第三十九陣
信征は怒りで顔を歪めた、目の前には経と巴嘩の他に四奈・龍奴・次郎・晴季がいる、これが示すのは二つ、一つは信征は劣勢に立たされた、もう一つは信征以外の死、この四人がココに来れるのはそれしかない。
経と巴嘩は完全に回復して構えた、経は左手を信征に向け右手は引いて切っ先は信征、巴嘩は逆手に持った刀を両方とも肩に添わせた、四奈は真っ白な刀を正眼で構える、龍奴は銃口を信征に向け、次郎はタバコに火を付けて背中に刀を担いだ、晴季は大鎌の刃を上に向けて地面に当てた。
「クソ兄貴もここまでだな」
「過去にさようなら」
「元カノの無念、晴らさして貰うよ」
「兄の苦痛、貴方で償ってください」
「政音とトコちゃんを奪った罪、高くつくわよ」
「そういうことだ、王の陥落劇、俺に目を付けたのがそもそもの間違いだったんだよ」
信征が一歩後退したのを龍奴を見逃さなかった、龍奴が一気に連射すると信征は横に避けた、しかし避けた先には四奈がいる、剣撃と同時に白い矢が信征に襲いかかる、信征は何とか翼で防御して後ろに避けるが次郎にまわり込まれ、切上げられ上空に飛ばされる、晴季は上空の信征を鎌でひっかけ、そのまま地面に投げつけた。
落下地点には巴嘩がいる、巴嘩は全体重を乗せて腹を殴った、そして経が素早い一閃で斬りつけた。
信征はボロボロになり倒れている、それを取り囲むように全員が円を作る。
「クソ、わ、私をナメるな!」
信征の体からは4つの黒い球体が放出され、四奈・龍奴・次郎・晴季に向かっている、経は素早く刀を投げ球体を1つ一振りずつ壊した。
しかし経達が信征から目を離した瞬間、巴嘩の悲鳴と共に巴嘩は信征の腕の中にいた。
「ハハハ、貴様ら、離して欲しかった魂玉を納めろ、それが出来ないんならこの女を殺す」
「クソが」
「そこまでアンタが腐ってるなんて思わなかった」
「これはちょっとヤバめだね」
「悔しいです」
「早くしろ!」
「……………経ちゃん」
経以外は魂玉を納めた、しかし経だけはうつ向いたまま動こうとしない、ただ拳を握って震えているだけ。
「おい貴様!この女がどうなっても良いのか!?」
「………………納刀」
刀の一本が信征の背中を切り裂き経の背中の鞘に戻った、そして経は消えて信征の腕から巴嘩を奪い取り、信征の翼ごと壁に突き刺した。
「本気でお前ムカつく、誰にも殺させない、俺が殺す」
経は鞘を5つ体から取り、全員の前に放り投げた。
「俺が傷口を作る、合図したらそこに穴を体側に向けて刺してくれ、それまでは自分の身だけを守れ」
経はそれだけ言うと消え、次に現れた時は信征の後ろにいた、後頭部を思いっきり蹴り飛ばし、信征は顔から地面に突っ込んだ、経はそのまま背中に刀を突き刺し傷口を作る。
「おい、アイツあんな事言ってるけど良いのかよ?」
「俺は経を信じるよ」
「私もです」
「経さまは負けないよ」
「私も信じたい」
「しょうがねぇな、たまにはクソ応援団にまわるか」
信征は立ち上がり振り向き様に爪で経の頬を切った、しかし経は気にせずに信征の懐に潜り込む、信征の攻撃を避けながら相手の出方を伺っている。
信征の爪が地面に刺さった時、経は地面を蹴って信征の肩に乗った、そして肩に傷口を作るとそのまま信征の頭を蹴り飛ばす、信征が地面に倒れるより先に経はまわりこみ、脇腹に傷口を作り間合いを取った。
「もう少しで幕引きだ、遺言なら聞いてやる」
「まだ私は死なない!」
信征の翼が大きく羽ばたき、経の脇腹を切り裂いた、しかし経は一瞬顔を歪めたがそのまま逆の肩に傷口を作った。
そして怒りに狂い突進してきた信征を回転して避け、背中合わせのような状態ですれ違った時、背中にもう一つ傷口を作った。
既に立っているだけでフラフラな信征の目には、大きな傷を作りながら無表情で立っている経が鬼神に見えた。
「最後だ」
経は信征の懐に潜り込み脇腹に一つ傷口を作りそこに鞘を刺した。
「今だ!鞘を刺せ!」
経がそういうと信征は経を掴み壁に投げつけた、それと交代に全員が傷口に鞘を刺す、刺した瞬間に隙が出来るために、全員体に付いた虫を払うように投げ飛ばされる。
