すべての生体達
小説もミステリも初心者です。
本格的なミステリを所望する方には納得行かないご都合主義的な点が多いかもしれません。
朝九時半、実青飛鳥は、大きなくしゃみを1つした。
眩しいとくしゃみが出るのは、自分だけではないかと不安になったこともあるが、実青家の人間は大体眩しいとくしゃみが出ることが最近わかったので、ほっとしている。
今は眩しい上に、下着姿で肌寒くなったという相乗効果でくしゃみが出た。
飛鳥は着替え中だった。
「飛鳥ちゃーん、入ってよろし?」
ノックもなしに、隣の住民小石川鳴海が飛鳥の部屋に入ってきた。
飛鳥は警察に追い詰められた犯罪者のように、服をひっつかんで部屋の奥に逃げ込む。
飛鳥の部屋は風呂場を除くと逆L字型の形状になっていて、出っ張った部分は一番光が当たりやすいので寝室として区切っていた。
「なる姉さん、僕まだ着替え中だよ!」
「ごめんあそばせ。良いわ、姉さん向こう向いててあげる。」
飛鳥は柱の影から、鳴海が後ろを向いているのを確認してから、フリル地獄とも言える爽やかなレモン色のワンピースに足から着ていった。
そのコスプレの様な格好は飛鳥のステータスのような物で、逆にそんな格好をしていない飛鳥は普通の飛鳥では無いと言っても過言ではなかった。
少なくとも、飛鳥達の住むハイツ景山では一般常識の類である。
「はい、着替え終わったよ。なる姉さん、どうしたの?」
飛鳥は背中のチャックを上げながら、ひょこっと柱から出てきた。脚が殆ど見えてしまう位ミニだ。
鳴海はそれと同時に振り返り、両手の人差し指を両頬にくっつけながらにっこりと笑顔を見せた。
「今日ね、純也君の部屋でパーティがあるんですって!ハイツ景山の住民の親睦会なんだけど…貴方も行く、わよね?」
純也君、とはハイツ景山の管理人で、五部屋分の大きさの四階に住む金持ち学生である。
飛鳥よりは一年年上だったが、飛鳥にとって景山純也は一番気の合う男友達であった。
とはいえ、飛鳥の周りに存在する『友達』とは殆どが男なのだ。
そう、小石川鳴海も男である。
会話だけでは伝わらないが、鳴海は普通の一般的な(飛鳥に比べれば)男らしい風貌をしていた。迷彩柄のTシャツに生成色の柔らかいズボン。髪も短かった。
「勿論行くよ!ああ、楽しみだなぁ、何着ていこうかな?」
飛鳥は淡いブルーの高級そうなクローゼットを嬉々としながら開け放った。
飛鳥にとって唯一、高いお金をかけた家具だ。
中には溢れんばかりのワンピース達。
どれも下半身の辺りがふわんと膨らんでかさばっていた。
「飛鳥ちゃん、貴方まだ着替えるの…?」
「当たり前だろ、こんな服じゃパーティに行けないもん」
飛鳥はワンピースを取り出し、鏡の前で体にあてがいながらモデルのようにポーズをとった。
「相変わらずオシャレさんよねえ、そこが可愛いんだけど。」
鳴海は苦笑しながら、飛鳥の髪を優しく撫でた。まさに姉のようだが、鳴海は男である。
「オシャレさんじゃねぇよ、ただの変態だろヘ・ン・タ・イ。」
鳴海と飛鳥は軽い悲鳴をあげた。
飛鳥のもう一人の隣の住民、大垣怜治がいつの間にか飛鳥の部屋に入ってきて白い壁にもたれかかっていたからだ。
大垣怜治は飛鳥の同級生で、小学校の時からのまさに腐れ縁、同じ私学の男子校に通っていた。
飛鳥に男友達が多いのは、それが一番の理由であった。
「変態は君だろう、大垣君、軽々しく僕の部屋に入ってくるでないよ。」
「バーカ、鍵をかけねぇお前が悪い。襲われるぜ?」
「…君に?嫌だなあ、君に襲われる位ならなる姉さんに襲われる方が良いや。」
飛鳥はふざけた様に鳴海に腕を絡めながら、おどけた笑顔を浮かべてタンゴのように背中を反らし、
「馬鹿なんて言葉を軽率に使わない方が良いよ」と怜治に忠告した。
白い天井がよく見えたが、特に汚れは見つからなかった。
「俺はそんな事で来たんじゃねぇ。白鳥のまなみ嬢がお呼びだぜ。」
「まなさんが!?なんで、僕を?」
白鳥まなみはハイツ景山に住む名前の割には普通の学生で、飛鳥の今のクラスメートであり、ハイツ景山の中では唯一の女友達だ。
たまに飛鳥の部屋を訪れては茶会と称されし話し合いが繰り広げられていたが、飛鳥がまなみの部屋に行くような事は一度も無かった。
「焦るな焦るな。メイクアップして欲しいんだと。」
怜治はニヤリと口角を上げ、鳴海から飛鳥を引き離すように腕を掴み何かを囁いた。
鳴海は首を傾げ二人の様子を見つめている。
「え!…大垣君、それはマジなのかい?」
「そりゃぁ、まなみ嬢は、ほら…」
飛鳥はまなみのイメージを思い浮かべる。
乱暴。
ガサツ。
男より男っぽい女。
その癖、お洒落にはうるさい。
