彼の誕生日
もうすぐノアの誕生日だ。
さてそこで、私はノアに何をあげようか。実は先週から悩んでいる。
お金もないし稼ぐ手段もないし、いやアルバイトくらい出来るけど、ノアが許してくれなさそうだし。
あるのはこの間の学園祭での取り分のみ。約2000円だ。
「…何がいいと思う?」
「そうね…無難なところで言うと刺繍したハンカチを渡すとかだけど…」
「まだやった事ないからこの短期間では無理かなぁ…」
それにいい質のハンカチを買うお金もない。
ノアにあげるものをノアに買ってもらうのはおかしすぎる。
来年はちゃんとしたもの用意できるように、屋敷で事前にアルバイトでもさせてもらおう。
今年は出来ることをするしかない。
「エミリアがくれたものなら石でも喜びそうだけど」
「…否定しづらい」
ミルムもノアのことよく分かってるよなぁ。さすが私の友人だ。
「何かを作ってあげるなら、予算は少なくても済むんじゃない?」
「作れるようなものが料理くらいなんだよね」
「残る物が作りたいのね」
ミルムの言葉にこくりと頷く。
料理でもいいけど、それがプレゼントはちょっとこちらの気が済まない。
しっかり形に残るものをあげたい。
「平民の間での定番なら、マフラーとか編んだりするけど…」
「マフラー?あっ、それいい!」
ノアの誕生日が過ぎたら冬だし、その材料なら私でも買えそうだ。
「いいの?平民のプレゼントよ」
「私平民だったし、ノアは気にしないと思う!」
それにマフラーを編むなんて、元の世界でも聞いたことある。手作りのプレゼントはこれが限度だろう。
ミルムにやり方を知ってるか聞いたところ、知ってるそうなので、ミルムに教わることにした。
ミルムと2人で花の街に毛糸を買いに行くことになり、ついてこようとするノアを必死で止めた。
今日はどうしてもミルムとふたりがいいと全身全霊で頼み込むも、ノアは渋い顔をして、どうしてもというならユフィーリア嬢を連れて行ってと言われた。
それなら、と私も頷いて、ようやく外出許可が出た。
ちなみに「その分夜に沢山僕に愛されてね」と言われたので身震いもした。
まぁ後のことは後で考えるとして、とりあえず無事に3人で街に来ることが出来た。
勿論護衛の人はいるらしいけど、パッと見見当たらない。一般の人に紛れているんだろうか。それとも隠れてるんだろうか。
まぁいいや、と街を歩く。
ノアがユフィーリアを連れて行けと言った理由があまり分からなかったけど、街に来て分かった。
よく頭から抜けるけど、私は神の愛し子。それはパッと見で分かるものらしい。だから街の人がこぞって寄ってくるのだ。
そしてそれをユフィーリアが守ってくれるのだ。
彼女はどこからどう見ても貴族のお嬢様で、その隣にいる私達には話しかけ辛く、しかも神の愛し子に寄ってくる人には容赦ない。
なるほど、これは確かに2人じゃ厳しかったかも。
「ユフィーリア、巻き込んでごめんね」
「こんなの巻き込まれたうちに入りませんわ」
ユフィーリアに2人で出かけるから着いてきてとお願いした時は、何を馬鹿なことを、と怒られたけど、理由を説明するとすんなり納得してくれた。
3人で手芸店に入り、色んな毛糸を見る。
店員さんにも聞いて、暖かいものや肌触りのいいものなどを教えてもらう。
「んー…何色がいいかな…」
「エミリアさんの髪や目の色はどうですの?自分の色をプレゼントされたらノアゼット様も喜ぶのでは?」
「自分の色…」
それでいうと私の色は黒なんだけど、ここで黒を選ぶのもおかしいしなぁ。
ミルムもそれを知っているからか、うーんと悩んでいる。
「エミリアの瞳のキャラメル色に、黒を差し色として混ぜたらどうかしら」
「黒?なぜ黒ですの?」
「ノアゼット様は黒い色がお好きなようなのよ」
不思議そうにしたユフィーリアにミルムが説明してくれた。あながち間違ってもないから、助かる。
確かにミルムの案がいいかも。黒を少し入れればノアでも分かってくれる。
「でも、2色も使うの、私できるかな…?」
「簡単なやり方を教えるから安心しなさい」
ミルム先生…!
