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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
95/110

社交界での彼女 sideフリードリヒ

諦められないフリードリヒの話です。

読まなくても支障はないので、未練タラタラが嫌な人は飛ばしてください。

 

「フリードリヒ、ファイタル王国からの夜会の招待状が来た。我が国からはお前に行ってもらう」

「……かしこまりました」


 陛下に呼び出され、告げられたのはそれだけ。

 それだけなのに、その一言は私にとってはかなり大きなことで、私の心に重くのしかかる。




「殿下、陛下からのお話は何でしたか?」


 執務室に戻ると、私の補佐達はみんな私に視線を向けた。私に直接聞いてきたのはレイズだ。


 そして私の表情から、彼らは良くないことを聞いたのでは、と身構える。


「…ファイタル王国の夜会に行けと命じられた」


 私が一言そう言うと、補佐たちはなんだ、と安堵の表情を浮かべた。

 しかし1人だけ、レイズだけは顔を強ばらせたままだ。


「ファイタル王国の夜会と言うと、神の愛し子を披露する夜会ですか?」

「そうだって聞きましたけど…。多数の国の重鎮が集まるそうですよ」

「殿下に行けと命じられたのはやはり、神の愛し子とご友人だからですかね?」


 次から次へと話が進む補佐たち。

 彼らの言葉の内容ですら私の心に刺さる。


 そしてそれから守るように、レイズが隣の部屋へと私を連れ出した。



「…殿下、陛下にそう命じられたんですか?」

「…そうだよ。私が彼女と接点があるからだろうね」


 神の愛し子である彼女のお披露目でもある夜会。そこには、彼女と接点を持っておきたい人物が沢山集まる。


 仲良くなれればもしかしたら神の祝福のお零れを貰えるかもしれないし、何かあった時に助けてくれるかもしれない。神の愛し子が助けてくれるとあれば、こんなに心強いことは無い。


