異変
グロスの森は、国の外に出てから15分くらいで到着できる距離にある。
「見えてきたね」
あれからギルド、そして国を出て少し歩くと、俺達の視界には、横一面に広がる巨大な森が入ってきていた。
「ああ。
それにしてもマジででかいよな。この森」
「まあね。でもこの1年間、ほぼ毎日行ってるから流石に慣れてきたよ」
「確かに」
ノランは表情を緩める。
ノランと2人で初めてこの森に来た時の衝撃は今も忘れはしないが、すでに何百回もこの場所に訪れているから、この光景にはもう驚かない。
この森を初めて見た人達のほとんどは、俺達と同じ様に森の大きさに驚愕するだろうな。世界でも3番目に大きいとされているから。
「よーし、それじゃあ行くか」
「うん。いつも通り頼んだよノラン」
「ああ」
俺達は森の目の前まで着くと、それぞれ杖と剣を抜き、真剣な表情をする。
森の中は道中とは異なり様々なモンスター達が住み着き、いつ襲われてもおかしくない。また何が起こるか予測不能だからだ。
そうして森の中に入ると、まず飛び込んでくるのはそびえ立つ巨大な木々。高さは10~15mくらいのものが多い印象だ。
空は緑で覆われ、モンスターの呻き声が響いている。
正直な話、今でもさえも、まるで別の世界に迷い込んだように感じている。
「周辺には取り敢えずモンスターの気配はないな。先に進もう」
森に入ると直ぐにノランは目を閉じ、その優れた聴覚で周りからモンスターの足音がしないことを確認し、俺に報告する。
「了解」
そうして俺達はゆっくりと森を進み始めた。
俺もノランの耳に頼ってばかりにはいられない。
周囲に目を光らせなければ。
些細な事でも見落とすと命取りになるからな。
「おっ、見つけた。結構近いぞ。あっちだ」
10分程歩いた時、ノランがそう言って指を差す。
前にノランに聞いたけど、ノランの耳は足音の違いも区別できるらしい。
だから1度聞いたことのある足音なら、そのモンスターを見つけることにも役立つのだ。
こういう場所だと本当に頼りになるな。
「ちょっと待って。印を付けるから」
「おっけい。頼むぜ」
俺は懐から小さな赤い布を取り出し、それを木の枝に縛る。
この森は何度も来ているが、あまりに巨大なため、俺は帰り道に迷わないように印を付けるようにしている。
ちなみに布を使っているのは、雨が降っても問題がないよう考慮した結果から。
赤は遠くからでもよく見える派手な色なので採用した。
「よし。行こう」
「手筈通り、俺が最初に敵の注意を引くから氷魔法頼むぜ」
「うん」
そのまま俺達は標的のいる方へと歩みを再開した。
俺達は今回の標的であるロックファンゴを何度か倒したことがあるから、対策は万全となっているけど、このモンスターはとても気性が荒く、新米冒険者がよく命を落とすことで有名なので、油断は禁物だ。
そして約5分後
「!」
「まじかよ、3体だと!?」
現場に到着した俺達は目を見開いてしまっていた。
ロックファンゴは群れることを嫌うことで有名であり、ほとんどの時間を1人で生きている。
実際に前回討伐した際は、どのロックファンゴも単独で行動をしていたので、群れを作っていることに俺達は驚いてしまったのだ。
「なんで3体もいるんだ?」
「・・確かにおかしいね。いつもとは違う。
でも倒すには特に問題はないよね?」
だが俺達2人なら同時に三体でも大丈夫。俺はニヤッと笑う。
「まあそうだけどよ。
じゃあ、しっかり魔法頼むぜラークス」
ノランは俺の自信満々な表情を見て思わず笑っていた。
そしてその勢いのままノランは数歩前に出て剣を構える。
「うん」
戦闘開始だ。
俺はいつも通りその場でしゃがみ込み、左手を地面に付ける。
これで準備は万端だ。
その時俺達の気配を感じたのか、1体のロックファンゴがこっちに視線を向ける。
体長は1mほどの大きさで、前身が緑色に覆われている。4足歩行で足は短いが、頭部を覆うその甲殻は、並みの剣士でも切ることができないほど硬い。
