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歪愛収集癖型先輩

 大学の知り合いになるべく会いたくなかった。


 サークルの飲み会がどうとか、SNSの投稿がどうとか、他人の噂ばかりしているあの空気がどうにも苦手で、人が多い場所ではまともに息ができない気がした。

 それは性根が所謂陰キャだったからだろう。友達も大学にあまりいない。


 だから、わざと少し離れた場所の本屋でバイトを始めた。

 落ち着いた空間で、好きな本と静かに向き合える。誰にも干渉されない、自分だけの居場所になるかもしれないと思って。


 ――そして、出会ってしまった。


 蓮見湊。

 初めてのシフトで挨拶を交わしたとき、彼もまたこの大学の人間だと知った。

 だが、学部も違うしキャンパスで見かけた記憶もない。それもそのはず、彼は一個下の後輩だった。

 派手さのない、無口で控えめな、地味な青年というのが第一印象。


 ……でも、それが妙に心地良かった。

 バリバリの陽キャは私とは合わないだろうし、落ち着いた静かな人間の方がむしろ好みだ。


 まあ、そんなに深く関わることはないただのバイト先での関係。最初はただ一緒に働くバイト仲間だとしか思わなかった。

 だが嬉しい誤算か、彼とは本の趣味が驚くほど合った。


「……この作家、読んでるんだ」

「………ああ、はい。雰囲気が好きなんです」

「静かな空気と毒が混じった感じ。私もわかるよ」


 そんな風に交わしたバックヤードでの会話。そこからポンポンと言葉が出て、ここまで話が弾んだのは初めてだった。

 誰にも理解されなかった小説の感想を、彼は「ああ、それわかりますよ」って自然に肯定してくれる。

 

 それが、どれだけ嬉しかったことか。


 会話は多くない。でも、確実に私は湊との時間が好きになっていった。

 休憩時間や仕事終わりにほんの少しだけ交わす会話。仕事中に棚の整理をしながら、一冊の表紙を見て「懐かしいですね」と静かに笑うあの横顔。


 胸が痛くなるほどときめいた。

 ――私はきっと、この人が好きなんだ。

 

 でも、それに気づいた頃にはもう手遅れだったのかもしれない。


 ある日の閉店作業の後。

 いつものようにロッカー前で着替えをしていると、ふとした拍子に彼のスマホが床に落ちた。私が間違って彼のロッカーを開けてしまったのだ。

 鍵をかけてはいないのかと、少し不用心なところが心配になる。


 悪気はなかった。すぐに拾おうと思った。

 だが、ほんの数秒画面が光っていて。通知に表示されたメッセージ。


『日曜、また駅のカフェ行かないですか? この前のデート楽しかったですし!』


 ――デート。

 その言葉が、頭に鈍く響いた。


 私の知らない誰かと湊はそういう関係だったの?


 嘘でしょ。

 あんなに本の話で笑ってくれたのに。私は湊のこと特別だと思ってたのに。久々に会えた気の置けない人だったのに。


 頭が真っ白になって、喉の奥がきゅっと締め付けられる感覚だけが残った。


「(……そっか。やっぱり、そうだよね)」


 そんな気がしてた。

 こんな地味で人付き合いが下手で、タバコ隠れて吸って休むような女が――。

 あんなに優しくて、ちゃんと周りを見てる人と並べるわけないんだ。


 彼には、私なんかじゃ釣り合わない。もっと明るい太陽みたいな彼女の方が彼にはお似合いだ。

 私は誰かに選ばれるような人間じゃない。


 でも――。


「(でも、それでも……私は)」


 忘れられなかった。諦めたくなかった。

 だから、ある日ふと気づいたら、湊が触れたレジのメモ紙を捨てずにポケットにしまっていた。


 「……捨てるのもったいないじゃん」


 そう言い訳しながら、インクの切れた彼のボールペンをもポケットに入れる。

 次は彼が残した空のペットボトル。誰にも見られないように、レジ裏のゴミ箱から拾った。


 それからどんどんその行為は悪化して、盗撮にまでことは及んだ。

 バックヤードで休む彼の後ろ姿をただ保存しておきたくて――そして、いつしかシャッターを切るようになった。


 最初は罪悪感でいっぱいだった。

 私は何をしてるんだろう。大学の、バイトの後輩の男の子の使ったものを勝手に取って、盗撮までして。


 でも、物が増えていくにつれて私の欲望は満たされていくように感じた。彼がどんな女と過ごしていようが、私の側にはいつも彼の存在が近くにあったから。


 だから、その罪悪感も行為を重ねるにつれてなくなっていった。まして収集は増える一方。

 欲しい。もっと欲しい。彼が触れたもの。彼に関わるものすべて。


《hasumi_声(低い)》

《hasumi_マスク》

《hasumi_今日読んでた小説》


 誰にも見せられない。

 誰にも渡せない。


 ――全部、私だけのもの。


 たとえ彼が他の女とどこかで笑っていたとしても。この記録たちの中では、蓮見くんは私だけの蓮見くんだから。


「(あのとき、スマホなんて見なきゃよかった。でも、見てしまったのは……きっと運命だったんだ)」


 まるで仕組まれていたような偶然。

 そんなの都合のいい思い込みかもしれない。だけど、あの一瞬で私の中に新しい世界が生まれた。


 ――運命なんて綺麗な言葉じゃ足りない。

 あれは警告。あるいは祝福だった。

 湊のことを私がどれだけ想っているのか、自分だけが気づいてしまった瞬間。


 煙草の煙がまた視界を滲ませる。

 この歪んだ執着がただの片想いなんかじゃないと自覚してしまっている。


 でも、それでいい。

 だって、彼のことを一番見ているのは私。毎日欠かさず君の写真を見て声も聴いている。


 いつかは君にそれをわからせてあげる。私の数々のコレクションを見せてあげる。

 その時、蓮見くんはいったいどんな表情をしてくれるのかな。


 その写真、凄く欲しいかも。

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