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田舎外科医の異世界道中 〜異世界本格医学冒険物語〜  作者: 僕突全卯
第1章 外科医の日常・エーテル麻酔篇
8/15

4人目のクランケ(鼠径ヘルニア)

 カナン・フォーエルツェラール=ラムジーは、鍛冶屋ワルートの1人娘だ。このラマーファで生まれ育ち、今年で17歳になる。

 母は彼女が幼い時に、何人かいたと言う兄弟は齢1桁で皆亡くなった。この世界ではそこそこある話だ。彼女は唯一の肉親である父を献身的に支え、反対にワルートも唯一の子である娘を大切に育てた。故にワルートが指の病を患い、家業すらままならなくなってしまった時は、本当に心苦しかった。


 リュージーンが彼女の目の前に現れたのは、そんな苦しさの中にいた時だった。少年は、父を苦しめていた指の病をあっと言う間に治してくれた。

 同い年ながら、文字を扱い、高度な医学を修めた異国情緒のある少年。そんな彼に、カナンは当然感謝したが、同時に羨ましさを覚えた。父の通院で何度も顔を合わせているのに、同じ平民なのに、どこか遠くにいる人の様に思えた。


「ペアン・・・、コッヘル・・・、ジシンキ・・・」


 カナンは外科道具の絵と名前、用途について書かれた紙を一心不乱に見つめている。リューに師事して、文字もそれなりに読めるようになった。

 そして遠い人だと思っていた男が、力を貸して欲しいと頼んできた。彼女はそれに全力で応えたいと思った。


「よぉ・・・カナン、何を熱心に見てるんだ?」

「お父さん、おかえり!」


 外出していたワルートが帰ってきた。彼はカナンが持っている紙を覗き込む。


「次の手術で私も助手をするように頼まれたから、その準備をしているの!」

「ほ〜、大したもんだな」


 ワルートは彼女がリューに感化され、熱心に彼のもとへ通って字の勉強をしていたことを知っている。準備と称して、リューから渡された資料を見つめるカナンはどこか嬉しそうだった。


: : :


 そして1週間が経ち、次の手術の日がやってきた。患者のバシル・ルクフォー=イスハークと彼の妻であるライラが、数名の従者を引き連れ、再び診療所にやってきた。


「・・・7日前にも説明しましたが、『鼠径ヘルニア』とは、股の付け根の部分『鼠径部』を支える腹壁の弱い箇所から、腹の中にある脂肪や腸が皮膚の下に飛び出し、瘤のようになってしまう病です。治すには股の付け根を5センチばかり切開し、飛び出した袋を切除して補強をします」


 リューは手術の内容を改めて説明する。手術用の衣服に着替えていたハッサンは、髭を撫でながら彼の説明を聞いていた。その隣には、街から駆け付けたシャナとカナンの姿がある。

 説明の途中、バシルの妻であるライラは不安そうな表情で手を上げた。


「あの、手術は本当に痛くないのでしょうか?」

「はい、麻酔をかけますから、手術中は痛みを感じません。ですが、麻酔から目覚めた後は痛みが生じます」


 当然、麻酔から醒めれば手術の創は痛い。だから現代の外科手術では、小さい創の手術の後には内服や点滴の鎮痛薬を、より侵襲の大きい手術の時は「硬膜外麻酔」という、背中から持続的に麻酔薬を注入できるカテーテルを留置する。

 この世界にも、生薬だが鎮痛薬は何種類か存在する。手術代の代わりとして、シャナが優先的に安価で卸してくれることになっていた。


「手術時間は麻酔時間も含め、順調に進めば1刻半(3時間)程です。創の感染さえなければ、手術後数日で日常生活に復帰可能です」

「数日で・・・!? 腹を切るのだろう? 本当に大丈夫なのか?」


 当然ながら、バシルは手術を受けるのは初めてだ。一度は決心したものの、心は不安が立ち込めている。


「はい、大丈夫です。もちろん、絶対ではないですが」

「う、うむ・・・分かった。よろしく頼む」


 ところどころで断言を避けるリューの言い方にヤキモキしつつも、バシルはついに覚悟を決めた。彼は木製の処置台へ横になり、妻のライラと従者たちには一旦処置室の外へ出て貰う。


