社交界での戦い
ノアと過ごす2回目の冬の長期休暇がやってきた。去年と同じくノアの屋敷で過ごす。
ただ違うのは、私の家にもなったということ。私がノアの妻として暮らすことだ。
「お久しぶりでございます、奥様」
「久しぶり、レイナ、ミュール」
私の専属侍女の2人に奥様と言われて、なんだかむず痒い。照れるような恥ずかしいような。結婚式の時もそうだったけど、まだ慣れない。
侍女の2人に微笑ましく見られると余計に恥ずかしい。
荷物は侍女に任せて、私はノアと一緒にノアの部屋に行く。
ノアの部屋で同じソファに座ると、すぐに執事のロインが来て、紅茶とお菓子を用意してくれた。
「ふぅー…」
一息つく。いやぁやっぱり馬車の長旅はまだ慣れないな。疲れが溜まってしまう。
「エミリアと結婚して、初めてちゃんとこの家で過ごすね」
ノアが嬉しそうにそう言う。
確かに前回はまだ婚約者だったもんね。妻になる覚悟はした状態だったけど。
結婚式の時は2泊しただけだったしなぁ。
「今日からは主寝室使えるね」
「んん、そうだね」
ノアの言葉に紅茶が変なところに入りそうになった。
一緒に家に帰ってきて考えるところ、そこ?
「ん?まさか別で寝るなんて言わないよね?」
「い、言いません!もちろん!!」
少し低いノアの言葉が聞こえて慌てて首を振る。そんなことは考えてなかった。
だって学園の寮でも一緒に寝てるのに、家に帰ったら別のベットとか、思ってもいなかった。
私がすぐに否定したからか、ノアは良かった、と柔らかい声に戻る。
「ノアは明日からお仕事だよね?」
「そうだよ。週に半分くらいは屋敷を空けると思うけど、ちゃんと夕方には帰ってくるよ」
春の休みよりは忙しくないからね、とノアが言った。
あれ、そうなんだ?でもノアは卒業と同時にお義父様の爵位を引き継ぐことになってて、その引き継ぎとかで忙しいんじゃないのかな。
そう思って首を傾げると、ノアがふふ、と笑う。
「前回は国やこの家の仕事よりも、エミリアを守るための根回しで忙しかったからね」
「あっ…そうなんだ。ありがとう」
なんと、私のことで忙しくさせていたのか。なんか申し訳ないような。
もしかしてその根回しとやらのおかげで、私の力がバレてもノアの所にいられたってこと?
王様に勅令を出させるための、根回し、とか…?
ちら、とノアを見ると、私と目が合って含みのある笑みを浮かべる。
うん、聞かない方が良さそうだ。
「だから今までできなかった色んなこと、一緒にしよう」
ノアに優しく手を握られて、私は勢いよく頷いた。
前回と同じく、私はノアの仕事中は教育を受けていた。前回と同じ先生から。
先生も私が神の愛し子と分かっても変わらず、むしろ神の愛し子についての注意点などを教わった。
私を利用しようとする存在がいるだろうということや、私がどんなことをしたら神の裁きが下るのかということも。
今まで曖昧だった神の加護について、詳しく教えて貰った。過去にあった神の裁きのことや、周りへの影響も。
もちろん夫人教育も続けている。
神の愛し子の礼儀に文句を言える人などいないらしいけど、私はノアの隣に自信を持って立ちたいから、教育は外せない。
そう意気込んだら、先生は優しく微笑んでくれた。
「おはよう、ノア」
「おはよう、エミリア」
朝起きて、厚手の上着を着て庭に出ると、ノアが花壇を眺めていた。その隣に立つと、ノアは私の手を優しく握ってくれる。
「今日は何が見たい?」
「そうだなぁ…。火の鳥とか!」
「かしこまりました」
くす、とノアが笑うと、ノアは空いてる手を伸ばし、その手の先から炎が生まれる。
そしてその炎はゆっくり形を変えて、そしてリクエスト通りの鳥の姿になる。
「わぁ…!」
ノアの手から離れた火の鳥は、ぱたぱたと飛んで、木の枝に止まる。
火の鳥が木の枝に止まっても、木が燃えることは無い。火の鳥に結界を纏わせているらしく、その影響で木に火が移らないそうだ。
そして続けて2羽、3羽とノアの手から火の鳥が飛んでいき、木の枝に並んで止まって仲良さそうに体を揺らす。
「可愛い…」
ノアは私が頼んでから、毎朝ではないが私に魔法を見せてくれるようになった。私が見て楽しめるように色んな工夫をしてくれて、そのどれもがとても素敵なものばかり。
これをすることで私がノアにあげた魔力を発散させている。ノアいわく、私が毎日ノアにあげる魔力は、ノアの魔力の6割くらいの量らしく、魔力がとても高いノアの6割だから、それはかなりの量なんだそうだ。
それを毎朝の綺麗な魔法により、私のあげた分をほとんど発散させているというから、この綺麗な魔法はかなり魔力を消費することが分かる。いや、他にも色々してるのかもしれないけど。
