兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした
私は、幼い頃からずっとずっと、同じ方に恋をしている。
実の兄、アリステアお兄様に。
叶うはずのない、許されない想いだと、わかっている。
私を「妹だから」という理由で愛しているお兄様に、想いを伝えることもできない。
それでも、どうしても気持ちだけは捨てきれなかった。
だからいつのころからか「隣にいられるだけでいい」と思うようになった。
妹として、同じ家で同じ時間を過ごせるのなら、それで十分なのだと。
◆
…なのに。
ある日、アリステアお兄様に告げられた言葉が、すべてを変えた。
「ヘイゼル。君は…ノートン伯爵家の人間ではない」
一瞬、意味がわからなかった。
また飲み込めていない私に、お兄様は淡々と説明する。
ノートン伯爵家は代々、火の加護を持つ家系。なのに私の加護は、水。
生まれて一カ月のときに受けた加護鑑定の際には、「母方の血が濃く出たのだろう」「珍しいがあり得る」という話で落ち着いていたのだけれど…
お兄様が当主となって「念のために」と再調査を命じた結果、鑑定時に神殿で「子どもの取り違え」が起きていたことが判明した…と。
「君の本当の両親はエヴァンス子爵ご夫妻で、本当の名前はロレッタだ」
「そ、そんな…」
到底信じられないような現実離れした話なのに、不思議と腑に落ちる。
だって私は、ずっとどこかで感じていたから。
どうして、実のお兄様のことをこんなに好きになってしまったのだろうって。
何かがおかしいのではないかしらって。
友人たちは「お兄様なんてがさつでデリカシーがなくて、大嫌い」「お兄様よりも婚約者のほうがずっと素敵」なんて言う。
けれど私はお兄様を嫌いと思ったことはなく、「お兄様以上の男性なんていない」とさえ思ってしまっている。
お兄様からいただいたプレゼントはすべて大事に保管して、花束をいただいたときには一本を押し花にして残しているくらいなのだから。
その答えが、「本当の兄妹ではないからだ」というのなら、納得するしかない。
「エヴァンス子爵にも、すでに連絡した。近いうちに迎えが来るだろう」
その声音は、いつもと変わらず穏やかで、優しくて。
「ブライズ侯爵との婚約がまとまる前で本当によかった。君をこのままブライズ侯爵に嫁がせていたら、後悔してもしきれないからね」
まるでこんなの、驚くようなことではないと言っているようで。
「君を溺愛していた両親も亡くなっているから、ショックを与えずに済んだ」
どうしてお兄様はそんなに落ち着いていられるのですか?
いつもあんなに優しくしてくださっていたのに、私が本物の妹でないとわかったから、もうどうでもよくなったのですか?
「私はもう…アリステアお兄様の妹ではないのですね…」
そう言ったとき、お兄様の美しい瞳が一瞬だけ、暗く光った気がした。
「そうだね」
胸がじくっと痛む。
妹だから許されていた距離と、向けられていた優しさ。
それらがすべて失われて、奪われてしまう。
いいえ、違う。奪っていたのは私。
だから、私は頷くことしかできなかった。
「アリステアお兄様…いえ、ノートン伯爵閣下…今までありがとうございました」
———こうして私は、ノートン家を離れることになった。
◆
エヴァンス子爵家は、代々水の加護をもつ古い家門だった。
「ロレッタ、一緒にお茶をどう?」
「ロレッタお嬢様、今日は何をお召しになりますか?」
本当の名前で呼ばれることにも、少しずつ慣れていく。
「…ロレッタ」
「クライヴお兄様、どうなさいましたか?」
「うちはノートン伯爵家ほど裕福ではないから…不便はないかと思って」
クライヴお兄様がじっとりと笑いかけてくる。
瞳の奥にある歪んだ愛情を感じてしまって、気持ちが悪い。
「まったくありませんわ。みんな親切にしてくれて…もったいないくらいです」
べとりと触られて、思わず手を引っ込める。
「なんだ、兄妹なのに水臭いな」
「兄妹でも…私たちはずっと他人として暮らしていたのですから、このように急に距離を詰められては…」
「…むしろ他人として暮らしていたなら、男女として付き合えるんじゃないか?」
腰を抱かれて、反射的にはねのけてしまう。
「おいっ!」
「だって…っ…そんな穢れたこと…っ!」
兄妹でなんて、だめなのに。
そう思ってずっと…アリステアお兄様に何も言えなかったのに。
私はクライヴお兄様に触られた手を、何度も何度も洗う。
それでも、いつまでも汚れている感じが落ちない。
「アリステアお兄様…お兄様…!」
笑顔で腰を抱いてくださったのが、アリステアお兄様だったなら。
きっと胸が跳ねるようにときめいて、それからむず痒くなって、叫び出すのをこらえるのに必死になってしまうのに。
ああ…私のお兄様は、アリステアお兄様ただひとりだったのに。
だけど、もしかして…
———兄妹ではないのならこの想いは罪ではないのでは、と私が気づいたころだった。
◆
「エヴァンス子爵令嬢ロレッタ」
舞踏会でその声を聞いた瞬間、息が止まった。
「久しぶりだね」
お姿を見るだけで、こんなにも幸せなのだと感じる。
「アリ…ノートン伯爵閣下」
名前を呼び直すと、わずかに彼の眉間に皺が寄る。
「その呼び方は、何だか寂しいな」
少し寂しそうに、でも優しく笑うその顔は、兄妹だったときと何も変わらない。
それがどうしようもなく嬉しくて、苦しかった。
「一曲踊っていただけますか」
「…ええ」
震える脚で一歩進んで、彼の手に自分の手を乗せる。
踊りながら私の耳に口を寄せたお兄様は、言った。
「君に求婚したいんだ」
思考が止まった。
「…え?」
「ロレッタ、僕と結婚してほしい」
「な、ぜ…」
まっすぐに見つめられて、やっとのことで言葉を絞り出す。
「もう妹じゃないからね」
妹ではなくなったと言っても、彼は私のことを「妹だからこそ」愛していたのでは?