「バシルさん、渡した薬はちゃんと飲みましたか?」

「あ、ああ! 家を出る前にちゃんと飲んだぞ」


 リューが問いかけた薬とは、鎮静・鎮痛作用と抗コリン作用のある生薬を調合した、シャナ特製の麻酔前処方薬だ。鎮静・鎮痛作用は全身麻酔の効果を助けるため、抗コリン作用はエーテル麻酔の副作用である唾液・気道分泌を抑えるためである。


「では、最初に麻酔をかけていきます。口にマスクを当てて麻酔薬を垂らしていくので、ゆっくりと呼吸を続けてください」


 処置台の周りには医師であるリューとハッサン、薬師のシャナ、そして看護師役のカナンが集まっている。

 リューは針金を用いた布製のマスクを患者の口に被せ、その上に希釈したエーテルをポタポタと垂らしていく。次第に患者の目が虚になってくる。そして麻酔の深さは、痛覚が麻痺する第1期へ、次に意識を失いながらも興奮状態に陥る第2期へ移行する。

 バシルは辻褄の合わないうわ言を言い始めた。


「これがエーテル麻酔の第2期、本人はもう覚えていないが、興奮し始める。まだ麻酔の深さが足りないことを示します」

「ほうほう」


 リューはシャナに説明をしつつ、小瓶を振るいながら、慎重にエーテルを追加していく。


「興奮が収まってきた・・・。これが第3期、脳は呼吸と脈拍を司る箇所以外は深い眠りに入り、筋肉は緩み、眼球は真ん中に固定される」

「ふんふん!」


 リューは患者のまぶたを開く。彼の目は真っ直ぐ真ん中に固定され、外からの刺激に全く反応していない様だった。


「これ以上麻酔が深くなると、瞳孔が開き、呼吸も麻痺してしまう第4期に入ってしまう。今が一番適切な麻酔深度だと思います」


 リューは経口エアウェイを挿入して、患者の気道を確保する。麻酔開始からおよそ半刻(1時間)、全身麻酔の導入が完了した。


「・・・ッ!」


 シャナの様子を見てみると、隠しきれない興奮が頬を紅潮させ、体をワナワナと震えさせている。彼女はこの国で屈指の薬師だ。目の前で行われた麻酔(それ)がどれほどの世紀の大発明か、身に沁みて分かっていた。

 だが、まだ手術も始まっていない。気持ちを爆発させるのはまだ早いと、なけなしの理性で気持ちを抑え込む。


「グ、グフフ・・・!」

「その顔やめてくれ」


 シャナはメガネを怪しく光らせ、鼻息を荒くしながらリューを見つめ、薄ら笑いさえ浮かべている。ハッサンは息子の危機を予感し、変人薬師に釘を刺した。


 麻酔がかかった後は、前回と同様に手術の準備を進める。髪の毛と口元を手拭いで覆い、術衣を纏い、蒸留した高濃度アルコールで術野を消毒する。

 そして煮沸消毒した穴あき布を患者の右鼠径部に被せ、消毒した外科道具や縫合糸を、清潔なシーツを敷いた小さな置き台に並べる。洗浄用の蒸留水と止血用の火箸を用意し、手術に参加するリューとハッサン、そしてカナンは革手袋を着用し、それを高濃度アルコールの中に浸して消毒した。


「カナン・・・『清潔・不潔』の概念は大丈夫?」

「うん! この手術が終わるまで手袋を外しちゃダメで、手袋で触っていいのはこの台の上と患者さんに被さったシーツの上だけ・・・だったよね?」

「そう、正解!」


 術後の創部感染を予防するためには、何より術野を清潔に保つことが重要だ。よって消毒処置をした者が触って良い場所を明確に線引きする必要がある。


 リューは患者の頭側に立つシャナを見る。彼女はバシルの頸動脈を触診し、脈拍に異常がないことを確認していた。


「では・・・手術を始めます。術前診断は『右鼠径ヘルニア』、予定手術時間は半刻(1時間)、・・・メス!」

「はい!」


 カナンは力強く、リューにメスを手渡す。この世界で2例目の全身麻酔手術が始まった。


(右の恥骨角と上前腸骨棘を結んだ線の真ん中、そこから内側に向かい、皮膚割線に沿って皮膚切開・・・)


