社交界での戦い2
そしてやってきた夜会当日。朝からマッサージやオイルを全身に塗りたくられ、お昼を食べたあとは早速ドレスに着替え始めた。
化粧をバッチリしてもらって、髪の毛もキメてもらって、私とノアはちょっと早めに会場である王城に着いた。
「今回は引き受けてくれて感謝する、ライオニア夫妻」
「全くです。今回だけですから」
国王陛下を目の前にしてもノアの態度は変わらない。
そんな不敬な態度をとっていいのかなとか思いつつ、でもそれを聞いてる国王陛下が楽しそうに笑ってるからいいんだろう。
きっといつもの事なんだろうな。
「次があっても夫人を直接誘うさ。ノアゼットには絶対に断られるからな」
「当たり前でしょう。というか私がいない時に我が家に来ないでください」
「お前がいたら夫人に会わせてくれないだろう」
「当然です。私抜きで妻に会うだなんて許せるわけないでしょう」
す、凄い…。国王陛下相手に嫌な顔全開だ。
口調は畏まってるのに、言葉に敬いが感じられない。どうしてだ。
「はは、夫人が関わるとノアゼットも一人の男だな」
「陛下は私のことをなんだと思っておいでですか」
「人の皮を被った悪魔だと思っていたぞ」
「失礼な」
可哀想に、ノア…。
きっとそれだけのことをしたのかな、どんまい。
「ところで夫人は今日は踊らないのか」
「踊らせません、誰とも」
私に聞いてきた国王陛下に、ノアが代わりに答えてくれた。それに対して国王陛下は苦笑している。
私は今日は踊らない。踊る練習もしていない。
私は踊れないってことにすれば、誰から誘われても断れるからってことで踊らないことになった。
勿論ノアとも踊らない。
でもノアは私といつか一緒に踊りたいらしいから、次の夜会までには覚えようかなって思ってる。
「まぁそれがいい。夫人がノアゼット以外とダンスしていたら、ノアゼットを抑える方が大変だからな」
ははは、と笑う国王陛下。
私はどう反応するのが正解なんだろうか…。偉い人と話すのは慣れてないから困ってしまう。
「夫人、無いと思うが念の為言わせてくれ。他国の誘いにだけは乗ってくれるなよ」
国王陛下が私の目を見て、しっかりした声でそう告げた。
勿論です、と答えると、私の肩をノアが抱き寄せる。
「妻は誰の誘いにも乗りません。乗らせません」
「そうだな。ノアゼットが終始近くにいるだろうし、お前の前で変なことを出来るやつはそうそういないだろうしな」
国王陛下がうんうんと頷く。
ノアの私を抱く腕もしっかり力が入っていて、そこに確かな決意を感じる。
うん、私はノアから離れるつもりは無い。
ノアも私を離さないから、大丈夫だ。
そうして始まった夜会。
私は紹介される形になるので、たくさんの人が会場に集まってから、ノアと一緒に登場する。
ちょっと緊張しながらも、隣のノアがいつも通りだったのでそれに安心した。
国王陛下の紹介の声に従って、私達は会場に足を踏み入れる。辺りの照明は消えていて、私達にだけスポットライトが当たるから、意外とほかの人たちの顔は見えない。
思ったよりも注目を浴びてる実感は湧かなくて、ガチガチに固まらずにいられた。
習ったとおりにゆっくりめに歩き、会場の真ん中を歩いて通る。前にいた人達は自然と道を開けてくれて、退かす必要は無さそうでよかった。
そして国王陛下の前に到着すると、私はカーテシーをしてノアは敬意を示したお辞儀をする。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
ノアがペラペラと隣で国王陛下に挨拶をしている。
そしてそれが終わると、私も練習してきた言葉を国王陛下に述べて、漸く国王陛下への挨拶が終わった。
私たちが国王陛下への挨拶が終わると、国王陛下は楽しんでくれ的なことを言って、パーティがちゃんと始まる。
音楽隊が音楽を鳴らして、照明も明るくなり、会場はざわざわとざわめき出す。
ここからが本番だ。
ぎゅっとノアの腕を強めに握ると、それに気付いたノアがこちらを見て微笑んだ。
「大丈夫だよ、エミリア。僕がいるからね」
そうだ。ノアがいる。ノアがいれば怖いものなんてない!
