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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
89/110

彼の誕生日

 

 もうすぐノアの誕生日だ。

 さてそこで、私はノアに何をあげようか。実は先週から悩んでいる。


 お金もないし稼ぐ手段もないし、いやアルバイトくらい出来るけど、ノアが許してくれなさそうだし。

 あるのはこの間の学園祭での取り分のみ。約2000円だ。



「…何がいいと思う?」

「そうね…無難なところで言うと刺繍したハンカチを渡すとかだけど…」

「まだやった事ないからこの短期間では無理かなぁ…」


 それにいい質のハンカチを買うお金もない。

 ノアにあげるものをノアに買ってもらうのはおかしすぎる。


 来年はちゃんとしたもの用意できるように、屋敷で事前にアルバイトでもさせてもらおう。

 今年は出来ることをするしかない。


「エミリアがくれたものなら石でも喜びそうだけど」

「…否定しづらい」


 ミルムもノアのことよく分かってるよなぁ。さすが私の友人だ。


「何かを作ってあげるなら、予算は少なくても済むんじゃない?」

「作れるようなものが料理くらいなんだよね」

「残る物が作りたいのね」


 ミルムの言葉にこくりと頷く。

 料理でもいいけど、それがプレゼントはちょっとこちらの気が済まない。

 しっかり形に残るものをあげたい。


「平民の間での定番なら、マフラーとか編んだりするけど…」

「マフラー?あっ、それいい!」


 ノアの誕生日が過ぎたら冬だし、その材料なら私でも買えそうだ。


「いいの?平民のプレゼントよ」

「私平民だったし、ノアは気にしないと思う!」


 それにマフラーを編むなんて、元の世界でも聞いたことある。手作りのプレゼントはこれが限度だろう。


 ミルムにやり方を知ってるか聞いたところ、知ってるそうなので、ミルムに教わることにした。




 ミルムと2人で花の街に毛糸を買いに行くことになり、ついてこようとするノアを必死で止めた。

 今日はどうしてもミルムとふたりがいいと全身全霊で頼み込むも、ノアは渋い顔をして、どうしてもというならユフィーリア嬢を連れて行ってと言われた。


 それなら、と私も頷いて、ようやく外出許可が出た。

 ちなみに「その分夜に沢山僕に愛されてね」と言われたので身震いもした。



 まぁ後のことは後で考えるとして、とりあえず無事に3人で街に来ることが出来た。

 勿論護衛の人はいるらしいけど、パッと見見当たらない。一般の人に紛れているんだろうか。それとも隠れてるんだろうか。


 まぁいいや、と街を歩く。

 ノアがユフィーリアを連れて行けと言った理由があまり分からなかったけど、街に来て分かった。



 よく頭から抜けるけど、私は神の愛し子。それはパッと見で分かるものらしい。だから街の人がこぞって寄ってくるのだ。

 そしてそれをユフィーリアが守ってくれるのだ。


 彼女はどこからどう見ても貴族のお嬢様で、その隣にいる私達には話しかけ辛く、しかも神の愛し子に寄ってくる人には容赦ない。


 なるほど、これは確かに2人じゃ厳しかったかも。


「ユフィーリア、巻き込んでごめんね」

「こんなの巻き込まれたうちに入りませんわ」


 ユフィーリアに2人で出かけるから着いてきてとお願いした時は、何を馬鹿なことを、と怒られたけど、理由を説明するとすんなり納得してくれた。



 3人で手芸店に入り、色んな毛糸を見る。

 店員さんにも聞いて、暖かいものや肌触りのいいものなどを教えてもらう。


「んー…何色がいいかな…」

「エミリアさんの髪や目の色はどうですの?自分の色をプレゼントされたらノアゼット様も喜ぶのでは?」

「自分の色…」


 それでいうと私の色は黒なんだけど、ここで黒を選ぶのもおかしいしなぁ。

 ミルムもそれを知っているからか、うーんと悩んでいる。


「エミリアの瞳のキャラメル色に、黒を差し色として混ぜたらどうかしら」

「黒?なぜ黒ですの?」

「ノアゼット様は黒い色がお好きなようなのよ」


 不思議そうにしたユフィーリアにミルムが説明してくれた。あながち間違ってもないから、助かる。


 確かにミルムの案がいいかも。黒を少し入れればノアでも分かってくれる。


「でも、2色も使うの、私できるかな…?」

「簡単なやり方を教えるから安心しなさい」


 ミルム先生…!

