第二十九陣
龍奴と四奈が帰ってくると、全員リビングに招集された、経達の中ではココが食堂兼作戦会議室になっている。
先に次郎と晴季が降りてきて席に座った、暫くしてから経と巴嘩が座る。
全員が揃うと龍奴は腕を組んで背持たれに身を預けた、龍奴の真剣な表情から全員がただ事では無い事は察していた。
「お前ら、何かおかしいとは思わないか?」
「何かが引っ掛かるけど、その何かが分かんないだよな」
「私は経ちゃんに言われてもピンと来なかった」
「私も分かりません」
全員が首を横に振る中一人だけ険しい顔をしている、龍奴はそれを見逃さなかった。
「次郎なら分かるだろ」
「静か過ぎるんでしょ?」
「そうだ、クソ信征達の攻撃がピタリと止んだ、今までこれでもかとばかりに攻撃してきた奴らが、今は何もしてこない。俺の考えとしては、戦力を大幅に削られたアイツらは戦力強化をしてるんじゃないかと思う」
龍奴が淡々と話していると、次第に全員の顔が険しくなってきた、自分達が知らない間に大変な事が起きていた。
「でもそれだけじゃ無いんじゃない」
「じゃあ他に何があるんだよ?」
「こうは考えられないか?アイツはいつも攻めて来て失敗してる、それなら俺らがシビレを切らして攻めて来るのを待ってる、言わばこの平穏は餌ってのも考えられるだろ」
龍奴は悔しがりながらも納得した、二人の説はどちらにしても攻めこまない事には始まらない、特に龍奴の説が正しかった場合は今すぐにでも攻めなければ危険である、しかし次郎の説が正しかった場合は作戦が必要になる、動きにくい状態になってしまった。
「とりあえず、こっちの戦力と向こうの戦力を把握しておかないとな。
こっちはココにいる六人だけだ、経の両親はあてにならないからいないものと考える。
次に向こう側の戦力は、信征、信征の女、十子、十子を助けに来た蘭、歳那、勇治、総羅、人数的に見ても圧倒的に不利だ、それにまだ蘭、信征、その女の戦力は未知数だ、アイツらは仲間に自分の能力を見せないらしい、だから四奈が知らないのも納得出来る。
今俺らが勝つには、一人が二人殺す、もしくは事前に一人を殺しておく、後は一対全員、だが最後のが一番効率が悪い、連携なんてとれないし疲れが溜まる一方だ、一対一が理想的なんだが勇治は次郎でも刃がたたなかった、スピードが速い経をあてたいんだけど、ココで経を使うと後が辛いし経と勇治の相性は悪い、一度四聖獣を倒した巴嘩も却下だ、奴らは三人一組で動いてる、巴嘩の技は馬鹿デカイから全員を飲み込む、そうなると総羅がいるから圧倒的不利な立場になる。
そこでだ、四奈の魂玉の檻に三人一気にぶちこむってのはどうだ?四奈の檻は生粋の魂玉だから壊すのは経だけにしか出来ない、それで四奈は自分を守る事が出来る、更に形成逆転の利もある、向こうの残りは四人なのに対してこっちは五人だ、だけど……………」
「生存率が大幅ダウンでしょ」
龍奴が言葉を濁したところで次郎が横から入ってきた、全員の希望の光が若干薄くなった。
「四奈は最高の回復要員だ、それが動けないとなると回復出来る奴がほぼ皆無に等しい、巴嘩は回復出来るけど戦力として必要不可欠だ、晴季の回復は時間がかかるから戦場向きじゃない、それに晴季の場合は援護要員として必要だ、四奈の場合防御と回復を両方兼ね備えてる。
つまり、四奈がいないと死ぬ確率は40%以上上がる、四奈がいれば腕一本くらいで済むだろうがな」
その場の空気が重くなる、晴季に至っては目に涙を溜めている、あの龍奴ですら生きて帰る気になっていたのに、この状況だと全員が生きて帰れる確率はほぼ皆無。
「考えててもしょうがない。明後日攻める、場所は把握済みだ、今から逃げても誰も咎めない。ただし生半可な気持ちで行っても死ぬだけだ、行きたい奴だけ来い」
その言葉を聞くと一目散に次郎が立ち上がった、リビングから出る次郎を晴季が追って行く。
経はため息と共に立ち上がり巴嘩を見る、巴嘩も立ち上がり経と一緒にリビングを出た。
残された龍奴と四奈はいつものようにソファーに座ってアニメを見ている、いつも見ているアニメでも四奈は楽しめない。
「みんな来るかな?」
「分からねぇ、来て欲しいってのと、来ないで欲しいってのが半々なんだよな」
「何で?」
「一人だった俺にやっと出来た仲間だ、アイツらに死なれると辛い、誰も死なない手を何百回も考えた、でも四奈だけが確実に生き残る術しか浮かばない。私情で作戦決める策士って最悪だよな」
龍奴が笑っている、四奈は今日始めて龍奴の笑顔を見た、あまり笑う事がない龍奴が四奈の事で笑う、それが四奈にとっては嬉しかった。
「今なら次郎が何もしなかった理由が分かる、今後悔してるんだ、このままみんなで逃げたい」
「大丈夫だよ、みんな無事に帰って来れるよ」
「絶対に死ぬな」
龍奴は四奈を抱き締めた、抱きしめながら考えていた、もしかしたらこれが最後になるかもしれない、龍奴にもやっと守るべき者が見つかった。
次郎と晴季は次郎の部屋にいた、ベッドに身を預けて次郎はタバコを吸っている、晴季は涙を堪えながらうつ向いて動かない。
「逃げても良いよ、正直俺は晴季ちゃんに戦って欲しくないから」
「大丈夫です、覚悟は出来てます」
「いや、俺が出来てないんだよね、今回の戦いは100%晴季ちゃんを守れるか、って言われたら‘うん’とは答えられない、だから晴季ちゃんを失う覚悟が出来ないんだ」
「大丈夫です、次郎さんのタメなら死にません、いや死ねません」
晴季は小さくガッツポーズをしながら言い放った、そんな晴季を見て次郎の頬に涙がつたう、拭おうともせずに天井だけを見上げて泣き続けた。
「どうしたんですか?」
「晴季ちゃんは強いなぁ、って思って」
次郎は起き上がると同時にタバコの火を消した。
「俺なんて怖くてしょうがないのに、押し潰されそうなのに」
「もう泣かないでください」
晴季は次郎をそっと抱き締めた、次郎の大きな顔を胸に埋めて、次郎は力無く晴季に身を預けて続けた。
経と巴嘩はいつものように屋上にいた、快晴で風も強く最高のひなたぼっこ日和なのに、経の顔は曇り続けている、いつになく落ち込んでいる経を慰める術を巴嘩は持ちあわせていなかった。
「巴嘩、守れなかったらゴメン」
「大丈夫、経ちゃんに守ってもらうほど弱くないから」
「そっか、そうだよな」
「経ちゃんは自分の事に集中して、それで余裕があったら他の事を気にして」
経は何も言えずにただただ空を見上げるばかりだった、そして頭を掻いて立ち上がった、その表情は心なしか晴々して見える。
「もうごちゃごちゃ考えない!守りたい者は守る、敵は殺す、それだけだ!」
「経ちゃん」
「巴嘩、俺の守りたい者はお前だ、絶対に死なせないからな」
「期待してるよ」
経は手を差し出して巴嘩を立ち上がらせた、それと同時に自分に引き寄せ抱き締めた。