私はノアに強めの笑顔を返した。ノアも私を見て頷いてくれた。
身構えてはいたけど、まぁ当然そんないきなり喧嘩売ってくる人なんていなくて、平和な挨拶を繰り返している。
ただみんな私の気を引こうとしているのは分かった。自国のものをアピールして、遊びに来ないかと誘ってくる。
私が遠い異国のお菓子が好きだとどこかから聞きつけた人達は、珍しいお菓子の話もしてくる。
私への勧誘の仕方が、留学に来てノアを勧誘してた王子様とほとんど同じで、1度経験していると余裕も出る。
ありがとう、王子様。あの時の経験がここで役に立ってます。
たまにノアの事も一緒に勧誘しようとする猛者がいるけど、そっちはノアにすげなく断られてる。
なんなら5倍返しくらいでやり返されている。ちょっと可哀想。
私の能力のことを話に出してくる人もいたけど、その瞬間ノアの鋭い目と言葉で黙らされて、今のところそれに勝てた人はいない。
「エミリアさん」
「ユフィーリア」
声をかけられ振り向くと、男の人にエスコートされたユフィーリアがいた。兄にエスコートしてもらうって言ってたから、多分お兄さんなんだろう。
ユフィーリアの綺麗なカーテシーを見て、私も返す。
「初めての夜会はどうですか?普通の参加者よりは大変な目にあってるとは思いますけれど」
「思ったより楽しんでるよ。難しい話はノアがしてくれるし」
というかほとんどノアが答えてくれてるし。
私はと言うと、質問されて最初の一言くらいだ、話すのは。その先はノアが上手いこと理由や言い訳を述べてくれるから、私はそんなに大変じゃない。
「油断は禁物ですわよ。厄介な方もいらっしゃるようですし」
「そうだよねぇ…。頑張らないと」
「まぁ、この先は多少人はこちらに来ると思いますわ。そのためにわたくしは来たんですもの」
ふふん、とユフィーリアが胸を張る。
大人だらけのこの夜会で、まだ成人前のユフィーリアが参加しているのには訳があった。
私と仲良い人がいれば、そちらにも参加者の目がいく。私をどうにも出来ないと思ったら、友人の方から抱きこもうとするのだ。
その役割をユフィーリアは買って出てくれて、参加者がほとんど私の方に来るのを分散させようとしてくれている。
そんなことして欲しくはなかった。すごく大変だろうし、ユフィーリアはまだ若いし(私も若く見られるけど)、未婚だし、きっとグイグイ来る人は多いだろう。
でもユフィーリアは私のためにって言って頑なに参加すると言い張っていた。
あまりにユフィーリアが引いてくれなくて、ノアもいい案だと頷いていたから、止められる人がいなくて、結局甘えることになってしまった。
「…ユフィーリアの方は大丈夫なの?」
「当たり前ですわ。わたくしを舐めないでくださいまし」
「心配してるんだよ」
「わ、分かってますわ!……ありがとうございます」
最後は小さめの声でお礼を言われた。
いつものツンデレが見られて少しほっとした。
「ではエミリアさん。共に頑張りましょう」
「そうだねユフィーリア。頑張ろう」
お互いに強い瞳で目を合わせ、ユフィーリアはお兄さんと共に私から離れた。彼女が離れていくのを見つめてると、ノアの声が頭上から聞こえる。
「彼女なら大丈夫だよ。ユフィーリア嬢は結構強かだからね。ユフィーリア嬢の兄君も口が上手いから心配いらないよ」
「そうなの?」
「うん。安心して」
そうか…。ユフィーリアが強かというのはたしかに分かるけど、あの優しそうなお兄さんも結構口が回る人なんだ…。
ノアが言うくらいだから、中々のものなんだろう。
ユフィーリアも大丈夫だと言っていたし、私は自分の心配をした方がいいのかも。
ユフィーリアが言っていたとおり、厄介な人は残ってる。
