頼み事
「え?いいの?」
エデンは俺の返事に驚いた表情をする。
まさか断られると思っていたのか?
毎朝しつこく勧誘していた俺達がその程度で諦めるはずはないだろう。
「うん」
「えー本当に言ってんの?内容も聞かずに頷くなんて信じられないんだけど。
もしかしてあんた達相当な馬鹿じゃないの?」
今度はおかしいではなく馬鹿ときたか。
お前にだけは言われたくないと物凄く言いたかったが、我慢しよう。
面倒になるだけだ。
「そうかもね。
でもそれは置いておこう。
内容はどんなことなのかな?」
俺は軽く流し、本題を聞く。
正直気になって仕方がない。
「・・・あんたもいいの?それで」
今まで何も言わないノランに確認を取るよう、エデンは視線をノランに向ける。
「ああ、いいよ俺も。ラークスは断らないと思ってたしな」
「ふーーん。
分かった。
じゃあ付いてきて。見て欲しいことがあるから。
あっ、あと途中で辞めるとか言ったらぶん殴るからね。覚悟しておいてよ」
エデンは俺達を逃がしたくないのか脅すようにそう言うと、出口に向かって歩き出す。
「おい。もしかして想像以上にヤバいんじゃないか。逃げ道を塞いできたぞ」
「うん。これはちょっと選択をミスったかもしれないね」
俺達は顔を近づけコソコソと話す。
いやーそれにしても、本当に厄介だな。
絶対死ぬだろって感じの頼み事だったら、辞めようとも考えていたからさ。
だけど、また暴力か。
一体どんな育て方をされたらそんな考えが思いつくのやら。
「文句言ってないで早く付いてきてくれない?置いてくよ」
どうやら俺達の会話は丸聞こえだったらしい。
エデンはさっさとギルドから出て行く。
「お、おい少しは待てって。行こうぜラークス」
ノランはそう言い、走って後を追いかける。
今から何が待ち受けているのやら。普通に心配だな。
・・でも何故だろう。
不思議と悪い気分でじゃない。
すぐに俺もエデンの後を追うのだった。
ーーーーーーーーー
「え?ここに住んでるの?エデン?」
エデンに付いて行くこと約数十分後。
俺は驚き、そうエデンに聞いていた。
「そうって言ってるでしょ」
エデンがこの建物に到着するやいなや、ここに住んでいると言い放ち、俺は冗談かと聞き返したが、どうらやマジなようだったらしく、俺は思わず聞き返してしまったのだ。
そう、だってこんな場所に住んでいるとは思わないだろう。
この国で唯一危険とされている貧困地区のすぐ側とは。
南西にあるこの貧困地区は、騎士団からも不用意に近づくなと注意喚起される程、他の場所よりも治安が悪く、危険な地区に該当されている。
貧困地区の建物はここからでも分かる程どこもボロボロで、それがまるで暗い雰囲気を表しているようにも見える。
貧困地区にギリギリ入っていないエデンの住処のこの2階建てアパートも、壁の一部はひび割れ、無数の傷が刻まれており、屋根はまだ赤みを残しているが、塗装が剥がれ落ち、長い間整備されていないのが良く分かる。
「ほらさっさと付いてきて」
エデンは外付けの階段を上り、俺達に付いてくるように促す。
部屋は二階にあるのか。
「うん」
俺達も年季が入った木製の階段を上り始めるが、上るたびに階段からギシギシと軋む音が鳴り響く。
おいおい、この階段大丈夫かよ。
俺は途中から慎重に上る。
「入って」
そして2階に到着すると、エデンは1番奥の部屋のドアを開け、俺達に入るように促してくる。
どうらや俺達に見せたいことは自分の家にあるらしい。
「お邪魔します」
俺達はゆっくりと中へ入る。
中は外装とは異なり、少しシミはあるものの綺麗な白色の壁が広がっており、家具はテーブルや椅子などの最小限度の物しかないが、それでも居心地の良さそうな雰囲気が漂っている。
正直、汚いイメージがあったんだけど。
家事についてはちゃんとできるらしい。
すまん謝る。
俺は心の中でお辞儀をする。
そして奥にある部屋へ向かおうとした時
「エデン?
今日は随分と帰りが早いのね。何かあったの?」
奥の部屋から茶髪の女性がぴょこんと顔を出した。
え?まさかこの子と2人で此処に住んでいるのか?
