表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎外科医の異世界道中 〜異世界本格医学冒険物語〜  作者: 僕突全卯
第1章 外科医の日常・エーテル麻酔篇
7/15

エーテル麻酔(虫垂炎)

 処置台の上に寝かせられたシャナは、冷や汗を流して真っ青になっている。リューはハッサンと共に彼女の診察をした。カナンは不安そうに見つめている。


「どう思う、リュー?」

「右下腹部に限局した筋性防御と反跳痛・・・急性腹症だ。おそらくは『虫垂炎』・・・」

「虫垂炎?」


 「虫垂炎」、大腸の始まりである「盲腸」から飛び出した細長い器官「虫垂」に炎症を起こす病気だ。症状の特徴としては、鳩尾(みぞおち)、解剖学的には「心窩部(しんかぶ)」と呼ばれる場所から、右下腹部へ痛みが移動し、さらに嘔吐や発熱などが現れる。


「この国の医学書には『盲腸炎』と書かれていることが多いね」

「盲腸炎か・・・」


 この世界では解剖学の知識は集積されているが、いわゆる手術が必要な症例の判断と実際の治療内容は、依然として手探りの状態である。

 さらに完全な全身麻酔がないことから、開腹手術は非常に危険な医療行為だった。


「盲腸炎・・・お前の言う虫垂炎は、この国の医学では腸の活動が低下することで起こるとされ、下剤の投与がよく行われているが、その死亡率は高い・・・」

「その下剤の投与が間違った治療法なんだ。おそらく結腸穿孔を惹起して腹膜炎を起こしているんだろう」


 虫垂炎は古くから人類を苦しめてきたが、その病巣が「虫垂」にあることが分かったことすら19世紀の話だ。そして外科手術や抗菌薬が発達した現代でこそ、よほど重症でもなければ命を取られるような病気ではないが、それ以前は死亡率60%を超える死の病だった。


「では・・・どうする?」

「決まっています、緊急手術をここでする!」


 抗菌薬のない世界、虫垂炎に対しては虫垂を切るしか有効な治療法はない。リュージーンこと黒川大吾は、この世界に生まれ変わって初めて、腹部手術を行う決心をした。



 あつらえたばかりの外科道具を煮沸とアルコールで消毒し、焼灼止血用の火箸を用意する。処置台の上には、グロッキーになったシャナが仰向けで横たわっていた。処置室に集まったリューとハッサン、カナンは口元と頭を手拭いで覆っている。

 エーテル麻酔は唾液や気道粘液の分泌を促す。特に気道分泌は窒息の恐れもあるため、その予防として、シャナはヒヨスから得た生薬(抗コリン薬)を前もって内服していた。


「シャナさん・・・麻酔をかけます」


 シャナの頭元に立つリューの手には、卓上瓶が握られている。普通は液体調味料を入れておくためのものだが、今は希釈したエーテルが入っている。


「思うようにやってくれ・・・どちらにせよ、この腹の病が治らなきゃ、私は死ぬんだから」


 シャナは自身の命運を全面的にリューへ託していた。リューは思わず生唾を吞み込む。


(エーテル麻酔なんて遺物・・・麻酔科のドクターだって実際にかけたことがある人の方が少数派だろう。俺だって初めてだ・・・)


 19世紀中頃に発明されたエーテル麻酔は、医学の歴史において偉大なる発見となった。だが引火する危険性が欠点となり、世紀が変わる頃には毒性は高いが引火しないクロロホルムにとって変わられ、さらに20世紀も後半になると、より安全で扱い易い麻酔薬が次々と発明されたことで、エーテル麻酔は過去の遺物となった。


(でも、やるしかない!)


