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【3/みさお、ゆき】ふたりぼっちのフルムーン

『みさおー狼女ー』


「解熱剤もらってきた。今飲む?」


「…うん、、ごめんね、ありがとう。」



今日は朝から、ゆきが体調不良で寝込んでいる。

昨日の実技授業で虫に驚いたゆきが“冷気”を暴発させ、そのまま熱を出してしまったのだ。

まぁ、氷漬けになった教室の惨状も相当なものだったが…自分の冷気で風邪をひくなんて、なかなか難儀な特性だ。


私は、ゆきの看病を口実に、その日の授業を全て欠席した。

ゆきのことが心配だったし、実は私自身も今日は外にでたくなかった。



なぜってーーー

今日は年に一度の最恐最悪な満月、スーパームーンの夜だから……。




夜は怖い。

私の欠陥を浮き彫りにする“満月の夜”は、もっと怖い。


「頭…いたい……鼻、もげる……」


普段の満月であれば、おや偏頭痛?程度であとはなんとか誤魔化してきたが、今日の苦痛は訳が違う。


日が傾いていくにつれて、じわじわと過敏になっていくこの鼻と耳が、痛みを伴い私の神経を逆撫でる。


夕方、ふらふらと食堂に入ると、ヘッドライトを装着したルカがちょうど軽食を作っていた。


一見異様な光景だが、それがルカなら話は別だ。


ふわっとただようガーリックのにおい。

いつもなら食欲をそそるこの匂いも、今日は拷問以外の何物でもなかった。


「あっみさお!」

明るく声をかけてくれたルカにも、返事をする気力がない。


ルカは料理の手を止めて、私のところへ近づいてきた。

「…どしたの?具合悪い?」


「あ…や……ごめん、今ちょっと……」

ルカは私の様子をじっと見つめる。

ハンカチで鼻を抑えて、顔面蒼白。懸命に口で息をしようと、呼吸は浅く、早くなっている。


「…ゆきちゃんは落ち着いた?」

私から目を逸らさないルカ。

いや、まだもうちょいかな…とか細い声で答える私に

「そっか。よしちょっと待ってて!」

と言うやいなや、キッチンの奥へと引っ込んだ。


夜軽く食べれるモノ、取りに来ただけだから…

ふらつきながら冷蔵庫へと歩いて行き、中からゼリーを取り出していると、ルカが奥からお盆を持って戻ってきた。


「軽く、食べれるモノ。匂いもきつくないし、少しはましかなって。」


ルカの持ってきたおぼんには、柔らかくほぐした鮭と刻み葱の温かいお粥と、はちみつ入りのホットティー、さっぱりとした口当たりの桃が、2人分。


私の様子で、匂いが辛いことに気づいてくれたのだろうか。

「ゼリーもいいけど、もし食べれるなら!体もあったまるし、夜よく寝れると思うよ。」

ルカはいつものようにニパッと笑う。


私は少しほっとして、ありがとう、とルカにお礼を言い、お盆を持って食堂を後にした。



「優しいねぇ、ルカくん。ほんと、あったかくて美味しい。」


ゆきが、嬉しそうにルカの作った食事を食べている。


時刻は午後18時すぎ。

外はもう日が落ち、月が、、のぼり始めている…。


私の身体は、ひときわ強く鋭く満月に呼応し、今にも爆発しそうな痛みが身体中を駆け巡っている。


ルカが作ってくれた食事も、ほとんど手がつけられないまま、ホットティーのはちみつの匂いでさえ、私の鼻をもぎ取らんばかりの刺激臭となっていた。


加えて、耳が、より遠くの音を拾おうと鋭く研ぎ澄まされていく。


小さく震える身体を、もはや隠すこともできず、額からは汗が流れ出る。

……どうしよう。


「ごめん私、ちょっと…」

ゆきのベッドの近くから、腰を上げて自分のベッドへと体を向ける。


私の様子がおかしいことに、ゆきが気づいた。


「あれっみさおちゃん、どうしたの?顔色真っ青だよ…?」


優しい気遣いからでたその言葉。

けれど、その“声”は、まるで耳元で大きな鐘を力一杯鳴らされたように、私の頭の中でガンガンと反響しながら鳴り続けた。


「…ぅあ…っ……」


思わず、耳を抑えてうずくまる。


身体がぶつかり、お盆が、お粥が、ひっくり返ってしまった。

ふわっと漂う鮭の香りが私の鼻腔につき刺さる。


泣きそう…だめだ……

もう限界………


ゆきが、わずかに動き出した音が聞こえる

息づかいが、足音が、こっちに近づいてきてる


そして、ふっ…と、近くに静かにしゃがみ込んだ。


「…っ……!」


とん、とん


耳を塞ぎ、苦しそうにうずくまる私の肩に、指先でノックするように触れる手。

そして、耳を覆う手にそっと自身の手を添え、ゆっくり下にずらしていく。その耳元にふわふわした“何か”が触れた。

そろり、と顔をあげると、ゆきが私を見つめている。


耳元に触れているふわふわは、ゆき愛用のイヤーマフだった。

そしてーーー


すっと差し出されたノートには、

《音が、つらいの?》

と走り書き。


私は目にいっぱい涙を溜めたまま、微かに頷く。


