誰この人? という疑問はエーゲ海にでも沈めておこうか
……女子トイレへ向かった仁奈はというと。
「うぅ~。意識した途端に、尿意がぁ~」
もじもじしながら走っていた。実は結構恥ずかしいことを口走っているのだが、気づいてはいないようだ。
「トイレトイレトイレトイレトイレェ~!」
連呼するな。あと、叫ばないで欲しい。しかも、ちゃんと前を見ていない。そのうち誰かとぶつかるんじゃないかと、冷や冷やする。
「「きゃっ!」」
ほら見ろ、正面衝突した。
「あたた……」
額を押さえる仁奈。自分一人だけならまだしも、他人に迷惑をかけたら自業自得では済まされない。
「んもう何よ……」
声を上げたのは、さっき仁奈とぶつかった女子生徒。長い黒髪を左側に纏めた少女。目付きが鋭いという点を除けば、容姿が全体的に仁奈と似ている。束の位置のせいか、鏡写しにも思える。
「……あんた」
仁奈が、露骨に顔を顰める。
「もう少し、落ち着いて行動したらどうかしら?」
少女は、静かに言った。
「……気をつける」
仁奈は静かに立ち上がり、制服についた汚れを払った。そしてそのまま、通り過ぎようとする。
「それと、また陰陽魔緒と一緒なの?」
その一言で、仁奈の足が止まった。
「彼がどんな人か知らないけど、貴女のことを知ったら、今まで通りにはいかないわよ」
案ずるような少女の声。何やら、深い意味が込められているようである。
「……ほっといて」
仁奈はそれだけ返すと、再び歩き出した。少し、駆け足で。