 リューは躊躇なくメスを患者の皮膚へ突き立てた。麻酔が効いているバシルは、一切の反応を見せなかった。シャナはまたもや、人前に出せないような笑みを浮かべている。


「・・・」


 ハッサンは呆れ顔でその様子を見ていたが、気を取り直して手術へ意識を集中する。


 皮膚を切開し、皮下脂肪へ到達する。浅腹壁静脈と呼ばれる血管を糸で括り、出血を火箸でこまめに止めながら、さらにその奥へと切開を進めていく。

 その間、リューは次から次へとカナンに道具のリクエストを送る。


(リューの動きを止めないように! 頑張らなきゃ!)


 カナンは手術が滞らないように、リューの指示に集中して手際よく道具を受渡していく。現代医療でいうところの「器械出し」の役目を懸命にこなしていた。


 切開を進めていくと、黄色い皮下脂肪とは明らかに異なる、白い頑丈そうな膜に到達した。


「これが『外腹斜筋腱膜』・・・これを切開すると『鼠径管』に入る・・・」


 その膜にメスで切開を加えると、その下に新たな構造物が現れる。それは筋肉で覆われた1本の太い管の様だった。


「これが鼠径管・・・この中に精子、えぇっと・・・子種を運ぶ『輸精管』、睾丸に血流を送る『精巣動静脈』が一体となった『精索』が入っている。それを万が一にも誤って切断してしまうと、男性不妊の原因になってしまう」


 リューは鼠径管を太めの紐で吊り上げる。彼は前回と同様、ハッサンに過程を説明しながら手術を進めていた。その途中、ハッサンにとって引っかかるキーワードがあった。


「子種を運ぶ管・・・? では、この管を括れば子を為せなくなるのか?」

「ん? そうだよ。左右両側とも括れば、その男は子を為せない」


 輸精管、精巣から前立腺を介して尿道へ精子を運ぶ管のことである。この管を意図的に左右とも括る手術が、いわゆる「パイプカット」と呼ばれるものだ。

 ハッサンが気に掛かったのは、このヘルニア手術が、男性に対して意図的に子を為せなくするようにする術、要は「去勢手術」に応用できることだった。


 この国には去勢された男性官吏、すなわち「宦官」がいる。去勢というものは、もともと罪人や異民族の捕虜・奴隷に対する刑であり、そうして子を為せなくなった男を後宮の力仕事に従事させたのが宦官の始まりだ。近年では、出世の登竜門として意図して宦官になる者もいる。

 だが、その手術は無造作に男性器を括って切り落とすというものであり、感染症を起こして死ぬ者も少なくない。


(この消毒法と手術法を使えば・・・安全な去勢術ができるのでは?)


 野心を胸に宦官に成らんとする男たちにとって、一番の障害が去勢手術を乗り越えることだろう。それが無痛で、安全に、尚且つ外見上は男性の象徴を一切失わずにできるとしたらどうなるだろうか。


(飛びつくヤツは多いだろうし、金になりそうだが黙っていよう。後宮や宮廷なんかに関わると碌なことがない・・・)


 ハッサンの脳裏には、過去の苦い記憶が蘇る。だが、すぐに気を取り直して目の前の手術に集中する。


「この鼠径管の中に、ヘルニアの原因である『ヘルニア嚢』という袋状に伸びた膜がある。それをまず見つける・・・ペアン!」

「はい!」


 リューは筋肉や余計な膜を分けながらヘルニア嚢を探る。カナンは彼が求めた外科道具を渡していく。


「あった、これがヘルニア嚢・・・。この袋の周りから余計な筋肉や脂肪、輸精管や精巣動静脈といった重要な管、神経を剥いでいって・・・」


 ペアン鉗子を駆使しながら、残しておくべき管や神経をヘルニア嚢から剥離していく。すると最後に白く光沢のある袋状の構造物が残った。


「この袋が飛び出している場所によって、鼠径ヘルニアは解剖学的に分類されるんだけど、これは『外鼠径ヘルニア』だね。この袋を切開すると、腹腔内・・・つまりお腹の中に繋がる。試しに開けてみよう。・・・メッツェン!」

