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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生したらドアマットヒロイン!? その展開は望みません

作者: 神村 結美

 バシャ。なみなみとコップに入った水を顔とドレスにかけられる。ポタポタと垂れる水を見ながら、周りには見えないように笑いを堪えている義妹の顔が視界に入る。

 

「あ…お義姉様(ねえさま)、ごめんなさい。手が滑ってしまいましたの」

「……えぇ、大丈夫よ」


 義妹付きの侍女から使い古しのタオルを渡され、表情を変えずにタオルで水を拭ったーー


「今日は水なのね。水だからドレスに汚れもつかないけれど、わざわざ使い古しのタオルまで用意して…」


 義妹が接触する直前から記録をしている。所謂防犯カメラのように映像を録画しながら、別の場所でモニターに映された映像を見ている。


「着実に証拠も増えていってるし、冤罪対策はバッチリね。卒業パーティーまでは、あと少し……」


 考えに耽っていると、扉がノックされた。この場所を知っている者はほとんどいないため、誰何もせずに扉を開ける。


「お姉様」

「どうしたの? ほら早く入って」


 念の為、周りを見て誰も居ないことを確認して扉を閉める。扉を閉めた途端、シリルに抱きつかれる。


「シリル、何かあったの? また、コンラッドが何かした?」

「うん……思いっきり突き飛ばされた」

「まぁ! 怪我はない?」

「大丈夫。でも、今日はもう兄様に会いたくないから、ここに居てもいい?」

「いいわよ。じゃあ、一緒にお菓子でも食べましょうか」


 シリルの分のお茶とお菓子を用意して、異母弟(おとうと)とおしゃべりを楽しむ。シリルは本当に良い子だと思う。私の唯一の大切な家族だ。


 

 私がアナスタージア・エインズワースに生まれ変わったと気づいたのは、5歳のとき。第一王子のエドガー・ゴールドバーグ殿下との初めての顔合わせの場だった。そこで自分には前世の記憶があり、恋愛小説で読んだことのある世界のキャラクターに生まれ変わっているのだと気づいた。ただ、悪役令嬢ものではなく、ドアマットヒロインものだったのには、ちょっとした絶望を感じた。だって誰が好き好んで虐められたり、酷いことされるのを嬉しいと思うのか……。


 殿下は終始態度が悪く、あまり会話をせずに済み、その間はずっと前世とこれからのことを考えていた。


 私を産んだ後の肥立が悪く、病気がちになった母のジュリエットは3年後に儚くなってしまった。まだ3歳の幼子には母親も必要だろうと、喪が明けると父は再婚した。それが昨年の出来事だ。


 義母の名はキンバリー・カーネギー。義母はバッセル伯爵に嫁いでいたが、夫のクライブ・バッセルが事故で亡くなり、未亡人となった。折り合いが悪いクライブの弟がバッセル伯を継ぐこととなったため、娘のプリシラと息子のコンラッドを連れて、カーネギー侯爵家に出戻った。そこにエインズワース公爵の後妻の話が舞い込んだのである。


 幼い頃に母から聞いた話によると、母ジュリエットと父モーリスは恋愛結婚だったらしい。母がこの国に留学生として訪れて、2人は学園で出会った。順調に婚約し、卒業後に婚姻を結んでいる。執事達からも父が母を溺愛していたと聞いたことがあったので、母が亡くなった悲しみは相当深かったらしい。しかし、幼い娘のことも考えて周りから勧められて再婚した。家族の関係はまだギクシャクしているが、これから変わるのだ。



 予想通り、私が7歳の時にシリルが産まれると、そこから変わっていった。父が私のことを一切見なくなり、義母の言いなりになっていった。


 義母は少しずつ私に厳しくあたり始め、嫌がらせをするようになった。使用人達は最初はエインズワース家の様子に戸惑っていたが、公爵である父が何も言わないため、義母の機嫌を損ねないように、私を雑に扱い始めた。慣れてくるとストレス発散とばかりに嬉々として嫌がらせをするようになった。小説の通りに。



 小説によると、義母は元々父が好きだったらしい。幼少期から義母にはクライヴという婚約者が居たが、父に恋をした。父と恋愛結婚をした母を軽く妬んだーーその程度のはずだった。夫のクライヴと私の母が亡くなり、初恋の父と再婚するまでは。