エデンとなんて考えただけでも嫌だけど、もしそうなら相手が可哀想だ。
同情する。
・・いや待てよ。
もしかするとこの人も馬鹿なのかもしれない。
やっぱり注意しておこう。
「って。え?誰?お客さん?
あ!もしかしてエデンの友達ー!?」
そして俺達と目が合った女性は、目を輝かせてすぐ目の前まで距離をグッと詰めて来る。
近い。
これはバカ説濃厚だな。
だけどこの人、妙に痩せているな。
頬はコケているし、腕も今にも折れてしまうのではと思うくらい細い。
肌の色も良い状態とは言えないだろう。
あっ
もしかしてこれが俺達に見せたいことなのか?
「ちょっと、違うってエリー。変なこと言わないでよ。
ほらさっさと離れて」
へー。
名前はエリーっていうのか。
「えーー。エデンが初めてこの家に連れて来た人でしょ?気になるじゃない、どういう人かさぁ。
ねぇ名前はなんて言うの?
ちなみに私はエリー・ロイゼルドね」
エデンが俺達からエリーを引き離そうとする中、彼女はそう俺達に質問する。
これから仲間になるエデンの大事な住人?だ。
挨拶はしっかりしておこう。
「俺はラークス・ロニングと言います。よろしくお願いします」
「俺はノラン・ガガンドだ。よろしく」
「2人共いい名前ね。こちらこそよろしく!」
笑顔で返事が返って来る。
よし、第一印象はこれでバッチリだ。
「ハイハイ挨拶は済んだでしょ。私たちはこれから大事な話があるから、あっちの部屋にいってて」
「あっちょっと」
しかしエデンはエリーをさらに奥にある部屋へ無理やり押し込み、ドアを閉めるのだった。
なるほど。
どうやらエデンは、エリーには話を聞かれたくないらしい。
恐らく今回の件はエリーに関係していることだろうけど、何故部屋から追い出したのか。
少し気になるな。
「はぁー。ごめんごめん。
じゃあそこの椅子に座って」
「ああ」
俺とノランはエデンの指示通り隣同士に椅子に座る。
そしてエデンが俺の正面の椅子に座ると、ノランが口を開いた。
「それで見せたいことって何なんだ?特にこれっていうのはないと思ったんだけど」
「それは多分エリーのことだと思うよノラン」
「え?そうなの?」
「うん多分だけどね。どうエデン?」
俺はエデンを見る。
「う、うん。実はあんた達にはエリーの体系を見て欲しかった」
「体系?」
「そう。細かったでしょ全部が。頬もコケて」
エデンは辛そう表情で言う。
「うーん。確かに言われてみれば凄く細かったような」
「そうでしょ?」
「ああ。そうだな。
まあ今回の頼み事はつまり、彼女に関することか」
「そういうこと」
やはり今回の頼み事はエリーの体系についてだったか。
まあでもここまでは予想通り。
問題はそれがどんな内容かだ。
頼むから簡単なことにしてくれよ。
「なるほどね。よく分かったよ。
それじゃあエデン。見せたいことも見せて貰ったし、詳しい内容を教えてくれる?」
「うん。でもその前に約束して欲しいことがあるんだけど」
「約束?それは?」
「・・ここで聞いたことは誰にも言わないでほしいってこと」
・・マジかよ。
誰にも言わないでほしいだって?
まさか違法なことじゃないだろうな?
これはガチ目でヤバそうな予感がしてきた。
はあぁーー
まあいいけどさ。
断ったら殴られちゃうし。
「・・分かったよエデン、約束するよ。ノランもそれでいいかな?」
「あ、ああ。一応」
ノランは真剣な眼差しで俺を見る。
「そう。それじゃあ話すからね」
エデンの真剣な表情に俺達は言葉を発さず、頷いて応える。
「エリーは薬物に手を出してしまったの。
知っているでしょ?貧困地区に薬を売っている犯罪組織があるってこと。
エリーはそこで薬物を買っていた」
なるほど、そういうことか。
痩せていた原因はこれで明らかになったが、薬物の所持及び使用はクマーク王国では違法、つまり犯罪に該当するものとなっており、エデンの言っていることが真実ならばエリーは騎士団に捕まってしまう。
だから俺達の口を事前に封じたのか。
「薬物か・・通りで痩せてた訳だ」
「でも今はもう辞めて、元通りってわけじゃないけど前よりは全然状態は良くなってる。私もエリーも元の生活に戻れるように努力してる」
「なるほどね。それで?俺達に何を手伝ってほしいの?」
俺はエデンが何をやってほしいのか、それを聞きたくてうずうずしていた。
だってそうだろ?
