社交界での戦い3
「ご機嫌いかがかな、神の愛し子殿?俺はアレックス・トルディームだ。よろしく頼むぜ」
トルディームの第2王子、アレックス殿下が、笑顔で私達の前に現れた。
同伴者もおらず、1人で。
こういったパーティでは同伴者を付けることが暗黙の了解らしいが、彼はそういう視線も気にならないタイプなのだろうか。
きっとそうに違いない。
じゃなかったら、かつて私の誘拐の主犯でもあるこの人が堂々と私達の前に現れることなど出来ないはず。
「ご機嫌麗しゅう、アレックス殿下。トルディームからはフリードリヒ殿下のみのご参加だと思っておりましたが、いったいどのようなご了見でしょう?」
ノアが作った笑顔で冷たい声を出して、アレックス殿下に威嚇している。
トルディームからはフリードリヒ殿下もきてる。
私と縁を結んでおきたい国は当然、私の気に入りそうな人や関わったことのある人を夜会に送るらしく、トルディームからは当然王子様が来るとノアは予想していた。
その予想通り王子様も参加はするものの、何故か第2王子までもが参加になっていた。
あの誘拐事件の主犯でもある第2王子が、何の思惑があって参加したのか。
そしてその参加を許したトルディームの国王の考えも理解できない、とノアは零していた。
たしかに、私と仲良くしてこーいって人を送り出してるのに、自分の誘拐を命じた人なんか送られて仲良くなりたいと思うわけない。
むしろ嫌に感じるのに。
「はは、大層な理由はないな。気になったから来ただけだ」
「それだけでこのパーティに参加できるとお思いで?余程素晴らしいお考えを持って来られてるのでしょうね」
ノアの言葉がトゲトゲしている…。
まぁそれもそうか。あの時ノアにはすごく心配かけたし。
その主犯が目の前にいたら、棘出したくもなるよね。
「兄弟愛は素晴らしいと言えるだろうな。俺は弟の友人とやらに会いたくて来たんだからな」
王子様の友人…。その友人を人質にした人がよく言うな。
アレックス殿下の口角だけが上がった笑顔は、目が笑ってなくて怖く感じる。
「それでしたらフリードリヒ殿下といらしたらどうです。彼の友人に会うのに彼抜きでは何も語れないでしょう」
「あいつは今日は婚約者が一緒だからな。邪魔しちゃ悪いだろう?」
「婚約者との仲を引き裂かないような気持ちがあることに驚いています」
「可愛い弟の邪魔はしないさ」
あ、そうなんだ。王子様今日は婚約者と一緒なんだ。
前あった時はいなかったから…新しく出来たのかな?
「ところで神の愛し子さん」
「はい?」
「今からでも俺に乗り換える気はないか?」
…一瞬何を言われてるのかと思った。
あまり突然だったし直球すぎたから。
「俺でもお前を守れると思うし、お前だけを愛してやる。王族って立場は強いぞ?どうだ?」
「殿下、それは宣戦布告と捉えますがよろしいですか」
当然、ノアが横から絶対零度の声を出している。滅茶苦茶怒ってる。
それをアレックス殿下は気にした様子もなく、私の言葉を待っている。
これは私に売られた喧嘩かもしれない。
お前は守ってくれて愛してくれる男なら誰でもいいんだろ?っていう。
これは買わなければ!
私はノアより少し前に出て、胸を張って笑顔で答えた。
「有難いお言葉ありがとうございます。ですが私は殿下の崇高なお考えを理解することが出来ないので、殿下には相応しくないかと思います」
弟の友人を人質に取って弟を誘拐するような考えの人とは一緒にいられません!
