ロボットの好みは?
※挿絵は生成AI画像です。
もはや、ロボットは一家に一台どころか、一人に一台の時代に入りつつあった。
家事、介護といった仕事を24時間こなす人型ロボットは、便利なことこの上ない。
しかし、僕は、まだロボットを購入していなかった。
今日は、友人の家を訪ねて、ロボットを見せてもらう。購入の参考にするためだ。
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まず僕が訪ねたのは、『太田』の家。玄関でインターホンを鳴らした。
『誰~?』
「太田くん。僕だよ、『杉 仁』だよ」
『あ~、入ってきて』
ドアを開けて中に入ると、可愛い女の子が迎えに出た。ぱっちりした目に、おさげ。ミニスカートの美少女だ。
「いらっしゃい。杉さんですね。どうぞ、上がってください」
あいつにこんな可愛い彼女がいるはずがない。この娘がロボットだ。
部屋に入ると、太田が、太った尻をクッションに乗せて座っていた。
「あ~、仁か。その辺に座って。アイちゃん、お茶でもいれて」
「いいよいいよ。ロボットを見せてもらうだけだから」
「そう~? じゃ、続きやろうか、アイちゃん」
「オッケー、マスター」
ふたりは、対戦ゲームをしていた。格闘ゲームの『パーシャルファイター32』だ。
しばし見ていると、ロボットが勝った。3本勝負の1本目だが、2本目、3本目も、またたく間にロボットが勝った。
「ざぁこ♡ざぁこ♡ マスター、弱い。マジ、やる気あんの?」
「くっそー、また負けたか。よし、もう一度だ」
な、なんだロボットのこの口の利き方は? 聞けば、言葉づかいをカスタムできるんだと。
「うわ、また負けた」
「マスター、反応速度ナメクジ。いくら練習しても、あたしに勝てないよ?」
「お、おい。太田くん、何やってんの? これ」
僕が聞くと太田は、ロボットの方を向いて、あごをしゃくった。
ロボットが僕に顔を向けると、瞬時に表情が変わった。
「はい。マスターは、美少女に罵られるのを、無上の喜びとしています。なので、私はそのようにカスタムされています」
なんという性癖。しかも、説明すらロボットにさせるとは、なんというものぐさ。
僕は、彼の家を後にした。
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次に訪れたのは、高校時代の同級生、『陰野』だ。彼は、自他ともに認めるダメ人間だ。そのくせ、プライドだけは人一倍高い男だった。
「陰野くーん」
インターホン越しにうながされるまま、家に入った。
「いらっしゃい。杉さんですね?」
またしても女性が出迎えた。しかし、さっきと違って、大人っぽい見た目だ。ロングヘアーの黒髪で、パンツスタイル。見るからに優しげな表情だ。
これも、ロボットだった。
彼女に案内されて、部屋に入った。入ったとたん、ロボットが陰野のそばに行き、膝枕をした。
「杉くんか。久しぶりだね。ちょっと待っててね。すぐ済むから」
言われるままに、座ってふたりを眺めていた。
「でさ、その上司が、まじムカつくんだ。ちょっとしたミスなのに……」
陰野は、膝枕されたまま、ロボットに話している。
「そうね、陰野くん。ホントは、言ってやりたかったんでしょ?」
「そうなんだ。『そんなこと、わかってる。偉そうな口を利くな』ってね」
「でも、言わなかったのよね? あなた、えらいわ。相手のプライドを気づかって、黙ってたのね」
「そうなんだよ。僕は間違ってないのにさ」
「相手のために、そんなことが出来るなんて、とても勇気がいるわ。陰野くん、あなた、すごいわ。私、男らしいと思う」
「そうだろ? わかってくれるのは、君だけだよ。ベータちゃん」
僕はこのやりとりを黙って見ていたが、ついに口を利いた。
「ね、ねえ。陰野くん……」
「あ、杉くん。お待たせ。ロボットが見たいんだったよね?」
「あ、ああ……」
僕は、彼の家を後にした。
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「そういえば」
僕は、ふと思いだした。実家の両親が、ついにロボットを買った、と言っていたことを。
実家には、ときどき帰るが、今日は電話もせずに訪問してみることにした。
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実家の玄関まで行って、見ると、車がない。たぶん、父さんは出かけて、母さんが家にいるんだろう。
玄関のドアを開けると、ただいまも言わずに上がりこんだ。
居間の方で声がする。
「ほんと? ほんとに愛してる?」
「ああ、この世の誰よりもね」
「また。うまいこと言って。それもプログラムなの?」
「そんなことないよ。僕の愛は本物さ」
「もっと。もっと言って」
見ると、母さんは、若いイケメンの膝の上に乗って、うっとりした表情を浮かべている。
僕は居間に突入した。
「母さん。何やってんの?」
「ひひひ仁! な、何よいきなり。ノックくらいしなさい!」
「ノックしたよ。気づかなかったの?」
イケメンロボが、こっちを向いてほほ笑んだ。
「仁さん、おかえりなさい」
おだやかな、耳を撫でるような声だ。
僕は、ため息をついて家を出ようとした。
「仁。このことは、お父さんには……、ね? ね? お願い」
「わかってるよ」
家を後にした。
今日は疲れた、精神的に。もうロボット買うのやめようかなーと思い始めた。
──1か月後
僕は、結局ロボットを購入した。やはり、ロボットの便利さには勝てなかったからだ。
しかも、せっかくだからと、ちょっと奮発して、いろいろオプションも付けた。
「ただいまー」
夕方、帰宅すると、すぐ玄関に出迎えが来る。
「お帰りなさ~い。仁さん」
出迎えたのは、金髪美女のロボット。おまけにグラマーだ。
「あたしね、仁さんが帰ってくるの、待ってたのよ。まっすぐに帰ってきてくれた?」
「もちろんだよ。マリーに会いたくて、飛んできたよ」
「ホント? あたし、うれしい」
金髪美女のロボットが、僕に抱きつく。
「でもね。帰る途中、ちょっとだけ、5秒だけ、猫を見るのに立ちどまったんだ」
「え~、やだ。ロボットにとっての5秒は、すっごく長いのよ。あたし、待ちきれないわ」
「はは、ごめんごめん」
「もう。代わりに、うんと可愛がってくれなきゃイヤよ?」
「わかってる。わかってるよ」
靴を脱ぎ散らかしたまま上がると、廊下の姿見が目に入った。
そこに映る僕の顔は、ゆるみきっている。
なんとも情けない顔だ。
でも、いい。別に。
誰も見ていないんだから。
このロボット以外は、誰も。




