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終わる世界の終着駅

掲載日:2026/04/17

灰色に染められた町並みを横目に、汽車を走らせる。

ただそれだけ。

俺にできることは、それしかない。


全ては消えた。残酷な夢のように。

気づけば、見渡す限りの結晶。

老人も子供も、誰も彼もが命を散らした残滓。

絶望で彩られたそれは、ゾッとするほど美しく、いっそ幻想的ですらあった。


線路は何処までも伸びているように思う。

結晶を炉に焚べる。

七色の煙が煙突から吹き出し、汽車を力強く唸らせる。

耳に響く。雄々しくも、どこか怨嗟のようにも聞こえた。


駅にたどり着く。

結晶を採取しようと降り立つと、美しい少女がそこにいた。

膝を抱え、泣きじゃくっているようだ。

そっと近づき、事情を尋ねる。

彼女はこちらを見るなり、俺の胸に飛び込んできた。


「父よ、待っていました....。お願いします、私を海に連れて行ってください」


俺を父と呼ぶ少女。

自分のことなどすっかり覚えていなかったが、この子からそう呼ばれることに違和感はない。

少女の名を尋ねるが、名前はもうないらしい。

そんなこともあるのかと疑問に思うが、俺も自分の名を知らないのだから人のことは言えない。

しかし、名がないと不便だろう。少女は俺を父と呼ぶからいいとして、俺はなんと呼べばいいのか。

....よし、俺が名付けよう。

そう告げると、彼女は驚いた顔を見せた後、恐縮そうに微笑む。

期待には応えなければならない。

.....なんとなくだが、わかっている。この少女は、きっと俺の目的であったのだと。

海などきっとありはしないが、彼女の目的を満たしてやることが、俺の最期の仕事なのだろうと思った。


......フィーネ。


名を聞いた彼女は、悲しげに笑い、俺の手を取り言う。


「.....フィーネ、ですか。.....ありがとうございます、きっと私には、其の名がちょうどよいのでしょう、父よ」







灰色の雪は勢いを増し、街を覆い隠す。

車内からそれを眺めていると、フィーネが話しかけてきた。


「ずっと、汽車を走らせていたのですか?」


そうだ、と答える。

いや、正確にはずっとではないが。

昔は、日々焚き火をするだけだったはずだ。

しかし、この汽車を見つけてからは、焚き火をやめた。

そのほうが、前へ進めている気がしたから。

この景色も随分変わった。

鬱蒼とした森、無数の武器、家畜、大きな建物、ビル群。

そう考えると、この汽車はまだ日が浅いのか。

なんにせよ、もう過ぎた話ではある。

今や景色は灰色一色。

一方で、汽車の速度は増している。

それはきっと、この灰色に比例して。


フィーネが俺の手を握る。彼女の手は温かかった。


「あなたがいてくださり、本当に救われました。父よ、あなたの姿が見れてよかった。あなたの声が聴けてよかった」


どうやら彼女は、五感が薄れていっているらしい。

フィーネが靴下を脱ぎ、脚を露出する。

見えたのは肌ではなく、結晶。

それはもう、手遅れのように見えた。


「これは、愚かな私の罪です。しかし許されるなら.....ああ、今一度、灰色以外の色を見てみたい」


なるほど、と思った。

もう久しく、そんな物は見ていないが。

確かにこの景色は寂しすぎる。俺だってうんざりしていたはずだ。

探せばまだあるかもしれない。色を持った何かが。

次の駅で降りて、街を探してみようか。






相変わらず寂れた駅だ。

壁を覆う結晶が、かろうじて駅の原型を留めている。

ここは果てに近い。俺もあまり来たことのない場所だ。

フィーネは汽車に置いてきた。あの脚ではまともに歩けないだろうし、視界も満足じゃないとなっては仕方がない。

土産を期待しておけと言ったら、ありがとうございますと微笑んでいた。

さて、この辺りは建物も疎らだ。

しばらく歩くと、小さな一軒家が見えてくる。

中に入り物色するが、どれもこれもやはり朽ち果てているようだ。

しかし、子供部屋の中、目当ての物が見つかった。

古びたリボン。結晶に埋まっていたそれは、かろうじて赤色を帯びていた。

リボンを片手に汽車へ帰る。

フィーナにリボンを渡すと、大切そうにそれを抱きしめ、首に括った。

髪に結んでやろうかと提案したが、断られる。


「きっとこの方が、私にはお似合いです」


意味はわからなかったが、触れるのも躊躇われた。

しかし彼女は、俺に与えられたそのリボンを、愛おしそうに撫でていた。






フィーネが声を失った。

仕方ないと、俺は彼女が抱えている懐中時計を手に取る。

針はもう時を刻んでいないが、合図くらいの役目は果たしてもらおう。

リューズを回し、「チチチ」と短音を3度鳴らす。

この子はよく「ありがとう」と俺に言うから、これを「ありがとう」の合図にしてはどうか、と。

彼女は懐中時計を大切そうに受け取ると、泣き崩れながらリューズを回し、短音を3度鳴らした。






汽車を止める。

なぜなら、もう線路は続いてなかったからだ。

代わりに続いていたのは、見渡す限りの海。

空に満ちた結晶の光を、極彩色の水面に圧倒される。

果てなどないように思える。

フィーネは変わり果てた姿となっていた。

リボンを巻いた首から下は、すべて結晶と化しており、五感もほとんど失われている様子である。

彼女を抱きかかえ、海を見せてやる。

彼女はしばらく呆然とした後、私の腕から抜け出し、祈りの姿勢を取った。

すると突然、フィーネの体が眩い白光に包まれる。

あまりの眩さに目を瞑り、しばらくして目を開けると、白き3対の翼をもつ彼女がそこにいた。




「貴方の与えてくださった姿は、私にはこんなにも不相応で.....。この景色はまさに、私の罪なのですね」


「父よ、私が間違っておりました。知恵は堕落し、時は止まり、楽園は崩壊してしまった.....。愛しの父よ、せめて最期は、この世界の輝きの中で沈むことをお赦しください」


俺の足元にかがみ込み、足の甲に口づけした後。

フィーネは安らかな顔で手を広げ、後ろに倒れるようにして海に飛び込んだ。



彼女がいた場所を見ると、懐中時計が落ちていた。


拾い、眺め、物思いに耽っていると。


短音が3回鳴った後、針が勢いよく巻き戻り......

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