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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
98/110

大切なもの2

 

 やや腫れぼったい目をメイクで頑張って隠して、待ち合わせ場所に向かう。

 そこには既にノアとグレン様がいた。


「おはよ、エミリアちゃん」

「おはようございます」

「……おはよう」


 ノアは昨日ほど私を睨みつけては来ないけど、よそよそしく感じる。

 多分どう私と関わっていいのか分からないんだろう。


 うん、私も分からない。



 グレン様に用意してもらった馬車に3人で乗り込む。ローリアさんは外せない会議があるらしく、不参加だ。

 まぁ教会に行くだけなので、問題はないだろう。



 グレン様とノアが隣に並び、その向かいに私が座る。

 ノアからの観察するような視線に、居心地の悪さを感じる。


「おい、そんなに見るなよ。困ってるだろ」

「グレン様、大丈夫です。見られて困るものは何も無いですし」


 私を見て何か見つけられるならそれでいい。きっと記憶の手がかりは掴めないと思うけど。


 大丈夫だと言ったのに、ノアは視線を私から外した。


「……僕は貴方と夫婦らしいね。外ではそれらしく振る舞うように言われたから、そう務めるよ」

「……はい。お願いします」


 言われたから、そう務める、か。

 義務のよう、だな…。


「僕は君をなんて呼んでいた?」

「エミリア、と呼ばれていました」

「そのままか…。君は僕を愛称で呼んでいたの?」

「そう呼べと言われたので」


 婚約したばかりの時に、ノアと呼んでと言われた。あの時のことが懐かしく感じる。


「じゃあいつも通り、ノアでいいよ」

「分かりました、人目があるところではそうさせていただきますね。その時は敬語も外していいですか?」

「分かった」


 うん、形だけならなんとかなりそうだ。

 きっとノアは私に以前のような甘い顔をすることは出来ないだろうけど。

 そこはまぁ、風邪とか言って誤魔化そう。


「エミリアちゃんは、今のノアゼットと前のノアゼット、しっかり分けられるのな」


 グレン様が感心したように頷いてるから、私は苦笑いを返した。


「少なくとも私から見た2人は別人ですので」

「それもそうか。昔はあんまりノアゼットのこと興味なかったもんな」

「はい」


 そもそも避けてたしね。話したこともなかったし、会うこともなかった。すれ違ったことすら無いかもしれない。


 だからこんなに冷たくて他人行儀なノアは、見たことない。

 他の人に見せる態度は見たことあるけど、私にこんな冷たい目を向けるノアは、私にとっては別人だ。



 それでも姿を見ると抱きつきたくなるし、その目を向けられると寂しくもなるけども。




 花の街の教会に近いところでおろしてもらい、3人で教会まで歩いた。今日は普通に授業があるし、知り合いの生徒たちに会うことは無さそうだから安心した。


 学園の生徒が1番ノアの違いに気付きやすいだろうから。



 なんの支障もなく教会につき、グレン様が礼拝堂を借りる旨を伝えると、私たち三人は礼拝堂に案内された。

 少し前に来たばかりのこの部屋に、もう来ることになるとは。


「それじゃあ、神様に聞いてきます。神様と話してる間は私に声は届かないし、ぴくりとも動かないと思いますけど、心配はしないでください」

「おう、分かった。頼んだぞ」

「はい」


 2人を置いて講壇の前に立つ。

 胸の前で手を組んで、そっと目を閉じた。



 神様に祈ると、あのふわっとした感覚がしたから、私はまた神様のところに来れたのだと確信した。

 目を開けると案の定、白い空間と、ふわふわ浮いてる神様。


「なんだか大変なことになってるみたいね」

「見てましたか。…そうなんです」


 そうだ、神様は私のこと見てくれてるんだ。説明が省けて助かるなぁ。


「神様ならなにか知ってるんじゃないかと思って、知恵を借りに来ました」

「早速頼ってくれて嬉しいわ。そうね、旦那さんにかけられた術は知ってるわ」

「本当ですか!」


 知ってる!ちゃんと知ってる人来た!

