一気にまくし立ててきやがった。

 

「おいやべえってお前! ニコ生見たか? 今やべーのやってるぞすげえってマジで! 目の前で拳銃ブッパしやがった! 自殺、自殺したんだよ! 目の前で! なあ! マジでヤバイって! 視聴者ものすげぇ増えてるよ! てかもうミラー配信してる! とにかく色々すげーんだって! ほんとに! すぐ来いよ! 今ならまだ見れるから、ちょっと今URL送るから!」

「うっせ! っておい! おい!! 切ん……」


プツッ。


 友人Aはやたらめったらな音量で支離滅裂な言葉を一方的に浴びせてきて、勝手に自己完結するとともに返事も待たずにただただ一方的に会話を終わらせる。あまりの早口と大声とそのジャイアンリサイタルのせいで一時休止状態になっていた僕は、その一方的な通話に何も返すことが出来なかった。 


「…FUC○」


 放送禁止用語で悪態をつきながらも、ラインの受信とともに送られてきたURLを開く。

 開いた先にはやはりさっき見たばかりの光景の再放送が映し出されていた。ぱっと見る限りだと、僕が途中から見ていた時よりも数分進んでいる場面で、僕が知る限り以上の基地外っぷりは見当たらなかった。

 興味本位で生放送放送直後あたりから全部見てみたい気もあったが、ミラー放送でも見られなかったのでこれ以上の追求はやめようと思った。第一、そこまで躍起になって見たいものでもなかったから。

 どちらにしても、もしこれがヤラセではなく本当の本当に基地外による自殺までの演説だったとしたなら、明日、というよりもうあと少しで明日だが、そのときの朝には確実にニュースになっているはずだ。日本のマスメディアの小賢こざかしさをあなどってはいけない。

 ニュースになれば自然と掲示板も活発になる。もしかすると炎上するかもしれない。

 動画の検証とかも、どこかの才能の無駄遣いさんがやってくれるだろうし。

 待てば情報は得られる。わざわざ今ここで深追いする必要もない。

 そもそも、たかが生放送一つ、たかが人間一人の自殺。

 考えてもみろ。世の中、一秒に数人は死んでいるんだ。夜中のニュースでもほぼ毎日やってんじゃん。いじめで自殺だとか、誘拐だとか、孤独死だとか、海外の戦争だとか。

 死ぬことは当たり前。そうだろ。

 ただ、初めて本物かもしれない人の死を見て、びっくりしちゃってるだけだ。うんそうだ。

 ももももももちつけもちつけ。違った、落ち着け。

 そう結論づけて息をつく。

 ブラウザは一旦全て閉じて、手身近にあった野菜生活のペットボトルを掴んで一気に飲んだ。

 持つ手が少し震えていた。

 振るのを忘れてしまったせいで若干味が薄い気がした。

 半分ほど飲み終わってペットボトルの傾きを戻す。

 底には果汁みたいなものがべっとりとこびり付いていた。


(………)


 気分はいつになく高揚していた。

 しかも悪い方の意味で。

 ラインの受信音が再び聞こえた。

 はっとして開きっぱなしだった携帯に目を落とす。

 見ると件の友人Aから性懲りもなくURLを貼り付けられたラインだった。すぐ下に続いている文には、「本当にやばいかもしれない」、とたった一言だけ。アスキーアートがないところを見るに、これがどれほどまでにヤバイのかが多少なりとも伝わってきた気がした。

 すぐクロームを開きURLを打ち込む。その時点でなんとなく察しはついていたが、画面が飛んだ先をみてやっぱりようつべ(You Tube)だったみたいだ。

 タイトルは『[ム○ュラの仮面]リアルでやってみたwww !補足!』。

 こういうのなんて言えばいいのだろうか。ラノベ的に言うなら、心音が早鐘を打った、とでも描写すればいいのだろうか。とにかく、背中と手から微小ながらも汗が噴き出したことだけは間違いない。

 ヤバイ、ってくらいは感じていた。

 むしろそれ以外何も感じていない。

 脳内危険信号が全身に発令されている。

 だが、悲しきかな。人間てのはそういう物ほど見たくなる生き物だ。

 ナチュラルに視線が投稿者の名前へと移る。

 


 『幸せのお面屋』



 それがあいつの名前だった。


 再生する。

 動画は暗転したままの状態からスタートしていた。

 暗転じゃない。

 これはきっと、脳漿とか頭の肉とか噴き出した血とかだってのを、僕はなんとなく察した。

 映像の機能を無視した、音声だけの動画が始まる。



「ごめんごめん、一番大事なこと言い忘れてたよテヘペロ。このゲームにはチュートリアルとかそんなもん一切ないから某RPGみたいに最初の三日間みたいな期間は御座いませんので悪しからず。げらげら。それと前の動画でも言ったよね? ダンジョンはひとつしかないって。そのまんまなんだけど一応補足させてもらうと、原作だと四つの神殿に行って巨人やらなんやらを云々(うんぬん)しなきゃダメじゃん? 当ゲームではそんなまだろっこしい要素を一切省き、ダンジョン、ボス、その他諸々(もろもろ)を一つに取りまとめ、最初からラスボスに挑める仕様にいたしました、どやぁ。ま、要するに回り道すりゃアイテム収集のチキンプレイも出来るけど、ショートカットすればものの数秒でラスボスまでいけるってことなのDAZE。逆さ歌もないし、三日間なんてすぐ終わっちゃうよー。チキると即死亡っすな(笑)。今思ったんだけど、チキンプレイっていうか縛りプレイだよねこれ。だって結局ハートってひとつしかないし一発でも喰らったらゲームオーバーだもん。うっは、オワタ式。げらげら」