 それに彼女に気に入ってもらえれば、彼女を悲しませたくない神は彼女の気に入った人のいる土地に災いを呼んだりはしない。彼女が生きてて仲がいいうちは安泰だろう。


 彼女と仲を深めるため、この夜会には彼女に好かれそうな人物や、関わったことある人、もしくはその夫のノアゼットと親しい人などが呼ばれやすい。

 私が呼ばれたのも、彼女と学園で親しくしていたからだ。



 この夜会の話を聞いた時、私が命じられそうな気はしていた。招待は国に対して来ているもので、参加者はこちらが決める。

 きっと陛下は私に行けと仰るだろうと思っていた。



 でも本音を言えば、行きたくない。

 彼女を嫌ったわけじゃない。むしろ嫌いになれたらどれだけ楽なのか。


 彼女への想いが大きくて辛すぎて、忘れたいから行きたくないのだ。



「殿下、仮病を使いましょう。もしくは軽い毒でも飲まれますか?発熱剤という手も…」

「いや、行くよ。陛下に命じられてしまったしね」


 私が行きたくないと思うのは、完全なる私情だ。

 王族たるもの、私情で国を傾けるようなことがあってはならない。

 私がこの気持ちを抑えれば、神の愛し子の彼女と仲良くすれば、よりこの国に安寧をもたらすかもしれないのだから。


「はぁ、本当にエミリアは酷いね」


 神の愛し子になんてならなければ、もうしばらく会うことも無かったのに。

 神から祝福を得てしまった彼女との橋渡しに使われるのは私だ。

 これでは忘れたくても忘れられない。


 本当に、酷い人だ。




「えっ…兄上が?」

「はい。陛下に直談判しに行かれたらしく、陛下も許可なさっていました」

「なんということだ…」


 困ったことになってしまった。2番目の兄が、ファイタル王国の夜会に参加することになってしまった。


 2番目の兄はかつて私と彼女を誘拐した首謀者でもある。

 彼は結構強引な人で、欲しいものは何でも手に入れようとするタイプだ。

 彼女にはノアゼットがついてるから、大きな事件にはならなそうだが心配だ…。


 とはいえ私が行くことは変わらないから、しっかり目を光らせておかなければ。

 彼女を忘れたい身とはいえ、彼女に傷つけるのは許せないから。




「エミリア嬢ってあれだろ。前に俺が誘拐した女だろ」

「そうですよ。だから兄上が行くのは逆効果だと思うんですけどね」


 ファイタル王国へ向かう馬車の中、なんで陛下は許可したんだか、と呆れてため息を吐いた。

 何がどうしたら、自分を誘拐した人と会って仲良くなれると思うんだ。彼女は嫌な気持ちになるに決まってるだろう。彼女と縁を結びたいんじゃないのか、陛下は。


「俺は直接何かはしてないからな。誘拐しろって言っただけだ」

「変わらないでしょう。いいですか兄上。余計なことはなさらないでくださいね」

「余計なことねぇ?」


 何かを含んだような笑みを浮かべる兄。


「また俺が、その女を人質にしてお前を動かそうってか?まだ人質の価値があるって事だな?」


 ニヤリと笑う。

 本当にこの兄とは、相容れない。


「私が何かする前に、彼女の夫が黙ってないでしょう。彼を怒らせるのは悪手ですよ」

「ノアゼット・ライオニアか…。それは確かに怖いが。だがフリードリヒ、お前に協力してやる事も出来るんだぞ?」


 気味悪い笑みを浮かべる兄を、私は鋭く睨みつける。

 この男の協力を借りるくらいなら、とっくに行動に移している。


「結構です。私は求めてませんので」

「そうかそうか。それならいいんだがな?」


 それに今回の夜会には私にもエスコートする人がいる。

 最近できた、伯爵令嬢の婚約者だ。


 今は別の馬車に乗っているからこの会話は聞かれていないが、いくら政略での婚約とはいえ、婚約者がほかの女を気にしているところなど見せるべきではない。


 だから私はこの思いをなんとしても隠さなくてはいけない。




 夜会の会場には色んな国からの参加者がいた。私達以外にも王族はいるし、爵位も高い人達ばかりだ。


 集まる彼らの会話はほとんどが彼女のこと。神の祝福を得た平民で、体を重ねたら魔力が増えるという不思議な力を持つ女。

 彼女とどうコンタクトを取ろうかと、話し合ってる様子が見られる。


 私は婚約者をエスコートし、兄は1人で参加している。このような場で1人で参加する度胸があるのもこの兄だけだろう。



 やがて照明が消えて、ファイタル王国の国王が挨拶をした。そして神の愛し子が国内に現れたことを告げ、彼の紹介の言葉とともに会場の大きな扉が開く。


 そこからスポットライトを浴びて、ノアゼットと彼女が入ってきた。




 ダメだ、やっぱりこの思いは消えない。

 彼女を見て最初に思ったのはそれだった。



 仕事を増やしたり、スケジュールを詰めたりして彼女のことを思い出す隙を作らなくした。だから忘れた気になっていたけど、そんなこと無かった。


