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婚約破棄された冷徹令嬢は、敵国公爵に拾われて過保護に溺愛される

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/12


 人生ってのは、本当にクソみたいなタイミングで終わる。


 ……いや、終わらされる、か。


「セレフィナ・アルヴェーン。貴様との婚約を、ここに破棄する!!」


 王城の大広間。


 舞踏会の真っ最中。


 シャンデリアがギラギラ光ってる中で、第二王子アルベルトは高らかにそう宣言した。


 うわぁ。


 やるとは思ってたけど、本当にやるんだ。


 周囲の貴族たちがざわめく。


 私――セレフィナは静かにワイングラスを置いた。


「理由を伺っても?」


「惚けるな!! 貴様はエレノアを虐げ、さらには侍女に毒を盛った!!」


 隣に立つ桃色ドレスの女が、わざとらしく肩を震わせる。


 エレノア・シルベージュ。


 最近アルベルトがご執心の伯爵令嬢だ。


 いやまぁ、ご執心っていうか。


 普通に不倫である。


 しかも隠す気ゼロ。


「セレフィナ様が怖かったんですぅ……」


 はい出た。


 ぶりっ子泣き。


 会場の男どもが一斉に「なんて可哀想な」とかいう顔してる。


 頭沸いてんのか。


「証拠は?」


 私が淡々と聞くと、アルベルトは鼻で笑った。


「証拠ならある! お前の侍女が見たと言っている!」


「その侍女、三日前にエレノア嬢の実家へ金貨百枚振り込まれてますけど」


「……は?」


「あと、殿下とエレノア嬢が深夜に離宮で抱き合ってた記録もあります」


 静寂。


 空気が凍る。


 アルベルトの顔が引き攣った。


 エレノアが「えっ」と声を漏らす。


 私はニコッと笑った。


「浮気していたのは、どちらでしたっけ?」


「き、貴様ァ!!」


 アルベルトが怒鳴る。


 でもその時だった。


 大広間の扉が、重々しく開いた。


「騒がしいな」


 低い声。


 空気が変わる。


 黒衣を纏った長身の男が入ってきた瞬間、貴族たちが息を呑んだ。


 レオン・グランディス公爵。


 隣国シュヴァルツ帝国の英雄。


 冷酷無慈悲で有名な男。


 なのに。


 その赤い瞳は、真っ直ぐ私だけを見ていた。


「……迎えに来た」


「は?」


 アルベルトが間抜けな声を出す。


 レオン様は私の前に立つと、自然な動作で手を差し出した。


「セレフィナ。君を妻に迎えに来た」


 会場、完全沈黙。


 いや待って。


 私も聞いてない。


「ちょっと待ってください」


「待たない」


「説明を」


「君がこの国で不当に扱われている情報は掴んでいた。……もう限界だ」


 限界って何。


「君を奪う」


 サラッと物騒なこと言ったなこの人。


 アルベルトが顔を真っ赤にする。


「ふざけるな!! セレフィナは我が国の――」


「婚約破棄したんだろう?」


「っ……!」


「不要になったなら、貰う」


 圧。


 ヤバい。


 空気が重すぎる。


 エレノアですら青ざめてる。


 レオン様は私の手を取った。


「行くぞ」


「え、いや」


「嫌か?」


 少しだけ不安そうな声。


 その瞬間。


 胸が、妙に疼いた。


 ああ。


 この人、噂と違う。


「……行きます」


 私がそう言った瞬間、レオン様の目が僅かに緩んだ。


 その顔を見た周囲がさらに騒然となる。


 冷酷公爵が笑った。


 そんな感じだったんだろう。


 知らんけど。



 シュヴァルツ帝国。


 グランディス公爵邸。


「広……」


 城か?


 いや、城だった。


「好きに使え」


「いや無理ですって」


「遠慮するな」


「部屋何個あるんです?」


「知らん」


 知らんのかい。


 執事が静かに答えた。


「二百三十六部屋でございます」


「馬鹿なの?」


「よく言われる」


 レオン様が真顔で返してきた。


 この人、天然だ。


 しかも。


「寒くないか」


「いえ」


「腹は減ってないか」


「普通です」


「眠いなら寝室を増やす」


「増やさなくていいです」


 過保護が凄い。


 距離感がおかしい。


 でも。


 不思議と嫌じゃなかった。



 数週間後。


 私は帝国で社交界デビューを果たしていた。


 すると、聞こえてくる。


「婚約破棄された女ですって」


「王子に捨てられたとか」


「お気の毒に……」


 ……はぁ。


 どこ行ってもこうか。


 その時だった。


「誰が捨てられたって?」


 地を這うような声。


 振り返ると、レオン様がいた。


 周囲の貴族令嬢たちが一瞬で黙る。


「セレフィナを侮辱するなら覚悟しろ」


 怖っ。


「れ、レオン様。別にそこまで」


「する」


 即答だった。


「彼女は俺の最愛だ」


 周囲、絶句。


 私も絶句。


 いやちょっと待って。


「……最愛?」


「違うのか?」


「その確認を本人にしないでください」


 顔が熱い。


 何この人。


 本当に心臓に悪い。



 だが。


 幸せだけで終わるほど人生は甘くない。


 ある夜。


 私は密書を手に入れた。


 そこには書かれていた。


『第二王子アルベルト、隣国へ軍事機密を売却』


「……は?」


 意味が分からない。


 不倫だけじゃなく売国まで?


 頭どうなってるのあいつ。


 しかも。


 その裏には、エレノアの実家が絡んでいた。


 金と権力のために国を売った。


 最低だ。


「どうする」


 レオン様が隣で言った。


 私は静かに目を閉じる。


 そして。


「全部、暴きます」


 復讐の時間だった。



 王国の大裁判。


 再び私は王城へ戻った。


 ざわめく貴族たち。


 玉座の前で、アルベルトが叫ぶ。


「何故貴様がここにいる!!」


「ご挨拶ですね、元婚約者様」


 私は証拠書類を投げた。


「軍事機密売買、不正資金、違法契約。全部揃ってます」


「なっ……」


「あと不倫」


「それ今関係ある!?」


「個人的に許してないので」


 アルベルトの顔が青ざめる。


 エレノアは震えていた。


「違うの……! 私は悪く――」


「貴女、侍女に罪を擦り付けましたよね?」


「ひっ……」


「しかも二人死んでます」


 会場が凍る。


 私は冷たく笑った。


「地獄に落ちる準備は出来ました?」


 アルベルトが剣を抜いた。


「黙れぇぇぇぇ!!」


 だが次の瞬間。


 黒い影が前に出る。


 レオン様だった。


「俺の妻に剣を向けるな」


 殺気。


 一瞬でアルベルトが膝をつく。


 格が違いすぎた。


「終わりだ」


 レオン様の声は静かだった。


 でも。


 誰より恐ろしかった。



 全てが終わった後。


 私は公爵邸の庭園で紅茶を飲んでいた。


「……疲れました」


「そうだな」


 レオン様が隣に座る。


 風が吹く。


 穏やかだった。


「セレフィナ」


「はい?」


「もう誰にも傷付けさせない」


 真っ直ぐな声。


 嘘がない。


 だから私は少し笑った。


「過保護ですよ」


「嫌か?」


「……嫌じゃないです」


 すると。


 レオン様は私の手を取って、そっと口付けた。


「愛してる」


 心臓が跳ねる。


 ずるい。


 こんなの。


「……反則です」


「知ってる」


 この人、本当にズルい。


 でも。


 婚約破棄されたあの日より。


 今の方が、ずっと幸せだった。

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