 再婚してから父は母を亡くした悲しみに浸っており、自分を見てくれない。父が立ち直るように毎日励ましたが、母のせいで自分を見てくれないことと、父をずっと悲しませていることで、義母の母への恨みはどんどん募り、そこに母の面影を持つ私がいたことで、母への恨みを私に向けるようになった。


 そんな母親(キンバリー)やそれに従う使用人達を見て育った義妹と義弟も私を蔑ろにし始める。プリシラは自分より頭が良く美貌もある上に、王子と婚約しているのが気に食わないという理由で嫌っており、コンラッドは何も考えずに周りに合わせていただけである。それらが小説に書かれていたアナスタージアを虐げる動機だが、いい迷惑である。


 

 小説にはあまり出て来なかった末っ子のシリルだが、現実ではすごく泣く赤子らしく、使用人達が手を焼いていると聞く。何をしても泣き続けるので、シリルの世話を嫌がる者もいるようだ。


 そんな中、私がシリルの部屋の前を偶然通りがかった時にシリルと目が合った。


「あー! あぅあー!」

 

 シリルが泣き止み、一生懸命に私を求めるように手を伸ばしていたのを見た使用人達がこれ幸いと、7歳の私に赤子のシリルの面倒を見るように言いつけ、世話を押し付けた。


 義母は父が自分を見てくれれば良く、シリルの煩い泣き声にもウンザリしていたので、私がシリルの世話をすることは良しとしたらしい。


 なぜ、シリルが私に懐くのかはわからないが、私にとっては手も掛からなかったし、可愛い異母弟であった。前世アラサーの記憶を持つ私には、シリルに構いながら、作法や礼儀を身につけることは難しくなかった。王妃教育は10歳から始まるので、それがなかったのも大きい。


 シリルは順調に私を慕い、私が部屋に行くと「ねーたま!」と笑顔になり抱っこをせがんで、いつでも後をついてこようとした。


 10歳になり、王妃教育のために毎日決まった時間に家を出るようになった。その間シリルは1人になるが、その頃からコンラッドがシリルに冷たく当たり、見下した発言や時々手を出すようになったようだ。


 義弟は、私が第一王子の婚約者で家を出ていくため、公爵家を継ぐのは男である自分だと思っていた。それなのに、シリルが後継者であることを聞いて納得がいかないらしい。普通に考えれば、公爵の血を継いでないコンラッドが公爵家を継ぐことはないのは明確だが、勉強嫌いの義弟はそこを理解しようとせず、ただただシリルに敵意を向けた。家に居る時は出来る限りは一緒に居て、シリルに自分を守るすべを教えた。


 

 シリルは5歳になっても相変わらず、私以外には懐いてないようだ。ただ、使用人にも稀にシリルから話しかける者が居たので、何か違いがあるのかと気になって聞いてみた。


「シリルはあまり他の人達と関わろうとしないわよね? 何か理由があるの?」

「うん。お姉さまなら信じてくれるから話せるよ。あのね、昔から人の悪意のようなものがわかるんだ。なんていうか悪意を持っている人の周りは黒いモヤみたいなのが出てるから近寄ってほしくない」

「黒いモヤ? それは全員に出ているの?」

「ううん。全員ではないよ。特に酷いのは母様、プリシラ姉様、兄様の3人。いつも黒いモヤだらけで、兄様なんて僕の前に来ると、色が濃くなってモヤが広がるんだ。でも、お姉さまや数人の使用人は基本的にはモヤがないよ」

「使用人? それって執事のアルフ、メイドのミナ、料理長のフレッドかしら?」

「うん、そうだよ」

「そう……」


 シリルの発言で、なんとなくわかった気がする。その3人は、このエインズワース家で私に優しい使用人だ。表立って私の味方であることがわかると彼らが酷い目にあってしまうので、表向きには関わらないように伝えてある。以前どんなに義母から言われても表立って私の味方をしていた侍女のレベッカは叩かれて、クビにされてしまった。だから、何か用事がある時はこっそりアルフにお願いしたり、ミナやフレッドは私の食事を用意してくれている。

 

「昔からというのは、いつ頃くらいからなの?」

「記憶はないけど、多分、産まれた時からだと思う。黒いモヤに近づくと気分が悪くなるから近づきたくない。この前の第3王子のお茶会でも、第3王子は大丈夫だったけど、何人かの女の子から出てたんだ。そしたら、やっぱりモヤが出てる子達は1人の女の子のこと貶したり、見下したりしてた」