「はい!」


 外科用の鋏でヘルニア嚢に切り込みを入れる。その中へ人差し指を入れてみると、指先に生暖かい小腸が触れた。


「この袋をより体に近い側で結紮(けっさつ)し、切除したらヘルニアの根本原因が排除されたことになる」


 リューはお腹の中から伸びた膜の袋であるヘルニア嚢を、綿糸で括って切り離す。ちなみに膜が伸びて袋になってしまう原因は先天的な要因のほか、後天的な要因としては、立ち仕事、力仕事、便秘症、排尿困難などの生活習慣が原因になると言われている。

 要は腹部に余計な圧がかかるような生活習慣があることが影響しているのだ。


「でもこれだけじゃあ、近い将来確実に再発してしまう。だから俺の世界・・・というか俺の時代では網を敷いて補強にしていたんだが、この世界にはそんなものないからね。自家組織縫合の『Bassini法』で補強しようと思う」

「・・・バッシニ法?」

「『内腹斜筋』と『腹横筋』という、鼠径管の上にある“腹の筋肉”と、股の付け根の靱帯『鼠径靱帯・腸恥靱帯』を縫い合わせ、鼠径部の補強にするんだ」

「なるほど・・・」


 リューはカナンから縫合針を掴んだ持針器を受け取ると、鼠径管の上下にある筋肉と靱帯に何本か綿糸を通し、それぞれを縫い合わせて密着させる。


 ヘルニアを起こす様な箇所は、もともと腹壁が脆弱になっている場所だ。ゆえに現代では「メッシュ」という人工の網を敷いて補強とするが、抗菌薬のないこの世界で人工物を留置する手術は感染のリスクが高い。

 そのため、リューは19世紀に考案された原初のヘルニア手術を応用することを考えついた。


「・・・よし、あとは縫合だけ」


 出血がないことを確認して、創の縫合へ移る。筋膜を層ごとに縫い合わせ、最後に皮膚を縫って創を閉じた。


「手術終了! みんな、ありがとう! 特にカナン・・・お陰で助かった!」


 リューは安堵のため息をつき、手袋と手拭いを外す。そして「器械出しの看護師」の役目を全うしたカナンに笑いかけ、感謝の言葉を伝えた。


「わ、私こそ・・・! 役に立てて嬉しい、です!」


 カナンはボッと頬を赤くすると、両手を握り、鼻息をフンスと小さく鳴らした。純粋にリューの役に立てたことへの嬉しさ、無事に役目を務めたことの達成感で昂っている様だ。


「・・・っリューくーん!!」

「どわっ!!」


 途中から大人しくなっていたシャナが、突然リューに飛びかかってきた。リューは受け止めきれず、床の上に押し倒される様な格好になる。


「・・・ヒッ!」


 先ほどまでの真っ赤な顔とは一転して、カナンは顔を青ざめる。一方で、背中を強打したリューが咳き込んでいるのも構わず、犯人のシャナは彼の両肩を掴み、パーソナルスペースもへったくれもない距離で、彼の顔を自らの鼻先へ寄せた。


「すごい! ・・・すごいよ! 正直、自分が経験したくせに手術が始まるまではまだ半信半疑なところがあったけど・・・これは紛うことなき大発見だ! 私、感動したよ!」


 シャナはゼロ距離で思いの丈をぶちまける。顔は美人と評される薬師に密着され、側から見れば羨ましい状況かもしれないが、今のリューは手術の疲労と転倒のダメージで頭が回っていない。