 喜ぶ私に、神様はふんわりと微笑んで、答えてくれた。


「あれはあなた達の予想通り、魔術よ。記憶を取る魔術。エミリアさんの保護者である学園長の言う通り、自然に記憶が戻ることはないわ。でも、取った記憶を戻せば、戻るのよ」

「記憶を、戻す?」


 取った記憶を戻すなんてこと、出来るの?

 いやでも、取れるくらいなら、戻すこともできるのか?


「あの魔術はね、記憶を抜いて物に移すの。その記憶の宿った媒体を壊せば、記憶は戻ると思うわ」

「なるほど!媒体を壊すんですね!」

「えぇ。……でも、その媒体を決めるのは術者側で、私にはどれが媒体なのか分からないの」


 媒体を壊せば戻るのに、その媒体が分からない。

 術者が決めたであろう媒体。

 それがみつからないと、ノアの記憶は戻らない…。


 俯いた私に、神様は明るい声を出した。


「でも安心して。術をかけた人なら分かるわ」

「え、本当ですか!」

「勿論。貴方を不幸にしようとした人だもの。天罰を与えようと思っていたけど、まだやめといた方が良さそうね」


 話を聞くまで、我慢してください!お願いします!!

 天罰で記憶が飛んだとか言われたら絶望すぎる。


「ふふ、天罰は、貴方の旦那さんが起きてからにするわ。きっと誰よりもその人に罰を与えたいと思うだろうから」


 神様の言葉に、私も心が暖かくなった。

 ノアの記憶が戻ると確信している神様。神様がそこまで信じていたら、間違いないんじゃないかって思う。


 だから私も、ノアを信じて前を向こうと思った。

 ノアが記憶を取り戻した時、私を傷つけたことで気に病まないように。




「……はっ!戻りました!」

「おかえり、エミリアちゃん」


 元の礼拝堂に戻ると、グレン様はにこやかに、ノアは無表情で迎えてくれた。


 大丈夫、今のノアは別人だから。私は私の知ってるノアを信じなきゃ。


「聞いてきました。多分解決出来そうな感じです。ここで話しますか?」

「いや、せっかくだし、昼を食べながら聞こうか。個室で防音の魔道具もあるところ、行こうか」


 グレン様がそう言ったので、私達はお昼を食べに向かった。




 グレン様の行きつけらしいレストランで、個室に案内される。少し豪華なちゃんとしたレストランだが、テーブルの真ん中にはかつて学園長室で見た四角の魔道具が置いてあって、それが防音の魔道具だとすぐに分かった。