私が言い返したのを面白く感じたのか、アレックス殿下の笑みが深まる。
「ほう?なら俺はお前の考えに沿うように生きていくと約束したらどうだ?」
「殿下のお考えが、私如きの言葉で変えられるような浅薄なものだとは思えませんわ」
「私如きなどと言うが、お前は神の愛し子だろう?その言葉に沿うのは当たり前ではないか?」
「神の祝福は受けておりますが、私の言葉は神の言葉ではありません。少なくとも主人は私の言葉を神の言葉に捉えることはありませんわ」
ノアは私のことを神の愛し子として扱わない。そこがもうあなたと違う。あなたを選ばない理由になってる。
遠回しにそう言った。
「ふむ、それは神の愛し子に対して失礼では無いのか。神の愛し子を他と同等に扱うなど」
「それが私の望むところですので。」
「神の祝福を軽く扱うのは如何なものか」
「神が望んでおられるのは私の幸せでございます。私が幸せならば神は満足でしょう」
私とアレックス殿下の間にはバチバチと火花が散っている。
ここまで私も熱く言い合うのはこの世界に来て初めてかも。
アレックス殿下は他の人達と違って怖いもの知らずなのか、それともわざとこんな態度なのか。
神の愛し子の私を引き入れようとする動きはみんなあるけど、神の祝福を軽く扱いすぎだと私を非難する言葉は、愛し子になってから初めて聞いた。
まぁそれくらいで神様が何かをするとは私も思ってないけど。
挑発的な笑みを見るに、怖いもの知らずなのかもしれない。
「お話中失礼致します。我が国の兄が大変失礼を申しました」
「おい、フリードリヒ」
私とアレックス殿下の睨み合いに割って入ってきたのは、フリードリヒ殿下。留学で仲良くなったあの王子様だ。
彼は眉を寄せて、お兄さんであるアレックス殿下に厳しい目を向けている。
「兄上、そこまでにしてください。それ以上彼女を貶めることがあれば私も黙っていませんよ」
「はっ、素晴らしい友情なことだ」
アレックス殿下も王子様からの苦言に眉をしかめ、でも私にこれ以上何かを言うのはやめたみたいで、踵を返してどこかへ行ってしまった。
それを見た王子様が小さく溜息をつき、私達に笑顔を向ける。
「久しぶりだね、ノアゼット、エミリア」
「お久しぶりです、殿下」
私より一歩下がっていたノアが私の隣に並び、王子様に笑顔を向けた。
私も王子様相手だと自然に笑顔が浮かんで、流れる空気も穏やかになる。
「兄のことは本当に申し訳ない。何がしたいのか私にもわからなくてね…」
「殿下も大変そうですね」
「ふふ、今日のエミリア程じゃないよ」
私が大変そうだと言うと、王子様はふんわり笑う。
そこで、私はふと王子様の斜め後ろに控える女の人に気付いた。私の目線に気付いた王子様は、あぁ、と少しテンションを下げたように見える。
「今日は婚約者も一緒なんだ。紹介するよ。アシュリー・カルディア嬢だ」
「お初にお目にかかります、アシュリー・カルディアでございます」
王子様に紹介されて、アシュリー様は綺麗なカーテシーを見せてくれた。
この人が、王子様の婚約者…。
静かな美人、が第1印象かな。
私に向ける視線に悪いものも感じないし、いいものも感じない。
「カルディア家のご令嬢ですか。いい縁に恵まれましたね、殿下」
「……ありがとう、ノアゼット」
ノアの言葉に、王子様は1拍置いてお礼を言った。
なんだろう?王子様の様子に違和感を感じる。
もしかしたら、あんまり嬉しくないのかもしれない。
王子様は王族だし、政略結婚ってやつなのだろうか。王子様が望んでの婚約なのかと思ったけど、そうじゃなかったらあんまり喜ぶのも嫌な気持ちにさせるかも。
うん、お祝いムードは少し控えめにしよう。