 姿を見た瞬間、思いが蘇る。

 蓋していた気持ちが溢れてくる。



 会いたかった。

 素直にそう思った。



 ノアゼットと歩くエミリアは、凛としていて真っ直ぐ前を見てる。他の人の視線なんて気にせずに、ノアゼットの腕に手を添えて、同じ歩幅で進んでいく。


 結婚式にも感じた神々しい何かを感じて、彼女が神の愛し子なのだと改めて思い知らされる。


 届かない人ではあったけど、今では違う意味でも届かない人になってしまったように思う。




 彼女はノアゼットと共に国王に挨拶をし、そしてパーティが始まる。

 始まった途端に囲まれる彼女を、婚約者に気づかれないように遠目で見ていた。


 きっと留学していた私がノアゼットにしたような誘いを、今彼女が受けているんだろう。

 そしてそれらからノアゼットが守っている。彼女が一言二言話したあとは、ノアゼットが間に入って追い返していた。


 きっとここにレイズがいたら、私を見て悲痛な顔をしていただろう。

 それだけ私は多分彼の立場を羨む目をしているはずだ。




 彼女の隣に立つノアゼットからは、以前よりも大きな魔力を感じる。以前の彼の1.5倍ほどの魔力。

 それは彼女の力によるものなのだろう。

 そしてそれを纏ってるということは、彼女とノアゼットがそういうことをしたということだ。


 考えたくはない。だが彼らは夫婦だ。当たり前のことだ。

 そしてノアゼットの事だから、以前より魔力が多くなった姿を見せてるのはわざとだ。

 彼女はちゃんと自分に愛されてると、そして彼女に受け入れてもらえてると示すために。



 もしも、は考えても無駄だとあの時彼女に言った。

 でもあの時考えていたもしもは、絶対に起こりえない事だったから。

 国が違う私たちが、ノアゼットより先に出会うことなんてあるはずがなかったから。


 でも、今考えてるもしもは違う。私の行動次第では、起こり得たかもしれない未来。



 もしもあの時彼女を襲っていたら。


 誘拐されて外で明かしたあの夜に、彼女を私のものにしてしまっていたなら。



 そうしたらもしかしたら、彼女の秘密を知った者として、彼女のことを得ることが出来たのかもしれない。

 その秘密を貴族たちから守るからと言えば、彼女自ら私に捕まりに来てくれていたかもしれない。


 好いた女を野外で襲えば良かったなんて後悔、レイズにも聞かせられない。

 そんなものはただの犯罪でしかない。襲われる彼女も苦しいし、彼女に拒絶される私も苦しい。



 でも、その時苦しくても、彼女が私のものになってくれたらその先は分からない。

 避けてた貴族に捕まって絆されてしまうくらいだから、私にも絆されてくれてたかもしれない。



 そしたら、今彼女の隣で彼女を守っていたのは、私だったかもしれないのに。




 彼女を見れば見るだけ思いが歪んで募ってしまって、私は視界から彼女を外した。

 これ以上思いを募らせてどうする。

 辛いのがわかってるのに、なんで募っていくんだ。




 少し婚約者と共に会場を回った。その間もエミリアの事が頭から離れてくれなかったけど、頑張って無心を貫いた。

 なるべく見えない位置に行こうとしていたけど、不意に見えてしまったエミリア達の前には、あろう事か兄がいた。


 そして遠目だけど、兄と何故かエミリアが言い合ってるように見える。


 それは見て見ぬふりは出来ないよ…。

 兄も大人しくしててくれればいいのに…。



 婚約者に神の愛し子の元へ行くと告げて、2人でエミリア達の元へと歩いた。


 近くなるにつれて聞こえてきた言葉は、兄のエミリアを非難する言葉。

 私は婚約者がいるのも忘れて、エミリアと兄の間に割って入った。



「お話中失礼致します。我が国の兄が大変失礼を申しました」

「おい、フリードリヒ」


 突然入ってきた私に、兄は不愉快そうに顔をゆがめた。


「兄上、そこまでにしてください。それ以上彼女を貶めることがあれば私も黙っていませんよ」


 彼女は私の大切な人。何ものにも変えられない大事な人だ。

 それを貶めるのであれば、兄でも許さない。


 私の気持ちを知ってる兄は嘲笑した。


「はっ、素晴らしい友情なことだ」


 私は恋焦がれた人の友人でしかないのにと、兄は私を嘲笑ったのだ。

 何も言い返せずに、兄が去った方を見つめて小さく溜息をつく。


 そんなこと、私が1番知っている。



 気持ちを切り替えてエミリア達に向き直る。


「久しぶりだね、ノアゼット、エミリア」

「お久しぶりです、殿下」


 私が声をかけると、エミリアより一歩下がっていたノアゼットがエミリアの隣に並んだ。彼の私に向ける目は決して柔らかくはない。僕の気持ちに素早く気付いて警戒しているのだろう。