「ねぇ、シリル。黒いモヤが見えること、他の誰かに言った?」

「ううん、言ってないよ。この家で黒いモヤが出てない人少ないから」

「そう。このまま人に言ってはダメよ? 特殊な能力として悪用されたり、外面が良いのに悪どいことをしている人がいたら、狙われかねないから」

「うん、言うつもりはないから、大丈夫」


 シリルが思わぬ能力を持っていたことが発覚した。小説ではシリルの能力についての記載はなかったし、アナスタージアに懐いた描写もなかった。

 

 私は善人ではないから、黒いモヤが出ている時もあると思う。でも、転生者で前世は大人だった。それにこの小説を知っていたから、家族や使用人から嫌がらせをされたり蔑ろにされても、それを恨んで悪意で返そうと思ったことはない。シリルに嫌われたくないので、今後も人に悪意を持たないように気をつけようと思う。


 5歳で前世とこの世界のことを思い出した時に、この先どうしたいかを早々に決めていた。初対面で仲良くなれないと感じたエドガーと結婚して王妃になるのは絶対にない。小説では、エドガーは学園でプリシラと恋仲になり、エドガー達の卒業パーティーで婚約破棄され、冤罪で国外追放される。その後もアナスタージアは苦労するが、最終的には他国で王子と出会い幸せになるというような結末だった。もっとも、他国で王子様と幸せに、の部分を私は求めてないが、この国を出て幸せに暮らすのを前提に今まで準備をしている。


 図書室でこの世界のことを調べまくった時に知ったが、この世界は剣と魔法の世界だった。小説に騎士はいたが、魔法は出てこなかった。2つ離れたエクルストン帝国では魔法と魔道具が盛んらしい。母は帝国の皇女だったのだから、私も魔法が使えるはず。会ったことはなかったけれど、エクルストン皇帝は伯父なので、こっそり魔法を学びたいことを手紙で相談したところ、すぐに1人派遣してくれた。当時5歳で家族の関係がおかしくなる前だったので、彼女が魔法の講師であることを伏せて、家庭教師として雇ってもらえた。


 ロザリンドは大魔法使いらしく、彼女から魔法の基礎を学び、流通している魔法道具についても教えてもらった。なんと、映像を撮るカメラのようなものが魔法具として存在していた。色々な魔法を教えてもらう中で、認識齟齬と幻覚の魔法が使えそうだったのでその2つの熟練度は上げた。


 元々前世では手先が器用で物作りが好きだったから、趣味でハンドメイドの作品を色々作って売っていた。その器用さを生かして、ゴーレムを土魔法で生成することにしたが、細部まで拘り、人そっくりに作り上げることに成功。そこに認識齟齬と幻覚魔法を駆使して、自分の身代わりを作った。


 毎日ずっと練習をしてきた甲斐があって、義母、義妹、義弟が接触してきそうな時に、試しに身代わりゴーレムに対応させたら、家族は全く気づかずに騙されているようだったので、ゴーレムに魔道具をつけて、映像で証拠を押さえることにした。


 映像を遠隔で映したり、保存する魔道具もあったので全て借りた。エインズワース家に魔道具のことがバレないように、レンタル費用は前世を思い出した頃からハンドメイドで作った作品を販売して貯めた自分のお金を使った。足りない部分はロザリンドが貸してくれた。ありがたい!


 日々、魔法の熟練度を上げつつ、エインズワース家にいる時は絡まれないように、移動時は自分に認識齟齬を使い、私専用の部屋も敷地内に作った。部屋にモニターを置き、ゴーレムにつけた魔道具で撮影された映像を見ることができる。これで虐めや嫌がらせを自分が直接受けることは回避でき、証拠も集められる。


 この家にもこの国にもあまり思い入れはないが第一王子の婚約者という立場的にも今すぐにどうこう出来ることはない。だから、国外追放までは出来る限り小説に沿う形で進め、その後に完全にこの国との縁を切りたいと考えている。

 

 他国の留学生もいる場で国外追放まで言い渡されれば発言の取り消しは出来ない。万が一、発言の取り消しと謝罪があっても、冤罪まで掛けられる国に居たくないと言えば、その後は自由になるだろう。


