出会い
「!?」
俺達は音を辿り大きく開けた場所へ到着したが、その光景に驚きを隠せずにいた。
「おいおい。なんだあいつは?」
バレないよう直ぐに草むらに身を隠すと、ノランが少し声を震わせながらそう言う。
まあ確かにそういう反応になるか。
初めて見たってこともあると思うけど、形が異質なんだよな。
太い4本の足に、黒色で覆われた5m並みのその分厚い巨体、そして刃物のような鋭い長い腕を2本持つモンスターだ。
驚いても無理はない。
でも
「あのモンスター本で見たことがあるよ。名前は確か・・ブラックヴォイドエッジ。
腕と脚以外の皮膚が硬くて攻撃が通りにくい上に、あの鋭く長い腕を刀のように使って襲ってくる、防御と攻撃の両方を兼ね備えているモンスターだよ。
危険度レベルは5に近い4。
今の俺達2人で勝てる確率は半々っていったところだと思うよ」
俺は本に書かれているモンスターの特徴や危険度、形などを勉強し、覚えている。こういう時のために。
やはりモンスターの情報があるとないとでは、命を落とす確率が大きく変わってくる。
勉強しておいて絶対に損はない。
「まじかよ。それはなかなかにヤバいな」
「うん。
でも本来はもっと奥深くにいるはずなんだけどね」
ノランの耳は正しかった。
本に書かれていた限りではあるが、やつの生息している場所はこの森では奥深くと書かれており、こんな浅い場所に出現してきたという報告はない。
ロックファンゴもそうだけど、何かおかしいな。
「まあそれは今考えても意味はないか。一旦置いておこう。
まずは、あの人をあいつから引き離した方が良さそうだね」
だが考えるのは後からでいい。俺はそう判断した。
「ああそれがいいな」
目をやつの下、足元に向ける。
そこには片足を地面に着け、ボロボロな姿で息を上げている1人の若い女性の背中。
透き通った白色の髪を後ろで1つに束ね、全身に黒い服を着て、手に1本の美しい剣を握っている姿が見える。
ボロボロな姿で片足を着けているといことは限界寸前だろう。
あのままじゃ確実に殺される。
急いで安全な場所まで逃すしかない。
だけど他の仲間は一体何処にいるんだ?
今も周りを見ているけど、それらしき姿はない。
まさか置いて逃げたのか?
そんなことを考えていると
「でもよラークスどうやって助けるつもりなんだ?もしかしてあのモンスターを倒すとか言わないよな?」
ノランがそう聞いてきた。
ああ、そう言えばまだ何も言ってなかったっけな。
「いやそれはないよ。
俺が魔法であいつの注意を引いている間に、ノランが右側から周り込んで、バレずにあの女の人を回収して逃げるって感じのつもりだからね」
「なるほど。それなら大丈夫だな。
じゃあさっさとやるか」
「うん。
俺が魔法を放った時が合図だからね。
いくよノラン」
「ああ」
そうして俺はしゃがんでいた状態から立ち上がり、杖をモンスターに向け
「アイス・スティンガー」
魔法を発動させる。
杖の先端に半径約三センチ程の氷の長い円錐を瞬時に形成し、それをモンスターの頭目掛けて撃ち放つ。
一方ノランはそれと同時に、高速で右方向へ駆け出していた。
少し距離はあるけど、ノランなら一瞬で詰められるはずだ。
後は、あいつが俺にどれくらいの間意識を向けてくれるかは分からない。
時間との勝負だ。
そして俺の魔法はモンスターの目の前まで真っ直ぐに飛び、直撃するかと思ったが
「え?まじで?」
あいつはそれをその鋭い右腕で一刀両断したのだ。
氷は無残にもパリンッと音を立ててて地面に落ちる。
ちっ。反射神経のいい奴だな。魔法の存在にすぐ気が付きやがった。
でも狙い通り、あいつは今彼女から視線を外して、俺を見ている。
そしてその間に、モンスターの真下に素早く潜り込んだノランの存在に気が付いていない。
後はノランが彼女をあの場から運び出せばいいだけ。計画通りだな。
俺は完全に自分達の勝ちだと確信する。
だが次の瞬間
「ちょっと誰あんた?触らないでよ!」
女性の甲高い声が聞こえてきた。
今この場に、女は1人しかいない。
俺はふと下に目を向ける。
一体何事かと。
そこには彼女を右手で抱えようとしているノランと、それを拒んでいる彼女の姿があった。
「えぇ。それは流石に予想外だ」
世の中そう上手くはいかないものだが、俺は自分の運命を恨んだ。
ヤバい、どうする?
