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親友は鋭い

 キャンパスの片隅。講義棟の裏にある少し奥まったベンチに、湊は一人腰掛けていた。

 スマホを片手に興味のないネットニュースをスライドして流し見したり、特に意味のないアプリを開いては閉じるのを繰り返す。

 次の講義まで暇なこの時間は、時の流れから切り取られたかのように静かだった。


「おーい、陰の者~。ここにいたのかよ、探したぞ」


 やたらと陽気な声が背後から飛んでくる。振り返らなくても誰かわかった。


「……慧斗(けいと)か」


 天海慧斗(あまみけいと)──大学に入ってからできた男友達の一人。

 人懐っこくてテンションが高く、誰とでもすぐ打ち解けるような性格をしていて、正反対の湊とはなぜか波長が合う。

 お調子者で軽口ばかり叩くくせに、時折見せる鋭い勘と洞察力には妙に冴えたところがあり、湊自身、その存在を”悪友”と呼びつつもどこかで信頼している部分があった。


「おう。相変わらずやる気なさそうな顔してんな。人と喋らないとそのうち言葉忘れるぞ」


「………お前と喋るときだけは別に忘れてもいいな」


「おいおい、親友の俺にそんなこといっちゃいます?泣くよ?俺泣いちゃうよ?」


 軽口を叩きながら、天海慧斗は湊の隣にどかっと座った。緩くパーマのかかった髪に無遠慮な笑顔。圧倒的陽のオーラを感じさせるこの接し方に少し気怠さを覚えながらも、湊が拒絶することはなかった。


 そんな慧斗がわざわざ探してきたという時点で、湊は何か面倒ごとを吹っ掛けられるということはだいたい予想がついていた。


「で、合コンの件だけどよ」


 先日送られてきた合コンの誘いのメッセージ。それは慧斗からの物だった。


「……行かないって言っただろ」


「それをもう一度確認に来たんだよ。なんかの間違いかと思って」


「間違いじゃない。行かない」


 湊は淡々とした口調で、しかしきっぱりと答えた。

 慧斗はそんな湊をしばらくじっと見つめた後、ふっと笑う。


「……もしかして、もう女いる?」


 唐突な言葉に、湊の指がほんの僅かに止まった。


「は……? 別にいないが」


「おーっと、動揺を隠しきれてない~。俺にはわかっちゃうぞ。お前の動きが一瞬固まったのを。おいおいマジかよ、誰だ?言ってたサークルの後輩? それともバイト先? もしかして……元カノ復縁ルート?」


「ねえよ。そういう関係になりそうなやつはいない」


「じゃあ、何で頑なに断るんだよ。彼女いないならいいだろ?」


 慧斗の問いかけに、湊は小さく息をついた。


「……別に、合コンで得られるもんなんか無いってだけだ」


「それはお前が何か得ようとする気すらないからだろ?得ようとして来るやつがほとんどだし、出会いとか、ネタとか、ワンチャンとか。お前が一番“ワンチャン”ありそうなのに」