実際ノランは斬ろうとしたが、結果は弾かれるだけだった。
こいつは他のモンスターよりも比較的小さな体をしているから、冒険者になり立ての者たちは油断しがちだが、その甲殻を纏った突進攻撃は岩を簡単に粉砕する威力をもつ。
「!」
次の瞬間ロックファングは駆け出した。ドス、ドスと音を立て、ノランに迫る。
だがノランは動かない。
決して怯えているからではない。
対ロックファンゴの作戦があったから。
「ラークス!」
ノランは叫ぶ。
そう俺の魔法を待っていたのだ。
「アイス・フリーズ」
だから俺はすぐにそれに答える。
地面に触れている左手から、ロックファンゴの足元まで瞬時に真っ直ぐな氷の道を作る。
凍り付いた部分からは白い煙が発せられ、走っていたロックファンゴはその氷で足を滑らせ横転する。
「よし!今だ!」
やつに大きな隙を作ることに成功し、俺は声を上げる。
だがノランはすでに動いていた。転倒し、足をバタバタとして慌てているやつの横に瞬時に入り込み、首に向け縦に剣を振るう。
剣は首にスッと入り、やつはピクリとも動かなくなった。
実はロックファンゴは頭部が硬いだけで、他の部分は比較的柔らかく、また突進を自ら止めることが出来ないという弱点がある。そのため俺達は毎回、突進を躱すまたは妨害するなどで隙を作るように工夫して戦っているのだ。
おっと、残り二体がこっちに気が付いたか。
「ノラン。残り2体も来るよ」
俺はすぐさまノランにそれを知らせる。
そしてすぐに残りの2体も並行に、なかなかの速度でノランへと突進していく。
この状況、普通は避ける姿勢を取るはずだが、次の瞬間、ノランはロックファンゴの方に駆け出した。
このまま行けばノランはロックファンゴの突進をもろに食らうだろう
誰の目からもそう見えるはずだ。
だがそうはさせない。
俺は1体目の時と同様に、ロックファンゴの進行方向の地面を凍らせ、やつらを横転させる。
次の瞬間、右側に倒れている1体のロックファンゴの首に刃が通った。ノランは瞬時に右側へ周り込み、相手に立ち上がる時間を与えなかったのだ。
「アイス・フォール」
そして俺も立ち上がる暇は与えない。
余っている左側のやつへ向けてすぐに魔法を放つ。
やつの頭上に4mくらいに大きな氷の岩を形成し、それを頭に落とす。
ぐちゃ!
少し気の毒だけどしょうがない。
やつは頭が潰れ絶命した。
よし、これで依頼は終わりだけど
「周辺に他のモンスターはいそう?ノラン?」
ロックファンゴを倒して終わりではない。
戦闘の音を聞きつけ、別のモンスターがやって来ていることは良くある。特にこういった周りの視界が悪い場所では気が付かないことが多く、常に周りを警戒する必要があるのだ。
「いや大丈夫だ。足音は特に聞こえない」
「分かったよ。じゃあ俺は尻尾を採取するから、引き続き見張りをお願いね」
どうやら今日は嬉しいことに周辺にモンスターはいないらしい。最近は頻繁に起こっていたからありがたいな。
今のうちにさっさと尻尾を取っておこう。
俺は倒れているロックファンゴへと近づく。
モンスターを討伐し、その報酬を貰うためには、証拠としてそのモンスターの決められた体の一部を持っていき渡す必要がある。
ロックファンゴの場合は尻尾っと定められている。
「ああ。
それにしてもラークス。おまえのそれやっぱりすげーよな」
「え?それって?」
俺はノランの言葉に足を止め、疑問な表情を浮かべながら聞き返す。
「詠唱の省略のことだよ」
「あー」
そのことかと俺は死体に歩みを再開する。
通常、魔法を放つ時は、正しい詠唱が必要不可欠な要素となっている。もしも詠唱を間違えたり、省いたりなどすれば魔法は発動しない。
だけど俺は詠唱を省略しても、魔法を問題なく発動出来るのだ。
例えば俺が最初に放った地面を凍らせる魔法「アイス・フリーズ」は本来、中級の場合では「氷よ、眠る大地の冷気よ。我が呼びかけに応え、その凍てつく力を解き放ち、地を凍らせろ。アイス・フリーズ」という詠唱が必要になっている。