でも私には火の鳥を作るのも、それに結界を纏わせたまま動かすのも出来ないから、やっぱり魔法の使い方と魔力の量が凄いんだと思う。
火の鳥は仲良く揺れた後、飛び立って空でじゃれ合う。そして最後には3羽がぶつかって、花火のように火を散らして空に消えた。
「凄い、綺麗だった…」
ぱちぱちと拍手する。本当に、綺麗だった。何度見ても飽きない。凄い。
「エミリアがいなければこんな使い方思いつかなかったよ」
私のために思いついてくれたってことか。ノアは本当に私のこと好きだなぁ。
私も好きだけど。
2人でそんな話をしながら、庭園を歩く。冬にも関わらず、左右に色とりどりの花が並んでいる。
その中の、ピンクや紫の花が集まるところでノアはしゃがみ、私の手を離す。
そしてポケットからハサミを取り出すと、その花を2輪切る。
そして切った花とハサミを片手に持って、私とまた手を繋ぐ。
少し歩いて私はノアからハサミを受け取り、花を切る。
ピンクの細い花びらのついた、彼岸花みたいな花。
ハサミをノアに返すと、私は切った花をノアに差し出した。
「はい、ノアにあげる」
「これはネリネだね。ありがとう」
ノアは私から花を受け取って、そしてノアの持っていた2輪の花を私に差し出す。
「僕からはこれ。サイネリアだよ」
「可愛い。ありがとう」
お互いに花を贈りあって、ふふ、と笑う。
ノアと朝花を贈り合うのは、今も続いている。学園では摘める花がないからしないけど、1週間に1度くらいノアは花をくれている。
婚約する前と同じ、1輪か2輪。
そして屋敷に戻ったら、私も贈る。
この時間はとても幸せで、無くしたくない。
朝ごはんができると2人で食堂に向かい、食べ終わったらノアは仕事に、私は勉強をしに部屋に戻る。
お昼はノアが屋敷にいれば一緒に食べるし、城に出向いていたら私一人で食べている。おやつの時間も然り。
隙間時間はよく散歩してるし、レイナやミュールともよく会話をする。庭師がいれば庭師とも話するし、キッチンを覗いてコックさんと話をすることもある。
とにかくこの屋敷の人は優しいのだ。
だからこそ、居心地よく感じる。
そんなこんなで長期休暇が始まって1週間ほどした時。
「奥様、お客様がお見えです」
「お客様?私に?」
なんの予定も今日はないはずなんだけど…。
それに今はノアもいない。今までもノアが居ない日に私を尋ねてくる人はいたけど、ちゃんとみんな追い返してくれていた。
でも、追い返さずに私に言ってきたってことは、追い返せる人じゃないんだろうか。
名前も言わないってことは、私の知り合いでもない。
偉い人か、これは。
お客様を待たせているという応接室に向かい、中に入ると、壮年の男性がひとりと、青年の男性がひとり居た。
どちらもソファに座っていて、どちらにも偉いオーラがある。
私は彼らに向けて笑顔でカーテシーをした。
「ようこそいらっしゃいました。私はエミリア・ライオニアと申します。ただいま不在の当主代理に代わって私がお相手させていただきます」
「はは、そう固くならないでくれ。私達は君に用があって来たんだ」
「私に、でございますか?」
朗らかに笑った壮年の男性。一応丁寧な対応をしたけど間違いでは無さそうだった。
私に用があると聞くとどうしても身構えてしまう。
そもそもこの人たちは誰なんだ。
でも確か目上の人に名前を聞いちゃいけないから、私は聞くことは出来ない。
「あのノアゼットが私を脅すくらい君のことが大好きらしいから気になってしまってね。こうして来てしまったんだ」
「突然の訪問失礼しました、夫人」
壮年の男性の後に続いて青年の男性も私に詫びの言葉をいれた。
ん、どういうこと?神の祝福目当てではなく、ノアの妻の私が気になっただけ?それだけで来たの?
「その節は、夫が大変失礼を致しました」
「いやいや、あいつの失礼なんて今に始まった事じゃないからな、なぁブライアン」
「そうですね。むしろそれだけで済んで良かったでしょう」
脅されたって言ってたからそれを詫びてみたけど、その後の言葉に驚いてしまう。
ノア…一体何をしたんだ。何をしたら、脅しで済んで良かった、なんて言わせるんだ。
しかも言い方からして、ノアより偉い人だよね?
「夫人に会ってみたかったのは本音だが、きちんとした用もある。夫人、夜会に興味はないか?」
「夜会でございますか?」
夜会…夜の会。聞いたことはある。夜にやるパーティだと。
ミルムがそのためのダンスの練習をしていた時があった。凄い大変そうだった。
「今度城で、各国との結び付きを強めるための夜会を開くんだが、各国の重鎮達が神の愛し子にお目にかかりたいとうるさくてなぁ」
「煩いとは失礼ですよ、陛下」
はぁ、他の国の人達がうるさいのか…。
……って、え?陛下って言った?
