スカートめくり
1.
自然がまだ残る住宅街に区立塩辛小学校の校舎が佇む。
木造とプレハブ、鉄筋が混在し、渡り廊下がある。
木造から鉄筋に建て替える時代の話である。
5年2組の教室は、南向きの鉄筋校舎にある。
放課後、掃除当番の班の子だけが残る。
山崎美咲はモップで床を磨いていた。
彼女は中村翔太と長谷川亮がふざけ合っているのを横目で見ていた。
視界がふっと暗くなり、美咲のスカートの裾がふわりと浮く。
「ちょっと、なにすんのよ!」
翔太が美咲のスカートをめくったのである。
彼女のパンツは丸見えになり、男子の目が注がれ、彼らは笑っていた。
そのまま家に帰っても胸の中はざわざわしていた。
翌朝、翔太が駆け寄って、彼女に告げた。
「昨日はごめんね」
翔太は気まずそうに自分の靴の先を見つめている。
「もういいよ。でも本当に嫌だったんだからね」
美咲がそう言うと、翔太は何度も頭をかいた。
班を決めるとき、翔太は美咲に近づいてきた。
一体、翔太はどういうつもりで近づいてきたのか。
スカートめくりをするつもりなんだったのだろうか。
だとすれば不純な動機だ。
許せない、今度やったら、先生に告げ口すると美咲は心に決めた。
塩辛小学校を卒業すると、美咲と翔太は学区が違うので、別々の中学に進んだ。
彼女はクラスに溶け込み、友人たちと戯れていた。
中学になると勉強も難しくなり、家でも勉強しないと授業についていけない。
ある日、美咲が家に帰って一息ついていると、母が声をかけた。
「これ、中村翔太くんから美咲宛の手紙よ」
封筒の裏に書かれた差出人の名前を見た瞬間、嫌な気がした。
翔太の字に間違いない。
あの日の夕陽の差し込む教室でスカートめくりをされた記憶が蘇った。
美咲はしばらく封筒を眺めたあと、封を切らずにそのまま破り捨てた。
あのときの嫌な気持ちを思い出したくない。
それから、翔太からは何の連絡も来なくなった。
2.
15年の歳月が流れた。
美咲は大学を出てから、会社と駅を往復する多忙な毎日を送っている。
秋の商店街を歩いていると、子どもたちの声が聞こえた。
「やーめろってば!返せ!」
小学校高学年の男子が、女子のヘアピンを奪って走り回り、女子が泣きそうな顔で追いかけている。
あの頃の翔太の姿が、重なるように見えた。
そのとき、後ろから声がかかった。
「美咲じゃないか?」
聞き覚えのある声に、美咲は振り返った。
そこにはどこか見覚えのある男性が立っていた。
「中村翔太だよ。これは俺の息子と妻」
「翔太の妻の小百合です。はじめまして」
「はじめまして。山崎美咲と申します」
キレイな奥さんだな、歳は翔太と自分と同じくらい。
奥さんの顔は自分に少し似ていると美咲は思った。
乳母車には小さな赤ちゃんが眠っている。
「久しぶりだね」
翔太は少し照れたように笑った。
「よかったら抱く?」
予想外の翔太の言葉に、美咲は思わず目を見開いた。
美咲は自然に手を差し出していた。
赤ちゃんを抱き上げると、柔らかくて、小さな重みが胸に乗った。
美咲はそっと揺らしながら、その子の顔を覗き込む。
こうして、翔太の子どもを抱く日が来るなんて。
胸の奥がじんわりと温かく、そして少しだけ痛くなった。
翔太の奥さんが笑顔で言った。
「この子、人見知りしないんです。抱っこしてもらえて嬉しそう」
美咲は赤ちゃんの額に触れながら、小さく微笑んだ。
「すごく可愛いですね」
翔太は静かに頷いた。
赤ちゃんは、翔太の幼い日の面影を残していた。
赤ちゃんを返すと、手の中の温もりがゆっくり離れていく。
「じゃあ、またね」
翔太が言い、美咲は「うん」と答えた。
去っていく家族の背中を見送りながら、美咲は胸の奥にある、あの日の夕焼けを思い出した。
大人になって始めて知った。
男の子は好きな子に意地悪をするものだと。
あのときのスカートめくりも、中学時代の手紙も自分に対する好意だったのだろう。
だから班を決めるときに、自分に近づいてきたんだ。
思い出はそのままが一番美しい。
美咲はアーケードから吹き抜ける風を受けながら、静かに歩き出した。