 帝国で暮らす予定だが、帝国の血族に迷惑を掛けないように冤罪は晴らすつもり。小説のプリシラは、ずっとアナスタージアから虐げられているような発言を繰り返し、学園でもそう見せかけてアナスタージアを悪女に仕立て上げた。エドガーは調べることもせず、プリシラの言葉を真に受けて婚約破棄と国外追放を言い渡した。エドガーにそんな権限はないが、言質さえ取れれば良い。


 アルフとフレッドは良い年齢でこの国に家族も居るが、ミナには国を出ていくならついていきたいと懇願されたので、卒業パーティーの後に国を出ていくことを伝えて準備に協力してもらっている。

 

 私の唯一の大切な家族のシリルについては、もちろん連れていくつもりだ。

 

「お姉さまがこの国を出ていくなら僕も一緒に行きたい! 出来ることは何でもするから。お願い……お姉さま、僕を置いてかないで」


 私が卒業パーティー後に国を出ていくことを伝えたら、目に涙を溜めて上目遣いでそう言われてしまった。置いていけるわけがない。シリルには能力の秘密を打ち明けられていたので、私の秘密である前世のことと、これから先の出来事についても話していた。シリルも家族が好きでもなく、公爵になりたいとも思っていないからか、迷いも考える素振りも見せずに即決していた。


 しかし、17歳の私1人が国を出ていくのと、10歳の公爵家の後継を連れていくのでは大きな違いがある。下手したら誘拐犯にされてしまう。シリルもエインズワース家と離縁できるように準備も必要だ。


 学園は14歳から始まる。学園に入ってから卒業までの3年間で、本格的に帝国への移住を準備する予定だ。



 学園入学の日ーー

 入学式が終わり、帰宅し始めている人達も多い中、誰も来ない中庭の奥で私は()()()()()()()()()()休憩をしていた。


「やぁ、従姉妹殿。初めまして」


 突然声を掛けられた。驚いて、声を掛けた人物を見ると、見た目からも明らかに高貴であるとわかる。彼が私のことを『従姉妹殿』と呼んでいたことからも、目の前の男性はエクルストンの皇子だろう。血縁関係でも皇族の前では問題だろうと認識齟齬を解いて挨拶をした。

 

「ごきげんよう。私はアナスタージア・エインズワースと申しますわ。以後、お見知りおきを」

「パーシヴァル・ルイ・エクルストンだ。第3皇子で君の従兄弟だ。ルイと呼んでくれ」

「私のことはアナとお呼びください。それで、ルイ様はどうして私だとわかりましたの?」

「この国の人間は魔法なんて使わないだろう? それに魔力の質が俺たちと似ているからね」

「まぁ。魔力の質で区別がつきますの?」


「……殿下。初対面でいきなり冗談を言っても、相手には冗談かどうかの区別はつきませんよ」

「え? 冗談?」


 ルイの少し後ろに控えていた男性が呆れた様子で口を挟んだ。


「ふふっ。うん、冗談だよ。ごめんね、教室から出ていくアナを追ってきたんだ」


 男性の言った通り、冗談だったようだ。


「あの、そちらの方は……?」

「サイラス・ダンフォードだ。俺の幼馴染で側近だ。将来の宰相候補だな」

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。サイラス・ダンフォードと申します。殿下のお目付け役としてついてまいりました。よろしくお願いします」

「おい、お目付役とは失礼だな」

「事実です。そう申しつけられておりますので」


 目の前の皇子と側近は随分仲が良さそうだ。帝国の現在の宰相はダンフォード公爵だったはずなので、きっと小さい頃から交流があっただろうと想像出来る。それにしても、色気のある第3皇子と騎士のように体格が良い美丈夫の公爵令息の組み合わせ。2人ともすごくモテそうだ。ただ、この2人は小説には出てこなかった。

 2人のやりとりを聞きながら、用があったからここにいるのでは、と思い至る。


「ルイ様、私に何かご用がございまして?」

「クラスメイトになったから、従姉妹殿と交流しようと思って挨拶しにきただけだよ」

「そうでしたのね。では、クラスメイトとして改めてよろしくお願いしますわ」

「うん、よろしく」


 エドガーは別のクラスだったが、相変わらずの態度で一緒にご飯を食べることもない。卒業後は帝国に行くつもりなので、無理にこの国の令嬢達と交流する必要もないと1人で食べようとしていたところ、ルイに連れていかれ、何故かお昼はルイとサイラスの3人で食べることになった。


