表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
番外編
85/110

初めての学園祭2

 

 そしてやってきた学園祭当日。

 お菓子の売り子は作った私達がやる。お菓子を作ったチームで売り、時間で交代して売る。


 ただ私は神の愛し子ということもあって、私が店頭に立つと多分人の群れが出来てしまうと懸念され、私だけ売り子が免除された。

 正直売り子、したかった。凄くしたかったから残念だけど、私が出ると大変というのもわかる気がするから仕方ない。


 ユフィーリアのいる時間に買いに行こうと思う。




 学園祭はノアと見て回ると決めていて、ノアは何のイベントにも参加しない。だからかノアのご両親も来ないみたいだ。


「まずは演奏会か。ロットとミルム嬢が出るんだよね」

「そう!楽しみだね!」


 午前は演奏会を見ると決めている。ロットとミルムが出るからだ。


 ロットはああ見えて実はピアノを弾くのがとても上手で、ミルムはロットと婚約してから一緒にセッションしたくてバイオリンを頑張っていた。

 そして今までの学園祭でも2人は演奏会には出ていなかったのに、学園生活最後の演奏会でようやくその成果を見せてくれる。


 ミルムからロットの演奏の凄さは聞いていたけど、実際に聴いたことはないし、ミルムの腕も分からない。

 そもそも音楽の良し悪しが私にわかるかも分からない。


 でも楽しみだ。2人が並んで演奏するのを見るのが。




 会場に行って、見やすい席をノアが取ってくれて、座って開演を待つ。

 会場が人で溢れて照明が落ちると、誰かが始まりの挨拶をして、そして1組ずつ演奏が始まった。


 演奏をしている人達はほとんどが貴族だ。貴族にとって音楽は嗜みのひとつらしい。

 私目線みんなとても上手で、思わず聞き入ってしまう。


 そして何組目かのとき、ロットとミルムが現れた。




 ミルムの瞳と同じ新緑の色のスーツを着たロットは、どこからどう見ても貴族の男だった。いつものふざけた感じは一切なく、彼の貴族としての顔を見ているようだ。


 対してミルムはロットの瞳と同じ真っ赤なドレスを着ていて、彼女もとても庶民には思えない。ここ数年で培った優雅なカーテシーを見せて、ロットと目線で合図をし合う。


 ロットがピアノに座って、ミルムがバイオリンを構える。



 流れた音楽は、とても穏やかな曲だった。ゆっくりめの曲調で、心が安らぐような音。

 演奏をしてる本人たちも楽しそうに演奏していて、時折目を合わせて微笑みあっている。想い合ってるのが見て取れる、幸せな演奏だ。


 ぱちぱちと拍手とともに2人は舞台袖に下がっていって、私は名残惜しく感じた。




「凄かったね、2人とも…」

「上手だったね。ロットがあんなにピアノが上手いのは驚いたよ」


 ロットのピアノはノアも認めるくらい上手かったらしい。そしてノアも知らなかったということに少し驚いた。


「2人で目合わせて演奏して…素敵だったね…」

「エミリアがしたいなら、今度やる?」

「ノアはどの楽器が出来るの?」

「一通り全部できるよ」


 ノアの返事に言葉を失ってノアを見た。私に見られたノアはけろりとしている。


「ピアノもバイオリンも、楽器は一通りそれなりにできるよ」

「どれが得意とか…」

「どれも同じくらいかな。どれも教師にこれ以上教えられないって匙を投げられたから、どれが得意かは分からないな」


 うーん、と首を傾げて言うノア。

 それって、上手くなりすぎて教えられないってことじゃないよね?


