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制圧型幼馴染

 ――高校のとき、あいつと別れたことが良かったことなのかは今でも分からない。

 だけど、一つだけ確かなのは。


 私にとって、湊って存在は思っていた以上に大きかったんだってこと。


 彼がいない日々に慣れるまでどれだけ時間がかかったか。

 友達と笑い合っても、教室で話していても、ふとした拍子に思い出すのは決まって隣にいた彼の顔だった。


 無口で、表情に乏しくて、何を考えてるのかわかりづらい。

 でも、困ってる人にはすぐに手を差し伸べて、何も見返りを求めないで助けるようなそんな人だった。


 だから、ムカついた。

 なんで誰にでも優しくするのよって。そのくせ、私の気持ちには気づいてるようで、知らない振りをする。

 あんなのずるいに決まってるじゃん――。


 ……それでも好きだった。


 あいつは私の“普通”の中にずっといたから。


 私たちは中学から高校までずっと一緒だった。

 何気なく隣にいて、何も言わなくても伝わることがあって。

 でも、恋人として付き合っていたあの数ヶ月だけは逆に“普通”じゃなくなった。


 手を繋いだとき、嬉しかった。

 でも、それ以上の距離が近づくのが怖くて。何かの拍子にこの関係が壊れてしまうのではないかと。だから恋人らしいことなんてほとんどできなかった。

 湊はそんな私に無理をさせようとはしなかったけど――私は勝手に距離を取って、勝手に離れていった。


 後悔なんてしてないつもりだった。


 ……けど、大学受験が近づくにつれて私は思った。


 「あいつがいない大学生活なんて、絶対に嫌だ」って。


 だから志望校を決めたのは、湊の進学先を知ってからだった。

 あいつと同じ大学、同じ学部学科、同じキャンパス。

 

 ……正直、今までの人生で一番勉強したかもしれない。あいつに追いつくためって理由がないと、私は本気になれなかった。


 そして、再会した。


 大学の入学式、立て看板の前であいつと並んで撮った写真。講義のたびに講義棟であいさつを交わす日々。ぶっきらぼうに私の名前を呼んでくれたとき、私の心はあの頃に戻った。


 ――やっぱり、好きだって思った。


 あいつの隣は心地よくて、無理しなくてよくて、それでいて、ちゃんと守られてる気がする。


 だからこそ、サークルの後輩とか、湊周りの女関係の話はほんっとに無理だった。


 私じゃない誰かがあいつに近づくことを認めろって?あいつの優しさに他の女が触れることを許せって?

 冗談じゃない。冗談じゃない冗談じゃない。


 私の方が彼と過ごした時間は長い。関係だって深い。私は彼のもとに追いかけてきた。

 過去の女とか、未練がましいって言われても他人の言葉じゃ止まれない。


 どれだけ怖くても、情けなくても、あいつの心を繋ぎ止められるのは私じゃなきゃダメなんだから。

 

 …………もう、遠慮なんてしてられない。


 幼馴染って便利な立場に甘えて、隣にいられればそれでいいって自分を誤魔化してた。でもそれじゃあ、あいつの心は動かせない。


 私は湊の彼女になりたい。もう一度じゃない。今度こそ、本当の意味でずっとあいつの隣にいたい。


 だから、湊が合コンの誘いを受けたと聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっとねじれた。

 まるで心臓を直接つかまれたみたいに息が詰まった。


 湊が「断るよ」って言ってくれたとき、ほんの少し安心した。

 でも、それじゃ足りなかった。


 あいつの優しさは時に残酷。誰にも壁を作らず、誰にでも親切で、そのくせ一線を越えさせないように曖昧な距離を保っている。

 …………そうやって、いつだって“好きになった側”だけが傷つく。


 だから押した。強引にでも、私の存在を突きつけた。

 私は他の女とは違うって、もうただの幼馴染じゃないって。


 あいつはちょっと怯えた顔で、不安そうな声で私を呼ぶ。

 当然だ。私だって自分が怖いくらいだった。

 

 でも、あの湊の表情を見たとき身体の底からゾクゾクした。

 得も言われぬ様な快感。湊が私に恐怖心を覚えていて、委縮したあの顔。


 その表情が――たまらなく愛おしかった。


 ねえ、湊。

 あんたはきっと気づいてないよね。私がどれだけあんたに狂わされてきたか。

 どれだけあんたの一挙手一投足に心臓が焼けるような思いをしてきたか。


 あんたが他の女と話してるだけで、世界の色が鈍る。優しい言葉を投げかけてるだけで、その女をこの手で消したくなる。

 なのに私には、ただの幼馴染の顔で適当な距離感で接してくる。


 違うよ。私はそんな立ち位置で納得できるほど、器用じゃないの。


 あんたの全部がほしい。

 言葉も、時間も、視線も、思考も、吐く息の一つ一つさえも、全部私だけに向けていてほしい。


 ……あのとき、湊が小さく身を竦めたのを見て、快感を覚えたのと同時に思わず笑いそうになった。

 だってようやく、あんたの“心”を揺らせた気がしたから。


 ごめんね、湊。

 怖がらせたくてやったんじゃない。

 でも、それでも、他の誰かに向ける微笑みより私への怯えの方がずっと価値があるって思ってしまった。


 あんたが私を特別に意識してくれるなら、それが恐怖でもいいって本気で思った。

  

 ……あれから、あんたはちょっと私を警戒するようになった。

 でもそれは、“ちゃんと見てくれるようになった”ってことでもある。

 

 私を避けきれない場所に置いて意識させる。そうやって、じわじわとあんたの中を侵食していく。

 他の女なんて関係ない。私が一番近くであんたを見て、知って。


 私はもう絶対に引かない。


 あんたの優しさも、無関心も、戸惑いも、全部ひっくるめて私のものにするから。

 泣いても喚いてもあんたは私のものだって――そう、わからせてあげる。



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