 ノアゼットはいつも変わらないな。エミリアの心を手に入れても安心なんてしていない。まぁ相手がエミリアだから、仕方ないのかもしれないけど。


「兄のことは本当に申し訳ない。何がしたいのか私にもわからなくてね…」

「殿下も大変そうですね」

「ふふ、今日のエミリア程じゃないよ」


 エミリアとのなんてことない会話も、彼女を切望してた私には、乾いた心に水を差したような満ちていく感覚がする。


 しかし彼女の目線の先に気が付いて、私の心が再び乾いていく。


「今日は婚約者も一緒なんだ。紹介するよ。アシュリー・カルディア嬢だ」

「お初にお目にかかります、アシュリー・カルディアでございます」


 恋焦がれる人に、自分の婚約者を紹介する。とんでもない拷問だ。


「カルディア家のご令嬢ですか。いい縁に恵まれましたね、殿下」

「……ありがとう、ノアゼット」


 それを君に言われるのか。何よりもいい縁に恵まれた君に。

 この時ばかりは、ノアゼットにほんのり殺意を抱いてしまった。


 いいや、エミリアがいる前でそんなことを考えるのは良くない。彼女がいる時くらい、彼女と話して癒されよう。


「エミリアは今日も人気だね。君の知り合いが増えて私の存在が霞んでしまわないか心配だ」

「ふふ、そんなことは無いので安心してください。知り合いが増えても、殿下が大切な友人なのは変わりませんよ」


 ふわっと笑って彼女が答える。

 彼女の中で自分が大切な存在だと示されて喜ぶ気持ちと、やっぱりどうあっても友人でしかないと言われてるような絶望。


 希望なんて抱いていなかったくせにね。

 私はいつまで夢見てるのか。


「嬉しい言葉も聞けたし、そろそろ兄を回収しに行こうかな。あのまま放っておくと何をしでかすか分からないからね」



 エミリアに会いたかった。エミリアの姿を見て声を聞いて、笑顔を向けられたかった。


 でもその願いがいざ叶うと、それ以上手に入らないことに激しい悔しさと悲しみで胸がいっぱいになる。

 そしてそれを手にしてるノアゼットに、どうしようも無い嫉妬を向けてしまう。



 だから早々に会話を切り上げて、彼女から逃げようとした。

 このまま会話を続けても、欲しくなるだけだから。

 なのに彼女は、心底嬉しそうに笑った。


「はい。殿下、会えて良かったです」


 本心、なんだろう。

 だからタチが悪い。

 会えて良かったなんて。


「……私もだよ」


 私も会えて良かったと思ってる。心から。

 でも、会いたくなかったとも思ってるよ、ごめんね。




「…殿下」

「ん?」


 エミリア達と離れて、私たちはワインを片手にバルコニーへ出た。

 私の気持ちを冷ますためにも、これ以上エミリアを見ないためにも。


「殿下は、もしや神の愛し子様のことを…」

「だったら何?」


 婚約者が言いかけた言葉に被せるようにして遮った。

 はっきり言わせたくない。この気持ちはそう簡単に言葉に表せるものじゃない。簡単な言葉で済ませて欲しくなかった。


「悪いけど、私には彼女以上の人は出来ないよ。それが受け入れられないなら婚約解消でも構わない」


 私が望んだ婚約じゃない。私は一生独身でいる覚悟も出来ていたところだ。

 王太子には子供もいるし、私が血を繋げていく必要は無いのだから。


 婚約を打診してきたのは伯爵家の方で、勿論その話は王家にも旨みがある話だけど、私は要らない。

 だから彼女と婚約解消したって、何も痛くない。



 彼女はやや俯いて、首を振る。


「殿下が誰を心に置かれても構いませんので、どうか婚約は続けさせて下さい」

「分かった、それならそうしよう。でも辛くなったら早めに教えるように。私は誰かを傷つけたいわけじゃないから」



 きっとこのまま婚約が続いて結婚しても、私はエミリアを想ってるだろう。

 そして義務として目の前の彼女を抱いて子供を作る。そうして産まれた子供に愛情を持てるかは分からない。嫌な気持ちにはならないと思うが。


 それはきっと彼女にとっては辛いものになるだろう。

 私は別に辛い思いをして欲しいわけじゃない。

 私はどうあってもこの想いを消すことは出来ないから、無理なら言って欲しい。この政略結婚で心を壊す必要は無い。



 それでも私と共にいることを望むなら、その義務は果たすつもりだ。

 私の心に他の女性が住んでることは隠すし、ちゃんと妻として扱う。子供が生まれたらそれなりに愛する努力をするし、夫として出来うる限りはしよう。


 だから私の心だけは自由を許して欲しい。

 だって私はこの想いを消したくとも消せないのだから。

 エミリアを心の中から追い出したくてもできない。



 僕の心の中からも、さっさと逃げ出してくれればいいのに。


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