「昔はそうだったのかもしれないね。でも今は違うんだ」
その言葉に、息が詰まる。
「ひとりの女性として、君を愛していると気づいたんだ」
「本当に…?」
「ああ。君がいなくなって、痛いほど思い知らされた」
———嬉しい。
幼いときからの夢が、諦めていた夢が、叶う。
「でも本当に…いいのでしょうか」
「ああ、僕たちは兄妹ではないのだから、何の問題もない」
涙が出そう。
「だから僕は最愛の人とひとつになりたい。君はどう思う?」
「私も…私もです、アリステアお兄様…私もずっと、お兄様を…」
「だったら、これが僕たちの…本当の運命だったんだよ」
飛び出しそうな心臓を抑えながら会場を抜け出し、庭で愛を囁く。
「ずっと…ずっと好きでした、アリステアお兄様」
「アリステアと呼んでくれ」
「ええ、アリステア…愛しています」
「僕もだ…愛してるよ、ロレッタ」
アリステアがキスをくれて、全身が喜びで痺れる。
「…ようやく君を手に入れた」
キスで蕩けてしまった頭では、その言葉に込められた暗い執着を、感じることはできなかった。
ただただ、喜びに震えて、差し出された手を取った。
だってそれが、ずっと望んでいたことだったから。
◆
こうして私は、最愛の人と結ばれた。
「本物のヘイゼル」は、私が伯爵夫人として伯爵邸に帰ってくることに反対した。優しくて美しいお兄様を奪われるから。
けれど、当初の予定通りに淡々と、彼女は年老いたブライズ侯爵…私が嫁ごうとしていた相手…に嫁がされた。
私に執着し始めていたクライヴお兄様は、アリステアに「実の妹に色目を使う変態」という噂をバラまかれて、社交界から実質的に締め出された。
「ロレッタ、僕といて幸せ?」
「ええ、とても」
ノートン伯爵邸の使用人たちも、「お嬢様が奥様として帰って来るなんて、こんなに嬉しいことはない」と歓迎してくれている。
何もかもが満たされていて、もう何も望むものはない。これ以上なく、幸せだった。
運命のねじれは正され、本来あるべき形に戻ったのだと…そう信じて疑わなかった。
「何もかもがあるべき場所におさまったような気がいたします」
「ああ、本当にそうだね」
私は、まったく気づいていなかった。
———正しかった運命が、ねじれているのだということに。
ーーー
幸せそうに眠る妻を腕の中に閉じ込めながら、僕は目を細めた。
「ああ、僕のヘイゼル。可愛い僕の《《妹》》」
ノートン公爵夫人ロレッタ、僕の妻。そして血を分けた僕の実の妹。
君の本当の名前はロレッタではなく、ヘイゼル。
「君はずっと、本物のヘイゼルなんだよ」
小さく、喉の奥で笑いが漏れる。
「加護鑑定の結果が珍しかった」という幸運を利用し、大枚をはたき、神官の弱みも握り、僕は取り違え事件を捏造した。
君から「妹」という枷を、外すために。
だって、妹のままでは、君を手に入れることはできないから。
「君がいなくなってから、君をひとりの女性として愛していることに気付いた」なんて、怖がらせないための嘘にすぎない。
ずっとずっと、誰よりも愛してた。
君がいつか僕じゃない誰かの妻になり、子を孕むなんて、考えるだけで死にたくなった。何度も何度も、君を道連れに死のうと思った。
だけど、僕が笑顔を向けると花が咲いたような笑顔を返してくれることに…
僕からのプレゼントをすべて残してくれていることに…
君も僕を愛してくれていると気づいたから。
だから僕は、僕たちの運命を、僕の都合のいい形に捻じ曲げた。
遠回りはしたけど、ようやく「僕にとって正しい形」に落ち着いたんだ。
「僕たちは本当の兄妹であり、夫婦なんだ…ふふ」
神に呪われても構わない。
「だって、狂うほど愛してるんだから」
君は僕を「優しい」というけれど、違う。
僕は君を無理やり自分のものにした異常者だ。
だけど後悔はしていない。正常に戻る道も絶たれてる。
———だから僕と一緒に堕ちてくれ。
実の兄と結ばれたなんて事実が知れたら、君はすべてを失う。
だからもし事実を知ったとしても、君は僕といるしかないんだ。
「絶対に逃がしてあげない」
君は生まれたときからずっと、僕だけのものだったのだから。