他の人達の私達への挨拶を見て、どう立ち回るか考えてる主に王族の方たちだ。
他国から王族も数名招かれている。その人達が1番の厄介の種だ。
特に1番気をつけたいのが、トルディームの第2王子。私と王子様を誘拐した、王子様のお兄さんだ。
その人が、今回参加している。
警戒しないわけが無い。
「久しぶりだね、ノアゼット卿」
「お久しぶりでございます、ロイエル殿下」
早速王族がやってきた。確かこの人は、隣接してる隣の国の第2王子だ。隣の女性は確か婚約者の侯爵令嬢。
主要人物だけはちゃんと覚えてきたのでわかる。
「そちらがノアゼット卿の奥方かな?」
「お初にお目にかかります、エミリア・ライオニアと申します」
目を向けられ、カーテシーと自己紹介をする。
そしてロイエル殿下からも自己紹介を受け、彼も自身の婚約者を紹介してくれる。
流石生粋の侯爵令嬢。動きがなめらかで、淑女の鏡だ。
「君達が我が国に逃げてくるのを楽しみに待ってたんだけどね。残念だよ」
「その節はありがとうございました。今度妻と2人で訪れさせていただきますので、どうかご容赦ください」
「仕方ない、ノアゼット卿の友人として訪ねてきてくれるなら許そう」
「光栄でございます」
ぺらぺら進む会話に、言葉を挟む気は無いけど何かを考える隙もない。
ただにこにこして二人の会話を聞いていると、目の前の殿下の婚約者と目があった。
あー、目があったら話をしないとなんか気まずいよね。
そう思ったのは向こうも同じだったのか、向こうが先に口を開いた。
「エミリア様にお聞きしたいのですが」
「はい、なんでしょう」
「エミリア様はノアゼット様と婚約なさる時に、躊躇われたりはしませんでしたか?」
彼女に言われた言葉にピシッと体が固まった。
彼女は至って普通に疑問のようで、その目に私を卑下するようなものは感じられない。
「すいません、いきなり過ぎますよね。…その、私はロイエル殿下の婚約者でいることに自信が持てなくて…」
「あ、そうなんですね…」
私が答えにくいのが分かったのか彼女は直ぐに謝ってきた。
ううーん、自信の持てない彼女を励ましたいところだけど、私とノアの婚約は、私が罠にハマっただけだからなぁ…。
躊躇ったかと聞かれてしまうと、躊躇ったというよりかは拒否していたし。
「その…自信なら私もあまりないです。いくら神の祝福を得たとしても、私は元々平民ですし、貴族の勉強も始めたばかりなので。なので、自信を持てるように頑張っている最中です」
「頑張っている最中、ですか…」
「はい。自分で自分を誇れるくらいになれれば、きっと自信もつくと思います」
うん、中々いい答え方ができたと思う。彼女の最初の質問に答えてはないけど、自信が持てないことに対して答えたからいいだろう。上手いこと誤魔化せたんじゃないかな。
私がニコリと笑って言い終えると、彼女は少し考える素振りをして、やがて頷く。
「そうですね。ありがとうございます、エミリアさん。私も自信が持てるまで頑張ってみようと思います」
「はい。でもくれぐれも無理はなさらないで下さいね」
「ご心配ありがとうございます」
私たちが話終えると、ノア達の話も終わっていたらしく、2人は去っていく。
その時の彼女の後ろ姿を見て、やっぱり綺麗だなぁと思う。
自信が持てないのが不思議なくらい、完璧な淑女だと思うのに。
まぁ環境とかもあるんだろう。彼女の中ではあれは完璧ではないのかもしれないし。私にとやかく言えることじゃないな。
「エミリア」
「ん?」
次の人を待ってると、ノアが少し硬い声を出した。
「彼が来たよ。気を引き締めて」
「うん」
ノアの目線の先に、こちらに歩いてくるトルディームの第二王子がいた。
戦いはこれからだ。




