【3/みさお、ゆき】ふたりぼっちのフルムーン
『みさおー狼女ー』
「解熱剤もらってきた。今飲む?」
「…うん、、ごめんね、ありがとう。」
今日は朝から、ゆきが体調不良で寝込んでいる。
昨日の実技授業で虫に驚いたゆきが“冷気”を暴発させ、そのまま熱を出してしまったのだ。
まぁ、氷漬けになった教室の惨状も相当なものだったが…自分の冷気で風邪をひくなんて、なかなか難儀な特性だ。
私は、ゆきの看病を口実に、その日の授業を全て欠席した。
ゆきのことが心配だったし、実は私自身も今日は外にでたくなかった。
なぜってーーー
今日は年に一度の最恐最悪な満月、スーパームーンの夜だから……。
*
夜は怖い。
私の欠陥を浮き彫りにする“満月の夜”は、もっと怖い。
「頭…いたい……鼻、もげる……」
普段の満月であれば、おや偏頭痛?程度であとはなんとか誤魔化してきたが、今日の苦痛は訳が違う。
日が傾いていくにつれて、じわじわと過敏になっていくこの鼻と耳が、痛みを伴い私の神経を逆撫でる。
夕方、ふらふらと食堂に入ると、ヘッドライトを装着したルカがちょうど軽食を作っていた。
一見異様な光景だが、それがルカなら話は別だ。
ふわっとただようガーリックのにおい。
いつもなら食欲をそそるこの匂いも、今日は拷問以外の何物でもなかった。
「あっみさお!」
明るく声をかけてくれたルカにも、返事をする気力がない。
ルカは料理の手を止めて、私のところへ近づいてきた。
「…どしたの?具合悪い?」
「あ…や……ごめん、今ちょっと……」
ルカは私の様子をじっと見つめる。
ハンカチで鼻を抑えて、顔面蒼白。懸命に口で息をしようと、呼吸は浅く、早くなっている。
「…ゆきちゃんは落ち着いた?」
私から目を逸らさないルカ。
いや、まだもうちょいかな…とか細い声で答える私に
「そっか。よしちょっと待ってて!」
と言うやいなや、キッチンの奥へと引っ込んだ。
夜軽く食べれるモノ、取りに来ただけだから…
ふらつきながら冷蔵庫へと歩いて行き、中からゼリーを取り出していると、ルカが奥からお盆を持って戻ってきた。
「軽く、食べれるモノ。匂いもきつくないし、少しはましかなって。」
ルカの持ってきたおぼんには、柔らかくほぐした鮭と刻み葱の温かいお粥と、はちみつ入りのホットティー、さっぱりとした口当たりの桃が、2人分。
私の様子で、匂いが辛いことに気づいてくれたのだろうか。
「ゼリーもいいけど、もし食べれるなら!体もあったまるし、夜よく寝れると思うよ。」
ルカはいつものようにニパッと笑う。
私は少しほっとして、ありがとう、とルカにお礼を言い、お盆を持って食堂を後にした。
*
「優しいねぇ、ルカくん。ほんと、あったかくて美味しい。」
ゆきが、嬉しそうにルカの作った食事を食べている。
時刻は午後18時すぎ。
外はもう日が落ち、月が、、のぼり始めている…。
私の身体は、ひときわ強く鋭く満月に呼応し、今にも爆発しそうな痛みが身体中を駆け巡っている。
ルカが作ってくれた食事も、ほとんど手がつけられないまま、ホットティーのはちみつの匂いでさえ、私の鼻をもぎ取らんばかりの刺激臭となっていた。
加えて、耳が、より遠くの音を拾おうと鋭く研ぎ澄まされていく。
小さく震える身体を、もはや隠すこともできず、額からは汗が流れ出る。
……どうしよう。
「ごめん私、ちょっと…」
ゆきのベッドの近くから、腰を上げて自分のベッドへと体を向ける。
私の様子がおかしいことに、ゆきが気づいた。
「あれっみさおちゃん、どうしたの?顔色真っ青だよ…?」
優しい気遣いからでたその言葉。
けれど、その“声”は、まるで耳元で大きな鐘を力一杯鳴らされたように、私の頭の中でガンガンと反響しながら鳴り続けた。
「…ぅあ…っ……」
思わず、耳を抑えてうずくまる。
身体がぶつかり、お盆が、お粥が、ひっくり返ってしまった。
ふわっと漂う鮭の香りが私の鼻腔につき刺さる。
泣きそう…だめだ……
もう限界………
ゆきが、わずかに動き出した音が聞こえる
息づかいが、足音が、こっちに近づいてきてる
そして、ふっ…と、近くに静かにしゃがみ込んだ。
「…っ……!」
とん、とん
耳を塞ぎ、苦しそうにうずくまる私の肩に、指先でノックするように触れる手。
そして、耳を覆う手にそっと自身の手を添え、ゆっくり下にずらしていく。その耳元にふわふわした“何か”が触れた。
