婚約破棄された冷徹令嬢は、敵国公爵に拾われて過保護に溺愛される
人生ってのは、本当にクソみたいなタイミングで終わる。
……いや、終わらされる、か。
「セレフィナ・アルヴェーン。貴様との婚約を、ここに破棄する!!」
王城の大広間。
舞踏会の真っ最中。
シャンデリアがギラギラ光ってる中で、第二王子アルベルトは高らかにそう宣言した。
うわぁ。
やるとは思ってたけど、本当にやるんだ。
周囲の貴族たちがざわめく。
私――セレフィナは静かにワイングラスを置いた。
「理由を伺っても?」
「惚けるな!! 貴様はエレノアを虐げ、さらには侍女に毒を盛った!!」
隣に立つ桃色ドレスの女が、わざとらしく肩を震わせる。
エレノア・シルベージュ。
最近アルベルトがご執心の伯爵令嬢だ。
いやまぁ、ご執心っていうか。
普通に不倫である。
しかも隠す気ゼロ。
「セレフィナ様が怖かったんですぅ……」
はい出た。
ぶりっ子泣き。
会場の男どもが一斉に「なんて可哀想な」とかいう顔してる。
頭沸いてんのか。
「証拠は?」
私が淡々と聞くと、アルベルトは鼻で笑った。
「証拠ならある! お前の侍女が見たと言っている!」
「その侍女、三日前にエレノア嬢の実家へ金貨百枚振り込まれてますけど」
「……は?」
「あと、殿下とエレノア嬢が深夜に離宮で抱き合ってた記録もあります」
静寂。
空気が凍る。
アルベルトの顔が引き攣った。
エレノアが「えっ」と声を漏らす。
私はニコッと笑った。
「浮気していたのは、どちらでしたっけ?」
「き、貴様ァ!!」
アルベルトが怒鳴る。
でもその時だった。
大広間の扉が、重々しく開いた。
「騒がしいな」
低い声。
空気が変わる。
黒衣を纏った長身の男が入ってきた瞬間、貴族たちが息を呑んだ。
レオン・グランディス公爵。
隣国シュヴァルツ帝国の英雄。
冷酷無慈悲で有名な男。
なのに。
その赤い瞳は、真っ直ぐ私だけを見ていた。
「……迎えに来た」
「は?」
アルベルトが間抜けな声を出す。
レオン様は私の前に立つと、自然な動作で手を差し出した。
「セレフィナ。君を妻に迎えに来た」
会場、完全沈黙。
いや待って。
私も聞いてない。
「ちょっと待ってください」
「待たない」
「説明を」
「君がこの国で不当に扱われている情報は掴んでいた。……もう限界だ」
限界って何。
「君を奪う」
サラッと物騒なこと言ったなこの人。
アルベルトが顔を真っ赤にする。
「ふざけるな!! セレフィナは我が国の――」
「婚約破棄したんだろう?」
「っ……!」
「不要になったなら、貰う」
圧。
ヤバい。
空気が重すぎる。
エレノアですら青ざめてる。
レオン様は私の手を取った。
「行くぞ」
「え、いや」
「嫌か?」
少しだけ不安そうな声。
その瞬間。
胸が、妙に疼いた。
ああ。
この人、噂と違う。
「……行きます」
私がそう言った瞬間、レオン様の目が僅かに緩んだ。
その顔を見た周囲がさらに騒然となる。
冷酷公爵が笑った。
そんな感じだったんだろう。
知らんけど。
◇
シュヴァルツ帝国。
グランディス公爵邸。
「広……」
城か?
いや、城だった。
「好きに使え」
「いや無理ですって」
「遠慮するな」
「部屋何個あるんです?」
「知らん」
知らんのかい。
執事が静かに答えた。
「二百三十六部屋でございます」
「馬鹿なの?」
「よく言われる」
レオン様が真顔で返してきた。
この人、天然だ。
しかも。
「寒くないか」
「いえ」
「腹は減ってないか」
「普通です」
「眠いなら寝室を増やす」
「増やさなくていいです」
過保護が凄い。
距離感がおかしい。
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
◇
数週間後。
私は帝国で社交界デビューを果たしていた。
すると、聞こえてくる。
「婚約破棄された女ですって」
「王子に捨てられたとか」
「お気の毒に……」
……はぁ。
どこ行ってもこうか。
その時だった。
「誰が捨てられたって?」
地を這うような声。
振り返ると、レオン様がいた。
周囲の貴族令嬢たちが一瞬で黙る。
「セレフィナを侮辱するなら覚悟しろ」
怖っ。
「れ、レオン様。別にそこまで」
「する」
即答だった。
「彼女は俺の最愛だ」
周囲、絶句。
私も絶句。
いやちょっと待って。
「……最愛?」
「違うのか?」
「その確認を本人にしないでください」
顔が熱い。
何この人。
本当に心臓に悪い。
◇
だが。
幸せだけで終わるほど人生は甘くない。
ある夜。
私は密書を手に入れた。
そこには書かれていた。
『第二王子アルベルト、隣国へ軍事機密を売却』
「……は?」
意味が分からない。
不倫だけじゃなく売国まで?
頭どうなってるのあいつ。
しかも。
その裏には、エレノアの実家が絡んでいた。
金と権力のために国を売った。
最低だ。
「どうする」
レオン様が隣で言った。
私は静かに目を閉じる。
そして。
「全部、暴きます」
復讐の時間だった。
◇
王国の大裁判。
再び私は王城へ戻った。
ざわめく貴族たち。
玉座の前で、アルベルトが叫ぶ。
「何故貴様がここにいる!!」
「ご挨拶ですね、元婚約者様」
私は証拠書類を投げた。
「軍事機密売買、不正資金、違法契約。全部揃ってます」
「なっ……」
「あと不倫」
「それ今関係ある!?」
「個人的に許してないので」
アルベルトの顔が青ざめる。
エレノアは震えていた。
「違うの……! 私は悪く――」
「貴女、侍女に罪を擦り付けましたよね?」
「ひっ……」
「しかも二人死んでます」
会場が凍る。
私は冷たく笑った。
「地獄に落ちる準備は出来ました?」
アルベルトが剣を抜いた。
「黙れぇぇぇぇ!!」
だが次の瞬間。
黒い影が前に出る。
レオン様だった。
「俺の妻に剣を向けるな」
殺気。
一瞬でアルベルトが膝をつく。
格が違いすぎた。
「終わりだ」
レオン様の声は静かだった。
でも。
誰より恐ろしかった。
◇
全てが終わった後。
私は公爵邸の庭園で紅茶を飲んでいた。
「……疲れました」
「そうだな」
レオン様が隣に座る。
風が吹く。
穏やかだった。
「セレフィナ」
「はい?」
「もう誰にも傷付けさせない」
真っ直ぐな声。
嘘がない。
だから私は少し笑った。
「過保護ですよ」
「嫌か?」
「……嫌じゃないです」
すると。
レオン様は私の手を取って、そっと口付けた。
「愛してる」
心臓が跳ねる。
ずるい。
こんなの。
「……反則です」
「知ってる」
この人、本当にズルい。
でも。
婚約破棄されたあの日より。
今の方が、ずっと幸せだった。




