第二十六陣
あの戦いから一週間が過ぎた、次郎ピクリとも動かずに未だ人形のように眠っている、変わらぬ微笑みで夢に落ち、そこには魂は無いのではないかと錯覚する。
湯煙に包まれた風呂の中で湯煙同様に晴れない顔をした晴季、あれから一週間でやつれ、いつもの元気は全くない、ため息ばかりをつきいつもどこかを見つめている、心ココにあらずといった感じだ、そんな姿が誰にも痛々しくみえた。
「晴季、大丈夫?」
「…………大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ、こんなにやつれて。あれからほとんど寝てないでしょ?」
「……………だって、次郎さん起きないんです、……………動かないんです!」
晴季はそのまま両手で顔を押さえて泣いてしまった、晴季の泣き声は反響して悲痛な和音を奏でる。
そんな晴季を見かねて巴嘩が近寄り、抱き寄せた、晴季は巴嘩に抱きつきそのまま大声で泣いた、巴嘩は晴季の頭を撫でながら背中をさする、撫でる度に短い髪の毛から水が霧となり飛び散り髪の毛だけは晴れていく。
そんな静寂を破るように馬鹿が一人堂々と風呂に入って来た。
「おい!ずぃ、ボフッ!」
入って来た瞬間に四奈が近くにあった風呂桶を経の顔に投げた、経は見事に顔面でキャッチをして後ろに倒れる。
「経さま最低!せめてドアを閉めてドア越しに話して!」
顔を真っ赤にして四奈が叫ぶ、晴季は良くも悪くも経のせいで泣き止んだ、巴嘩は拳を握り、裸で無かったら今頃経は放送規制がかかるくらいの顔になっていただろう。
経はドアを閉めてドア越しに話だした。
「次郎が起きたぞ!今出るから早く来いよ」
それと同時に脱衣所のドアが閉まる音が聞こえた、晴季は巴嘩をふりほどき走って風呂を出る、巴嘩と四奈も後を追って風呂を出る。
晴季は体もろくに拭かないで、バスタオルを巻いただけで脱衣所を出た。
「晴季!服!」
「ダーリンへのプレゼント?」
「また寝ちゃうわよ」
二人は和やかに談話しながら急いで着替える、晴季の着替をもって二人も走って脱衣所から出た。
次郎の部屋の前には顔を真っ赤にした経と呆れながら頭を掻いて座ってる龍奴がいる、恐らく晴季の格好を見て慌てて飛び出してきたのだろう。
「頼むから服ぐらい着させろ、あんな格好で来られたらおちおち話してられねぇ」
「あれバスタオル一枚だよな?何も着てないよな?」
覗きをしたくせにうろたえてる経を後目に巴嘩と四奈は次郎の部屋に入った。
部屋にはバスタオル一枚の晴季が次郎に抱きついている、何も聞かずにこれだけ見たら怪しい二人にしか見えない。
「良かった次郎さん!」
「晴季ちゃん、寝てる間に過激になったね」
晴季の頭にはクエスチョンマークが浮かんでる、そして自分の体を見てフリーズした、徐々に顔が赤らみ、最終的には目の下のハートが消えるくらいに真っ赤になった。
「晴季、服持ってきたから着替えてきなよ」
「……………はい」
晴季は走って部屋を出て自分の部屋に入って行った、舞い上がり過ぎて自分がどのような格好をしているか自覚が無かったらしい。
「何か晴季ちゃんやつれてたね、俺のせいでしょ?」
「否定はしないわよ」
「みんながいるって事は勝ったんでしょ?」
「トコちゃんには逃げられちゃったけど」
「みんな元気なんだからそれで良いよ」
「晴季ちゃんが元気の間違いでしょ?」
次郎は苦笑いを浮かべてその場を流した。
再び走って晴季が入って来た、今度はダボダボのシャツにデニムのミニスカート、いつもの格好だ。
晴季は次郎のベッドの下に座って、寝ている次郎と目線を合わした。
巴嘩と四奈は気を使って部屋を出た、外にいる二人を退けるついでに。
「ゴメンね晴季ちゃん、悲しい思いさせちゃって」
次郎は晴季の頭を撫でながら言った、晴季はその大きな手をずっと待っていた、そして晴季のハートの上を一筋の涙がつたう。
「あれ!?泣かしちゃった?」
「違うんです、嬉しくて」
「なら泣かないでよ、可愛いハートが台無しだよ」
「はいっ!!」
次郎はベッドから降りて晴季の前に座った、久しぶりに動いたからかぎこちない動きだ。
「な、何ですか?」
「ちょっと風呂入ってくる、一週間でしょ?汚いからさ」
次郎はタンスから自分の服を取り出して腕に乗せた。
「ちょっと待っててね、まだ色々話したいから」
「はい」
次郎はそのまま部屋を出た、一人取り残された晴季は体を洗う意味を考えていた、別に話すだけなら良いんじゃないか?
「もしかして、エッチな事とか!?いや、それはダメですよ、間借りしてる身、それに昼間の情事はいけません」
勝手に妄想を膨らませ勝手に顔を真っ赤にしている晴季、次郎が純粋に風呂に入りたいとも知らずに、晴季は顔を真っ赤にしながら自分の妄想癖と戦っていた。
「次郎さんいけません、まだお昼です。…………え?はい、カーテン閉めてくれるなら、……………優しくして下さい」
ついに現実と妄想の区別がつかなくなった、晴季の意外な妄想癖につっこむ人は誰一人としていない。
一人で顔を真っ赤にして、一人で恥ずかしがってる晴季を見つめる風呂上がりの次郎、晴季は次郎に気付くと湯気が出んばかりに顔を赤くした。
「可愛い趣味があるんだね」
「いや!それは違います」
「そっか、俺の勘違い?」
「は、はい!」
「そう。…………あとパンツ見えてるよ」
ミニスカートで座ってたから見えたらしい、晴季は破裂しそうな心臓との格闘に追われて、隣に次郎が座った事に気付かなかった。
「元気になった?」
「はい」
「良かった、顔色も良くなったし」
次郎の笑顔をみて何故か晴季は罪悪感にさいなまれた。
自分のせいで傷付いたのに未だに自分の事を心配してくれる、そんな守られてばっかりの自分が嫌だった。
「次郎さん、ごめんなさい。私のせいでこんな思いをさせちゃって」
「別に良いよ、俺も晴季ちゃんもこうやって生きてるんだから。それに晴季ちゃんにまで死なれたら、悔やんでも悔やみきれないよ」
「私もです、兄も次郎さんもいなくなったら、私、私…………」
次郎は90度向き直って晴季を抱き締めた、晴季の本日二度目の相手は次郎、巴嘩よりも堅い胸板、でも何よりも大きく包み込んでくれる、晴季は次郎の腕の中で自分の居場所を見つけた。
「俺はもう晴季ちゃんを悲しませないよ、だから晴季ちゃんも無理しないで。晴季ちゃんが辛かったように、俺も晴季ちゃんに何かあったら辛いから」
「約束ですよ」
「うん、約束」
晴季は強く抱き締められた、次郎の心臓の音が聞こえる、次郎が生きてる音が聞こえる、晴季も次郎の大きな背中を小さな腕で出来る限り引き寄せた、空白の一週間を埋め合わせるように。