 ミルム先生に従って、私は今の自分の瞳と同じ色と、真っ黒の毛糸を買った。



 3人でその後街を散策して、特にこれといった問題も起きずに買い物は終わった。

 その日買ったものはミルムに預けて、後日ミルムの部屋で習うことになった。


 ノアになんとか言い訳をして、放課後の数時間をミルムの寮の部屋で過ごした。ノアがあまり深くは聞いてこなかったのは、きっと何か察したんだろう。

 ノアにサプライズとかは絶対無理だ。そんな大層なものをするつもりもないし。



 そうして毎日コツコツ進めて、中々上出来なマフラーが出来上がった。初めてにしては頑張った方だろう。

 勿論ノアが持ってるマフラーなんかとは比べ物にならないくらい質も見た目も悪いだろうけど、私なりの精一杯を受け取って欲しい。




 そうしてノアの誕生日当日がやってきた。

 この日は普通の授業の日で、私は朝起きて1番にノアにおめでとうを言った。それだけは誰よりも先に言いたかったから。


 そうしたら朝から1回食べられてしまったけど、まぁまぁ、たまにある事だし。

 放課後は空けておいて、と前もって頼んであるので、今日のノアの放課後は私のものだ。



 放課後になり、ノアが迎えに来た。

 私はミルムに頑張ってくるね、と意気込んで、ノアの元に行く。


「ノア、お迎えありがとう。じゃあ行こう!」

「ふふ、どこに連れてってくれるのかな」


 プレゼントを持った袋を持ってノアの手を引く。ノアはいつも私の荷物を持ってくれるが、今日は持つって言い出さない。きっと分かってる、これがプレゼントなのだと。


「みんなにおめでとうって言われた?」

「言われたよ。去年まではそんなに言われなかったんだけどね」


 くす、とノアは笑った。

 なんで去年はそんなに言われなかったのか気にはなるけど、まぁそれは今はいいんだ。



 ノアを引っ張って、目的地まで歩く。私も1度しか行ったことがないけど、普段立ち入り禁止で人がいなくてとてもいい所だ。


「ここ!」

「ここ…学園長の温室だよね?」

「そう!ちゃんと許可も取ってます!」


 ローリアさんの温室だ。


 ドアを開けて中に入ると、温室いっぱいに広がる花と木々。色とりどりの花や、実をつけてる植物、2mくらいの木もあって、自然に溢れた心地のいい空間だ。


 ローリアさんに、学園の中で人が来れないところ貸して下さいって言ったら、ここを使ったらどうかと言われたのだ。

 ここならローリアさんの許可なく来れないし、防音もされている。まさに今回の目的にうってつけだ。


「初めて入ったよ。凄いね…」

「綺麗だよね。ローリアさん植物好きなんだね」


 こんな大きな温室を1人で管理出来るくらい、彼女は植物が好きなんだろう。

 でもノアでも入ったこと無かったか。少し勝った気分。


 辺りを眺めているノアを、温室の真ん中に連れて行って、そこに置いてあるベンチに座らせる。


「ノア、お誕生日おめでとう。先に言っておくと、ノアへのプレゼントを沢山考えたんだけど、私には自分で稼いだお金もあまりなくて、そんなに大したものはあげられないんだけど、気持ちは沢山込めたから、どうか受け取って欲しい」


 しっかり言葉にして、紙袋の中からマフラーを取り出す。

 そしてノアの首に優しく巻いた。


 ノアは目を見張ってマフラーを見ていて、とても驚いてるのが分かる。


「これ…エミリアが編んだの?」

「そう。初めてだからそんなに上手くはないけど」

「そんな事ない。……凄く嬉しい」


 首に巻かれたマフラーを優しく握って、ふにゃ、と笑うノアは本当に嬉しそうに見えた。

 喜んでくれて嬉しい。


「あとね、歌も聞いて欲しい」

「うん、勿論」


 私はブレスレットを外して、ノアから少し距離をとった。

 すぅっと大きく息を吸って、声に出す。



 生まれてきてくれてありがとう。

 私と出会ってくれてありがとう。

 お誕生日おめでとう。


 その気持ちのこもった、誕生日を祝う歌を、歌う。



 歌い終わるとぱちぱちとノアは拍手をくれて、その顔は嬉しそうに笑みを浮かべている。


「ありがとうエミリア。誕生日を祝う歌もあるんだね。凄く、心に来たよ」

「これは誕生日の時だけの特別な歌だね」

「来年まで聞けないのか…。特別感もあっていいかもしれないね」


 来年も聞きたいってことでいいのかな?


 嬉しそうにしているノアに近づいて、私は自分のポケットに手を入れる。

 そしてそこから取り出した手紙を、ノアに手渡した。


「あと、これ。私の気持ちを手紙にしました」

「エミリアから手紙…?」


 ノアは私からそれを恐る恐る受け取って、ゆっくり開く。

 目の前で読まれるのは少し恥ずかしいけど、構わない。それも含めてプレゼントだ。


 お金のない私にやれることはこのくらいだった。でも手紙は、何度貰っても嬉しいものだと思うから、きっと喜んでくれると思う。


 そう思っていたのに、ノアは何故か手紙を読みながら、その目から涙をひとつ落とす。


「!?」


 えっ、と思ったものの、ノアは気付いてなくて真剣に手紙を読んでいる。


 え、なになに?なんで泣いてるの?

 そんな悲しいことも書いてないし、感動するようなことも書いてないよ?

 いつもの感謝と、ノアの生まれてきてくれたことへの感謝をありったけ込めただけ!



 そわそわしながら待ってると、ノアは手紙を読み終えて、丁寧にたたみ直して自分のポケットにしまった。


 そのままノアは立ち上がり、私のことを抱きしめた。


「ありがとう、エミリア。……すごく、すごく嬉しい」


 噛み締めるように耳元でノアが言う。

 どうやら想像以上に嬉しかったみたいだ。


 そんな、泣くほど喜んでくれるなんて。贈ったこっちも嬉しくなる。


 私はノアの背中に手を回して、私よりも大きいその体をギュッと抱きしめた。


「お誕生日おめでとう」



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