ミルム先生に従って、私は今の自分の瞳と同じ色と、真っ黒の毛糸を買った。
3人でその後街を散策して、特にこれといった問題も起きずに買い物は終わった。
その日買ったものはミルムに預けて、後日ミルムの部屋で習うことになった。
ノアになんとか言い訳をして、放課後の数時間をミルムの寮の部屋で過ごした。ノアがあまり深くは聞いてこなかったのは、きっと何か察したんだろう。
ノアにサプライズとかは絶対無理だ。そんな大層なものをするつもりもないし。
そうして毎日コツコツ進めて、中々上出来なマフラーが出来上がった。初めてにしては頑張った方だろう。
勿論ノアが持ってるマフラーなんかとは比べ物にならないくらい質も見た目も悪いだろうけど、私なりの精一杯を受け取って欲しい。
そうしてノアの誕生日当日がやってきた。
この日は普通の授業の日で、私は朝起きて1番にノアにおめでとうを言った。それだけは誰よりも先に言いたかったから。
そうしたら朝から1回食べられてしまったけど、まぁまぁ、たまにある事だし。
放課後は空けておいて、と前もって頼んであるので、今日のノアの放課後は私のものだ。
放課後になり、ノアが迎えに来た。
私はミルムに頑張ってくるね、と意気込んで、ノアの元に行く。
「ノア、お迎えありがとう。じゃあ行こう!」
「ふふ、どこに連れてってくれるのかな」
プレゼントを持った袋を持ってノアの手を引く。ノアはいつも私の荷物を持ってくれるが、今日は持つって言い出さない。きっと分かってる、これがプレゼントなのだと。
「みんなにおめでとうって言われた?」
「言われたよ。去年まではそんなに言われなかったんだけどね」
くす、とノアは笑った。
なんで去年はそんなに言われなかったのか気にはなるけど、まぁそれは今はいいんだ。
ノアを引っ張って、目的地まで歩く。私も1度しか行ったことがないけど、普段立ち入り禁止で人がいなくてとてもいい所だ。
「ここ!」
「ここ…学園長の温室だよね?」
「そう!ちゃんと許可も取ってます!」
ローリアさんの温室だ。
ドアを開けて中に入ると、温室いっぱいに広がる花と木々。色とりどりの花や、実をつけてる植物、2mくらいの木もあって、自然に溢れた心地のいい空間だ。
ローリアさんに、学園の中で人が来れないところ貸して下さいって言ったら、ここを使ったらどうかと言われたのだ。
ここならローリアさんの許可なく来れないし、防音もされている。まさに今回の目的にうってつけだ。
「初めて入ったよ。凄いね…」
「綺麗だよね。ローリアさん植物好きなんだね」
こんな大きな温室を1人で管理出来るくらい、彼女は植物が好きなんだろう。
でもノアでも入ったこと無かったか。少し勝った気分。
辺りを眺めているノアを、温室の真ん中に連れて行って、そこに置いてあるベンチに座らせる。
「ノア、お誕生日おめでとう。先に言っておくと、ノアへのプレゼントを沢山考えたんだけど、私には自分で稼いだお金もあまりなくて、そんなに大したものはあげられないんだけど、気持ちは沢山込めたから、どうか受け取って欲しい」
しっかり言葉にして、紙袋の中からマフラーを取り出す。
そしてノアの首に優しく巻いた。
ノアは目を見張ってマフラーを見ていて、とても驚いてるのが分かる。
「これ…エミリアが編んだの?」
「そう。初めてだからそんなに上手くはないけど」
「そんな事ない。……凄く嬉しい」
首に巻かれたマフラーを優しく握って、ふにゃ、と笑うノアは本当に嬉しそうに見えた。
喜んでくれて嬉しい。
「あとね、歌も聞いて欲しい」
「うん、勿論」
私はブレスレットを外して、ノアから少し距離をとった。
すぅっと大きく息を吸って、声に出す。
生まれてきてくれてありがとう。
私と出会ってくれてありがとう。
お誕生日おめでとう。
その気持ちのこもった、誕生日を祝う歌を、歌う。
歌い終わるとぱちぱちとノアは拍手をくれて、その顔は嬉しそうに笑みを浮かべている。
「ありがとうエミリア。誕生日を祝う歌もあるんだね。凄く、心に来たよ」
「これは誕生日の時だけの特別な歌だね」
「来年まで聞けないのか…。特別感もあっていいかもしれないね」
来年も聞きたいってことでいいのかな?
嬉しそうにしているノアに近づいて、私は自分のポケットに手を入れる。
そしてそこから取り出した手紙を、ノアに手渡した。
「あと、これ。私の気持ちを手紙にしました」
「エミリアから手紙…?」
ノアは私からそれを恐る恐る受け取って、ゆっくり開く。
目の前で読まれるのは少し恥ずかしいけど、構わない。それも含めてプレゼントだ。
お金のない私にやれることはこのくらいだった。でも手紙は、何度貰っても嬉しいものだと思うから、きっと喜んでくれると思う。
そう思っていたのに、ノアは何故か手紙を読みながら、その目から涙をひとつ落とす。
「!?」
えっ、と思ったものの、ノアは気付いてなくて真剣に手紙を読んでいる。
え、なになに?なんで泣いてるの?
そんな悲しいことも書いてないし、感動するようなことも書いてないよ?
いつもの感謝と、ノアの生まれてきてくれたことへの感謝をありったけ込めただけ!
そわそわしながら待ってると、ノアは手紙を読み終えて、丁寧にたたみ直して自分のポケットにしまった。
そのままノアは立ち上がり、私のことを抱きしめた。
「ありがとう、エミリア。……すごく、すごく嬉しい」
噛み締めるように耳元でノアが言う。
どうやら想像以上に嬉しかったみたいだ。
そんな、泣くほど喜んでくれるなんて。贈ったこっちも嬉しくなる。
私はノアの背中に手を回して、私よりも大きいその体をギュッと抱きしめた。
「お誕生日おめでとう」