そして焦った。
本来なら、ノランがとっくに彼女をここまで運んでいる予定だ。
あの騒しい女のせいで計画が狂っただけではなく、やつの意識が彼女らにまた移ってしまう可能性が高い。
つまり2人の命が危険だということ。
その時
「!!」
やつの目線が下に向いた。
やばい。ノランの存在に気が付かれた。
しかもノランやつ、注意が自分たちへ移ったことに気が付いていない。
「ノラン、走って!」
俺はノランに逃げるよう声を張り上げる。
「くっ」
ノランは何となく察したのだろう。
視線を上に上げ、今の状況に完全に気が付く。
「あんた。頼むから大人しくしててくれ」
そのためノランは彼女にそう言うが
「はあぁ?なんで私があんたの言うことを聞かないといけないの?」
彼女には聞く気がないようだった。
早くしないとまじでヤバいぞ。
刹那
「やべっ」
やつが左手を振り上げた。
「ちっ!
アイス・スティンガー」
俺は攻撃を阻止するため瞬時にやつの頭へ魔法を放つ。
これで少しは時間稼ぎにはなるはずだ。
そしてやつは予想通り右腕を使い、それを防いだが、その一瞬の隙をノランは見逃さなかった。
暴れ馬を無理やり抑えつけ、俺の元へ全力で疾走する。
「アイス・レイン」
俺は続けて魔法を放つ。
奴の動きを少しでも止めて、安全に逃げるために。
やつには、大きな石くらいの大きさをした氷がいくつも降り注ぐ。
あの硬い皮膚からしたら、大したダメージにはならいと思うけど、時間稼ぎにはなるはずだ。
「助かったぜラークス」
そしてその間にノランは、無事に俺の元まで戻ることができていた。
「うん。それよりも早くここから離れよう」
あいつとは戦わなくていい。
それより一刻も早くここから立ち去った方がいいだろう。
まったく彼女のせいで無駄な体力を使った気がする。
「ちょっとあんた。なんでこんなとこまで連れてきたの!?あと少しで倒せたのにっ!」
するとノランが抱えている女、彼女が突然そんなことを口にした。
まじかこいつ。
ただでさえ暴れて助けるのが大変だったのに。
まさか文句を言われるとは。初めての経験だ。
ノランも俺と同じことを思っているのだろう。顔をしかめている。
「いい加減離してよあんた。今から倒しに行ってくるから」
そして彼女は続けてそう言う。
「はあぁ?マジで言ってんのか?どう考えても無理だろ」
あまりにも無謀な行動をしようとする彼女に、ノランは呆れたように言った。
まあ俺もノランに賛成だな。死にに行くようなもんだからな。
おっと、魔法が止んだ。
やつは・・
ふうー。どうやら俺達を見失ってくれたらしい。
キョロキョロと探している。
「ノランしゃがんで」
このまま突っ立てっていればバレる。
だから俺はしゃがみ込み、ノランにもすぐに茂みに身を隠すように言う。
ノランはすぐさましゃがみ、彼女が言っていた通りに彼女を離す。
ドサッと音を立て、彼女はうつ伏せに地面に落ちた。
「ちょっと、もっと優しく降ろしてよ!」
ノランの行動に彼女は文句を言ったが
「ヤバいな。あいつめちゃくちゃ俺たちのこと探してるぞ」
「うん、今動くと絶対にバレるねこれは」
と俺達は今の状況をどう乗り切るか考え、全く聞いていない振りをした。
まあ離せと言ったのは彼女自身だから文句を言われても仕方ない。
それよりも話しているうちにやつが態勢を立て直してしまった。完全にやらかした。
これじゃあ上手く逃げられないかもな。
「うーん。どうしたもんかn」
俺は頭を悩ませ、どうしたもんかなと言をうとしたが
「ちょっと、無視しないでよ!!」
無視されたことに腹を立てたのか、彼女は声を張り上げ、俺の言葉を遮りながら堂々とその場で立ち上がったのだ。
「ばかっ」
「・・・・・」
俺は彼女のまさかの行動に絶句した。
ノランだってそうだ。明らかに動揺している。
もしかしてこいつ、相当な阿保なのでは?
そしてその瞬間
「キエェェェェェッッ!!」
やつは立ち上がった彼女に気づき、雄叫びを上げ、俺達に歩いて近付いて来る。
ああもう!
本当に何やってんだか。
「走るよ!」
「おう」
まだ距離は十分にあるし、あいつはそれ程足が速くない。
俺は逃げるためやつへ背を向け、走り出そうとする。
だが
「私は逃げない」
彼女はその場でやつを見ながら剣を構えていた。
こいつ、さっきから本当に何を考えているんだ?
