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贈レ名サマ〜私の名前を、教えてください〜

作者: 中原純軽
掲載日:2026/05/29

ある日の音声記録(網代木町にまつわる捜査資料より一部抜粋)

 1 


 母さん、久しぶり。

 元気かい?

 僕は元気だよ。

 しばらく電話もよこさないで、悪かったね。

 少し仕事が忙しくてさ。

 なかなか暇がなかったんだ。

 こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、ちょっと聞きたいことがあって、今回電話したんだ。

 うん。

 もちろんすぐにでもそっちに顔を出したいさ。

 いっぱい話したいこともあるしね。

 でも、その前にこれだけ聞きたくてね。

 母さん。

 父さんのことを覚えているかい?

 そう。

 名前だよ。

 父さんの名前。

 母さんなら分かるだろう?

 え?

 私たちを捨てた男のことなんて知らないよ、だって?

 いやいやそういうことじゃなくてさ。

 ……分かった分かった。

 ひどい男だよな。

 僕だって軽蔑するくらい軽薄な男だよ。

 本当に。

 ……で、その男のことなんだけどさ。

 名前をさ、度忘れしちゃって。

 今度彼女の両親に会うんだけどさ。

 さすがに親の名前が分からないのはまずいかと思って。

 あれ? 彼女のこと言っていなかったっけ。

 そう、今ちょっと良い仲でさ。

 その子、会社の事務員なんだけど、すごい気が合うんだよね。

 趣味とか食べ物とか。

 この前は一緒に海に行ったし。

 行く行くは……。

 そう。

 ああ、ごめんごめん。

 悪かったって。

 とにかくさ、その子の親と話す時、両親の名前も分からないとさ。

 ちょっと、じゃない?

 だから聞きたくてさ。

 父さんの名前。

 そうそう。

 え?

 母さん、しっかりしてよ。

 いくら父さんのことが嫌いだからって。

 逆に忘れられないんじゃないの?

 ……本当に分からないの?




 2 


 もしもし、智子か?

 ああ。

 ほら、なんだ。

 あのことを聞きたくてな。

 そう。

 お前の仲の良い男のことだよ。

 名前は何て言うんだ?

 聡……聡と言うのか。

 うん。

 ……いや、何でもない。

 その聡、今度うちに来るんだろ。

 いつだっけ?

 今週の日曜日か。

 ああ、分かった。

 母さんにはもう伝えてある?

 俺にもそういう大事なことは早く伝えろよな……。

 こっちにも心の準備が必要なんだ。

 その、なんだ。

 あれだろ、お前。

 いつかは結婚するんだろ。

 そうだよな。

 だったら、なおさら早く伝えろ。

 こっちだってそれなりの態度を示さないといけないんだから。

 そいつがどんな男なのか見極めないと……。

 え?

 そんなわけあるか。

 そんなこと気にしてないぞ。

 おいおい。

 俺が口下手なわけないだろ。

 そいつも釣りが好き?

 そうか。

 ボートも好き?

 ……笑うなって。

 海が好きなだけだ。

 なんか落ち着くんだよ。

 だから口下手じゃないって。

 俺はお喋りは嫌いなだけでそういうわけじゃ……。

 分かった分かった。

 もうお前と母さんに任せるよ。

 ああ。

 またな。

 気を付けて帰れよ。

 じゃあな。




 3


 聡かい?

 母さんだよ。

 いくら電話しても出ないから、留守番電話に入れようと思ってね。

 仕事そんなに忙しいのかい?

 母さん、心配だよ。

 たまには体を労わってあげなきゃだめだよ。

 ところで智子ちゃんとの件どうなったんだい?

 今度、向こうのお父さんと遊びに行く予定だったんだろう?

 母さんはあの人のこと思い出しちゃって嫌いだけど。

 向こうのご両親とは仲良くやるんだよ。

 それが夫婦円満の秘訣。

 母さんからのアドバイスだよ。

 まあ父さんに逃げられた私が言えることじゃないか。

 あの人、友達と海に行ったっきりいなくなっちゃたからねえ。

 とにかく、近いうちに帰ってくるんだよ。

 じゃあね。

 ……そうだ、忘れるところだった。

 この前聞かれていたこと。

 父さんの名前だけどね、やっと見つけたのよ。

 昔の書類をひっくり返してね。

 えっとねえ。

 ちょっと待っててね。

 今見るから。

 ……あったあった。

 父さんの名前はねえ。

 縺ソ█倥%。

 そう、縺ソ█倥%。

 懐かしいねえ。

 なんで忘れちゃっていたんだろうねえ。

 縺ソ█倥%さん。

 ご両親に会う前に思い出せなくてごめんね。

 じゃあまたね。

 体にだだけは、気気を付けけるんんだよ。




 4


 もしもし、智子です。

 ……えっと、聡さんのお母さんですか?

 ああ、すみません。

 ついお母さんと……。

 ……すみません、ありがとうございます。

 本当に久しぶりですよね。

 私ですか?

 私は元気にやれてますよ。

 ……お母さんの方こそ、あれからお元気ですか?

 はい、はい。

 え?

 なら良かったです。

 本当に憔悴していらして、心配でしたから。

 え?

 そうですか。

 なら私も安心です。

 元気になられたんですね。

 声で、分かります。

 ……実はですね。

 すみません、今回お電話したのは一つ聞きたいことがあったからなんです。

 実は、その。

 名前を思い出せなくて。

 えっと、息子さんです。

 怒られるのは覚悟しています。

 でも、思い出せないんです。

 はい、はい。

 えっと、それは。

 はい、お恥ずかしいばかりで……。

 え?

 そこにいる?

 そんなはずは……。

 え?

 何て言ったんですか?

 父も、一緒にいるんですか?

 すみません、お母さん。

 なんか電波が悪いのかよく聞き取れません。

 え?

 お母さん今どこにいるんですか?

 え?

 縺ソ█倥%?

 █閨「 **?

 何ておっしゃっているんですか?

 おかあさ……。

 ああ。

 私、忘れていました。

 ……分かりました。

 私もこれから向かいますね。

 ええ、ええ。

 そうですね。

 どどこかでボートを借りましょう、█ャ蟄舌さん。

 早く会わなくちゃ。

 新しい名前、教えてもらいましょうね。

 オクレナサマに会うのは、久しぶりです。




 5


 もしもし。

 こちら警察のものでして。

 ええ。

 今お時間良いですか。

 ありがとうございます。

 海難事故の件を調べているのですが。

 ええ、そうです。

 え?

 オク……?

 なんですか、それは?

 伝承?

 はあ、そんな話は私も知らなかったです。

 ええ、ええ。

 見せて頂けるのですか。

 ご協力感謝いたします。

 はい、はい。

 ありがとうございます。

 では早速ですが明日、ご自宅に伺わせていただきます。

 私ですか?

 私は早川と申します。

 あなた様の名前も、もう一度お聞きして良いですか。

 ……。

 ……分かりました。

 それでは明日の十一時に。

 失礼しします。

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