表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎外科医の異世界道中 〜異世界本格医学冒険物語〜  作者: 僕突全卯
第1章 外科医の日常・エーテル麻酔篇
5/14

天才薬師登場

 世界初の本格的な全身麻酔薬は華岡青洲が調合した「通仙散」とされている。だが、青洲は取り扱いが難しいその薬を秘伝としたため、その業績が当時の世界や後世に伝わることはなかった。

 その後、本格的な吸入麻酔薬として「ジエチルエーテル」が登場する。すでに8世紀には精製されていたと言われているが、それが全身麻酔薬として有用であることをロングやモートンが証明するまで、およそ1000年かかった。

 揮発性の物質で引火しやすいという欠点があったが、エーテル麻酔の登場は医学の歴史において重大な転換点となった。


 エーテル精製に必要なものはエタノールと硫酸などの強酸だ。硫酸ならすでにこの世界にある。だから純度の高いエタノール(アルコール)と硫酸が手に入れば良い。


「・・・というわけで、父さん。このエーテルを精製してくれるような、錬金術師の知り合いとか居ない?」


 この世界で、外科医として仕事を続けていくにあたって、確実な麻酔法は喉から手が出るほどに欲しいものだ。

 リューは外科道具作成と同じ様に、エーテルの精製を行なってくれる様な、実験に慣れた知り合いが居たりしないかと期待していた。


「錬金術師ではないが・・・街の診療所に薬を卸しているあの薬師なら、もしかしたら引き受けてくれるかもしれん。私も時折、ケシの樹液を買いにいく」


 ハッサンの頭の中に、変わり者で有名な薬師の顔が浮かぶ。その人物はラマーファの中心地、国の診療所の近くに薬屋を構えているという。


 この国では、5代前の皇帝の時代にいわゆる「医薬分業制度」が始まり、医師の他に「薬師」と呼ばれる、現代世界で言うところの薬剤師がすでに存在する。

 事の発端は、病弱ながらも疑り深い時の皇帝が、宮廷医による毒殺を恐れ、第3者に処方内容のチェックを義務付けたことが始まりである。


 地球でも、同様の理由で13世紀に神聖ローマ帝国の皇帝が医師と薬剤師を分離させた。日本でも明治時代の初期から医薬分業が始まり、現代に至る。最も、現代日本における医薬分業の重要なポイントは、2重チェックによる処方ミスの予防と、製薬企業との癒着防止だ。


「・・・生薬の調合だけでなく、錬金術や化学にも造詣がある薬師だ。お前の話にも、きっと協力してくれるとは思うが」


 問題は信じてくれるかどうかだ。

 文献の中に登場する、碌に名前も付けられていない“甘い匂いの何者か”が、医学の歴史を変えるような大発見だと、その薬師が信じてくれるかどうか。


「取り敢えず・・・会ってみたい。その薬師に」


 養父ハッサン、鍛冶屋ワルートに続く、新たな協力者候補。外科医として再び目覚めたリューは立ち止まるわけにはいかない。


: : :


 次の日、リューとハッサンはラマーファの中心地を訪れていた。煌びやかな装飾が施された建造物が並び、住民や旅人、商人を含め様々な人々が行き交っている。

 例の薬屋は国が設立した診療所と同じ通りの向かいにあった。扉には「営業中」と書かれたプレートが下げられている。


「行くぞ」

「うん」


 ハッサンが扉を開けると、中からは様々な生薬が入り混じった独特な匂いが漂ってきた。天井からは様々な薬草が吊るされている。

 陳列棚には、商品と思われる瓶詰めされた生薬が並んでいた。


「御免! 私だ、ハッサンだ! 居ないのか、シャナ!」

(・・・シャナ?)


 養父が薬師の名前を口にする。それはこの国では一般的に女性名とされる名前だった。

 程なくして、奥からバタバタという音が聞こえる。直後、メガネをかけた長身の女性が2人の前に現れた。


「・・・ハッサン先生! 久しぶり! 今日はまたアヘンの買い付けかい?」


 女性は若く、20歳代に見える。だが、気心の知れた友人のごとき態度で、倍は歳が離れているハッサンに話しかけた。


「・・・あれ?」


 リューが呆然としていると、薬師の女性は彼に視線を向けた。


「君は、もしかしてハッサン先生の倅?」

「は、はい。リュージーンと言います」

「ヘェ〜、前に先生から聞いていたけど、あまり似てないね。私はシャナ・レン=ラーズィータイラー、ここで薬師をしている。よろしくね!」


 薬師シャナは太陽のような明るい表情で、リューに笑いかけた。リューはまるで同年代を相手にしているような感覚に陥る。


「・・・話をして良いか? 今日は私の用事ではなく、息子が君に依頼があるんだ」

「え? 先生じゃなくて?」


 ハッサンは息子に代わってここへ来た理由を話す。シャナは首を傾げ、再びリューへ視線を向けた。


「はい、実は精製して欲しい薬品があるんです」

「それは生薬の調合かな?」

「・・・いいえ、違います」


 リューは肩掛けカバンから本を取り出した。栞を挟んだページを開き、その内容をシャナに見せる。彼女はメガネの位置を調整しながら、書かれている文章を確かめる。


「・・・錬金術の本だね。で、君はこの“甘い硫酸”が欲しいの? なんで?」


 シャナは上目遣いでリューの答えを待つ。


「この“甘い硫酸”、『ジエチルエーテル』は陶酔作用があります。純度の高いエーテルは全身麻酔薬として、手術に使用できるんです」

「・・・これがぁ?」


 シャナは怪訝な顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