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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
90/110

僕の誕生日 sideノアゼット

 

 エミリアが僕の誕生日に何か企んでいるらしい。


 どうしてもミルムと2人だけで出かけたいのだと言うエミリアに、ユフィーリアを連れていくなら良いと言った。



 というのも、エミリアが神の愛し子になったから、エミリアとミルムだけでは囲まれた時に対処が間に合わない。ミルムはまだ平民だし、大勢に囲まれたらそれを捌けるだけの力もない。


 その点ユフィーリアなら、ひと目で高位貴族と分かる姿勢をしている。それだけで寄ってくる人は減るし、彼女ならどんな人が来ても対処できるだろう。


 勿論護衛はつけるし、ユフィーリアでも無理な時は護衛に出てもらう。


 それくらい、エミリアのもつ神の加護はこの世界の人にとって魅力的に映る。

 言葉を交わしたり握手したりしたくらいで加護のお零れが貰えるはずもないのに、なぜそうも群がるのか。その中心にいるのがエミリアだからこそ余計に、群がる人達に腹が立つ。




 買い物に行った日から、エミリアは放課後をミルムの部屋で共に過ごすようだ。多分なにか僕に用意してくれてるのだろう。2時間ほどで迎えに行くと言って、気持ちよく見送った。






「ふーん、だからエミリアちゃんがいないのにそんなにご機嫌なんだ?」


 グレンの部屋で仕事をする。それはいつもの事。ただいつもならこの時間エミリアは僕の部屋でのんびりしているが、最近はいない。


 僕の部屋にいると思うだけで心が凪ぐのに、いないとなれば不安で仕方なくなる。

 ただここ数日はエミリアがいないのに僕が不機嫌じゃないから、グレンはそう言ったのだろう。


「で、肝心のエミリアちゃんの誕生日はとっくに過ぎてたと」

「暦が違うなんて、思わなかったんだ」


 僕らにとっての当たり前は、エミリアにとっては違う。あの時それを思い知らされた。




 あのあとエミリアに聞いたところ、エミリアのいた世界は1年が12個に分かれていて、1年の始まりは春ではなかった。冬の間に1年を越すと言っていた。


 そして1ヶ月の日にちもばらばらで、31日あるところもあれば28日しかない時もある。しかもその28日の月は、4年に一度29日までになると言うのだから驚いた。



 その理由を聞くと、僕らの考えもしないようなことが出てきて度肝を抜かれた。

 どうやらエミリアの暮らしてた土地は大きな球体の上にあって、その球体は太陽を軸にして回っているんだそうだ。


 ところどころ専門的な知識らしく、エミリアもどう説明していいか分からなかったりしたものの、ざっくりとは分かった。

 それで言うならこの世界の日が落ちて昇るのも、同じ現象なのかもしれない。まぁ世界も違うし、ウチュウとやらに行ける技術はないから確かめようもないが。




「でもエミリアちゃんって博識だよな。本当に平民だったのか?」

「いや、エミリアのいたところは身分制度はなかったらしい。全員同じ身分だったそうだよ」

「は?それでどうやって国を回すんだ?」

「国民で多数決をとって決めた人達に、国の運営をしてもらってるらしい」


 身分がないとは驚いた。でも納得もした。

 エミリアがどんな相手にも臆することがないわけが。


 貴族や王族にはそれなりの態度をとるけど、恐縮したり緊張したりはしなかった。それはきっと、身分の高いものに対する恐怖を持ってないから。

 だからあんなに自由で、惹き付けられてしまうんだろう。


「きっと俺らには想像もつかないような場所なんだろうな」

「絵とか書いてくれるけど、理解が追いつかないよ」


 たまにエミリアが故郷の絵を書いてくれるが、全く理解できない絵ばかりだった。


 街は20階建てくらいの高い建物ばかりで、移動手段はくるま、というものや、でんしゃ、というものばかり。馬で移動なんてはるか昔の話で、鉄の塊も空を飛んでいる世界。


 離れたところにいる人と顔を見ながら会話することもできるし、全ての地図を誰もが見ることが出来る。

 出来ないことは無いのかと聞いたら、魔法は使えないよ、と笑ってエミリアは言った。



 魔法もなくて常識も何もかも違う世界から、ここに来た。エミリアの世界からすれば不便なこの世界に、慣れるのにどれだけ苦労しただろう。馴染むためにどれだけ頑張っただろう。しかも見つからないように隠れながら。



 そんな世界に彼女は帰れないわけだけど、僕のそばにいると言ってくれたのだから、僕にできる精一杯で幸せにしなくては。


「あ、今度エミリアちゃんと話す時間取ってくれよ。この間のこと聞きたいんだ」

「あぁ、水の話だっけ?」


 この間エミリアといる時にグレンが声をかけてきて、火起こしに成功したと報告をしていた。

 そこでグレンが、他にも魔法がなくてもいざと言う時に役立つものはないかと聞いた時、飲める水の確保について話をしてくれた。



 川の水はお腹を壊すことがあるが、ろ過というものをすれば少しは綺麗になると。魔法も使えない状態で放り出されるなんてきっと何も持ってるはずないから、完全に綺麗にするのは無理だけど、少しでもお腹を壊さなくさせられると。