 いや、ノアなら有り得る。なんでもこなすノアなら、それくらい出来そうだ。


「今度屋敷に帰ったら、やる?」

「うーん、嬉しいお誘いだけど、私が出来る楽器がないからなぁ…」


 楽器なんてものは小中学校で触った程度。授業でやったリコーダーでも、演奏できるほどではないだろう。


 まぁ貴族がリコーダー持ってるのは見たことないし、こっちの貴族がやるような楽器は全くもって出来ない。


「でも屋敷でセッションするなら、ノアの音楽に合わせて私は歌いたいかな」

「音楽に合わせて歌うの?」

「そうだよ。っていうかそもそもそういうものなの。音楽に声を合わせたのが歌だよ」


 少し驚いた顔をしたノアに、私はそう答えた。

 そっか、ずっとアカペラだったから、ノアからしたらそれが歌なのか。


 ノアの音楽に合わせて歌うなんて、中々難易度が高いだろう。私は作詞作曲もした事ないし。

 でもまぁ、誰かに見せるものでもないし、フィーリングでどうにかなるだろう。


「ね、一緒に演奏してくれる?」

「…勿論。寧ろ僕以外としたらダメだよ」

「しないよ」


 ノア以外の前では歌わないと約束したからね。

 私の答えにノアは満足気に微笑んだ。




 お昼をいつものようにガゼボで食べて、午後1番にお菓子売り場に向かった。

 そこには私が一緒にお菓子作りをしたメンバーがいて、ユフィーリアも勿論立っていた。


「みんな!来たよ!」

「エミリアさん!」


 昨日一日で共にお菓子作りしたメンバーとは仲良くなった。みんな女性だし、ノアも悪い気はしないだろう。


「ユフィーリア、頑張ってる?」

「当たり前ですわ。これくらい造作もないことですの」

「ユフィーリア様ね、お金触ったの初めてなんだって」

「ちょっ、それは言わない約束ですわ!」


 おっと。お金触ったの初めてだったの、ユフィーリア?

 まぁ貴族の女性が1人で街に買い物には行かないから、当たり前と言っちゃ当たり前か。


 まぁ私も、この世界のお金については初心者並だけど。



 ユフィーリアは一緒にお菓子を作ったメンバーと楽しそうに会話をしていた。平民の子達も、ユフィーリアに気さくに話しかけている。


 うん、仲良くなれたみたいだし、楽しそうだ。


「ユフィーリアが楽しそうでよかった。私も買いたいな。ノア何にする?」


 少し離れて見守ってくれてたノアに声をかけると、ノアは自然に私の腰をとって横に並び、お菓子を眺める。

 そしてノアが近づいて来たことに、平民のお菓子作りメンバーはびくりと肩を揺らした。どうやら緊張しているようだ。


「僕はこのクッキーにしようかな。甘さがちょうど良かったよ」

「私はマドレーヌにしよっと。一度に3つまでだっけ?」

「そうですわ」


 ならもうひとつ選べるな、と思って、私はパウンドケーキを一切れ手に取った。

 私が手に取ったパウンドケーキとマドレーヌは、ノアがさらりと私の手から奪って会計に持っていく。あ、会計にいた子がカチカチに固まってる。大丈夫かなぁ。


「……今は落ち着いてますけど、さっきまで人が途切れなくて大変だったのですわ」

「そうだったの?」


 ユフィーリアに声をかけられて、彼女を見た。相当大変だったのか、疲れきった顔をしている。


「神の愛し子が作ったお菓子ですもの。どれか分からないけど、その御加護にあやかれる可能性があるなら皆こぞって買い求めるに決まってますわ」

「またそれか…」


 イベントや出し物に参加する人の名前はパンフレットにも書かれていて、お菓子作りの所に私の名前があるから、みんな来たのか。


「そんなに欲しいかなぁ、加護」

「当たり前ですわ。幸せになることが約束されてるようなものですもの」

「そんなに群がるほどかなぁ」


 加護を貰ったのは有難いけど、それが幸せに繋がるかと言うと微妙なところ。加護のおかげで私に手を出しにくくなったのは事実だけど、ノアも勅令とかで手出しできないように頑張ってくれていたからなぁ。


「きっと欲しいと思ってる人には与えられないものなのですわ。欲深い人間を神は分かっておられるのです」

「私も欲深いよ?」

「エミリアさんは欲の方向性が違いますわ」


 そうかなぁ?私だって幸せになりたいし、もうしっかり諦めたからあれだけど、帰りたいってずっと思ってたし。

 ノアの気持ちに答えるまでは、ノアのことを都合よく使ってるようなものだったし…。


「きっと僕が1番欲深いだろうね」


 横から声が聞こえて、ノアが私たちの話を聞いていたことに気付いた。会計を終えたお菓子を手に持って、私のところにくる。


 ノアが?欲深い?