 リューは動画サイトで見た白黒映像のエーテル麻酔を思い出しながら、針金を用いた布製のマスクをシャナの口に被せ、その上に希釈したエーテルをポタポタと垂らす。開放点滴(Open drop)法と呼ばれる手法だ。

 彼がエーテル麻酔を少し齧っているのは、ある医療漫画の主人公である脳神経外科医が、タイムスリップ先の幕末で多用している描写を見て興味を持ち、調べたことがあるからだ。


「・・・」


 シャナの目がトロンとしてくる。エーテル麻酔の深さは「4段階」に分けられ、最初に痛覚が麻痺する第1期へ、次に意識を失いながらも興奮状態に陥る第2期へ移行する。するとシャナが唸り声を上げ始めた。


「ウゥ〜・・・イヤ〜・・・アァ」


「エーテル麻酔特有のうわ言だ・・・。カナン、唾液を拭ってくれないか?」

「は、はい!」


 カナンはシャナの口元から流れる唾液を、布で丁寧に拭いていく。まだ手術ができるような麻酔の深さに達していない。リューは滴下した回数を頭の中で数えながら、エーテルを追加していく。

 次第に興奮は落ち着き、シャナは全体的に落ち着いていく。


「父さん、脈拍は?」

「異常なし」


 麻酔導入開始から半刻(1時間)後、ようやく外科手術を行うのに適切な深さ、第3期へ入る。筋肉は弛緩し、眼球は真ん中に固定されている。


(ヒヨスの効果か・・・思ったよりも唾液の分泌は少なかったな)


 舌根沈下による気道狭窄を防ぐため、経口エアウェイを口の中へ入れる。この世界で初めてのエーテル麻酔が掛かった瞬間であった。


「カナン、シャナさんが動き出したら教えてくれ。あと、こまめに唾液を拭いてくれ」

「はい!」


 シャナの腹部をアルコールで消毒した後、煮沸消毒した清潔な穴あき布を上に被せる。リューとハッサンは革手袋をはめて、同様にアルコールに浸して消毒する。

 リューはシャナの右側、ハッサンが左側に立ち、頭元にはカナンが立っていた。


(・・・タイムアウト)


 元の世界では何度もしてきた虫垂炎の手術だが、生まれ変わってからは初めて・・・いや、おそらくはこの街の歴史で初めての開腹手術となる。それに腹腔鏡手術の発達に従い、現代日本においては虫垂炎の開腹手術は過去の遺物となっていた。

 リューはメスを取る。そして意識のないシャナの顔を見つめた。


(CTもない世界、虫垂炎というのも推測でしかない・・・)


 CTなどの画像診断装置が普及した21世紀でこそ、確定診断に基づいて緊急手術ができるようになった。だが、それ以前の時代は、身体診察とレントゲンだけで手術を行い、術中に診断と治療を最終決定するという流れが普通だった。


「とにかく、症状が一番強い右下腹部を切開する・・・! いきます!」


 リューは自分の診断を信じて、メスの刃先をシャナの肌に突き立てた。その一瞬、緊張が走る。だが、シャナは全く反応を見せなかった。


「・・・!」


 患者は痛みに反応しない。ハッサンは鳥肌が立つのを感じていた。


(右下腹部、へそと上前腸骨棘を結んだ線上の外側3分の1の地点、マックバーニーの圧痛点を目安に皮膚切開・・・)


 切開を広げていく。昏睡状態にあるシャナは全く痛がる素振りを見せない。麻酔は効いている様だ。


(浅腹筋膜、続いて外腹斜筋腱膜を切開・・・内腹斜筋と腹横筋をペアンで開き、腹膜へ到達する・・・)