 思った通り、2人はたくさんの令嬢から狙われた。従姉妹であっても、女の嫉妬には巻き込まれたくないので移動時は認識齟齬を掛けている。昼食は個室で取っているので、バレないはず。


 毎日お昼を食べながら話していたので彼らとは友人のように仲良くなり、3人でいる時にはかなり砕けた話し方になっていた。それに帝国の情報を聞くチャンスでもある。

 

「ルイ達は帝国で街中にお忍びで出かけたりとかした? 治安はどう? 女性1人で歩いていても安全?」

「比較的安全だと思う。騎士団も見回りしてるし、魔道具も活用されてるしな」

「もちろん護衛はいますが、私の妹もよく街中には出かけてますね」

「サイラスの妹? きっとすごく美人よね。何歳?」

「今は12です」

「写真ないの?」

「今は手元にないです」

「今度見せてね。でも、うちのシリルもきっと負けないくらい可愛いわ! ほら、これ見て! 可愛すぎない? 中性的で守ってあげたくなるわよね!」

「おい、近いぞ。はしたない。サイラスが困っているだろ」


 ルイの指摘で、サイラスに迫っていたことに気づき、すぐに謝って距離を取った。口元に手を当て、少し顔を赤くしながらも「いや、大丈夫だ」と答えたサイラスの姿は、ちょっとキュンとした。ゲームだったら絶対スチルになってる。


 そんな感じで楽しい一年が過ぎた。


 義妹の入学日。正門のところで、プリシラとエドガーの運命の出会いが繰り広げられていた。認識齟齬を掛けていたから誰にも見られてないが、きっと私はチベットスナギツネのような顔をしていただろう。


 その日の昼、食堂に向かっているとプリシラの声が聞こえた。


「お義姉様」


 やっぱりきた。予想通り。前もって用意しておいて本当に良かった。


「キャッ」


 プリシラは自分から私の足に引っかかって倒れ込むが、周りから見たら私が足をかけて転ばしたように見える角度を狙っていた。


「お義姉さま、酷い…」


 周りに悪印象をつけようと見事な演技力を見せるプリシラを少し離れたところから眺めていると、横から不機嫌な声が聞こえる。


「おい。何だアレは」


 少し離れたところでプリシラが倒れ込むのを見ていたらしいルイとサイラスがいつの間にか隣にいて、顔を顰めていた。彼らの前でも頻繁に認識齟齬を使っていたからか魔法を解かなくても認識されるようになっていた。


「アレは一応、義妹ですね」


 ルイ達に説明していると、騒ぎを聞き駆けつけたエドガーがやってきた。


「何の騒ぎだ?」


 すぐに倒れ込んでいるプリシラを見つけ、近づいて手を差し伸べる。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」

「どうしたんだ?」

「お義姉様が…」

「おねえさま?」


 今までプリシラしか目に入ってなかったであろうエドガーが周りを見て、目の前に立っていたのがアナスタージアであることに気づいた。


「おい、アナスタージア! お前が彼女に足をかけて転ばせたのか! なんてやつだ……」


 エドガーはプリシラの手を引いて「行こう」と言って去っていった。


 義妹は「お義姉様が」としか言ってないが、私を悪だと決めつけた。これはもう小説通りの展開を起こすだろうと確信した。


「うわぁ……あいつヤバくね? え? あんなのがこの国の次期国王なの?」


 ドン引きしているルイ達に個室で事情を全て話した。もちろん、プリシラが突っかかっていった私に見えるように幻覚魔法をかけたゴーレムについても全て。


「何とかしようか?」

「今は大丈夫よ。国際問題に発展しそうだし、この国とはキッパリと縁を切りたいから、国外追放を言い渡されるまでは、こちらからは何もせずに証拠を集めているの。それより帝国での暮らしについてもっと教えて欲しいわ!」

「帝国で暮らすつもりか? それで前から色々聞いてきてたのか」

「そうよ、情報があれば、帝国の市井(しせい)で暮らす時に困らないでしょ?」

「市井? いや、無理だろ」

「なんでよ」

「アナは帝国の皇位継承権を持ってるからな」

「え? そうなの?」

「あぁ、順位はかなり低いが、皇位継承権を持つ者を市井で暮らさせるなんて大問題だ。だから移住後の住居や身分は任せてくれ」

「シリルも一緒に連れて行きたいの」

「弟も?」

「えぇ。シリルの意思で公爵は継ぎたくないし、私についてきたいって」

「わかった。そっちも何とかしよう」

「ありがとう」


 とても心強い味方ができた。シリルも含めて、帝国への移住がなんとかなりそうで良かった。


 それからも学園では義妹が(身代わり)に絡みに行き、被害者を装って周りにアナスタージアが悪女であるように印象付けていった。特に反論や反撃はせずに、私は着々と証拠を集めていった。