「…いや、それにしても異常だよ。」
飛鳥はくしゃみが出そうだった。
鼻がムズムズする。眩しくもないのに。
飛鳥は綺麗にワックスのかかった茶色の床を睨み付けた。
「お前に惚れるよりはマシだろ。」
「うるさいな、僕は…」
「ちょっとぉ、2人だけで何話しているのよっ!!」
鳴海は笑いながらも2人の脳天に軽いチョップを食らわした。
怜治には力加減が強かったらしく、頭を押さえてその場にうずくまったが、飛鳥はよろけながら半歩前に進み出た。
「へ…へ…ぶへっくし!」
×××
午後一時過ぎ、実青飛鳥はメイク道具を持って三階にある自分の部屋を出た。
一階にある白鳥まなみの部屋には初めて入ったが、はっきり言って自分の部屋の方が綺麗だ、と飛鳥は思う。
でも絶対口には出すまいとも思った。
「すまんねぇ飛鳥ちゃん、オレがお前にメイク頼むなんて、驚いただろ?」
まなみはメイクをしてもらいながら目を閉じ、口角を少しだけ上げた。
既にまなみは着替えたようで、薄い生地で出来ている紫のロングドレスを着ていた。背が高いしスタイルが良いのでよく似合っている。
白鳥まなみは顔は整っていて美人だったし、普段のメイクもかなり上手なので飛鳥は緊張した。
でもメイクは得意だったのでさっさとやってのけてしまった。
「あのー、まなさん、大垣君が言ってたことは本当なのかい?」
飛鳥はメイク道具を水玉のポーチに仕舞いながら問う。
突然の事にまなみは戸惑った。
「いや、その…うん、実はそうなんだよな。ほら、オレって男より男っぽい女だろ?」
素直にうんとは頷けなかったが、飛鳥は躊躇いがちに小さく頷いた。
まなみは不安そうに唇を噛み締めうつむく。飛鳥より短い茶髪のショートヘアが顔にかかって影になる。
「でも大丈夫だよ、まなさん元が美人だから。」
飛鳥は少女のような微笑を浮かべ、
「僕シャワー浴びなきゃ。お邪魔しましたー」と言ってまなみの部屋を出て行った。
飛鳥が階段で三階まで駆け上ると、飛鳥の部屋の玄関の前には景山純也が居た。
「景山君じゃん、何か用?」
景山純也は黄緑色に白のボーダーのTシャツという服装に合う爽やかな笑顔を飛鳥に向けて言った。
「今日も可愛いね。」
純也は金持ちで顔も悪くはないというか良い方なのだが、どうにもこうにも変人であった。
「…あぁ、景山君、頼むそんな事は言わないでくれ。一部の人間がとてつもない誤解をしてしまうだろ?」
「それは禁句だね飛鳥君。」
純也は飛鳥の唇に人差し指を当てた。
飛鳥は全身に鳥肌が立ち、思わず純也を蹴りそうになって寸前で止める。
「…キモチワルイぞ景山君、いくら親友とはいえ、怒るよ。」
飛鳥は思い切り顔をしかめている。
それは無情に照射される日光か、それとも本当に嫌だという拒否反応か、定かではなかった。
「親友以上の関係、プリーズ…」
「大、親友。…これで満足?」
飛鳥は軽く純也を睨み付けた。
純也もおずおずと飛鳥を暫く見つめていたが、不意に何かが弾けたように2人は笑い合い、肩を叩き合い、引き寄せられるように飛鳥の部屋に入っていった。
「景山君、だからモテないんだよ、見る目と口説く力が無いね。」
飛鳥は苦笑しながら、冷蔵庫から二リットルのペットボトルの烏龍茶を取り出し、コップに注いでちゃぶ台の上に2つ置いて座った。
何を言われた訳でもなく、自然に純也もちゃぶ台の前に座る。
「魅力だけはばっちりなんだけど。」
純也はそう言って本当に魅力的に微笑んだので、飛鳥はぶるっと身震いした。
「今夜のパーティ、飛鳥君は何着るの?」
いきなり話が変わった。飛鳥は暫く考えてクローゼットを開ける。
例のクローゼットはちょうどちゃぶ台の横にあり、ちゃぶ台は玄関を入って少し曲がった、ちょうど逆L字の曲がり角と書き始めの真ん中らへんにあった。
「まだ迷ってるんだ、大体、こういうのは普段着じゃないからね。」
「そういって、本当は決まってるんでしょ?アリス風のワンピース、飛鳥君のお気に入り。」
そして僕が最初にプレゼントしたワンピースだ、とも言って、純也はコップに口をつけ一口飲んだ。
「だって可愛いんだもん、君ってプレゼントだけはセンス抜群。」
飛鳥はクローゼットに手を突っ込んで、白と水色の、まさに「不思議の国のアリス」のアリスが着ていそうなまたしてもコスプレのようなフリルたっぷりのワンピースを取り出し体にあてがう。
そしてクローゼットの横の鏡の前で嬉しそうに一回転した。
「うん、飛鳥君はそれが一番、似合うね。これ御馳走様、それじゃまた今夜。」
純也は一度軽く飛鳥の肩を叩き、そのまま飛鳥の部屋から出て行った。
飛鳥はうきうきしながら持っている服を風呂場に繋がる扉の出っ張りに引っ掛け、上機嫌でシャワーを浴びた。