経は血がとめどなく流れる脇腹を押さえながら立ち上がった、そして口角を上げて信征を睨む。
「集え!刀達よ!納刀!」
経が投げつけて壁や床に刺さった刀が信征に向かって飛んでいく、そして体を貫き鞘に納まった。
そして手に持った刀を信征の顔と心臓めがけて投げつけた、刀は軽々と信征の頭と心臓を貫き壁に刺さる、信征は人形のようにその場に倒れると元の姿に戻り砂と化した。
「勝った、んだよな?」
経も魂玉を納めて倒れた、すかさず四奈の球体が経を覆って回復を始める。
「経ちゃん!」
「大丈夫よ巴嘩ちゃん、血が足りないだけだからすぐに良くなる」
「勝ったんですよね?」
「そうだね、俺達勝ったんだ」
「お前らクソ馬鹿か!?上ではまだ戦ってんだよ!経を早く叩き起こして助けに行かないとさすがにヤバいぞ」
次郎以外の顔はポカンとしている、そう、今上がどのような状況になっているのか知っているのは龍奴と次郎だけだからだ。
経は龍奴の怒鳴り声に目を覚ますと四奈の球体から抜け出した。
「大丈夫?経さま」
「あぁ、それより龍奴、説明よろしく」
「上の奴らが暴走して今は食い止めてもらってる、でもそれが破られるのも時間の問題だ、経しか奴らを倒せないんだよ、奴ら取り付かれてる」
経はその言葉を聞いて口角を上げた、不謹慎だが経には何か策があるらしい。
「王の力って凄いんだな、信征から受け継がれたよ、これなら上にいる奴ら救える。行くぞ!」
「ねぇ、まだ帰って来ないの?僕疲れたんだけど」
「そうですね、さすがに疲れました」
総羅と歳那は既にフラフラになりながら戦っていた、後ろで休んでいる信侍と勇治は既に倒れている、倒れては回復を繰り返し4人とも限界に達していた、謙恋も連続回復により体力はギリギリ。
「総羅、歳、交代だ」
「すみません、私は限界です、これで最後みたいです」
「謙恋ちゃん!」
謙恋は元の姿に戻り倒れた、誰よりも力を酷使していた謙恋は限界だった。
「しょうがねぇ、二人だけで食い止めるぞ」
「そうだね、死ぬかもしれないけど、息子達のために頑張るか」
勇治と信侍は群れの中に突っ込んだ、既に戦う体力はなく、気力だけで体がうごいている、一撃一撃に力はなく、はねのける事しか出来ない。
「目の前が歪んできた」
「しっかりしろ、俺もギリギリだ」
「ゴメン、僕一抜けね、ふがいない親だったな」
信侍はその場に倒れた、そして近くにいた適合者が信侍に向かって刀をふりかざした時、適合者の頭は吹っ飛んだ。
「もしかして!?」
「やっと来たよ」
「ちょっと遅いですね」
一目散に経は群れの中に飛び込み適合者の首元を掴んだ、そしてそのまま何かを引き抜くと、適合者はその場に倒れた。
「経か何をした?」
「俺も聞きたい事が山ほどあるけど、まぁいいや。今コイツから魂玉を取り出した、これなら死なずに力と魂玉に関する記憶だけを無くせる、これも‘王’の力」
経は次々と適合者から魂玉を取り出していく、経の素早い動きはこの程度の適合者では追い付けない。
四奈は5人の回復を最優先にしている、傷こそ少ないが、体力は限界に近かった、四奈はココまで弱った勇治達を初めてみた。
全員の魂玉を取り出すと、そこには人の山が出来ていた。
「疲れた」
「お疲れさま、経ちゃん」
「どうも、四奈それが終わったら帰ろう、今日はパーティーだ!」
四奈は回復しながら喜んだ、いち早く回復が終わった勇治は歳那と総羅を不安そうな顔で見ている。
その両隣に次郎と龍奴が腰を下ろした、次郎は自分のタバコに火を付けると勇治にもタバコを渡す、勇治は次郎から火を借りてそのまま腰を下ろした。
「勇治だっけか?このままバックレようとか思ってないよな?」
「覚悟は出来てる、殺したきゃ殺せ」
「何か勘違いしてない、勇治君?約束忘れてないよね?」
「約束?」
「帰ったら3人で飲み会だ、酔い潰れもん勝ちだ」
「了解」
そこに以前のいがみ合いは無く、穏やかな空気がある、戦いは終わった、経達は再び平穏な生活を取り戻した。