この国に1つしかない犯罪組織に関わっていたと明言したのだから。
「うん。この件は手を出したエリーも悪いっていうのは私でも分かる。
でも優しいエリーをこんな状態にするまで薬を売り続けた奴らが私は許せない」
エデンは怒りからなのか声が震えていた。
彼女にとってそれ程までにエリーの存在は大きいのだろう。
「だから。
あんた達には、私の手で組織のボスが倒せるように手伝ってほしい」
「・・は?ボスを倒すだって?聞き間違いか?」
「聞き間違いじゃない。ちなみにこの3人だけで倒すからね」
「ま、マジかよ・・」
ノランは動揺した表情を見せる。
それはそうだ。
貧困地区が危険と言われる大きな理由はエデンが発言した犯罪組織があるから。この3人でその危険地帯の元凶と言われている組織のボスを倒すなんてあまりに無謀だとノランは思ったのだろう。
俺もそう思うし。
でも、まさかそんなヤバい頼みごとをしてくるとは。いかれてる。
「流石の私でも1人じゃ危ないでしょ?」
こいつそれは分かるのか。
本当に何が分かって何が分からないのか、全く分からないな。
「それに1番偉い奴が1番悪いんだから、そいつを倒せばこの街も安全になるかもしれないでしょ?
一石二鳥のいいアイデアだと思わない?」
「確かにそうかもしれないけど。
ボスの実力はどれくらいなんだ?俺達3人でも十分な勝率はあるんだろうな?」
ボスが俺達3人でも全く敵わない実力者だった場合、死にに行くようなもんだ。
ノランはそれが気になりそう聞いたんだろう。
「え?そんなの分からないけど」
「・・・はぁ?ボスの実力が分かってるから提案したんじゃないのか?」
「何言ってんの?それも一緒に探すんでしょ。まったく」
「・・・・」
あまりに計画性のない単純な考えに、ノランは言葉がでなくなっていた。
仕方ないよノラン。
こいつ馬鹿だもん。
「まあエデンの言いたいことは良く分かったよ。
ボスを倒したい。確かにかなり難しいね。
・・でも俺達の考えは変わらない。手伝うよ」
「マジでラークス?」
「うん。実際にボスと戦うかは、実力が分かってから決めよう。
もしかすると、俺達だけでも倒せる相手かもしれないからね」
正直かなりヤバそうだけど、やる価値は十分にある。
見返りがエデンだからな。
「ま、しょうがねぇかぁ。
元々やるきだったしな」
「あー良かった断られなくて。もし断られてたら、さっき言った通り殴ってたから」
「こわゎ」
前科があるので本当に殴りかかってくるだろう。
断らなくて良かった。
「でもエデン。俺達じゃなくて、騎士団に頼るっていう選択肢があると思うけど、それは駄目なの?」
俺はエデンに別の提案をする。
クマーク王国の騎士団に頼るのが最も安全だと考えたからだ。事実、騎士団には組織に対抗できる大きな戦力を保有しているだろう。
エデンもそのことは分かっているはずだ。
まあでも、駄目だろうけどね。
俺達を誘ったのがその証拠だ。
だって騎士団は、
「駄目に決まってるでしょ。
頼ってもどうせ何もやらない。ずっと放置してるんだから」
そう、長い間組織を放置しているのだ。
貧困地区は俺がこの国に来た時からあったけど、組織が現れたのはおよそ1年半前。
つまり1年半もの間、放置していることになる。
だからエデンもそこから、何もしてくれないと理解しているのだろう。
ちなみに騎士団曰く、指名手配犯を追っているから組織に手が回らないらしい。
「それにもし頼ったら、私自身の手でボスをボコボコに出来ないでしょ?」
「確かに、ごもっとも」
俺はエデンに初めて感心させられた。
もしエデンの言う通り騎士団に頼り、騎士団が動けば、部外者のエデンは何もできなくなるし、情報も恐らくだが何も貰えないだろう。
つまりエデンの目的は達成できない。
騎士団に頼らない理由が他にもあったとは。
今気が付いた。
「そうでしょ?だから絶対に頼らないからね」
「・・分かったよエデン。じゃあ決定ってことで。
まずはそうだねぇ。
