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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
94/110

社交界での妻 sideノアゼット

 

 エミリアを周辺国に披露する夜会が開かれた。


 僕は頑なに参加させないと国王達を拒否していたが、まさか家まで来るとは思わなかった。家人も王族を追い返す訳にはいかず、エミリアを出すしかなかっただろう。


 そうしてエミリアが国王たちの相手をしたものの、彼女は聡いからか明言は避けた。僕に相談すると言ってくれたのだ。



 帰ってきた僕に相談してくれたエミリアに、僕は嫌だと子供っぽく拗ねた。


 当たり前でしょ?エミリアの可愛いドレス姿を他の男にみせるだけでも許せないのに、彼らはエミリアと仲を深めたくて寄ってくるんだ。嫌に決まってる。


 それにエミリアの力のことに口さがないことを言うやつも出てくる。エミリアを欠片も傷つけたくないから、行きたくないし行かせたくもない。



 なのにエミリアは、僕の妻として国に貢献したいと言う。

 利用されても構わないと。それが貴族になった役目なのだと。


 エミリアにそこまで言われて断れるわけが無い。

 僕は仕方なく、夜会を出席することを決めた。





 そして迎えた夜会。

 エミリアは僕の目の色の水色を纏って夜会に出た。そのドレス姿はまるで天女のようで、神の祝福も相まってとても神々しい。


 そんな彼女は勿論、人に囲まれてあれやこれやと話しかけられる。僕が隣にいてもお構い無しに。

 エミリアが一言二言返した後に僕が代わって話をすることで、上手い具合に牽制した。


 中にはエミリアに熱い目を向ける男もいた。当然近寄らせたりはしない。

 エミリアを憎むような目を向ける女もいた。勿論排除した。



 最初は貴族ばかりの相手だったが、彼らと僕達の様子を見て、段々王族が絡んでくるようになった。


 今回警戒しているのはトルディーム国。かの国の第2王子が参加しているのだ。

 エミリアとフリードリヒ殿下を誘拐した主犯だ。

 一体どんな思惑があってこの夜会に参加してるのか。参加を許した向こうの国王の意図も気になる。




 そしてその要注意人物、アレックス殿下が僕らの前に現れた。

 当然殿下はエミリアを引き入れようと彼女に言葉を投げかける。それをこれまでのように僕が対応しようとした。


 だけどなぜか、エミリアが反論した。


 何がスイッチだったのかは分からない。エミリアも彼に一矢報いたいと思っていたのかもしれないが、エミリアは威勢よくアレックス殿下に言い返している。



 エミリアはアレックス殿下に怒ってるようにも見える。

 だから僕はあえて間に入らず、でもいつでも助けに入れるように、エミリアを見守っておくことにした。



 そこにフリードリヒ殿下が、アレックス殿下とエミリアの間に入った。エミリアを非難する言葉を、フリードリヒ殿下は本気で怒っていた。


 そしてエミリアに向ける柔らかい笑顔。

 まだ好きなんだろう。会いたくて仕方なかったという顔をしている。


 牽制するようにさりげなくエミリアの隣に並ぶと、彼はそれに気付いたようで、ちらりとこちらを見てはエミリアに視線を戻した。


 だけどエミリアの向けた視線の先に彼の婚約者がいて、それに気付いた殿下は一瞬悲痛な顔をうかべた。きっと僕しか気付けなかっただろう。

 愛する人に自分の婚約者を紹介するなんて、想像もしたくない。きっと僕が思う以上に辛いはずだ。


 だけどそれを可哀想だと慰めることは出来ない。彼が辛い思いをしてるのは、僕がエミリアを手にしたから。彼の恋敵である僕に同情されるなど、屈辱にもほどがある。



 殿下のエミリアを思う心は、多分膨れ上がりすぎてどうにも出来ないのだろう。

 でも僕としては、さっさとエミリアを諦めて次に行ってもらいたい。


 だから婚約したことを祝福すれば、一瞬殺意を感じた。


 それを向けられて分かったのは、殿下はきっともうエミリアを諦めることはないのだろうという事だけ。



 彼の思いはきっと僕と似ていて、純粋な恋心では無いのだろう。元からなのか拗らせたのか……多分後者かな。手に入らない星に希望を砕かれすぎて拗らせたんだろう。


 重くなった彼の気持ちは、似たような重い気持ちを持つ僕にはわかる。

 この気持ちは、きっと一生無くならないと。




 エミリアに大切な友人だと言われて、喜びと絶望の入り交じった顔をしたのを僕はしっかり見た。


 そんな殿下の様子を少しおかしいと感じたエミリアが、殿下が消えた方をじっと見ていた。


「殿下は、望んだ婚約では無かったのかな…。なんか嬉しそうじゃなかったよね」

「……そうだね。多分政略だろうね」

「そっか…」