 休みの日にルイとサイラスにシリルを会わせた。シリルは2人とは問題なく交流できるようだった。彼らに悪意のモヤは出ていないか聞いたところ、人を貶めようとか痛めつけようというような悪意はないらしい。彼らはいずれ帝国の政治の中枢を担う者達なので、腹黒さや冷酷な面もあるだろうが、私利私欲や感情だけで行動することがないように教育も受けていた。エドガーとは大違いだ。


 卒業パーティーの日を迎えた。

 概ね小説通り、エドガーと義妹は恋仲になり、卒業パーティーも義妹にドレスを贈ってエスコートしていた。パーティー開催の挨拶が始まろうという時にエドガーの声がホール内に響く。

 

「アナスタージア・エインズワース! 貴様との婚約は破棄する。そしてプリシラ・エインズワースとの婚約を結ぶ。散々プリシラを虐めたらしいな。悪女め、貴様には罰として国外追放を命じる! さっさとこの国から出ていけ」


「婚約破棄は承りました。国外追放とのことですので失礼させていただきます」


 毅然とした態度で答え、笑顔でカーテシーをすると、まだ何か言おうとしていたエドガーを無視して、颯爽と会場を出ていく。あまりにもアッサリとしている私に周りは呆気に取られていた。


 微妙な空気のまま、卒業パーティーが終わった。


 そのまま私はミナとシリルが乗っていた馬車に乗り込み、帝国に向かった。馬車の外にはサイラスが乗馬で並走していた。ルイによって他にも護衛がつけられた。


 翌日、ルイが国王に謁見した。アナスタージアの集めていた証拠は全てルイに渡し、国王に提供され、アナスタージアが悪女というのは事実無根だと証明された。国外追放も取り消されたが、国に戻ることは拒否。ルイからの情報でエインズワース家が取り調べられ、アナスタージアが虐待されていた事実と父が義母に魅了を掛けられていたことが判明。魅了が解かれ正気に戻った父は即座に義母と離縁。父と血が繋がらないプリシラとコンラッドもエインズワースから除籍された。王族への虚偽により義妹は牢に入れられ、エドガーは廃嫡された。


 ルイからシリルについても父に話して除籍してもらった。前から打診していた分家の野心ある次男を養子にもらってエインズワースを継いでもらう。父はかなり憔悴しており早々に引き継ぐと、後からルイに聞いた。



 王国でルイが色々と対応してくれている中、私たちはまだ帝国には着いてなかった。


 隣国の途中で馬車を狙った盗賊が現れたが、サイラスが守ってくれた。剣捌きもすごく、とてもカッコ良かった。



 帝国に到着し、馬車から降りる時にサイラスの手を借りたが、手を離してくれない。どうしたのかと彼を見上げる。


「アナスタージア・エインズワース様。学園で仲良くなって、どんどん貴女に惹かれていった。……私の婚約者になってもらえないだろうか?」


 少し耳が赤くなり、照れていたが、真剣に私を見つめている。


「はい。私もあなたをお慕いしています。よろしくお願いします」


 学園生活で私もサイラスに惹かれていたので笑顔で了承した。


 ルイの帰国後に私とサイラスとの婚約が結ばれ、私は婚姻までは皇城暮らしに。ルイの婚約者とも仲良くなった。シリルはダンフォード家の養子になり、結婚してからも姉弟のままだ。帝国での幸せな生活の始まりだーー

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― 新着の感想 ―
後半が駆け足になってしまい、サイラスの告白が突然すぎてしまったなあと。もっとサイラスの見せ場あるとよかったなと。最後までヒーローはルイの方だと思ってました。サイラスくんなにもしてねぇ…。 あとは、主…
「認識齟齬」ではなくて、「認識阻害」だと思います。 ストーリーの流れ的には面白かったと思いますが、後半がかなり駆け足になってしまったかなぁと。 お父様の公爵の扱いが雑になってしまい少し可哀想。 もう少…
このご令嬢、盗賊に襲われた際にハコ乗り運転でもしてたんだろうか
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