「エミリアは今日も人気だね。君の知り合いが増えて私の存在が霞んでしまわないか心配だ」
「ふふ、そんなことは無いので安心してください。知り合いが増えても、殿下が大切な友人なのは変わりませんよ」
王子様が笑いながら言うから、私も笑って答えた。
どれだけ知り合いや友人が増えたって、私の大切な友人達が霞むことは無い。それが増えるだけだ。
私の言葉に王子様は嬉しそうな顔をしてくれた。
「嬉しい言葉も聞けたし、そろそろ兄を回収しに行こうかな。あのまま放っておくと何をしでかすか分からないからね」
「はい。殿下、会えて良かったです」
「……私もだよ」
じゃあまたね、と王子様は私達に手を振って、婚約者に腕を差し出して人波へ消えていく。
王子様の姿が消えた方を見つめながら、ノアに話しかける。
「殿下は、望んだ婚約では無かったのかな…。なんか嬉しそうじゃなかったよね」
「……そうだね。多分政略だろうね」
「そっか…」
やっぱりそうか。王族だからそういうのも仕方ないのか。
自由に恋愛が出来ないというのも、可哀想だな。
「気になる?」
ノアに聞かれて、私はノアを見た。
彼は少し不安そうな顔をしていた。
私と王子様が誘拐されたあの事件のせいか、ノアは王子様を警戒しているところがある。主に私が盗られないか、という面で。
王子様は私にそんな感情は持ってないから大丈夫だと思うんだけど、ノアはどうしても心配らしい。
そしてこの顔も、きっとそれだ。
だから私は、ノアを安心させるようにノアの腕にぎゅっと抱きつく。
「友人だから少しは気になるよ。でも私の知らない事情も沢山あるんだろうから、私は口出したりはしないよ。でも殿下が悩んで困ったら、その時は一緒に聞いてあげよう?」
一緒に、を少し強調すると、ノアは分かってくれたみたいで、仕方ないなって顔で微笑んでくれた。
「そうだね、一緒に聞いてあげよう。僕達は殿下の友人だからね」
「うん」
私は調子を取り戻したノアの腕に手を添え直す。
2人で目を合わせて、次に備えて気合を入れた。
私を悪く言う人は、相手の地位が高くなればなるほどちらほら出てくる。
特に女性。どこどこの国の王女様とかだと、あからさまに私を見下して非難する。
ノアは私の力だけが目当てなんだとか、体を売ってノアを手に入れるなんて娼婦のすることだ、とか。そんなハッキリは言わないけどそう捉えられるような事を言われる。
それに対して落ち込む暇も傷つく暇もなく、ノアが人一倍怒って追い返してくれるから、私の心の安寧が保たれている。
「…まったく、僕のエミリアへの愛を侮りすぎじゃない?そんなに分からないなら、朝からひとつも魔法使わないで過ごしてもいいんだよ」
つまり、たくさん私から魔力を貰った状態で過ごしてもいいと言ってるわけね?こんなに魔力が増えるほど私を愛してるんだよってことね?
「そんなことしたらノアが魔王並みになっちゃうから…」
「魔王になって寄ってくる人がいなくなるなら、魔王もいいかもね」
ふふ、とノアが妖しく笑う。
……冗談だよね?本気じゃないよね?
ちなみにこの世界での魔王の立ち位置は、おとぎ話に出てくる程度だけど、悪の根源で世界中の敵でめちゃくちゃ強い、っていう感じ。
魔王なんて名乗ったら、世界中から敵視されるだろう。
確かおとぎ話の中では、神に見放されて魔王になった、みたいな感じだったから、魔王側につけば神に逆らったことになるからね。
ん?でもノアが魔王にもしなったとしたら、私はどうなるの?
ノアから離れるつもりはないから、魔王の嫁になるわけだけど、それで神の愛し子?それともそうなったら神は私から祝福をとるのだろうか?