 声はつい数分前に聞いたものと同じだった。

 合成でも、ボカロでも、ゆっくりでもない、正真正銘の肉声。

 初めてグロ画像を見たときみたいな興奮と衝撃が全身を震え上がらせ、疑問符ばかりが脳内を駆け巡った。なんだこれどうなってるどうしてこいつそうだしたらいやでもそれはおかしいなら一体どうして。それ以上の思考が出来ずに、壊れた蓄音機のように同じ言葉がループし続ける。

 ヤラセなのだとしたらこれは単なる釣り動画として説明できるし、こいつが生きているのもなんらかの手品を使っていたんだろってことになって筋道は通る。そう考えることが多分一番正しくて、順当で当然のことなのだろう。

 仮にもしこれが全て本当の出来事だったとしても、それはそれでよかったのだ。あくまで他人事ひとごとなのだから。基地外の自殺を見て感じるのは、すげぇこいつマジでやりやがった、ってそんな高揚感だけのはず。不快に感じる奴もいるかもしれないが、大半はそんな安っぽい正義感なんて持ち合わせていない。究極的に言ってしまえば、どれだけ人が殺されようとも、自分には一切危害がないし関係がないから、平気で飯が食えるし罪悪感なんて微塵も感じたりはしないのだ。自分が安全であるなら、他所よそでどれだけの殺戮さつりくがあろうともそれは自分の見ている世界とは別の、外側の世界で起こっている出来事でしかなく、実際の危険が及ばない限り内側の世界の出来事として解釈することはない。人が死んだからって、自分が死ぬわけじゃないのだ。


 だからこそ、わからない。

 この表現できない不安が一体なんであるのかが。


「いくらオワタ式だって言っても、こっちは勇者の人数制限してないしね。数の暴力でものを言わせることも可能なわけだし、実際これウィンウィンじゃない? げらげら。あーっと、そうそう。仮面の役割についてなんだけどね、現実的に考えて仮面被って変身とかって100%不可能じゃん。なので仮面の役割を担う、いっちゃえば代用みたいなものをこっちで用意したんだぜ! 先着一名なんで応募はお早く! げらげら。ま、このゲーム、原作と違って仮面なんかなくてもクリア出来る仕様なんだけどね。げらげら。ないと攻略は難しいぃ? かもしれないこともないかもしれないねー。げらげら」


 言葉と言葉の切れ間にぼたぼたとなにか液状のものがしたたっているような音が聞こえ、それが段々と水に水が重なる時の音へと変化していっている。

 そんな音にですら、僕の不安感はあおられ駆り立てられる。


「んじゃ、これくらいにしてそろそろバイバイキーンしたいわけだが、どーせこのままじゃ単なる釣り動画で、私の言ってること全部妄言妄想になるじゃん。証拠だよ、しょーこ。それを今からみせちゃいまーす! まずは、そうだねぇ。約一分後くらいに日本の首相、射殺されちゃうよ。次はねぇ。うーんと。北欧の国三つ全部沈んじゃうよー。あーとーはー。なんにしようかなぁ。また日本なんだけど、近いうち大量に死んじゃうことになるね。最後は、勿論決まってるじゃんね。三日後の12時ジャスト、月が落ちてくる。まさにテンプレ。げらげら。そんな感じで世界は滅びます、ちゃんちゃん」


 世迷言、妄言、虚言、でまかせ、はったり、電波、設定。

 信じないし、信じられないし、信じたらなんか人間として負けだと思う。常識的に考えて。

 そうだ、常識で考えろ。

 あるわけねーって。


「世迷言、妄言、虚言、でまかせ、はったり、電波、設定。信じないし、信じられないし、信じたらなんか人間として負けだと思う。常識的に考えて。そうだ、常識で考えろ。あるわけねーって」


「うんうん、きっとそうだよ。誰も信じなくていいよ。私の言ったことは所詮妄言なんだし」


「でもね、これから起こることは全部本当なんだよ」



「男なら、三日で世界を救ってみやがれ!!!」




 ぐしゃ。




 その日、0時ジャスト。

 僕が動画を見終わった時。

 階下でテレビを見ている妹がなんか言った。

 同時に友人Aからのラインが飛んできた。

 

 僕は、画面から目が離せなかった。


 げらげら笑い、ムジュラを模した仮面を被る、血みどろの彼女から。




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