 そう思ってると、ノアは私に向けて微笑む。


「神の愛し子であるエミリアを欲したのもそうだし、結婚出来ただけでは飽き足らず、常にエミリアを求めてるんだから欲深いよ」

「ノアのそれは…ただの愛じゃない?」

「エミリアがそう言うならそれでいっか」


 なんか違う、と思って言うと、ノアはあっさり納得した。なんなんだ。

 私たちの会話を聞いて、ユフィーリアがノアに少し引いた目を向けていたのは多分気のせいだろう。




 そのあとは、魔法のコンテストを見に行った。魔法で様々なショーを見せて、その優劣を競い合うんだと。


 あまりどんなものか想像できなかったけど、見たら凄かった。

 水で形作ってドラゴンがでてきたり、火を自在に操って一緒に踊ったりと、本当にショーだった。


 一人でやる人もいれば数人でやる人もいて、1人だと凄く繊細で磨き抜かれた技を披露していて、数人だと大掛かりなパフォーマンスで賑わせている。



「ノアが闘技大会で見せてくれたのに似てるね。あれもすごく綺麗だった」

「そうだね、どちらかと言うとこういうことする用の魔法だったからね」


 私を楽しませるために、パフォーマンス用の魔法で戦ってくれた闘技大会のことを思い出して、懐かしくなった。


 ノアのあの時の魔法は、ここでの参加者たちでいうと数人でやってるかのような規模で、その全てが丁寧で緻密なものだった。

 きっとここでパフォーマンスしても見劣りしない、むしろほとんどの人の票をかっぱらっていきそうだ。


「エミリアが見たいなら、いつでも見せるよ。なんなら毎朝僕の魔力発散するのを見る?」

「えっ、見たい!」


 思いがけない提案にすぐ食いついた。



 毎日私を抱くノアは、一日に自然の魔力を大量に集める私の魔力を毎日受け取っている。それは魔法を使って消費しないと増え続ける一方で、増え続けると危険とみなされる可能性もあるし、私のことを利用していると見られる可能性もある。


 だからノアは毎朝私が起きる前に魔法を使ってそれを消費して、必要以上に増えないようにしているのだ。


 それをこんな綺麗な魔法で毎朝見られたら。朝から気持ちよく起きられそうだ。


「明日から楽しみだなぁ」

「じゃあ明日の朝魔法を使う分の魔力、今夜ちょうだいね?」


 にやりと妖しくノアは笑った。なんだか墓穴を掘った気がするのは気のせいかな…。




「楽しかった、学園祭!」

「僕もエミリアと回れて楽しかったよ」


 本当に楽しかった。あの後も色んなところを見に行った。

 生徒の家族とか、どこかの関係者の人とか沢山いたけど、怯える必要はないって言うのがこんなにも羽が伸ばせるのだと思わなかった。


「ノア、私と結婚してくれてありがとうね」

「僕のセリフだと思うんだけど」


 くす、と笑うノアに私は首を振って答える。


「ノアが私を見つけてくれなかったら、きっと今も逃げていたと思うから。こんなに楽しいことを知らないままだったから。だから、ありがとう」


 ノアに出会わなければきっと今も寮の自室で、誰かも分からない誘拐犯に怯えていただろう。


 ノアが私を見つけて、私のために動いてくれたから。だから今のこの幸せがある。


「……それを言うなら、エミリアこそ、僕に捕まってくれてありがとう」


 ノアが真面目な顔をして、私の顔をじっと見る。

 確かにそうだ。ノアに捕まった。

 逃げようと思えば逃げられたのに、捕まっていた。



 ずっと信じることが出来なかったのに、ずっと捕まってた。

 ローリアさんに言われたからっていうのもあるけど、ずっとノアに捕まることを享受してた自分を賞賛したい。


 ノアから逃げてたら、こうはなってなかった。



「ふふ、ノア、好きだよ」


 この世界で生きていく覚悟が出来るくらい、好きな人に出会えた。

 きっとこんな幸運は二度とない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