第三十七陣
「信長、我の前で汝の力を示せ、我が肉体を媒介とし魔王の力を示せ。漆黒の闇に染まりし我が血肉、敵の血で洗い流せ。属性馮位、闇の僮」
信征の周りには四奈と同じように黒い球体が回っている、漆黒のよどんだ球体が妖しさを増させる。
織田信長、戦国時代に他の武将から恐れられた武将、荒い気性故に残虐無比、策士でどれだけ劣勢な戦でも勝利を手中に納めてきた、自らの事を第六天魔王と名乗っていた、明智光秀の謀反により本能寺で自害した。
「では始めよう」
「あぁ」
経は一瞬で消えた、今の経のスピードについていける者はいない、信征は辛うじて目で捉えられたが、攻撃をしても当たらない、今の経には全てが止まって見える。
経は素早い動きにのせて斬撃を放つ、信征はギリギリで防ぐと再び経は光速で移動を始めた。
経は移動しながら風の刃を放ち、移動し別方向から風の刃を放つ、さながら全方向から一斉に風の刃が放たれているかのような状況だ。
「なかなかやるなぁ」
「「負け惜しみなら聞かないぞ」」
移動速度が速いために色々な方向から声が聞こえる、耳で経の居場所は捉えられない。
「飛び回るのも飽きたな、真っ向勝負といくか」
「無理に手加減しなくても良いぞ、どうせ死ぬのだから」
経は信征の前に現れた、その瞬間経は信征の懐に潜り込み素早い斬撃の連打を入れる、信征は球体を使いギリギリのところで弾く。
経の素早くイレギュラーな攻撃は舞っているかのように軽やか、体全体を使い遠心力で勢いをつける。
経は上段から斬りかかると球体に防がれる、しかし経は柄の刃でそのまま下段から切り上げる、こちらも止められ経は刀を支柱のようにして信征の腹を両足で蹴り飛ばす、信征は吹っ飛ぶと追い討ちをかけるように刀が飛んでくる、刃を素手で掴みそのまま投げ捨てた。
刀の柄には鎖がついていて経に戻っていき、経が持っている刀の柄に繋り元の形に戻った。
「ビックリしただろ、こんな事も出来るんだぞ」
「大した事は無い」
信征の手からは血が流れ落ちる、経の刀を防ぐ時に付いた傷、経はそれをみて鼻で笑った。
「いっぱいいっぱいじゃねぇか、余裕なふりしやがって」
「私が本気を出していればな」
「どういう事だ?」
「少々買い被り過ぎたようだな、馬鹿には説明が必要か」
信征が鼻で笑うと経は怒りを露にした、図星だ、経に比喩や遠回しな表現は通じない、頭で考えるより行動するタイプだからだ。
「私は力を100%出していない、3割だ、今の私の力は本来の3割」
「何%?」
経の頭の悪さは信征の想像を絶するものだった、経は理解出来ずに、信征は呆れて動けなくなった、冷めた空気が室内を支配する。
「ま、まぁいい、死ぬことには変わりない」
「今馬鹿にされたのだけは理解出来た」
「よくできました、それなら多少力を出してやるか」
信征は近くにあった球体に手を触れた、全ての球体は信征の血を吸い赤みを帯てくる、全てが赤黒くなると信征は腕を振った。
球体は四方八方から経に襲いかかる、しかし今の経にはどのようなスピードも通じない、軽々と避ける、球体はバウンドして方向を変えながら経を襲うが全てが当たらない。
経は楽しみながら避けていると一つの球体が避けきれずに刀で打ち落とした、その後徐々に避けきれなくなり、刀を使いながら防ぎはじめた。
「何で避けられない、俺のスピードは落ちてない、球体のスピードも上がってない、なら何が違うんだよ」
「ヒントをやろう、一つを見るな、全体を見ろ」
経大雑把に全体を見回した、さすがの経で理解出来た、最初と今の違いに、そして圧倒的劣勢に。
「増えてる!?」
「そうだ、四奈の魂玉は時間がたつと肥大化して、ある程度の大きさになると分裂する、防御タイプの魂玉だ。しかし私のは衝撃で肥大化し、分裂する、完全攻撃タイプだ、壁に当てたのはバウンドを利用するためではない、衝撃を与えるためだ」
「ありえねぇ」