 席に着くと、グレン様はお任せ料理を3人分頼んでくれて、私たちに飲み物が行き渡ってからようやく話が始まる。


「それで、神はなんと?」


 グレン様の真っ直ぐな目に、私はしっかり目を合わせて話し出した。


「ノアゼット様にかけられたのは魔術で間違いはなく、記憶を媒体となる物に移すものらしいです。その物を壊せば、記憶も戻るだろうと」

「なるほど。その媒体は?」

「それは術者が指定するらしく、神様もそこまでは分からないと。でも、術をかけた人なら分かるらしくて、教えてもらいました」


 ノアにそんな魔術をかけたのは、隣の国の侯爵子息。名前も聞いたこと無かったし、動機も分からない。

 …と思ったのは私だけらしく、名前を聞いてグレン様はなるほど、と頷いた。


「ノアゼットが記憶を無くしてくれれば、うまいことエミリアちゃんを奪えるとでも思ったんだろうな」

「…そんな単純に見えますか、私」

「エミリアちゃんが単純には見えないが、ノアゼットが大きな壁すぎるんだろうな」


 だからその壁さえ越えてしまえば、あとはどうにでもなると。


 まったく、舐めないで欲しい。

 ノアの記憶がなくなって、もしノアに振られたとしても、そんなすぐに他の男に靡いたりしない。

 ノアの記憶を戻すことだって諦めない。


「隣国の侯爵子息…。多分俺が直接出ていった方が早いんだよな。…でも、この状態のノアゼットを置いていくのも…」

「エミリア嬢と夫婦を演じればいいんでしょ?大丈夫、うまくやるよ」

「外ならそれで誤魔化されるけど、学園じゃあ無理だよな…」


 グレン様、私もそう思う…。すぐおかしいって思われる気がする…。


「授業は休め、ノアゼット。お前が記憶喪失だとバレる方がまずい」

「分かったよ、部屋で大人しくしてる」

「ノアゼットは体調が悪いことにしよう。エミリアちゃんは怪しまれないためにノアゼットの部屋を尋ねるように」

「はい」


 ノアが風邪ひいてるのに私が1度もノアの部屋に行かなかったら怪しいもんね。

 多分目の前のノアゼット様は嫌がると思うけど、ごめんなさい、我慢してね。


「何か、他に懸念点はあるか?」


 グレン様の問いかけに私は首を振り、ノアも言葉を出すことはなかった。

 そうしてこの先の方針が決まったので、私達はゆっくりお昼ご飯を食べて帰路についた。




「じゃあエミリアちゃん、なるべく早く戻るから、ノアゼットのことよろしくな」

「はい、任せてください」


 学園に戻り一旦寮に帰ってから、グレン様はすぐに支度をして旅立つようだ。旅立ちの前に、私を訪ねてきてくれた。

 私のことを心配してくれてるんだろう。優しい人だ。


「ノアゼットにはきつく言っておいたから、もう危害を加えるようなことはしないと思うが…」

「まぁその時は、ノアにもらった魔道具がありますので」


 足元のアンクレットに意識が行く。

 この魔道具の攻撃されたら結界を張る性能、ちゃんと使われたことはなかったけど、まさか最初に使用する相手が作ったノアだなんて。皮肉だなぁ。


「そうだな。……エミリアちゃん、あまり思い詰めるなよ」

「ありがとうございます」


 大丈夫、多分。

 ノアの冷たい目に毎回悲しくなっちゃうけど、大丈夫。心の中には暖かい顔のノアが居る。


「…その、グレン様はノアの記憶を戻そうと協力してくれるんですね」

「どういう事だ?」

「私のことは忘れたままの方が、グレン様には都合がいいのかと思ったんですが」


 ノアが私に夢中で何でも尽くしていたのを、よく思っていなかったのはグレン様だ。あまりにノアが私から離れないから、私から引き剥がすのを諦めて、私の説得に移るくらいだ。


 今のノアでも、教えれば3年後と同じ働きは出来るはずだ。この3年間で手にした人脈も、手紙とかは残っているのだから。

 忘れたのは私のことだけで済むはずなのに。



 私の言葉にグレン様は目を丸くして、そして笑った。


「あはは!それはちょっと俺をなめすぎじゃないか?今の俺にとってはエミリアちゃんも大事な友人だぞ?」

「それは光栄ですし分かってもいますけど…」

「それにエミリアちゃんといてあんなに幸せそうな友人の姿を見てきたんだ。またそうなって欲しいと思うさ」


 そういうものだろうか…。


「それに、俺は確信してることがある」

「何ですか?」

「ノアゼットは、何回記憶を無くしたってエミリアちゃんに恋するよ」


 グレン様が自信ありげに言った。

 きゅっと心臓がなる。


「そう……でしょうか……」

「間違いない。あいつは何度でもエミリアちゃんを好きになる」


 はっきり断言されて、少し安心する。

 たとえこのまま記憶が戻らなくても大丈夫だと言われているようだ。ノアが私と過ごした記憶をなくしても、また1から積み上げられると言われてるような。


「グレン様…ありがとうございます。それなら私も、好きになってもらう努力をしようと思います」

「それは頼もしいな」


 今まで散々ノアから想いを受け取ってきた。

 今度は私の番だ。私がノアを振り向かせるんだ。


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