 殿下の望んだ婚約というのは君との婚約のことを指すんだよ、エミリア。

 何も知らないというのは残酷なことだなと思う。

 この会話を殿下が聞いていたら発狂するだろう。


「気になる?」


 エミリアに問いかけた。



 もしもなんて普段考えないが、殿下を見てると思う。

 もしも殿下とエミリアが誘拐された時にエミリアが襲われていたら。

 そしたらエミリアの秘密を握った殿下は、エミリアに守ると誓って、彼女を手に入れていたかもしれない。


 一歩間違えたらエミリアの隣に立っていたのは僕じゃなかったかもしれない。

 殿下ではなく僕が、身をさくような絶望を味わっていたのかもしれない。



 僕の不安な気持ちが伝わったのか、エミリアは僕の腕にぎゅっとしがみついた。


「友人だから少しは気になるよ。でも私の知らない事情も沢山あるんだろうから、私は口出したりはしないよ。でも殿下が悩んで困ったら、その時は一緒に聞いてあげよう?」


 一緒に、と言ってくれた。

 僕らは2人なのが当たり前だと、言われているようだ。


 その言葉になぜだかとても安心して、エミリアの申し出を受けた。


 もしも殿下が困ったら、2人で話を聞いてあげよう。きっと殿下は僕らに助けて欲しくはないだろうけど、もしそんな時があれば絶対に2人で。


 僕達2人は殿下の友人だから。





 夜会が終わり、馬車を待つ間エミリアには控え室で待っててもらって、国王陛下の元へ行った。

 国王陛下のいる部屋に入って姿を見せると陛下と王太子がソファに座っていて、満足気な顔でこちらを見た。


「ノアゼットか。座ったらどうだ?」

「いえ、エミリアが待ってますので」

「はは、相変わらずだな」


 当たり前だ。座ってのんびりするつもりは無い。エミリアを1人にしているんだから、早く帰るに決まってる。


「ノアゼット。お前と夫人には感謝している。今回の事で今後100年ほどは争いは起きないだろう」

「……それがエミリアの望むところでもありますので」


 自分の名前を出して平和になるのならとエミリアは笑っていた。

 神の意志により国同士の戦争が禁止されたこの世界。それでも水面下で色んな争いは繰り広げられている。


 それらの殆どから、この国を守れるだろう。


 エミリアの世界では戦争を繰り返していた。

 エミリアが平和を願うのは、それも要因のひとつなのかもしれない。


「しかしエミリアの名前で圧をかけることはされませんよう。恐怖政治などもエミリアは危惧しています」

「そんなことはしないさ。私は平和であればいいのさ」


 陛下は朗らかな顔をする。

 そういう陛下だと知っているから、渋々だけど夜会の参加も許したし、この国に留まろうとも思えたのだ。


 野心のある陛下だったらとっくに国を出ていた。間違いなく。


「私の要件はこれだけですので」

「そうか。ノアゼット、夫人に感謝を伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 感謝なんていいのに、って顔をするエミリアの顔が浮かんだ。




 控え室に戻ると、エミリアがなんだか腑に落ちない顔をしていた。

 どうしたのかと聞くと、どうやらアレックス殿下が尋ねてきたそうなのだ。


 なぜアレックス殿下が、控え室に戻ったエミリアを尋ねた?1人のところを狙ったのか?


 警戒心を露わにするも、会話の内容をエミリアに聞いてその警戒心が解けていく。


「フリードリヒ殿下じゃノアの代わりにはならないのかって何度も聞かれて。なんでフリードリヒ殿下が出てくるのか分からなくて聞き返したんだけど、結局分からないままで…」


 うーん、と首を傾げるエミリア。

 それを聞いて、僕は考えをめぐらせる。



 もしかしてアレックス殿下は、フリードリヒ殿下とエミリアをくっつけたくて夜会についてきたのか?

 自分がエミリアを捕まえるのではなく、フリードリヒ殿下に捕まえてもらおうと?


 そこに何かの思惑があるのかは分からない。フリードリヒ殿下とアレックス殿下は決して仲良い訳では無いし、フリードリヒ殿下はエミリアを捕まえたとしてもアレックス殿下や他の人に貸すなんてことはしないだろう。

 それをアレックス殿下も分かってるはずだ。


 なら、純粋に弟を思ってのことなのか?

 アレックス殿下が?弟を誘拐はするのに弟の恋路は応援するのか?



 まぁアレックス殿下がいくらフリードリヒ殿下を応援しようと、その恋は実らない。

 エミリアは僕のもので、エミリア自身も僕から離れる気は無い。


 残念だけど諦めてもらうか、フリードリヒ殿下には死ぬまでその苦しい恋心を抱えてもらうしかない。



 ごめんね、エミリアだけは渡せないよ。


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