「分かったから落ち着け」

「うぎゃ!」


 ハッサンはシャナの襟元を掴んで、力づくで引き離す。解放されたリューは目をぐるぐるさせながら、力無く床の上へ倒れ込んだ。



 その後、患者のバシルが目覚めたところで、彼の妻と従者を処置室へ招き入れる。リューは手術の創跡を見せつつ、彼らに手術が予定通り終わったことを伝えた。


「全く覚えていない・・・記憶が飛んだような感覚だ。本当に手術をしたのか?」

「はい、もちろん。麻酔開始からすでに1刻半(3時間)が経過しております」


 バシルには手術の記憶はもちろん、痛みの記憶もない。説明を聞いて窓の外を見てみれば、確かに太陽が夕日に変わっていた。


「今は麻酔が残って痛みが鈍っていますが、時間が経てばまた痛みが出てきます。痛み止めを渡しておきますから」

「あ、ああ・・・助かる。悪いな」

「そして、今夜は創は安静にして、明日また診せてください。問題なければ7日後に抜糸しましょう」


 リューは今後の予定を伝える。

 その後、バシルは麻酔が残ってフワフワした足取りを従者に支えられながら、自宅へと戻っていった。


: : :


 それから1週間後、幸いにも創の感染も起こらず、バシルは無事に抜糸の日を迎えた。創もきれいにくっつき、鼠径ヘルニアの症状も手術の後から出なくなった。


「・・・抜糸をしました。どうぞ、創をご覧になってください」

「う、うむ・・・」


 処置台の上に寝ていたバシルは、ゆっくり起き上がって右の股の付け根を見る。そこにはリューの言う通り、しっかりくっついた手術の傷跡があった。


「化膿もしていない様ですし、もう通院の必要もないでしょう」

「そ、そうか」


 バシルは恐る恐る、抜糸を終えた創を突いてみた。リューの言う通り、創はしっかりとくっ付いている。


「・・・この手術はお前が、いや・・・貴方がやってくれたのだったな。説明の通り、手術は全く痛くなかった・・・股の付け根の瘤も治っている。貴方は素晴らしい医師だ・・・!」


 バシルは改めて目の前に座る医師の顔を見た。聞けば歳は17であり、その顔には幼ささえ残っている。

 そしてバシルはリューの腕に感激していた。年齢や見た目だけでは到底測ることなどできない技術と知識、目の前の少年が持つそれらに、バシルは敬意を払う。


「いえ・・・私はそんな大層な者では」

「謙遜するな・・・そうだ! 治療費を払わなければな! 幾らだ?」

「!」


 この世界でも、医療には当然お金がかかる。だが、リューは心の中で“しまった”と呟いていた。今までの患者と言えば身内のハッサン、そして等価交換で治療を引き受けたワルートとシャナだけで、彼は今まで手術のお代を請求したことがなかった。


(確か・・・鼠径ヘルニア手術の診療報酬が6000点くらいだった筈)


「・・・高額で申し訳ありませんが、10ディルハム程」


 リューは現代日本の手術報酬を参考に金額を提示した。

 この国には貴金属を加工した貨幣が流通している。最も高額な「ディナール金貨」を頂点に、「ディルハム銀貨」「ファルス銅貨」「クラン鉄貨」と並ぶ。

 レートは1ディナール=25ディルハム、1ディルハム=200ファルス、1ファルス=10クランであり、現代日本円の感覚では1ディルハムがおよそ1万円くらいの感覚である。


「10ディルハム? そんなもんでいいのかい? この手術で使った麻酔は相当に新しい薬だと聞いたぞ」


 バシルは裾の中に手を突っ込み、巾着袋の財布を取り出した。ジャラジャラという音と共に、中から5枚のディルハム銀貨が出てくる。


「・・・とは言いつつも、カッコ悪いことに今持ち合わせがなくてな。取り敢えずここに5ディルハムある。残りはまた使いに持って来させるから、その時まで待ってくれ」

「は、はぁ」


 リューは銀貨を受け取る。それから3日後、バシルの使いが残りの銀貨5枚を持ってきた。

 この世界で2例目の全身麻酔手術は、無事に終了した。

次回から第2章

シャナのイメージは「お⚫︎振り」のモモ⚫︎ンです(伝わる人に伝われ・・・)

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