ゆきは、またノートを自分に向けると、ペンでススス、と文字を書き、またハイ。と見せてくれる。


《大きい音が、だめ?》

そして、ペンを私に差し出した。

私は震える手で

《小さいのも》と書き足す。


《もしかして、においもつらい?》


「…!!」

うん、と頷く私。


マスクも、いる?とジェスチャーで聞いてきたので


私はまた、うんうん!と頷く。


涙が、頬を伝う音が聞こえる。



容赦なく研ぎ澄まされるこの嗅覚と聴覚は、これだけでは抑えられないだろう。

けど、苦しいはずなのに、私の心はさっきよりもずっとおだやかで…


ふわりと包まれほどかれたような気持ちと、ゆきの優しい眼差しが、いつのまにか、私の“思い”を口にさせた。



ーーーーーーーーーー

『ゆきー雪女ー』


「ゆき、私ーー


オオカミなの……」



どのくらい時間が経ってからだろう。


みさおちゃんが私の肩に寄りかかったまま、ポツリとそう呟いた。


私の心臓の音が、少しだけ速くなる。

みさおちゃんはきっと気づいただろう。


けれどなんでもない風に、ぽん、と、手に触れる。


「こないだ、ルカが言ったの…当たってる……でも……」


みさおちゃんの目から涙が、こぼれ落ちる。


「満月がきても、私……オオカミに、なれないの」



「できそこないだって…言われてる気がして


こわいの…満月の……夜」


私は、そっと窓の外に目を向ける。

雲ひとつない空

ひときわ大きな満月が、こちらをじっとみつめている。


そっか。今日は、スーパームーンだーーー


私は、みさおちゃんをベッドに横たえそっと立ち上がり、部屋のカーテンをひいた。

不安そうな顔。きっとまだ、身体はしんどいのだろう。


私は、みさおちゃんの額にそっと手を当てて、聞こえるか聞こえないかわからないくらい、小さな声で囁く。

「大丈夫。大丈夫だよ。」


上手くできるかな…

額に当てた手のあたりに、ほんの少しだけ冷気をまとわせると、みさおちゃんは安心したように目を瞑った。




……寝ちゃったかな?


私はそっとみさおちゃんの顔を見下ろす。



スゥ…と、微かに寝息を立てる音。



少し落ち着いたみたい。

「よかった。」

そう微かに囁くと、私はみさおちゃんの髪をそっと撫でた。

涙のあとが残る目の当たりにも、優しく触れる




「…きれい。」



強がるみさおちゃん。鋭い目線。

必死な表情も、満月がこわいと話すあの弱々しい泣き顔もーーー



「また…私だけに見せてくれたの……?






ーーいい子だね。」


私の胸の奥深く、冷たく重たい“何か”が、じわりと大きく脈打つ。



ーー私だけが、知ってる。

「大丈夫…ちゃんと、守ってあげるから…。」


私の身体の奥底でゾクゾクと湧き上がる高揚感が、己の心を冷たく尖らせ、徐々に鋭さを増して身体中を満たしていく。


「…こんなみさおちゃん……他の誰かに見られたら、嫌だなぁ…。」


ぽつん、と呟き、つい、と部屋の入り口の扉に目を向ける。

瞬間、ドアノブと鍵穴を氷漬けにしたことに、その時の私はまだ気づいていなかった。


心は熱く燃えるようにたぎっているのに、私の奥底から溢れ出ているのは、さっきよりも冷たい冷気の渦。

前にみさおちゃんが笑ってくれた、私のシーサーのぬいぐるみにも、いつのまにか霜が降りている。


私はひとつ身震いをして、はぁ、、と大きく息を吐き、カーテンの隙間から月を眺めた。


この胸の疼きの正体は、まだ私にはわからない。けれど…

あの満月が沈むまでーーー


それまで、みさおちゃんのそばに私だけが寄り添えるという状況に、言いようのない悦びを感じていることだけは、確かだった。



ご覧いただきありがとうございました。


更新は不定期です。

活動報告等でもお知らせいたしますので、よろしければまたお立ち寄りください。

感想や評価など、いただけると嬉しいです。


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《登場人物おさらい》


⭐︎白狼みさお(狼女)

オオカミになれない狼女

欠点が浮き彫りになる満月が大の苦手だが、満月に呼応して感覚だけは過敏になってしまう。


⭐︎霜村ゆき(雪女)

自分の冷気で風邪をひく雪女

パワーは強いがその分自分のダメージも大きいので、加減が難しい。


ーーーーーーーーーー


こちらの物語は、pixivにも同時掲載しております。

(※創作活動としての併載です。転載目的ではありません。)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※この作品の無断転載・複製・AI学習への使用を禁止します。Repost is prohibited.


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