恐怖すら感じてくる。
仲間は先に逃げたんじゃないのか。
「ねえ、なんでそんなにこいつを倒したいの?」
だから俺は聞いた。
何故こうも命を張るのか知りたかったから。
「はあ?そんなのこいつを倒さないと
・・・倒さないと、今月の家賃が払えないからに決まってるでしょ!」
「・・・・
ふっ、そういうことね。なるほど。良く分かったよ」
俺は彼女の回答に思わず笑ってしまった。
確かにそれは大ピンチだと。
「ちなみに他の仲間はどうしたの?いたでしょ?先に逃げたの?」
そして俺は仲間についても聞くことにした。
少し気になる。
「仲間ぁ?何言ってんのあんた?そんなのいないけど」
「は!?つまり1人で来たってことか?」
突然ノランが横からそうツッコム。信じられないといった顔で。
いや、俺も正直ノランみたいに言いそうだったけど。
1人でこの森に来るなんて有り得ない。あまりに危険だ。
実際に俺は、ノランと仲間になる前は一度も行ったことはない。
まあ流石に嘘か。
「そうだけど何?文句あるの?」
前言撤回。
彼女は相当な馬鹿のようだ。
いや今までの言動で馬鹿だとは分かるけど。まさかここまでとは。
彼女に聞いてみるか。
何でそんなに阿保なのかと。
だが
「・・さてはお前相当なバカだろ」
ノランが俺の言いたいことを代わりに言ってくれた。
まあ普通の人間ならそう聞いてしまうだろうけど。
ありがとうノラン。
「え?私が?そんな訳ないでしょ」
残念なことにどうやら自覚はないらしい。
1番厄介なパターンだな。
でもまあ彼女は馬鹿だけど、住める場所がなくなってしまうかもという気持ちは俺にも分かる。
俺も実際、クマーク王国へ来たばかりの頃、家賃を払うのを忘れて一度だけアパートから追い出されたことがある。寒い冬の中にだ。
今でも寒くて辛い日々を過ごしたなと、苦い思い出となっている。
必死になるのも頷ける。
それに彼女を1人で戦わせたら絶対に死ぬ。
後味悪いじゃん。まるで見捨てたみたいでさ。
だから
「はあぁー。
まあしょうがない。ノラン手伝ってあげよう」
と決めた。
もうかなり距離を縮められてるし。
「本当にやんのか?
まあいいけどよ」
「なに?手伝ってくれるの?もしそうなら嬉しいけど、あんた達実力はあるの?お願いだから足だけは引っ張らないでよね」
「大丈夫だよ。俺は中級魔法まで使えるし、ノランの剣の腕も中級だから」
俺達はあのモンスターと戦うに相応しい実力が十分にあることを彼女に明かす。
でも何でこいつこんなに上から目線なんだ?
「へぇ中級ね。結構やるじゃん」
彼女のお眼鏡にはかなったようだけど。
ちなみに魔法、剣術はそれぞれ階級別に振り分けられており、下から順に初級、下級、中級、上級、超級、特級、極級とある。一般的に下級を完璧にすれば一人前、中級は騎士団隊長レベル、上級以上は努力だけでは決して辿り着けない領域と言われている。
「お前は一体何級なんだ?さぞ凄いんだろうな」
彼女の上から目線な態度に、ノランは少し煽るように質問する。
もっと言ってやれノラン。
「え?私も中級だけど」
「・・・まさか、同じ階級であんな言い方をするとは」
ノランは信じられないという表情をしていた。
まあ俺もマジかって思ったけど。
こいつは馬鹿だからあんまり考えないでおこう。
「何言ってんの?別にいいでしょ。私の方が百万倍強いんだから」
「そ、そうか」
「まあそんな落ちこまなくても大丈夫だよノラン。彼女が中級なら、あいつは十分に倒せると思うからさ」
俺は彼女のあまりの馬鹿さに絶望しているノランをそう励ました。
実力はある。多分。
「そ、それもそうだな。
ラークス何か作戦はあるか?」
「うーん。まあ取り敢えずは、比較的柔らかい足を狙って、頭の上にある急所で止めを刺すって感じかな。他の部分は硬いからね。攻撃が通りにくい。
あとは右腕が俺のさっきの魔法で削れてるから、そこから崩していくのもいいかもしれない」
さっきの魔法で、あの腕の防御力があまり高くないことは分かっている。
一本でも壊せばかなり楽になる。
狙ってもいいかもしれない。
「おっけい。助かるぜそういう情報。
分かったかあんた?」
ノランは彼女のほうをチラッと見る。
「大丈夫ちゃんと聞いてたから。脚とか頭でしょ」
おー。人の話はちゃんと最後まで聞けるんだな。 感心した。
「そんなことよりも来たよ」
「ああ」
奴がさらに近づき、俺達全員が戦闘態勢に入る。
その時
「・・あ、そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。
何て言うんだ?」
ノランが何かを思い出すかのようにそう言った。
「あーそう言えば聞いてなかったね。すっかり忘れてたよ」
今から命を懸けるんだ。名前くらいは知っておきたいな。
「はあぁ。しょうがないから特別に教えてあげる。
私の名前はエデン・リーベルト。
ちゃんと覚えといてよ」
「ああちゃんと覚えておく。ちなみに俺がノランであっちがラークスな」
俺からも自己紹介をしようとしたが、ノランが代わりに俺の名前も言ってくれた。
それにしても名前もしっかりと言えるのか。
日常生活で必要になってくることは真面に出来そうだな。
安心した。
そして
「ふーん。一応覚えておいてあげる。
取り敢えず足引っ張んないでよ」
ついにブラックヴォイドエッジとの戦闘が始るのだった。