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過去改変          :約2000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/04/12

 とある高校の放課後。教室には二人の生徒だけが残っていた。それぞれ携帯ゲーム機を手に持ち、一つの机を挟んで向かい合って座っている。片方は椅子の背もたれに腕を乗せ、気だるげな表情。時折、「はあ……」とため息を漏らす。もう片方は机に肘をつき、無言で操作を続けていた。

 窓の外では、グラウンドから運動部の掛け声が断続的に響いてくる。遠ざかり、空へ溶けていくように消えていく。


「はーあ、受験勉強だりいなあ。全然遊べねーし」


 片方がふいに手を止め、ゲーム機から視線を外して天井を見上げた。


「今、遊んでるじゃん」


 向かいに座る彼は、画面から目を離さないまま淡々と応じた。


「いや、今くらいなんだよ。こうやってたまに息抜きしないとやってられねえって話。はあ、もっと早くから勉強始めておけばなあ……。過去に戻りてえ……。高校の最初の頃に、いや、いっそ小学生くらいまで戻れたらなあ」


 片方はそう言って、わざとらしく大きくため息をついた。


「戻ってどうすんの?」


「ん? そりゃ、やり直すに決まってるだろ。失敗したことを全部なかったことにしてさ。それからゲームして、外で遊んで……。あっ、それに宝くじとか買って……いや、小学生じゃ買えねえか。うーん……」


「まあ、戻ってもそんなに楽しいもんじゃないよ」


 彼はぽつりと言った。


「ははは、失礼だぞ。おれの小学生時代のこと知らねえくせに」


「いや、僕の話。まあ、同じことをなぞっただけだったしね」


「は? 何言ってんだ?」


「僕、戻ったんだよ。過去に」


「はあ?」


「右から二番目の窓に鳥がぶつかる。それから、廊下を女子が『サキー』って名前を呼びながら走っていく。そのあと、太田先生がドアからひょいって顔を出して、『お……早く帰れよー』って興味なさそうに言う」


「何言って――うおっ」


 片方が窓のほうへ視線を向けた、その瞬間だった。一羽の鳥がガラスにぶつかり、バンと乾いた音を立てた。慌てたように羽をばたつかせて飛び去っていく。そして――


「サキー!」

「お……早く帰れよー」


 廊下から女子の声が響き、ばたばたと足音が遠ざかる。その直後、教室のドアが少し開き、先生の顔がひょいと覗いて、すぐに引っ込んだ。


「……え、え? マジ? え? お前、本当に過去に戻ったのか……?」


 片方は息を呑み、目を見開いたまま震える声で訊ねた。


「うん」


 彼はようやくゲーム機から顔を上げ、小さく頷いた。そして、また何事もなかったかのように視線を画面へ戻した。


「いや、そんなあっさりと……。とにかく、いったん信じるとして、それで、お前にとって今は過去で、未来からここまでたどって来たってことか? いや、ややこしいな……。あ、それとも自由に行き来できるのか? どれくらい先の未来から来たんだ? なあ!」


 片方は椅子から身を乗り出し、矢継ぎ早に問いかけた。


「うーん……まあ、今からそう遠くない未来だよ。過去に戻れたのは、たぶん偶然かな。僕にもよくわからない」


 画面を見つめたまま、彼は淡々と答えた。


「偶然って……そういうもんなのか……。でも――ん? あれ?」


「どうしたの?」


「……お前、さっき『同じことをなぞっただけ』って言ってなかったか?」


「うん」


「それって……過去を変えられるのに変えなかったってことか?」


「そうだよ」


「なんで!?」


「そんなことよりゲームの続きやろうよ」


「今それ一番どうでもいいだろ」


「さっきまでやりたがってたくせに」


「過去の話だっての。なあ、なんで? なんで変えなかったんだ?」


「めちゃくちゃ過去にこだわるじゃん」


「当たり前だろ! なんでなんだよ。そんなに充実してた人生だったのか?」


「全然。両親は離婚したし、学校ではいじめられたしね」


「おー……じゃあ、なおさら意味がわからん」


「ほら、過去を変えたら未来にも影響が出るかもしれないじゃない? ちょっとのズレで大きく変わって、よくないことが起きるかもしれない」


「いや、それは実際に過去を変えて痛い目を見たやつが言う台詞だろ。お前、何も変えてないんだよな?」


「うん。まったく。ここまで、ずーっとなぞってきたよ」


「こわ……。なんでそんな達観してんだよ。いや、でもさすがに全部同じって無理だろ。忘れてることとかあるだろうし」


「いや、その場面になると不思議と記憶が蘇るんだよ。ゲームの二周目みたいな感じかな」


「じゃあ、なおさらそのままやり直すのはつまらないだろ……。どういう精神構造してんだよ……」


「ほらほら、早く続きやろうよ」


「それこそゲームなんて一番つまらねえだろ。……え、じゃあお前、これまでのおれとの会話も何もかも全部、なぞってきたのか?」


「そうだよ。まあ、過去に戻った話をしたのは今が初めてだけどね。ふふふふ」


「怖い怖い怖い……もうお前がわからねえよ」


「あっ、その顔。デジャヴ」


「やめろよ、その二周目のノリみたいなの」


「次に君は鼻をすする」


「……ずずっ。いや、やらせただろ」


「ははは! まあ、過去なんて気にせず、今を、それから未来を楽しもうよ」


「説得力があるような、ないような……はあ、なんか疲れた。ゲームするか……」


「うん」


 教室に再びカチカチとボタンを押す音が戻る。時折、二人の笑い声が弾んだ。窓の外は黄色から茜へと色を変え始めていた。


 ……ようやくやり直せた。

 あの日、君に告白して振られたんだ。

 直後、衝動的にあの窓から飛び降りて気づいたら過去に戻っていた。

 もうあんな失敗は繰り返さない。次はもっと慎重に計画を立てて確実に成功させる。

 ああ、やっと始まるんだ……。


 彼はゲーム機で口元を隠し、静かに笑ったのだった。

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