 腹の壁を一層ずつ丁寧に開いていく。そして最も奥の膜「腹膜」を切開した時、ついにお腹の臓器が収められた空間「腹腔」へ到達した。

 コッヘル鉗子で筋膜と腹膜の切れ端を掴み、広げて視界を確保する。


「リュー、説明しながら、進めてくれないか?」

「・・・ああ、分かったよ」


 ハッサンは息子であるリューに教えを請うた。彼は無鈎鑷子(むこうせっし)を握り、切開した場所の直下に見える脂肪の塊「大網(だいもう)」を掴んだ。


「これは『大網』、胃から垂れ下がる脂肪の膜だよ。そしてこれをめくると・・・」


 脂肪をめくると、小腸から大腸への移行箇所である「回盲部(かいもうぶ)」が現れる。炎症が強く赤々しい印象を受ける。


「炎症の具合と大網の癒着から、ここが病巣であることは間違いない。ここまでが小腸、ここからが盲腸・・・そしてこの盲腸の先に」


 人差し指で盲腸の周りを探る。すると弾力のある棒状の何かが指先に触れた。


「・・・あった! 『虫垂』だ!」


 指先でそれを引っ張り出すと、炎症で腫れ上がり、ちらほら膿がついた虫垂が姿を現した。幸いにも孔は空いていない様だ。


「この腫れ具合から、虫垂炎には間違いないだろう。あとはこれを切り離すだけ・・・」


 虫垂の根本を確認し、虫垂に栄養を送る血管をそれを包む脂肪(虫垂間膜)ごとペアン鉗子で通し、綿糸で括る。続けて虫垂の根本も糸で2重に結紮(けっさつ)し、メッツェンバウム剪刀で切離、腫れた虫垂を摘出する。


(盲腸に残った切れ端は、かつて盲腸の壁の中に埋め込むのがセオリーだったが・・・腹腔鏡手術が主流になった俺の時代はあまりしない・・・。このままにしておこう)


「カナン! その瓶の中の水を、この中へ注いでくれないか」

「は、はい!」


 カナンは大きな徳利の様な陶器の瓶を抱え上げ、蒸留水を手術創の中へ注ぎ込む。リューは手術用ガーゼ代わりの薄い布を突っ込み、手術した箇所を念入りに洗浄する。さらにガーゼを何枚も出し入れして膿の残りや出血がないことを確認する。


(本当はドレーンを入れておきたいけど・・・仕方ない。このまま閉じよう)


 腹部手術を終える際、術後の出血や回収し損ねた洗浄液を後から吸引するため、陰圧がかけられる管「ドレーン」を入れることがある。だが、この世界には体の中に留置できるようなゴムやビニールなどの“柔らかい素材”がない。


(・・・天然ゴムを実用化している文化がないか、また調べてみよう)


 こちらの世界におけるゴムの実用化は18世紀、南米の原住民が防水布やゴム靴を作っているのをフランス人が発見したことが始まりだ。

 逆に言えば、ヨーロッパで実用化される前から中南米の住民はゴムを利用していたわけだ。なら、この世界でも同じようにゴムを利用している文化があるかもしれない。


「創を閉じるよ・・・」


 新しく作ってもらった持針器と湾曲針を使い、腹壁を層ごとに丁寧に縫い閉じていく。そして最後に皮膚を閉じ、手術は終わった。


「手術終了! ・・・父さん、カナン、ありがとう!」

「・・・」


 2人の協力を得たリューは、この世界で初めての無痛手術を成功させた。シャナは適度な麻酔の深さを保ったまま、呼吸も止まらず眠り続けていた。


「・・・リュー! 私は感動した!」

「おっと!」


 ハッサンは肩を震わせ、感激のままリューの右手を強く握った。リューは思わずよろけてしまうが、涙を浮かべ、喜びをあらわにする養父を見て、嬉しさが込み上げてくる。


「これは間違いなく・・・医学の歴史を変える発見だ! 私はこの発見を、お前の言う通り世界へ知らしめたい!」

「・・・父さん」


 無痛手術が実現した以上、今まで困難とされてきたあらゆる外科治療が、安全に行える可能性が高まった。ハッサンは外科医として、エーテル麻酔の有効性に感動していたのだ。


「・・・ありがとう、でも、まだまだ改善の余地がある。それに患者ごとに有効な用量も違うから、もっと症例を集めないといけないな」


 リューはあくまで冷静だった。彼は今後の展望を見据えながら、未だ眠ったままのシャナの顔を見つめていた。

 この日、砂漠の国の地方都市ラマーファの郊外で、医学の歴史を変える手術が行われたのだった。


: : :