 それについてグレンはもっと聞きたいのだろう。


「そうそう。エミリアちゃんがいないとなにも話が進まないからな」


 確かに、エミリアがいないと分からないから先に進めない。

 でもグレンがそう言ったのにはもうひとつ理由がある。



 エミリアがいない所で、異世界の話は出来ないのだ。この世界にない知識の話や、言葉など、口に出すことが出来ない。

 エミリアがその場にいると、何故か話すことが出来る。


 これはかつてライード・ドルトイがエミリアの出身地を話せなかったのと同じ現象だと思われる。

 そして同じならそれは、彼が言っていたように神の制約なのだろう。そうでもなきゃ話せないなんてありえない。


 文明の発達したところからの知識が広がるのを恐れているのか、もしくはエミリアが利用されるのを恐れてか。多分後者だろう。前者ならエミリアも話せないはずだから。




 だからその水のろ過の話をするにはエミリアがいないと出来ない。

 エミリアへの疑いが晴れたグレンは開き直ってエミリアと仲良くしてる。そしてエミリアも、ちゃんと行き過ぎた文明はグレンには言わないようにしているのが分かる。


 急に発達させるのは良くないとも言っていたからね。


「そういう事だから、予定立ててくれよ。後回しにすんなよ。そんなことしたら昼に直撃するからな」

「分かったよ」


 後回しにしようとしたことはグレンにはお見通しだった。

 エミリアとの大事な昼休みを邪魔されるのは我慢ならないから、仕方ない。エミリアと話す時間を設けるしかないな…。


 ちっ、と小さく舌打ちした。





 誕生日当日、エミリアに朝一番でおめでとうと言われた。誰よりも先に言いたかったのだと可愛く言われて、襲わないわけが無い。

 誕生日の朝から好きな人を抱けるなんて、もうそれがプレゼントでいいくらい。


 放課後はエミリアに空けておいてと言われていたから空けてある。いつものように教室に迎えに行けば、なにか紙袋持ったエミリアが僕のところに来て、僕の手を引く。



 その紙袋は、僕は持たない方がいいんだろうな。



 そう思いながらエミリアに連れられて着いたのは、なんと学園長の温室だった。

 学園長が自ら手入れしている温室で、常に鍵がかかっていて立ち入り禁止のところだ。


 エミリアは学園長に許可もとったという。エミリアのためなら許可するのか。




 初めて入った学園長の温室は見事なものだった。

 温度も湿度も保たれていて、木々や花々は生き生きとしている。貴重な花や育ちにくい植物なんかも育っていて、学園長の凄さが垣間見える。


 そこでエミリアは僕を真ん中のベンチに座らせ、紙袋からキャラメル色の物を取り出して、僕の首に巻いた。


 マフラーだ。

 しかも黒いワンポイントが入っている。


「これ…エミリアが編んだの?」

「そう。初めてだからそんなに上手くはないけど」

「そんな事ない。……凄く嬉しい」


 上手いとか上手くないとかじゃない。エミリアが僕のことを思って編んでくれた、それだけで十分だ。

 しかもエミリアの色。エミリアの普段の色と、本当の色も入っていて、それがとても嬉しい。僕がエミリアのものなんだって、エミリアが示してくれてるみたいだ。


 プレゼントはこれだけじゃなくて、歌も聞かせてもらえるみたいだ。

 なんていい日なんだ、誕生日というのは。




 エミリアが聞かせてくれた歌は、誕生を祝うものだった。

 生まれてきてくれてありがとうと、僕への気持ちを込めて歌を歌ってくれてるのがすごく伝わる。


 心が暖かくなる、とても幸せな歌だった。



 歌い終わったエミリアにお礼を言うと、エミリアは僕に近づいてポケットに手を入れる。

 そしてそこから白い小さな封筒を取り出した。


「あと、これ。私の気持ちを手紙にしました」

「エミリアから手紙…?」


 手紙。エミリアから。

 初めてだ。エミリアから手紙を貰うのは。


 いや僕もあげたことは無いけど。ずっと一緒にいたから。でもまさか、エミリアから貰えるなんて。


 信じられない気持ちと嬉しさに、ゆっくり封筒を開けて、中の手紙を取り出す。

 中には便箋3枚入っていて、それをゆっくり読んだ。




 彼女らしい字が、僕への感謝を綴っていた。

 生まれてきてくれたことに、出会えたことに。そして僕を産み育ててくれた僕の両親にまで感謝を綴っていた。


 感謝の言葉がありったけ並んだあとは、僕への愛を言葉にしてくれていて、心がきゅうっと締め付けられる。




 こんなにも、愛してくれてる。僕だけの一方通行じゃない。

 ちゃんとエミリアは僕のことを愛してくれてる。

 それが彼女の字で文字に記されていることが、何よりの証明になっている。


 愛する人からの手紙は、こんなにも嬉しいものなんだな。

 胸が熱くなって、目頭も熱くなる。




 手紙を読み終わって、丁寧にそれをしまうと、エミリアを抱きしめた。

 僕の嬉しい気持ちと喜びと感動を全て込めて、感謝を伝えるべく抱きしめた。



 とても嬉しいプレゼントだった。これらを準備する間ずっと僕のことを考えてくれていたというのも嬉しいし、こんなにも僕のことを愛していると示してくれたのが、とても嬉しい。


 好きな人に愛されるというのはこんなにも嬉しいものなのか。

 こんなにも想ってくれて、僕を喜ばせようとしてくれていて。

 エミリアがそばに居てくれるだけで、十分プレゼントなのに。それ以上のものをくれるなんて。



 きっと僕は一生エミリアの愛を乞うだろう。こんなにも幸せなものを与えられては、欲望は深まるばかりだ。

 もっと、もっと愛されたい。エミリアの愛を一心に受けたい。

 そして同じくらい、いやそれ以上にエミリアを愛して、僕の愛で溺れさせたい。


 エミリアから特別な何かなんて貰わなくていいから、願うなら死ぬまで僕の誕生日を祝って欲しい。そして僕もエミリアが死ぬまで、エミリアの誕生日を祝いたい。


 隣で、ずっと。



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