悩み始めた私に、ノアはクス、と笑った。
「まぁ冗談だけど」
「だよね、良かったぁ」
「……ふふ、エミリアは騙されやすいね」
違います、ノアが騙すのが上手いんです。
その後も挨拶は続き、特に何かが起こるわけでもなく夜会は終了した。
ただたくさんの人に挨拶されすぎてほとんど覚えてない。夜会のために覚えた人達以外に、新しく覚えた人は居ない。
無理、人多すぎ。
帰りの馬車を待つ時間で、ノアが夜会の主催者である国王陛下の元に行ってしまったので、私は私専用の控え室で待っていた。
10分くらいだとは言っていたからすぐだろう。
のんびり待ってると、扉の方が少しざわざわしていて、言い争ってるようにも聞こえる。
様子を見に扉の方に近づくと、扉の向こうから私の護衛騎士と男の言い合う声が聞こえた。
「こちらは通せません。どなたも通してはならないとの命令ですので」
「おい、一国の王子の頼みも聞けないのか?呼ぶだけでいいって言ってるんだ」
「お引き取り下さい」
声でわかった。アレックス殿下だ。
彼とは決着もついてないし、個人的に彼のことは気に入らない。この控え室の辺りなら聞いてる人もあまりいないだろうし、1度ビシッと言っておくべきか。
私は扉を開いて、アレックス殿下の目の前に立った。
「お?出てきてくれたか」
「こちらでの立ち話でしたらお話致します」
「はは、構わないぜ」
この人と部屋に2人になってはいけない。それは私にも分かったから、人目に付くこの廊下で私についてくれてる騎士もいていいなら、話をしよう。
アレックス殿下は素直に頷いてくれたので、ここでの立ち話が決まった。
「俺はあんたに聞きたいことがあっただけだ」
「聞きたいこと?なんでしょうか」
どんなことを言ってくるかと身構えたら、なんと私に対する質問。
ちょっと拍子抜けしてしまった。
「あんたの相手は、俺の弟じゃダメなのか」
「……はい?」
「ノアゼットじゃなくてフリードリヒじゃだめなのかって聞いてる」
少し真面目な顔をしてアレックス殿下が私に言う。
ノアじゃなくてフリードリヒ殿下?私の相手が?
なんで王子様が出てきたの?友人だから?
というかさっきは俺にしないかとか言ってたのに、今度は弟?
「質問の意図が…分からないのですが」
「フリードリヒじゃノアゼットの代わりにはならないのかってことだ」
アレックス殿下はさっきと似たようなことを答えた。
だからなんで王子様が出てくるのかが分からないんだってば。
「フリードリヒがあんたの夫じゃだめなのか」
すっ、とアレックス殿下の鋭い目が私の目を捉える。
この質問から逃げることも、はぐらかすことも許されないような視線。
体が強ばって、彼も王族なのだと分からされる。
「…私は何かの条件を元にノアゼット様を選んだわけではないので、フリードリヒ殿下が代わりになることは出来ません」
「ほう?じゃあ何故ノアゼットを選んだんだ」
何故かと聞かれると困る。選んだのでは無く逃げ場が無かったというのもあるし。そうして気付いたら絡め取られていたから。
「明確な理由はありません。気付いたら好きになっていた、それだけです。ノアゼット様よりいい人が今後現れようとも、私は彼以外を選ぶことはありません」
好きになった理由なんて分からない。でも、どれだけいい条件の人が来ようとも、ノアを選ぶ。それは変わらない。
私の答えにアレックス殿下はニヤリと笑った。
「なるほどな。どう足掻いたって無駄ってわけだ」
「…?何がですか?」
「いや、何でもない。話はそれだけだ、じゃあな」
え。
すっ、と身を翻して素早くアレックス殿下は去っていった。
ぽつんと残された私は、アレックス殿下のいなくなった方を見て、なんだか燃焼不足な気持ちを抱える。
「…1発くらい殴っておきたかった…」
呟いた私の声を拾った護衛騎士が、肩で笑っていたのが目に入った。
「アレックス殿下が?」
「そう。何がしたかったんだろうね?」
帰ってきたノアにさっきの話をすると、少し驚いた顔をした。
何かを考える素振りをしたけど、直ぐに切り替えて私の手を取る。
「アレックス殿下のことは僕たちが考えても分からないから、忘れよう」
「そうだね」
うん、それがいい。
私達はさっきのことは気にしないことにして、馬車の方へ向かった。
初めての夜会は大きな問題もなく終わることが出来て安心した。
でもやっぱり、1発くらいアレックス殿下を殴っておきたかったな、と思った。




