下っぱ
明日は我が身。
こういう仕事をしているから下手打った奴の行く末は相当見た。同情なんかで手を差し伸べれば、次は自分なのさ。
-1-
加藤由紀夫はタバコを咥え一分位思慮にふけた。フィルターは涎を吸った。きっとこのまま吸ってもうまくないな。車のサイドガラスを開け、投げ捨てる。「はぁ」溜息は深く、そして……重い。
加藤がそのマンションに着いたのは午前0時をまわっていた。何処かから犬の遠吠えが聞こえた。「うるせぇ」近くにいやがったら蹴飛ばしてやるのに、マンションに入り、八つ当たりに、エレベーターの上マークボタンに拳骨を叩きつける。
着いたエレベーターに女が乗っていた。フードを深く被った女。すっと俺の脇を通ると、女の甘い香りが鼻をくすぐった。顔は見えなかったが、美少女だろ。俺はそう思った。
俺はエレベーターで8を押す。アニキに呼び出されている……つまんない理由だ。『朝買ってきたコーヒーが少しぬるかった』俺は朝から殴られ、寝る前に思い出したのでもう一回来いって……馬鹿馬鹿しい。クソ野郎が!革靴の爪先で、ドアを蹴っとばした。
チン。
ドアがゆっくり開く。
出てすぐ、『601』俺の目の端に部屋番号が入る。
「あ、アニキ!」腹部にナイフを生やした男に俺は近づく。
「加藤か……い、いてぇ」
「すぐ救急車呼びますんで」携帯を取り出すが、はたき落とされた。ガチンとコンクリートと携帯の接触音が聞こえた。 「あ!」「うるせぇ! おめえ車か? 俺を先生っとこまで送ってけよ。肩かせ」
「でも……」戸惑う俺の襟首を掴み強引に腕を肩に廻した。
「ほれ」右によろけた。持ち直し立ち上がる。「アニキ……誰にやられたんだい?」「うるせぇ! とっとと俺の言うとおり動け、ノロマ! アホ! 」いつもの悪態がつければ、大丈夫だ、俺はがっかりした。
俺の見たて通り、アニキは一命を取り留めた。運悪く、内臓が傷つかなかったそうだ。ナイフを押し込んでおけばよかったと少し後悔した。
-2-
後日、俺の頭に犯人が浮かぶ。
動機、くだらない愛憎の結果と言う仮説を立てる。そして、
立てた仮説で俺は動く。
取り敢えず、接触だ。
笹川を見舞に行った際に携帯をくすねる。奴は番号関係を全て誕生日にしている。ロック解除は問題ない。
対象の番号取得、
登録番号0
それと、名前の後のハートマーク。
あれ以降頻繁にかけていて、通話に至っていない番号。
おそらくこいつだ、
俺はショートメールを送る。全キャリアの携帯は持っている。
【困っているだろ?電話しろ (俺の携帯番号)】
これでいい。派手な文面は逆効果だ。
10分後、非通知でかかってきた。
「あなた誰ですか?」
「お前をよく知っている男さ」
「……」
「○○駅前に、向日葵って喫茶店あるだろ?」
「……」
「そこに明日、昼の12時にこいよ」
「……」
「○○駅前、向日葵って喫茶店、昼の12時だ。俺はお前に用があるのさ」
ぷつ。通話を切る。
-3-
向日葵と言う喫茶店。俺は不味いアメリカンを啜る。カランと入り口の趣味の悪い鈴がなる。白いハットタイプっていうのか、爽やかそうな帽子を被った女が店内を挙動不審に見渡す。
「おーい、こっちこっち」あまり流行っていないとは言え、何人か客はいる。
目立ってしまった事に女は顔をしかめた。「や、やめて下さい……」俺はにっこりと微笑む。「いいね、ギリギリ美人だ、どブスだったら、ボコっていた……かな」「な……」「まあ、いいか」「……」「マスター! この美少女に美味しいパフェ」「な……い、いらない」「マスター! やっぱりキャンセル! 」「大きな声出さないで……」彼女の右頬に涙が、「ああ、ごめんね。大きな声は、生まれつき。許して」「そういうの……いいですから」
間を置く。「あんた笹川剛を刺したな」
さっと青ざめる。「……何の事かわかりません」動揺したな。指先が震えているぜ。
俺はタバコに火を付ける。「俺とすれちがったのは覚えているな? 」「……わかりません」「その時に血の匂いを嗅いだのさ。だが、わからないのは、なぜエレベーターの『6F』を押した。お前にとって不利だと思うんだがな……なぜだ? 」
長い沈黙。
「場所変えません……か? 」俺は頷く。
俺は彼女を車に乗せた。車はパーキングに止めてある。大通りから入った所にあり、ひと気は少ない。
「ここで、いいかい? 」
女は目を閉じ深く息を吸い込む。
「……はい、私は剛さんの愛人です。あの、その日は剛さんにお金出してもらっているアパートで。あの、2人っきりになっていたんです。何か、何でそうなったかわからないですけど、帰れって言われちゃったんですね。で、玄関まで髪の毛引っ張られて、気づいたら……刺してたんです。で、逃げなきゃと思って、エレベーターで降りた……で、1階に人が見えたんです。開く時に急に剛さんの事心配になっちゃって……それで」
「わかった、大丈夫だ」頭を撫でてやる。「や、優しいんですね」
「た、剛さん、無事ですか? 」
「無事だ」
「よかった」……。
「ただな、笹川剛は怒っているぞ。お前の携帯大変な事になってるだろ? 」
「通話拒否してます……」
「その方がいい、
あのさ……」
「え」
「笹川の愛人辞めて、俺の恋人になれ」
「……そんな。突然……」
「俺が守ってやるよ」唇を合わせる。飾りの抵抗。直ぐに俺の首筋に手を廻してきた。
ゲット、俺は心の中でほくそ笑んだ。ざまあみろ笹川!
【おわり】
「ねぇ……バック買って」甘ったるい猫なで声。「うるせぇ!」こんな購買依存に付き合ってはいられない。
ビクリと手を引っ込めた女。
「怒らないで……」
「うるせぇ……」
人を信用しない。女は特に信用しない。俺の人生の処世術だ。