 それから3日後、シャナはこの診療所に留まり、治療を受けていた。手術の翌日から便秘薬と共に白湯から口にし始め、翌々日には汁物、そして本日からは粥と、徐々に口にするもののレベルを上げていた。


「シャナさん、お腹の調子はどうですか?」

「んん〜、大丈夫! 問題なし! 昨日のうちに便も出たからね!」


 ベッドの上で食事をするシャナの表情は良い。熱も腹痛も改善し、幸いにも術後の麻痺性腸閉塞も起こさなかった。術後の経過は極めて順調だ。


「でも、未だに腹を切る手術をしたなんて信じられないな。私、何も覚えていないもん。でも・・・この創が何よりの証拠だよね」


 シャナは右下腹部の手術創を愛おしそうに撫でる。 エーテル麻酔の鎮痛・鎮静効果は完全に機能していた。


「なんだか・・・嫉妬しちゃうな」


 シャナは薬学の知識に関して、この街の誰よりも長けている自信があった。そんな彼女ですら知らない全身麻酔薬を、17歳の少年が誰よりも先に見出し、それは見事成功した。彼女のプライドはわずかに揺さぶられていた。


「・・・で、ハッサン先生に聞いたけど、エーテル麻酔を公表するんでしょう」

「はい、でも・・・あと何例か症例を積まないと」


 この世界のエーテル麻酔は、まだ1分の1で成功しただけだ。これを業績として公にするならば、再現性を証明しなければならない。


「よし・・・! なら、次は私に麻酔をかけさせてくれない?」

「シャナさんが!?」

「ええ、そうよ。薬は普通、患者ごとの体格、性別、体重に基づいて用量を決める。このエーテル麻酔も同様でしょ。個人個人に見合った投与量があるはず。私なら、それを計算できる」


 シャナはエーテル麻酔導入の参加を申し出る。薬師の力を本格的に頼れることは、リューにとって願ってもないことだった。


「よろしくお願いします!」

「うん、こちらこそよろしく!」


 2人は固い握手を交わす。リューにとって、養父ハッサンに続く力強い仲間を得た瞬間だった。


: : :


 それからさらに4日後、術後1週間目にシャナは無事退院して行った。軽快な足取りでハッサンの診療所を後にする彼女を、リューとハッサン、そしてこの日も文字の勉強に来ていたカナンが見送る。


「・・・ご、御免! ハッサン医師はいるか!?」


 そして彼女を見送った後、ほぼ入れ違いで1人の患者がやってきた。妻と数人の従者に連れて来られた本人の言うことには、数年前から股の付け根あたりが膨らんだり凹んだりするようになり、今日は膨らんだまま戻らなくなって、痛みも出てきたという。


 リューはその特徴的な症状から、診察する前から病魔の正体に気づく。処置台に横たえ、ズボンをずらすと、腫れた右の陰嚢が姿を現した。


「これは・・・『鼠径ヘルニア』だな」


 リューは陰嚢を掴み、ゆっくりとお腹へ向かって押し込んでいく。お腹の緊張が緩んだタイミングでスポッと引っ込み、陰嚢は元の大きさに戻った。


「・・・どうですか?」

「フゥ〜、すまない・・・楽になった!」


 男の表情が和らぐ。そばで見ていた男の妻と従者たちも、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 患者の名前はバシル・ルクフォー=イスハーク、ラマーファ郊外の農地を所有する富農の当主だ。以前から股の瘤について、街の診療所に相談していたが、都度押し込むこと指導されるだけで、根治治療はできなかったという。そしてついに膨らんだまま戻らなくなり、痛みも出てきたため、一か八かの希望を賭けて、噂に聞く外科医の診療所を訪れた。


 そしてその病の正体は「鼠径ヘルニア」、いわゆる脱腸のことで、股の付け根の部分「鼠蹊部」を支える腹壁の弱い箇所から、お腹の中にある脂肪や腸が皮膚の下に飛び出し、瘤のようになってしまう病気である。