やはり数秒早く魔法を発動できるということは、戦闘の中で他の魔法士よりも優位に立っているということになる。これは魔法士以外から見ても凄いと感じてしまうのだろう。
ちなみに魔法は、階級が上にいく程詠唱文が長くなるけど、その分、威力、速度が高くなってくる。
「ああってお前、相変わらずだな。何回も言うけど、めちゃくちゃ凄いんだからなそれ」
しかし
「うん。でも父さんは無詠唱で魔法を発動していたんだ。それと比べるとちょっとねぇ」
俺は詠唱省略のことをそこまで凄いと思っていない。
身近に無詠唱でできた人間がいたし、未だに自分でも何故できるのか分からず、人に教えることができないからだ。
「はあー父さんは父さん、ラークスはラークスだろ。凄いんだから自信持てって」
だがそんな俺にノランはもっと胸を張っていて欲しいと思っているのだろう。
さらにそのまま付け加えるように
「それに氷魔法も使えるんだからさ」
と言った。
この世界の魔法には四大元素である、火、水、土、風、そして氷、雷、無属性が存在している。その中でも雷魔法と俺が使用していた氷魔法は使える人間がほとんどいなく、かなり珍しいらしいのだ。
ノランは前から俺の魔法に対して、こうして褒めてくれる。
少し照れくさいけど。
「そうだね。俺も自分の魔法に自信を持てるようにするよ」
まあそのお陰で、最近から少しずつ、自分の魔法に誇りを持つよう意識するようになってきたけど。
「ああ。絶対にそれがいい」
ノランは俺のその返事に喜びを頬に浮かべるのだった。
ーーーーーーーーーー
「終わったよノラン」
俺は3体から尻尾を切り取り、それらをポーチに入れると、周りに耳を澄ませていたノランに終わったことを報告する。
「おう。サンキュー」
「ノランもありがとう。帰りも頼むよ」
「ああ任せとけ」
俺達は1つ目の仕事を終えたので、さっさと帰路に着くことにした。
危険な場所だから長居はあまりしない方がいい。
そして来た道を引き返して、赤の布を回収しながら少し歩いた時だった。
「ん?」
突然ノランが立ち止まった。
「どうしたの?何か聞こえた?」
「誰かが戦ってる。1人でだ」
「え?ホントに?」
俺はその言葉に思わず目を丸くした。
あまりに無謀かつ完全な自殺行為だったからだ。
モンスターとは大きな実力差がある以外に普通1対1では戦わないし、この森に単独で来るなんて有り得ない。
一体何を考えているんだ?
・・いや違う。仲間を守るために戦っているのかもしれない。
それ以外に、命を懸ける理由はない。
「ああ。しかもモンスターの足音。一度も聞いたことがない」
「!
・・それはおかしいね」
俺はさらに驚かされる。
俺達が今いる場所は冒険者が入口として利用している場所の近くで、何度も通っているため、その辺りに生息しているモンスターの足音をノランは全て覚えている。
つまりこの辺りに生息していないモンスターが乱入してきているということになる。
この1年ほぼ毎日森に入っていたが、一度もこんなことを経験したことはない。
異常事態かもしれないな。
「どうするよ?ラークス?」
そんなことを考えているとノランが俺にそう投げかけてくる。
ノランが言いたいのは恐らく助けに行くか、行かないか。
まったくどうしたもんかなぁ。
俺は正直悩んでいた。
未知のモンスターとの戦闘は命を落とす危険性が高くなるし、こういった事態が初めての経験で、あまりにも危険すぎるという理由と。でもこのまま何もせず見捨てるのも気が引けるというジレンマに。
あーマジでどうするか・・・・
はあー、でもまあ仕方ない
「行こうノラン」
俺は助けに行くと決断した。
「「もし目の前に困っている人がいたら、できるだけ助けてあげなさい」」という親父の言葉が頭によぎったから。
まったく厄介な言葉を残してくれた。
「ああ。援護頼むぜラークス」
「うん」
俺達は駆け足で音が聞こえる方向へ向かうのだった。