そろり、と顔をあげると、ゆきが私を見つめている。
耳元に触れているふわふわは、ゆき愛用のイヤーマフだった。
そしてーーー
すっと差し出されたノートには、
《音が、つらいの?》
と走り書き。
私は目にいっぱい涙を溜めたまま、微かに頷く。
ゆきは、またノートを自分に向けると、ペンでススス、と文字を書き、またハイ。と見せてくれる。
《大きい音が、だめ?》
そして、ペンを私に差し出した。
私は震える手で
《小さいのも》と書き足す。
《もしかして、においもつらい?》
「…!!」
うん、と頷く私。
マスクも、いる?とジェスチャーで聞いてきたので
私はまた、うんうん!と頷く。
涙が、頬を伝う音が聞こえる。
容赦なく研ぎ澄まされるこの嗅覚と聴覚は、これだけでは抑えられないだろう。
けど、苦しいはずなのに、私の心はさっきよりもずっとおだやかで…
ふわりと包まれほどかれたような気持ちと、ゆきの優しい眼差しが、いつのまにか、私の“思い”を口にさせた。
ーーーーーーーーーー
『ゆきー雪女ー』
「ゆき、私ーー
オオカミなの……」
どのくらい時間が経ってからだろう。
みさおちゃんが私の肩に寄りかかったまま、ポツリとそう呟いた。
私の心臓の音が、少しだけ速くなる。
みさおちゃんはきっと気づいただろう。
けれどなんでもない風に、ぽん、と、手に触れる。
「こないだ、ルカが言ったの…当たってる……でも……」
みさおちゃんの目から涙が、こぼれ落ちる。
「満月がきても、私……オオカミに、なれないの」
「できそこないだって…言われてる気がして
こわいの…満月の……夜」
私は、そっと窓の外に目を向ける。
雲ひとつない空
ひときわ大きな満月が、こちらをじっとみつめている。
そっか。今日は、スーパームーンだーーー
私は、みさおちゃんをベッドに横たえそっと立ち上がり、部屋のカーテンをひいた。
不安そうな顔。きっとまだ、身体はしんどいのだろう。
私は、みさおちゃんの額にそっと手を当てて、聞こえるか聞こえないかわからないくらい、小さな声で囁く。
「大丈夫。大丈夫だよ。」
上手くできるかな…
額に当てた手のあたりに、ほんの少しだけ冷気をまとわせると、みさおちゃんは安心したように目を瞑った。
*
……寝ちゃったかな?
私はそっとみさおちゃんの顔を見下ろす。
スゥ…と、微かに寝息を立てる音。
少し落ち着いたみたい。
「よかった。」
そう微かに囁くと、私はみさおちゃんの髪をそっと撫でた。
涙のあとが残る目の当たりにも、優しく触れる
「…きれい。」
強がるみさおちゃん。鋭い目線。
必死な表情も、満月がこわいと話すあの弱々しい泣き顔もーーー
「また…私だけに見せてくれたの……?
ーーいい子だね。」
私の胸の奥深く、冷たく重たい“何か”が、じわりと大きく脈打つ。
ーー私だけが、知ってる。
「大丈夫…ちゃんと、守ってあげるから…。」
私の身体の奥底でゾクゾクと湧き上がる高揚感が、己の心を冷たく尖らせ、徐々に鋭さを増して身体中を満たしていく。
「…こんなみさおちゃん……他の誰かに見られたら、嫌だなぁ…。」
ぽつん、と呟き、つい、と部屋の入り口の扉に目を向ける。
瞬間、ドアノブと鍵穴を氷漬けにしたことに、その時の私はまだ気づいていなかった。
心は熱く燃えるようにたぎっているのに、私の奥底から溢れ出ているのは、さっきよりも冷たい冷気の渦。
前にみさおちゃんが笑ってくれた、私のシーサーのぬいぐるみにも、いつのまにか霜が降りている。
私はひとつ身震いをして、はぁ、、と大きく息を吐き、カーテンの隙間から月を眺めた。
この胸の疼きの正体は、まだ私にはわからない。けれど…
あの満月が沈むまでーーー
それまで、みさおちゃんのそばに私だけが寄り添えるという状況に、言いようのない悦びを感じていることだけは、確かだった。
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《登場人物おさらい》
⭐︎白狼みさお(狼女)
オオカミになれない狼女
欠点が浮き彫りになる満月が大の苦手だが、満月に呼応して感覚だけは過敏になってしまう。
⭐︎霜村ゆき(雪女)
自分の冷気で風邪をひく雪女
パワーは強いがその分自分のダメージも大きいので、加減が難しい。
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