「それ褒めてないよな」


「いや褒めてる褒めてる。無自覚系無気力男子。ラノベの主人公かよって感じ?」


「……そろそろ殴るぞ」


「おー怖い怖い。でもまあ、絶対行きたくないとかいうなら無理強いはしないけどさ」


 そう言って慧斗は、急に真面目な顔になった。


「……何か、お前の表情いつもより暗いから。絶対何かあっただろ?」


 それを聞いて、湊は目を伏せた。


 脳裏をよぎるのは――あの時の琴乃の瞳。静かに、でも確かに狂気を孕んでいた。壁際で手首を掴んで「耐えられない」と言ったあの形相。


 湊は静かに呟いた。


「……ちょっと、怖くなっただけだ」


 曖昧に濁した言葉。だが、慧斗の目がそこで鋭くなる。

 慧斗は珍しく声のトーンを落としてまた真面目な顔を向けた。


「それはまた何でだ?」


 躊躇いが湊の声をせき止める。しかし、慧斗の目は真っすぐだった。

 この男はお調子者のくせに、肝心なときは逃げない。だから湊も逃げられなかった。


 沈黙の後、ぽつりと漏れるように言葉が出た。


「……琴乃に、ちょっと強く言われた」


「琴乃ちゃんね………あの元カノ兼幼馴染の」


 湊は小さく頷いた。


「昨日の合コンの誘いがお前から来た時だ。あのとき、空き教室で琴乃と課題やってたんだよ」


「えっ、それって二人きりでか?」


「そうだが」


「何だ、やっぱり元カノとより戻したのかよ」


「違う。そういうんじゃない」


 即座に否定した湊の表情は変わらず硬いまま。慧斗はそんな湊を見て、考えを改めてじっと続きを待っていた。


「ちょっと言い合いになって……壁際に押されて、手首掴まれて………」


「……マジかよ。暴力?」


「そういうのとはちょっと違う。琴乃の気持ち……多分、俺が想像してたよりずっと重かった」


 湊は俯き、思い出すように目を伏せる。


「“他の女と仲良くするのが耐えられない”って……真面目な顔で言われた。……その時の目がすげぇ怖くてさ」


「……」


「俺はあいつのこと、昔好きだった。たぶん今でも……大事だとは思ってる。でも、もう一緒にいるのが正解なのか分かんなくなってきてな……」


 言い終えたあと、ふぅ、と息を吐いた。

 慧斗はただ黙ってそれを聞いていた。いつもの軽口は影を潜め、陽気な笑みも消えている。

 ただ、隣で静かに湊の言葉の重さを受け止めていた。


 慧斗はしばらく湊の言葉を咀嚼するように、顎に手を当てて唸っていた。


「……んで、それってつまり琴乃ちゃんはまだ湊のこと好きってことだろ?」


「まあ……そういうことになるんだろうな」


「ふーん、惚気ってよりはちょっとバイオレンスみを感じる話だな。……ていうか、お前それでよく無傷で済んだな」


「いや……心はちょっと抉られたかもしれん」


 湊は目元に手を当ててため息をついた。慧斗は半ば呆れたように、そしてどこか感心したように言葉を続ける。


「お前さ、そういう子と二人で課題やって、しかもそん時に合コンの誘いが届くとか、完全に地雷原歩いてる自覚ある?」


「……後半のはお前のせいでもあると思うが、今思えば危ない橋を渡っていたのかもな」


「いやマジで。そんな“他の女と仲良くするのが耐えられない”って真顔で言ってくるタイプが相手だろ? それ、もう気持ちとかじゃなくて宗教に近い執着じゃん」


「………言い過ぎだろ」


「いやいや、怖いって。お前ん家のポストにナイフでも刺さってたらどうすんだよ。俺なら泣くぞ。……っていうか、え? 俺さ、誘いのLINE送ったじゃん?」


「ああ」


「……そのとき琴乃ちゃん、湊のスマホ見てた可能性とかって……」


 湊はふと顔を上げ、虚空を見つめた。


「……うん。あるかもな。普通に机の上に置いてたし」


 慧斗の顔が青ざめていく。


「ちょ、ちょっと待て。待て待て。じゃあ俺、刺される可能性あるってこと? そんな湊のことが大好きって子なら、俺が湊を合コンに誘いやがってって怒ってさ………しかも湊のスマホに俺の名前と“合コン”ってワード、ばっちり出てた可能性あるよな!? ってことはつまり……」


「……まあ、琴乃はあの時誰から?って聞いてきたし、もしかしたら見えてなかった可能性もあるが………うん、その時はご愁傷様」


「おい!他人事みたいに言うなよ!? お前経由で俺が地雷踏んだって話だろ!? え、俺まだ死にたくないんだけど!」


「骨は拾ってやるよ」


「……………おいおい、嘘だろ。なぁ、マジでそれ笑えないやつじゃない? 俺もう明日から身辺警護つけた方がいい? いや、琴乃ちゃん可愛いしタイプだけども、刺されるのはちょっと……」


「安心しろ。琴乃は、そこまでやるタイプじゃない……と信じたい」


「信じるな確認しろ!お前だけは確認しとけ!」


 慧斗の声が無駄に講義棟の裏に響き渡った。

 その横で、湊はようやくわずかに口元を緩める。


 こうしてしょうもない会話をしてる時間だけは、少しだけ怖さを忘れられる気がした。


「………ま、まあいいや。とにかく、合コンはナシってことで了解。けど今度飯くらいは付き合えよ。」


「ああ。考えとく」


「“考えとく”って、お前の辞書じゃ八割行かないパターンだけどな」


 そう言って慧斗は立ち上がり、伸びをした。


「じゃ、俺は次の講義行くわ。お前、もう地雷踏まないようにしろよ?お前を狙ってるそういう女子が他にもいるかもしれないんだから」


「はいはい。琴乃みたいな奴が他にいるわけないだろ」


 手をひらひらと振って、慧斗は講義棟の方へと歩き去っていく。その背中を見送りながら、湊は小さく呟いた。


「……他にいたら、それはそれで地獄だろうな」


 風が通り抜けていく。木々がざわめき、何事もなかったかのようにまた静寂が戻ってきた。



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