「……国王陛下でいらっしゃいましたか…」
「ん?あぁ、気付かなかったか。それは失礼。いかにも、私がファイタル王国国王、アーノルド・デス・ファイタルだ」
「私は王太子、ブライアン・シル・ファイタルと申します」
私が気付かなかったことに国王陛下達は怒りもせず、すんなり自己紹介してくれた。
そうか、国王と王太子だったか…。
……ノア、国王陛下を脅したのか…。
「気が付かず申し訳ありませんでした」
「気にするな。夫人はこの国に来て浅いのだろう、名乗らなかった私たちが悪い」
う、それはたしかに。
写真なんてものは存在しないし、国王や王太子の顔なんて出回ってない。
名前しか知らなかった。だから分からなくても仕方ない。
仕方ないけど、ごめんなさい。
「ついでに言うと、これ、この胸の国章のマークは、王族のみが付けられるものだ」
国王陛下が自分の胸にある丸いマークを指さす。10センチ程の丸の中に何かの花の模様と剣の模様が入っていて、複雑な模様だ。
これが、王族が付けられるマークなんだ。
「勉強になります。ありがとうございます」
「ははは、素直だな!それでどうだ、夜会に興味は湧いたか?」
国王陛下が再び話を戻す。
じっ、と私の目を見つめられ、その目は優しそうなのに少し圧を感じるのは気のせいなのか。
「興味…は正直あまり湧かないのですが、参加した方がいいということですよね?」
「そうだな。史上初の神の祝福を受けた人間を周りに知らしめることは、この国の立場を分からせるものでもあるからな」
この国には神の愛し子がいるんだぞ、変なことするなよー!って威嚇できるって事だよね。
私がいるからってことで他の国に圧力かけたりは多分ノアが許さないからしないと思うからいいとして、私の存在が他の国からこの国を守るものになるのであればそれは別に構わない。
「この件は主人と相談してもよろしいでしょうか」
私の行動に関しては、ノアと相談しないと。
私なんかよりも色んなことを知ってるし考えてるから、私の一存では決められない。
私の言葉に国王陛下は少し苦い顔をして笑った。
「あいつにはもう断られてるから直接誘いに来たんだが…。そううまくはいかないか」
あ、もう誘って断られてるんだ。
「まぁ夫人から言われたらノアゼットも考えを改めるかもしれない。是非とも前向きに検討頼む」
「はい。かしこまりました」
「よし、帰るぞブライアン」
「はい。では夫人、またお会いしましょう」
ささーっと彼らは帰っていった。
何も無かったかのように、屋敷にいつもの空気が流れる。
立つ鳥跡を濁さずって感じだな…。
さて、このことをノアに伝えたら怒られるだろうか。
いや、でも私悪いことしてないし…。
きっと大丈夫、なはず!!
「嫌だ。行かせたくない」
帰ってきたノアは、国王陛下達が来たことを知っていて、なんだか怒っていた。僕が居ない時にエミリアに会うなんて、と国王達に怒りを感じていた。
そして夜会のことを言うと、ノアはふい、と顔を逸らして拒否を示した。
「各国の重鎮が集まる夜会なんて嫌に決まってる。エミリアに寄ってくる虫が増えるでしょ」
「虫かぁ……」
「それにエミリアの綺麗なドレス姿をわざわざ見せびらかす意味も分からない」
うーん、私情100パーセントだなぁ…。
ノアの嫉妬と独占欲で、夜会に行かせて貰えないらしい。
「でもそこで私の存在を見せておけば、他の国はこの国には手出ししないんでしょ?」
「まぁね。神の祝福を持つ人がいる訳だし」
「みんなの前で、私はノアが大好きなんだよってアピールすれば、神の愛し子の私の幸せを裂こうとする人はいなくなるんじゃない?」
神の制裁を受けたくないなら、私の嫌なことはしない…と思いたい。
そうまでして私と縁を結ぼうとする人はそうそういないと思う。
そう思っての提案に、ノアが真面目な顔で私を見てくる。
「エミリアはいいの?これは国がエミリアのことを利用しようとしてるんだよ。エミリアを引き合いに出して、牽制しようとしてるんだ。それでいいの?」
ノアが私を見つめる。私のことを心配してるように見える。
私が利用されそうになってるから、ノアは怒ってたのか。そっか。それがわかっただけでも嬉しいな。
「私もこの国の貴族になったからね。国のためならそれくらい許すべきだと思う」
私は一人の人間として扱って欲しいと思ってる。それなら私も一人の人間として、国に貢献しないといけない。
神の愛し子だからわがままとかイヤイヤなんて言ってられない。
「あっでも、行き過ぎたことは許さないよ、勿論。私の名前で圧力とかはかけて欲しくないし、恐怖政治も望んでないから」
「それは勿論目を光らせてるけど…」
「私がいることでこの国が平和になるなら、協力したいなって思ったんだ。だめかな」
少し眉尻を下げてノアに尋ねると、ノアの真面目な顔が、眉を寄せてなにかに耐えるように唇を噛み締めてる。
「……くっ。エミリアのお願いに耐えられるわけないでしょ…」
「ありがとう」
ありがとうノア。
ノアは毎朝魔法を使って魔力を消費してますが、エミリアが毎朝それを見ないのは、ノアに抱き潰されて起きれないからです。