経が一瞬気を抜いたその瞬間、経の肩に球体が当たり体制を崩した、それを皮切りに何発もの球体が経の体を殴り、経が片膝を付いた時、一斉に上から経めがけて球体がふってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
球体は山のようになると、信征のもとに戻って行った、経の体はボロボロになり倒れている。
数秒たつと経は起き上がり始めた、多少フラフラになりながらも立ち上がる。
「よく生きていたな、誉めてやろう」
「こんなもの大した事ねぇよ」
経は力なく再び片膝ついた、肩で息をしている経に信征は近付いていく、今の経には信征を睨む力しか残っていない。
信征は経の顎を掴み、そのまま高々と持ち上げた、そして手が黒く光り始める。
「殺すには惜しい人材だ、私の下で働いてもらう」
「やだね、お前に使われるなら、死んだ方がマシだよ」
「そういうな、永遠の命だ、受け取れ」
信征は黒く光った手を経の胸に押し当てた、経は力なく気絶し、信征に手を離され人形のように地面に落ちた。
それと同時に巴嘩が扉を開けて入ってくる、それを見て信征は秀美の死を確信した、しかし悲しみの表情はなく、無表情のまま巴嘩を睨んだ。
「経ちゃんに何をしたの!?」
「駒になってもらった、そろそろ起きるころだろう」
その言葉に触発されたかのように経は立ち上がった。
「経ちゃん!」
経は生気の無い目で巴嘩を見る、その目は冷たく、経が巴嘩に向ける始めての目だった。
そして経は後ろにいる信征を見ると片膝をついてひざまずいた、巴嘩はその光景が理解出来ず、涙を堪える事しか出来ない。
「そこにいる女を殺せ、私に忠誠を示してみろ」
「はい、信征様」
「経ちゃん!どうしたの!?」
「黙れ、女」
経からは巴嘩に対する殺気が放たれていた、そして解除された魂玉を再び解放するべく、魂脈の流れが速まる、巴嘩は目の前の光景に涙を流す事しかできなかった。
「義経、疾風双刃」
経の手には刀が二振り握られている、巴嘩の手にも逆手に二振り。
「まだ力は上手く使えないか」
信征は観察するように言い放った、経はそんな事などお構い無しに巴嘩に斬りかかる、巴嘩は状況が理解出来ずに受け太刀する事しか出来ない、ただ一つ理解出来たのは、経の巴嘩に対する殺意。
「経ちゃんどうしちゃったの!?」
経からの反応はない、むしろ戦いに夢中で耳に届いていない、経は巴嘩を殺す事を本気で楽しんでいた。
「おい、一つだけ良いことを教えてやろう。コイツの自我は既に崩壊した、コイツは俺に忠実な殺人マシーン、簡単に言えば取り付かれてる」
巴嘩は自分の耳を疑った、誰よりも強い心を持っている経が、取り付かれている、つまり巴嘩の事は覚えていないどころか信征の言うことしか聞かない傭兵と化した。
「まだ慣れていないのか、多少動きがぎこちない、それに魂脈の流れも不安定だ」
信征は経を観察していた、経の動きはたまにぎこちなく、斬撃の瞬間に手が震える事もしばしば、魂脈の流れも不安定でお世辞にも強いとは言えない。
しかし巴嘩は何も手が出せない、相手は仮にも経だった存在、自我を失っていても経は経、その考えが巴嘩を邪魔して攻撃を出せないでいる。
経の動きは更にイレギュラーになってきた、素早い動きをしたと思えばぎこちない動きになったり、しかし戦い方は経にそっくり。
経は左手で右から横薙に斬りかかると巴嘩は受け太刀をした、経はそのまま回転して巴嘩の後ろに周りこむと、襟元に右手を軽く当てた、その瞬間に巴嘩は糸が切れた操り人形のようにその場に座り込んだ。
「えっ?何コレ、体が動かない」
「ほほう、取り付かれてるにしては考えたな、雷電を利用して体の電気信号をいじったのか。そのままその女を殺せ」
経は右手の刀を振り上げた、巴嘩は体を動かす事が出来ずに、涙を流し経の冷たい目を眺める事しか出来ない。
経は口角を一瞬上げると、不気味な顔で刀を振り下ろす。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
飛び散る赤い血、血がその場を朱に染める。