 押し込めば引っ込むことが多いが、時には今回のように引っ込んだまま嵌まり込んで戻らないことがあり、これを「嵌頓(かんとん)」という。下手をすれば、腸管の血流が途絶え、腸管穿孔を起こして命に関わることもある。


(・・・ま、そうだろうな)


 街の診療所に勤める医師は、国から派遣された内科医だ。当然、鼠径ヘルニアに対する外科治療の知識もなければ、そもそもこの世界では、ヘルニアの治療は膨らみを押し込む整復と、膨らみを予防するための圧迫が基本治療だ。

 鼠径ヘルニアに対してちゃんとした手術治療が始まったのは、こちらの世界でも19世紀ごろの話である。


「・・・リュー、お前の世界では脱腸に対して、どういう治療をしていた?」

「・・・患者本人が拒否しなければ手術だね。そう難しいものじゃない」


 ハッサンが耳打ちする。リューは口角を上げ、ニヤリと笑う。そして改めて患者へ向き直す。


「バシルさん、もしこの瘤を根本的に治せるとしたら、どうしますか?」

「・・・! そんな方法があるならぜひお願いしたいところだ!」


 バシルは即答した。長らく自分を苦しめてきた、この不快な瘤とおさらばできるならそうしたいという。


「・・・そのためには、体を切る外科手術が必要です」

「し、手術・・・!?」


 体を切ると言われ、バシルの勢いがダウンする。ここは現代世界より桁違いに、外科手術が危険で未知なるものである世界。手術と言われて、構わないと啖呵を切れるような人物など、よっぽどの豪傑しかいないだろう。


「・・・まだ公にはしていませんが、この診療所では無痛の手術を可能にする新たな麻酔法を使っています。もちろん、絶対の保証はできませんが」

「・・・!」


 無痛の手術という言葉に、バシルは鋭く反応した。


「・・・絶対でなくても良いが、本当に無痛で出来るならやって欲しい!」

「貴方!」


 バシルは手術を受ける決心をする。彼の妻は驚嘆の声を上げた。後ろの従者たちも不安そうな顔になっている。


「ここの先生は名医だと聞く。・・・大丈夫だ」


 バシルは不安がる妻を宥めていた。


「・・・わかりました。では早速、説明をさせてください」


 不安がる彼らとは対照的に、リューは笑みを浮かべていた。彼は心の中で、養父ハッサンが実直な街医者として積み上げてきた実績と名声に感謝する。

 その後、リューは手術の内容について説明をし、この日の診察は一旦終了した。手術日を1週間後に予定し、バシルの一行は診療所を後にする。


「・・・さてと、次の手術が決まったね」


 静まり返った処置室には、ハッサンとカナンがいる。新たな仕事が期せず舞い込んできたこと、そしてまた新しい手術が見られる期待からか、ハッサンもどこかわくわくしている様だ。


「まず、シャナさんの都合をつけないといけないね」

「それは私が彼女に話をつけよう。多分、飛び上がって喜ぶだろうからな」


 記念すべきエーテル麻酔の1例目は、シャナ自身が患者であったため、彼女はエーテルがどういう過程で効力を発揮するのか、どの程度の効能を持つのか知らない。彼女が麻酔から目を覚ました時には、自分自身が被験者であったことを、心の底から悔しがっていた。


「じゃあ、それは父さんに頼むよ。そして・・・カナン」

「は、はい!」


 名前を呼ばれ、カナンは思わず背筋が伸びる。


「君には・・・次の手術で『手術室看護師』をやって貰えないか?」

「看護師・・・?」


 カナンにはこの3週間で文字を教えながら、時折傷を作って訪れる患者の処置も手伝ってもらっていた。さらに元はと言えば、リューの外科道具は彼女の父に作ってもらったものであり、彼女は道具の名前を大体覚えている。

 リューの周りにいる人物で、カナンほどこの診療所の看護師として相応しい人物はいないと、彼は考えていた。


「・・・分かった! 私、頑張るよ!」


 遠い人だと思っていた少年に、初めて頼りにされた。カナンは両手を握り締め、嬉しさを堪えながら、リューの頼みを承諾したのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