終わる世界の終着駅
灰色に染められた町並みを横目に、汽車を走らせる。
ただそれだけ。
俺にできることは、それしかない。
全ては消えた。残酷な夢のように。
気づけば、見渡す限りの結晶。
老人も子供も、誰も彼もが命を散らした残滓。
絶望で彩られたそれは、ゾッとするほど美しく、いっそ幻想的ですらあった。
線路は何処までも伸びているように思う。
結晶を炉に焚べる。
七色の煙が煙突から吹き出し、汽車を力強く唸らせる。
耳に響く。雄々しくも、どこか怨嗟のようにも聞こえた。
駅にたどり着く。
結晶を採取しようと降り立つと、美しい少女がそこにいた。
膝を抱え、泣きじゃくっているようだ。
そっと近づき、事情を尋ねる。
彼女はこちらを見るなり、俺の胸に飛び込んできた。
「父よ、待っていました....。お願いします、私を海に連れて行ってください」
俺を父と呼ぶ少女。
自分のことなどすっかり覚えていなかったが、この子からそう呼ばれることに違和感はない。
少女の名を尋ねるが、名前はもうないらしい。
そんなこともあるのかと疑問に思うが、俺も自分の名を知らないのだから人のことは言えない。
しかし、名がないと不便だろう。少女は俺を父と呼ぶからいいとして、俺はなんと呼べばいいのか。
....よし、俺が名付けよう。
そう告げると、彼女は驚いた顔を見せた後、恐縮そうに微笑む。
期待には応えなければならない。
.....なんとなくだが、わかっている。この少女は、きっと俺の目的であったのだと。
海などきっとありはしないが、彼女の目的を満たしてやることが、俺の最期の仕事なのだろうと思った。
......フィーネ。
名を聞いた彼女は、悲しげに笑い、俺の手を取り言う。
「.....フィーネ、ですか。.....ありがとうございます、きっと私には、其の名がちょうどよいのでしょう、父よ」
灰色の雪は勢いを増し、街を覆い隠す。
車内からそれを眺めていると、フィーネが話しかけてきた。
「ずっと、汽車を走らせていたのですか?」
そうだ、と答える。
いや、正確にはずっとではないが。
昔は、日々焚き火をするだけだったはずだ。
しかし、この汽車を見つけてからは、焚き火をやめた。
そのほうが、前へ進めている気がしたから。
この景色も随分変わった。
鬱蒼とした森、無数の武器、家畜、大きな建物、ビル群。
そう考えると、この汽車はまだ日が浅いのか。
なんにせよ、もう過ぎた話ではある。
今や景色は灰色一色。
一方で、汽車の速度は増している。
それはきっと、この灰色に比例して。
フィーネが俺の手を握る。彼女の手は温かかった。
「あなたがいてくださり、本当に救われました。父よ、あなたの姿が見れてよかった。あなたの声が聴けてよかった」
どうやら彼女は、五感が薄れていっているらしい。
フィーネが靴下を脱ぎ、脚を露出する。
見えたのは肌ではなく、結晶。
それはもう、手遅れのように見えた。
「これは、愚かな私の罪です。しかし許されるなら.....ああ、今一度、灰色以外の色を見てみたい」
なるほど、と思った。
もう久しく、そんな物は見ていないが。
確かにこの景色は寂しすぎる。俺だってうんざりしていたはずだ。
探せばまだあるかもしれない。色を持った何かが。
次の駅で降りて、街を探してみようか。
相変わらず寂れた駅だ。
壁を覆う結晶が、かろうじて駅の原型を留めている。
ここは果てに近い。俺もあまり来たことのない場所だ。
フィーネは汽車に置いてきた。あの脚ではまともに歩けないだろうし、視界も満足じゃないとなっては仕方がない。
土産を期待しておけと言ったら、ありがとうございますと微笑んでいた。
さて、この辺りは建物も疎らだ。
しばらく歩くと、小さな一軒家が見えてくる。
中に入り物色するが、どれもこれもやはり朽ち果てているようだ。
しかし、子供部屋の中、目当ての物が見つかった。
古びたリボン。結晶に埋まっていたそれは、かろうじて赤色を帯びていた。
リボンを片手に汽車へ帰る。
フィーナにリボンを渡すと、大切そうにそれを抱きしめ、首に括った。
髪に結んでやろうかと提案したが、断られる。
「きっとこの方が、私にはお似合いです」
意味はわからなかったが、触れるのも躊躇われた。
しかし彼女は、俺に与えられたそのリボンを、愛おしそうに撫でていた。
フィーネが声を失った。
仕方ないと、俺は彼女が抱えている懐中時計を手に取る。
針はもう時を刻んでいないが、合図くらいの役目は果たしてもらおう。
リューズを回し、「チチチ」と短音を3度鳴らす。
この子はよく「ありがとう」と俺に言うから、これを「ありがとう」の合図にしてはどうか、と。
彼女は懐中時計を大切そうに受け取ると、泣き崩れながらリューズを回し、短音を3度鳴らした。
汽車を止める。
なぜなら、もう線路は続いてなかったからだ。
代わりに続いていたのは、見渡す限りの海。
空に満ちた結晶の光を、極彩色の水面に圧倒される。
果てなどないように思える。
フィーネは変わり果てた姿となっていた。
リボンを巻いた首から下は、すべて結晶と化しており、五感もほとんど失われている様子である。
彼女を抱きかかえ、海を見せてやる。
彼女はしばらく呆然とした後、私の腕から抜け出し、祈りの姿勢を取った。
すると突然、フィーネの体が眩い白光に包まれる。
あまりの眩さに目を瞑り、しばらくして目を開けると、白き3対の翼をもつ彼女がそこにいた。
「貴方の与えてくださった姿は、私にはこんなにも不相応で.....。この景色はまさに、私の罪なのですね」
「父よ、私が間違っておりました。知恵は堕落し、時は止まり、楽園は崩壊してしまった.....。愛しの父よ、せめて最期は、この世界の輝きの中で沈むことをお赦しください」
俺の足元にかがみ込み、足の甲に口づけした後。
フィーネは安らかな顔で手を広げ、後ろに倒れるようにして海に飛び込んだ。
彼女がいた場所を見ると、懐中時計が落ちていた。
拾い、眺め、物思いに耽っていると。
短音が3回鳴った後、針が勢いよく巻き戻り......