取り敢えず、絶対にやらなくちゃいけないことがあるから、それから説明していくよ」
「はーい」
「まずやるべきことは、さっきも言ったと思うけどボスの情報を集めること。実力は絶対に必要で、特徴や弱点とかもあるといいね」
情報は多ければ多いほどいい。
作戦が立てやすいから。
「ああそうだな。俺もそう思うぜ。
でもどうやって集めればいいんだラークス?組織に直接聞くわけにもいかないだろ?」
「そう、それなんだけど、今パッと考え付いた方法が2つある」
「2つ?」
「うん。1つ目は貧困地区の住民から聞くこと。
2つ目が、これは危険すぎるからやるつもりはないけど、組織に潜り込んで情報を集めることかな」
2つ目の方法には情報の正確性が上がるというメリットがあるけど、やっぱり危なすぎる。
最初は1つ目の方法でやるしかない。
「なるほど流石だな。まあでも1つ目の方で決まりだな。2つ目はヤバい」
「私も1つ目でいいけど、貧困地区に入るのも危ないんじゃないの?」
「あぁ確かにな。それに俺達の質問に素直に教えてくれるとも思わない」
2人の言っていることは正しい。
実際俺もそう思うし。
でも対策のしようはある。
「そうだね、2人の言う通りだよ。
だから貧困地区には深くまで入らないようにして、聞くのは浅瀬にいる野宿している人に限定するつもりだよ」
「ん?野宿している人間だって?」
ノランはエデンの質問に対しての答えは理解したようだが、自分自身の質問の答えの意味が分からないようだった。
勿論何も言ってないが、エデンもそんな感じの顔をしている。
「うん。お金を渡して交渉するつもりだからね」
「あぁー、そういうことか」
だが少し説明するとノランとエデンは納得したような表情をする。
貧困地区に住んでいる人は基本的にお金がなく、さらにその中でも家が無い人はもっとないだろう。
そのためあまり乗り気ではないけど、お金を交渉材料とすることで情報なんかは簡単に教えてくれるはず。
だから俺はそこを狙うってわけだ。
「でもボスの実力が強すぎると分かった時は潔く諦めるよ。自殺行為だからね。
あとそもそもボスに関する情報が何一つ得られない、そんな時は、諦めるか2つ目の方法に変更するからね」
俺は今ボスに関する情報が何一つ得られないと発言したが、実はこれにはボスに繋がりそうな情報も含まれている。簡単に言えばボスの間接的な情報だ。
正直に言ってしまえば俺は、貧困地区での聞き取りで、直接的なボスの情報はほぼ得られないと考えている。
だって普通に考えて知っているはずがないだろう。ボスの情報を。
でもそれはボスの直接的な情報だけ。
今回の聞き取りで返ってくる答えのパターンが全部で5つあると俺は予測しているのだ。
1つ目がボスの情報。
2つ目が組織の幹部の情報。
3つ目が組織の上の立場にいる者の情報。
4つ目が組織の下っ端の情報。
5つ目が何もなし。
といった感じに。
5つの中に間接的な情報も含まれているだろ?
答えによって次の行動が変わってくるが、例え下っ端の情報でも、そこから1つずつ進み、最終的にボスの情報に辿り着ける。
「ああ分かった」
「エデンもそれでいいかな?」
「うーーん。それでもいいけどさぁー。諦めちゃう可能性もあるんでしょ?」
「それは仕方ねぇだろ。ボスが強すぎたらマジで死ぬし、2つ目の方はあまりに危険だ」
「うん。どうしてもだったら強くなってからだね。何年後になるかは分からないけど」
今焦る必要はない。
いつかチャンスはある。
「まあでも、まずは調査してからだね。
普通にボスの情報が手に入るかもだし、意外に弱いかもしれないから」
「・・確かにそうかも。
分かった。それでいこう」
「うん。じゃあ決まりってことで、肝心の決行日だけど明日の朝でいいよね?」
エデンもやるなら早い方がいいだろう。
今日はこれから受注した依頼をやらなくちゃいけないから無理だけど。
「ああ」
「うん」
2人は頷く。
そしてそのまま俺達は正確な集合時間、集合場所を決めて、それぞれ依頼へ向かうのだった。